わたしの出会った子どもたち (角川文庫 は 20-11)

著者 :
  • KADOKAWA
3.62
  • (30)
  • (26)
  • (74)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 330
感想 : 33
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043520114

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ・たとえば、朝、養護学校にいく為に、スクールバスが迎えにくる場所まで歩く数百メートルの道のりを見るだけでいい。
    かの女はたくさんの生き物を友達にしていることを知るだろう。
    仕出し屋の猫に、朝のあいさつをする。残飯を食べ過ぎて体が酸性になった猫は機嫌が悪い。そんなとき、かの女は笹の葉を猫にやるということを知っている。
    かの女は一休みする。
    やはり木の葉に止まって一休みしているハチが、体内の余分の水分を口から出すのを見ることがある。
    その小さな水玉は朝日を浴びて、このうえなく美しい。
    かの女はそれを、ハチのシャボン玉吹きといっている。
    マツバボタンにも、朝のあいさつをする。
    「おはようさん」
    といって、一本のオシベに触れる。すると、触れていない他のオシベまで、かの女の方に傾いてあいさつをする。そういう修正をかの女は知っている。
    言語障害をともなっているかの女の「おはようさん」は、もちろん他の人には「おはようさん」とはきこえない。
    しかし、ぼくはこの朝のあいさつの中に、生命の充実を感じる。言葉にならない言葉の中に優しさがこめられていることを知る。
    たった数百メートル歩くあいだに、ずいぶんたくさんの生命を見つけ、そして、それと交感している。
    そういう子どもに、ぼくたちは
    「あんな子、生きとって何の楽しみがあるんや」
    という言葉を投げつけることによって、自ら非人間となったのだ。
    スピードというものをとりこんだぼくたちは、かわりに失ったものがいくつもある。
    「あんな子、生きとって…」という言葉はそっくりそのまま、かの女からぼくたちに向かって投げ返されいる言葉なのだ。
    ある日、ぼくは重大なことを知る。
    かの女をプールに連れていったときのことである。
    危険がいっぱいの子だからと辞退する親を説得して、ぼくはかの女をおぶって連れていったのだった。
    水着に着替えさせ、水に入れると、かの女は嬉々として手足を動かすのである。
    意外だった。
    そういう子だから、水は恐がるものだとばかり思っていた。ぼくはいくぶん拍子抜けしたような気分にもなったけれど、かの女の喜びがぼくにも伝わって、ぼくは、胸が熱くなった。
    プールの端から端へ、かの女の体を支えてぼくは進んだ。
    顔に水がかかると、いっしゅん息をつめ、それから何かおいしいものでも食べたように、ぷああんと満足げに息を吐いた。
    二十五メートル進んで、かの女はプールサイドに手をかける。かの女は振り向いて笑った。ほんとうに美しい笑顔が、ぼくの顔を見上げている。
    信じられないことだった。
    麻里ちゃんが笑った。麻里ちゃんが笑っている。
    ぼくの胸に熱いものがこみあげる。
    そのとき、あることに気がついて、ぼくはぎょっとする。
    ぼくには今、かの女の笑顔が笑顔として見えている。しかし、かの女と何のつながりもない人は、かの女の笑顔が笑顔に見えないのだ。かつてのぼくがそうであったように―。

  • 1000冊ある部屋の本の中でもベストにはいる、大好きな一冊です。
    本質的に大切なことが書かれていると思います。

  • なぜか本棚にあった本で手に取った。母が好きだった本で実家から持ってきたのだったろうか。子育てに悩んだときに手に取った。自分の悩みが吹き飛ばされるような感覚があった。

  • 高校生の頃に出会った本。
    物語の子ども達の境遇や、彼らを優しく、慈悲深く見守る先生の姿と、そのやりとりと結末に、なんとも言えない想いを強烈に抱きました。価値観が変わり、その後の人生の指針となった本。

  • 2回目を読もう。(HPの日記より)
    1998.10.3、東京都千駄ヶ谷での灰谷健次郎氏の講演会で本書にサインをいただいた。(HPの日記より)
    ※1998.8.12読了
     2008.10.12売却済み

  • 灰谷さんの生い立ちや子どもたちとのかかわりを書いている。灰谷さんって人格者の熱血先生って感じの人かと思っていたけど、この本を読むとそうでもなさそう。冒頭の若くて仕事がなかった頃の話なんてなかなか壮絶。精神的にも荒んでいた感じがするんだけど、それがどうして子どもたちの本当の姿をちゃんと見ることができる人になれたのだろう。
    ガムを万引きしちゃった女の子と向き合った話が出てくるんだけど、昔の傷を思い出してしまった。私も友達の家からなぜか雑貨を隠し持ってきて母に諭されて白状したことがあったなあ。そのとき怒られなかったけど、母が悲しかっただろうことが今なら想像つくし、その後同様のことをせずに生きてこられたのは母に怒られるでもなく諭されたあの場面があったからだろうなあ。
    同じような子ども時代の思い出がある人ってけっこういるんじゃないかと思うけど、今の子どもたちどうなんだろう。総理大臣もその場しのぎで軽々とウソをつく世のなかで、子どもたちにも罪を認めたら負けとか、しれっとすり抜けるような技を教えちゃう大人が増えてきているような気がしてしまう。

  • 沢木耕太郎読んだときにも感じたことだけど、俺はエッセイがダメなんだなぁ。全く興味を持てないし、字滑りを起こしているだけだ。好みの問題なんだろうけど、俺は受け付けなかった。この人の作品に期待。

  • 朝の礼拝で紹介された本です。

    【紙の本】金城学院大学図書館の検索はこちら↓
    https://opc.kinjo-u.ac.jp/

  • 灰谷さんの自伝的な小説。
    こどもたちの作文、感想文や手紙がとてもいい。おならという題材を違う学年の子たちが3連続で書いてきたあたりが最高で買ってしまった。
    明るい話ばかりではないが、大らかさなんかは忘れちゃいかんなと。

全33件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1974年に発表した『兎の眼』が大ベストセラーに。1979年、同作品で第一回路傍の石文学賞を受賞。生涯を通じて、子どもの可能性を信じた作品を生み出し続けた。代表作に『太陽の子』『天の瞳』シリーズなど。2006年没。

「2009年 『天の瞳 最終話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

灰谷健次郎の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
東野 圭吾
劇団ひとり
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×