蜻蛉日記 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

制作 : 角川書店 
  • 角川グループパブリッシング
3.60
  • (8)
  • (20)
  • (29)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 266
感想 : 26
  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043574070

作品紹介・あらすじ

美貌と歌才に恵まれ権門の夫をもちながら、蜻蛉のようにはかない身の上を嘆く藤原道綱母の21年間の日記。鋭く人生を見つめ、夫の愛情に絶望していく心理を繊細に描く。現代語訳を前面に出し、難解な日記をしっかり理解できるよう構成。現代語訳・原文ともに総ルビ付きで朗読にも最適。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • その男 藤原兼家。
    出世街道をひた走る、時の右大臣の三男。
    性格は豪放磊落で気さく、情が深くて涙もろい。
    和歌だって結構いけてる。
    とにかくモテる。
    当然のことながら通う女は複数あり。

    その女 藤原道綱母。
    家柄は、同じ藤原家とはいっても傍流で格段におちる。
    しかし、たいそうな美人で和歌がうまい。
    お嬢様育ちだからプライドも格別高く、甘えたり媚びたりするのが下手。
    そしてとにかく兼家にゾッコン。
    朝から晩まで兼家と一緒にいたいと願っている。

    『蜻蛉日記』は道綱母と藤原兼家との「はかない結婚生活」がテーマで、上・中・下巻の三部からなる。
    上巻は兼家の求婚から始まり、結婚、一子道綱の誕生、町の小路の女の出現と凋落、兼家の病気、初瀬詣でなど、15年間の主なできごとが書かれている。中・下巻と進むうちに「はかない結婚生活」というテーマからは次第に離れていくのだが、日記という枠を越え、道綱母の作家としての目は養われていく。

    しかしながら面白く感じたのは、やっぱり兼家への愛憎渦巻く感情が惜しげもなく書かれた上巻。
    とにかく道綱母という人は、兼家のことが好きすぎて、逆に「好き」という気持ちが素直に表現できない人だった。それが日記を読んでいると、「私って可哀想でしょ」「ね、あの人が悪いでしょ」という、相手を貶める方向性を持ってびんびん伝わってくる。

    たとえば彼女が道綱を出産した頃の日記。
    〈ある日、兼家の文箱を何の気なしに開けてみる。その文箱には、他の女“町の小路の女”への手紙が入っており、あきれてしまう。
    そこで、自分が見てしまったことだけでも兼家に知らせたいと、手紙の端に抗議の歌を書きつける。〉
    す、すごい。初めての浮気の証拠に狼狽して見て見ぬふりをしてしまいそうになるところを、「私見ましたから」のアピール。
    とはいえ、やっぱり道綱母は傷つくのだ。
    心が……じゃなくて、プライドが!
    「自分より容貌も才能も劣っている相手だなんて許せないっ」

    そして次に彼女がとった行動は、なんと〈兼家の浮気に対する不満や孤独を、正室である時姫へと歌にして送りつける〉こと。
    つまり道綱母は、同じ立場の時姫と慰め合うつもりだったらしい。
    ところが時姫としては、「なにこの女。あなただってわたしが出産した頃の兼家の浮気相手じゃない。自分のことを棚にあげて……」という感じ。
    そう。兼家が彼女に求婚したのも、すでに妻であった時姫が長男道隆を生んだ頃のこと。ここだけの話(いや、みんな知ってる)、兼家は妻の出産前後に浮気癖が出る男なのだ。

    この道綱母の暴走気味な自分勝手さには、あ然とするものの、一方では傷ついた気持ちをどうしていいかわからない彼女の恋愛への不器用さがあるのかなぁとも思ってしまう。
    一夫多妻の時代とはいえ、やっぱり他の女に夢中になる夫を待つだけの立場って辛いよね、悲しいよね。
    しかしながら、兼家にはそんな道綱母の気持ちはいっこうに通じない。彼は複数の女の元に通うのは当たり前で、それが彼女をないがしろにすることになるとは全然思っていないのだから。

    〈そうこうするうちに、今を盛りに時めいていた(←この言い方が嫌みっぽい)、“町の小路の女”への兼家の愛情は、女が子を産んでからすっかり冷めてしまう。〉
    意地が悪くなっていた彼女は、
    「あの女に、命を長らえさせ、私が悩んだのと同じように、逆に苦しい思いをさせてやりたい」
    と思っていたと日記にあけすけに綴る。
    ついには、
    「大騒ぎをして産んだ子まで死んでしまったことで、私が苦しんでいるより、もう少しよけいに嘆いているだろうと思うと、今こそ胸のつかえがおりて、すっとした」
    とまで、悪魔のようなことを堂々と書いているのだから恐ろしい。

    前言撤回。
    この女 ヤワじゃない。
    彼女より容貌も才能も劣っているわたしなんかが浮気されて辛いよね……なんて言ってたら、「あんた何様!」てビンタされるわ、きっと。

    • 地球っこさん
      マリモさん、おはようございます♪

      ですよねー、それプラス「こわっ」と思われることを、堂々と書いてのける道綱母の心情が「こわっ」と思いま...
      マリモさん、おはようございます♪

      ですよねー、それプラス「こわっ」と思われることを、堂々と書いてのける道綱母の心情が「こわっ」と思いましたよ。

      ああ、わたしは和泉式部でいてたいわ 笑
      まあ、モテ男と知り合うことは現世ではないと思うけど……笑
      2021/05/16
    • マリモさん
      地球っこさん
      ↑道兼じゃなくて兼家でした、失礼しました^^;

      そうそう、「日記」といえど、私的なものでなく、世に出すことを想定した日記なの...
      地球っこさん
      ↑道兼じゃなくて兼家でした、失礼しました^^;

      そうそう、「日記」といえど、私的なものでなく、世に出すことを想定した日記なのですよね。今でいう暴露本?
      でも道綱母が強烈なので、当時の人の同情票は兼家に集まったかもしれないなぁなんて(笑)
      まぁ、いろんな意味で不器用な人だったのでしょうね。

      私も和泉式部には憧れます!追いかけるより追われたい(笑)
      2021/05/16
    • 地球っこさん
      同じく、愛する人(←ここ大事)から追われたい 笑
      同じく、愛する人(←ここ大事)から追われたい 笑
      2021/05/16
  • 歎きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る

    百人一首にもある、藤原道綱母。
    夫・藤原兼家との馴れ初めから、結婚当初のラブラブ期、兼家が他に女を作って通いが減る倦怠期、そして引っ越して事実上の離婚になるまでの21年間を綴る。

    期せずして、和泉式部日記の後に読んだため、和泉式部との違いが非常に鮮明だった。
    二人とも平安時代を代表する歌人であるが、和泉式部の和歌は、心のうちを情熱的に詠んでいる上、手紙では地の文でちょっぴり甘えてみたり、時には引いて焦らしてみたりと、現代基準でいっても攻守のバランスに優れた恋愛上手である。
    対する道綱母は、和歌も手紙も、そして逢瀬でも、ツン成分の比重が高すぎる。美しい才女であるが、そのプライドの高さから、待ち続けた兼家が訪ねて来ても、甘えられずずっと不機嫌、無視してタヌキ寝入りを決め込んだりする。
    夜離れに耐えかねて贈る手紙は恨み言ずらり。もらった方は重いだろうし、行っても責められるんだろーなーと足はますます遠のくだろうし…。

    しかし、道綱母の拗らせ方はよくわかるのである。道綱母は、兼家を責めながらも、根底に兼家への愛情があるからこそ苦しみ続ける。世界が狭すぎるといえばそれまでだけど、通い婚であり、外出もほとんどせず、「待つ」しかなかった平安貴族の女性の世界が、家の中で完結し、夫の来訪に一喜一憂するのは仕方のないことである。ずっと来なかった夫が言い訳しながら久々に訪ねてきたとき、もっと構ってよ!私は怒ってるのよ!と冷たく突き放してしまう気持ち。似たような出来事に身に覚えがある人は多いだろう。とはいえ、町の小路の女への憎悪や、不幸への高笑いはだいぶ怖い。

    初めて最後まで(簡単にではあるが)ストーリーを追ってみて、一人息子道綱の、母からかけられる重すぎる期待、延々と続く兼家との板挟み状態の息苦しさにも気付く。
    夫婦喧嘩に、息子を使ってやり取りするなよと^^;
    道綱も、浮き沈み激しいこの母のもとでずっと暮らすのは大変だっただろうなぁ…と妙な同情心もわいてくる。

    時代は変われども、一夫多妻ではなくなっても、人の意識、男女の仲の難しさというのは普遍的なのだと思う。もう少し詳しいものも読んでみたくなる。

    • 地球っこさん
      マリモさん、おはようございます。

      「蜻蛉日記」はいつか読んでみたいと思ってます。
      うまく甘えられない女心もわかるけれど、そこをヨシヨ...
      マリモさん、おはようございます。

      「蜻蛉日記」はいつか読んでみたいと思ってます。
      うまく甘えられない女心もわかるけれど、そこをヨシヨシと包み込んでくれるような男の人って、なかなかいないのかしらん。
      愛情表現が苦手な不器用な女性って感じですね( ´゚д゚`)アチャー
      2021/02/15
    • マリモさん
      地球っこさん♪こんばんは!
      うまく甘えれないところをヨシヨシ包み込んでくれる男性!そういう殿方がいいですね、全く同感ですー(笑)
      思えば、道...
      地球っこさん♪こんばんは!
      うまく甘えれないところをヨシヨシ包み込んでくれる男性!そういう殿方がいいですね、全く同感ですー(笑)
      思えば、道綱母も、優しく包み込んでほしかったんだろうなぁ…。兼家は、甘えてこない女性の面倒なところを、そのまま面倒に思ってしまうタイプだったようで、そんな君が可愛いよとは言ってくれないのです(^_^;)道綱母にも可愛いところはあったはずなんですねどねぇ。
      2021/02/15
  • 蜻蛉日記

    古典では男女の仲という単語を「世」と表すが、それを痛感できるような話であった。
    道綱母にとっては兼家との関係は自分の人生そのものであり、辛いものとしても幸せなものとしても存在していたのだと思う。
    最後のシーンが特に印象的で
    '今年、いたう荒るることなくて、はだら雪、ふたたびばかりぞ降りつる'
    兼家のおとづれが途絶えた日常を表しているが、金家に思い悲しんでいた日々と比べたらこちらの方が圧倒的に辛いと思う。
    平坦であることの手持ちぶたさ、辛さを訴えられたような気がした。
    自分の生活を振り返ってみると自分の身の回りにもこのような、こんなにも苦しいものなくなってしまえと思いつつも実際無くなってしまうと辛さを感じるものがある。
    今自分がその渦中にいる受験という戦争。
    辛いこともたくさんあるが、辛いからこその充実を感じられる。
    辛さを超えての幸せがやはりなによりも充実感を感じられるような気がする。
    ストイックに受験勉強に励んでいこうと思う!!

  • 「蜻蛉日記」には、954年夏から974年暮れ。全体で21年間にわたる記事が収められている、とのこと。
    内容は、著者の「はかない結婚生活」がテーマということで、けっこう面白い内容である。

    この本は、ところどころ読んでみた。全体の半分位か。

  • どう読んだらいいかなって思って、まずは現代語訳をサラッと読んでみた。2週目は原文で読みたい。

    和歌って訳だけよんでもあんまり感動しなくて、原文と、掛詞とか引き出してる和歌を紐解いてくことで魅力が増していく、ので、ちゃんと読みたい。

    最後、テーマが意味を成さなくなって、じわじわと終わっていく感じが切なかった。愛してくれない人に愛されたくて、必死に愛した悲しい女性の話。

    上巻で幸せな一面が描かれるほど下巻の冷たさに泣けてくる。

    別れの時間に慣れてしまうのは悲しいことだけど、止めらないんだなって思った。

  • メンヘラとして心惹かれるものがあり読んでみました。
    藤原道綱母のはかない結婚生活をテーマにした日記文学。
    まず、現代語訳・原文・解説があり古文の勉強にもなるし、古文に詳しくなくても内容を理解できる。
    解説では和歌の縁語など書かれているため勉強になる。受験生の時に出会いたかった…。

    内容としては、自分以外の女のもとへ通う兼家を想い不安になる様子が多く書かれている。
    いっそのこと出家した方がいいのか、死んだ方がマシと考える様子は今のメンヘラと相違ないし、気持ちが非常に理解できてつらいものがある。
    最終的には兼家への気持ちも落ち着きつつあるが、それでもやはり夫婦関係が終わってしまうのは悲しい。。
    もっと素直になりなよ!と思う部分もあるものの、なれないよねわかる、、という気持ちもわかる。笑
    結婚生活が何十年と続いても兼家への気持ちが冷めないという点、愛情深い人だったのかなあと感じた。

    好きな和歌はこちら

    年ごとに余れば恋ふる君がため閏月をば置くにやあるらむ

  • 初心者向けですね。読みやすくて、手に取りやすいと思います。
    授業で先生が、道綱母のことを「女子力がない」って言っていたの面白かったなぁ(笑)そういうこと言わなそうな上品な先生だったから尚更。蜻蛉日記好きだなぁ。

  • いろいろすっ飛ばされているようだけれど、雰囲気は伝わるので、ざっと知りたい方に。
    教科書のように本文・読み下し文・解説付き。

  • この時代の上流階級の女性の結婚と、その生活について、描かれた日記。兼家さんの悪びれない女好きに作者はプライドが許さずに苦しんだり喜んだり、また凹んだりと、躍らされてしまう人生を送ります。最後のあたりではもう兼家さんは来なくなり、悲しさ切なさひとしおで日記が終わり、何とも言えず後に残る話でした。

  • 出た! 平安朝こじらせ女!!
    溢れる才知、輝く美貌、そしてむやみに高いプライド。
    一体どういう扱いなら、この人満足するんだろう、と思ってしまう。
    町の小路の女への「命はあらせて、わが思うふやうに、おりかへし物を思うはせばや、と思いひしを、さやうに(兼家の愛を失う)なりもていき、果ては、産みののしりし子さへ死ぬるものかは」、「わが思ふには、今少しうちまさりて嘆くらむと思ふに、今ぞ胸は空きたる。」という悪口を読むと、いかに身分差があったにせよ、ドン引きした。
    が、不思議なことに、本を置いてみると、何かその率直さが悪くない感じがしてくる。
    でも・・・これは作者の生前から流布した本なのだろうか。
    これを読んで、関係者たちは、特に兼家はどう思ったのだろう?

    中巻は物詣の場面が多く、自然描写に惹かれる。
    大学で『蜻蛉日記』の講義を受けたことを思い出した。
    当時は、そのお寺の由来やら、本尊がどんな仏かという話が続き、思わず睡魔に襲われたものだったが、今にして読み直すと、なぜ先生が上巻を飛ばして中巻、下巻を扱われたのかわかる気がした。

全26件中 1 - 10件を表示

蜻蛉日記 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×