怒る技術 (角川文庫)

著者 : 中島義道
制作 : 角川書店装丁室 
  • KADOKAWA (2006年3月24日発売)
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  • レビュー :12
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043496044

作品紹介・あらすじ

あなたは上手に怒ることができますか?突発的に「キレる」のではなく、効果を冷静に計算して、相手に怒りをぶつけること。「やさしい」言葉に乗じて、個人固有の考え方や感受性、言葉を奪い去ろうとする他者に対して、怒りを感じ、伝え、時に相手の怒りを受け止める術を磨く。かつては怒れなかった青年が、留学先のウィーンで独り生き抜くために培った怒る技術。豊かな人生を取り戻すために、本書を片手に、いまこそ怒ろう。

怒る技術 (角川文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 2017.2.17
    かねてから読みたかった本。ブックオフで購入。
    日本社会においては、怒りは悪として押さえつけられる文化が主流であるが、そのような多様な感受性を押し殺してしまうような文化的土壌に対し、筆者はノーという。怒りは育て、うまく表現していかなければならない。怒りとは、それを表出する「怒る」とは、コミュニケーションなのである。腹の中で何考えているかわからず、ニコニコとしているだけの関係は、上っ面で虚偽であり、全く貧相なコミュニケーションに他ならない。
    これは私にとって人生を揺るがすような知見の気がする。私は人生いかに生きるべきかを、その根底においては単純に考えすぎていたのではないか。人間が求める最もよき人生とは何か、幸福である。幸福とは何か、それは不快ではなく、快であることである。よって快こそが人生において求めるべきこと、もしくは不快を避けることが人生において求めるべきことである。しかし人間関係において、これは対立する。関係における倫理において、善とは何か。それはベンサムのいうように、「最大多数の最大幸福」である。故に、みんなが快を感じられるように、もしくはみんなができるだけ不快を感じないように、と考える。そうすると私は必然、自分に嘘をついて、善を為さねばならないことになる。他者の快を、もしくは不快にならないことを優先するあまり、私は積極的に不快を耐えるべきだ、という風になってしまう。しかしそれだと私が幸福ではない、ならば他者の不快に目をつぶってでも、自分の快を通すべきだろうか、しかし果たしてそれがよいことだと言えるのか、云々。
    善を、快を、安易に求めるところから間違っていたのではないか。上っ面の善を求めることで結局誰もが不快になるのではないか。逆を言えば、上っ面の不快を覚悟してこそ、本当に豊かな快がそこにはあるのではないだろうか。そもそも私は、自分に嘘をついて、ニコニコと、みんなにいい顔をしている偽善者よりは、みんなに迷惑もかけるけど嘘をつかない正直者の方が好きである。私もそうあるべきではないか。いかなる人生を生きたいかという実存的問いに対して私は根本的な変更を求められている。善き生、善き関係、そこにはどうしても虚偽がはびこる。怒ってはならない、相手を侵害してはならないからである。しかし人間は怒るのであり、相手を憎むのであり、虐げるのである。私は今まで、嘘に塗り固められた善き生を目指していた。善と嘘は切り離せない。これが本当に私の生きたい生き方なのだろうか。死を目前に自分の生を振り返った時、これでいいと言えるだろうか。
    なぜ自分の悪を許さないか、それは私が悪によって虐げられた過去を持つからだろう。怒られたことが、裏切られたことが、私のトラウマとして残り、それが私に、怒らない、裏切らないことを要請する。しかしまずはここから認めるべきなのではないか。人間は裏切るし怒る、不快な側面を持つ。同様に私にとって他者は、私を脅かし、私を傷つける存在なのである。それは自然であり、そこに嘘はなく、当たり前なのである。同じように他者が私を、喜ばして、支えてくれるように。一切の経験を善悪に二分して善だけ抽出したのが倫理だとするなら、その時点で、悪を見ていない時点でもう、人間の自然の生ではないのだ。
    人から虐げられることを限界状況だと見極めたところから、自分も相手を虐げるということが見えてくる。お互いが傷つけ合わない、善なる関係は、嘘である。嘘をつき通していいのならば、それは可能だし、それでいいならば、それでいいだろう。しかし自分が死ぬ間際に、振り返った人生が嘘まみれであるとするならば、私はそんな人生に後悔しないだろうか。私が憎むべきは、悪ではなく、嘘ではないか。
    しかし、他者から虐げられることを恐れ、自分が相手に不快な思いをしても、我慢してニコニコしている、これは、その「ニコニコ」は嘘だけども、その恐怖は本物である。逆にこの恐怖を押し殺して、不快な思いをいうことは、この恐怖に対して嘘をつくことになる。人間は二つの感情に引き裂かれるから辛いのであり、そしてそのときどちらかの感情に従うことは、他方の感情に嘘をつくことになるのである。ならばただ嘘をつかないということが守られればいいわけではない。
    ここに2つの感情がある。一つは、相手の態度、言動に対しての怒りであり、もう一つはそれを表出することに対する恐怖である。ここで恐怖を押し殺して、怒りを出す意義とはなんなのだろうか。意義は私の求める生から顧みられねばならない。私はここに、コミュニケーションの意義を見てとる。
    もし、豊かな生と豊かな私が切り離せないのであり、豊かな私の源泉は多くの他者との出会いにあるならば、どれだけ豊かな関係性を築いてきたかがそのままその人の豊かさであり、その人生の豊かさではないだろうか。そして豊かなコミュニケーションとは、どれだけ嘘偽りなく、心の対話ができているかということではないだろうか。善なる対話においては善い感情だけが表に出される。しかしそれは他方の悪を排除している点で貧弱であり、虚偽である。悪もまたさらけ出して、それは悲しみ、憎しみ、恨み、嫉妬、そして怒りを、さらけ出してこその、コミュニケーションではないだろうか。
    つまり怒る意義とは、対話の意義であるということになる。善への志向は対話を削る。それは独りよがりであり、独善的である。しかしここまで考えてもなお、まだ私は善にしがみつこうとしている。不快に対する恐怖、これだけが敵な気がする。不快、悪によって、傷つけること、傷つけられること。これをどう乗り越えるか。それが不快なもの、悪でないものに変わることはありえない。それが不快であり、悪であるままに、それを承認し、表出すること。
    しかしそもそも、である。私は豊かな生を望んでいるのだろうか。豊かな関係を望んであるのだろうか。めんどくさくなく、痛くないのであれば、もはや嘘でもよくないか?虚偽の対話でニコニコできれば、心からの対話なんて必要なくないか?虚偽を含む善か、痛みを含む真か。ここから問い直さなければならない。盲目的に、豊かな生を生きるべきだ、というのは、まさに善に縛られた嘘つきである。善悪で考えてはならない。善悪を超えて、ただ私の実存的欲望に則り、私はいかにいきたいかを考えねばならない。その結果、めんどくさくなく、対話もさしていらないのであれば、私に怒りは必要ないだろう。

  • 大事。

  • 怒ることが出来ない日本人。
    そのうち怒りの感情が麻痺してしまうという。
    そうならないための本。

    怒る技術とは、自分の正論を相手に認めさせるためのものではない。
    正論でなくてもいい。またこちらの要望通りに相手が行動してくれなくてもいい。
    とにかく怒りを正しく発散させる技術。
    時に語り口が可笑しく笑えた。
    ただし、実践は難しい・・・。

  • 面白くて一気に読んでしまった。

  • 怒る技術とは怒らない技術。意思をコントロールすることが大切、のようなことが書いてあった。俺にはまだ程遠い道のりだな。

  • 信頼する中島義道先生の哲学エッセイ。

    怒ることができない人は、キレる。

    これは怒りの表現方法が分からないために起こる悲劇です。私自身も怒ることがなかなかできない日本人の一人。
    怒りを正しく表に出せないがゆえ、ためてためてキレる・・・というのは、理解できます。

    本書を読むと、怒りと冷静に向き合うことができ、さらにバカバカしく思えてくる。
    最終的に救われます。

  •  哲学者の中島義道が自らの体験から語る怒りとは。

     中島義道が語る怒りとは自分が正しいに決まっているという思い込み捨てて、ただ自分の不快感を訴えるものである。相手がそれに従うかは関係ない。怒るとは相手と分かり合えない面倒くささを受け入れる作業である。
     最後には怒ることができることによって、怒りに振り回されないようになることを説いている。

     感情のコントロール本でも自己啓発本でもないが、怒りという感情にちょっとバカバカしく哲学的に向き合える一冊。

  • 積極的に怒っていくことで、他者との違いを浮き彫りにする。
    それが、日本社会で幅をきかせている「空気を読め」という文化を軽減する一つの方法。
    みたいな本。

  • 波風が立つことを嫌い、内側の怒りを抑えて表面上の「善人」であることを何より重んじる日本人には刺激が強すぎるだろうが、怒りっぽい私には深く頷ける論だった。

  • キレるのではなく怒ること。
    感情の動きを言語化すること。
    怒りをもとにしたコミュニケーション論。
    http://takoashiattack.blog8.fc2.com/blog-entry-808.html

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