土佐日記(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

著者 :
制作 : 西山秀人 
  • 角川学芸出版
3.73
  • (10)
  • (13)
  • (22)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 242
レビュー : 16
  • Amazon.co.jp ・本 (206ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043574209

作品紹介・あらすじ

平安期の大歌人、紀貫之が侍女になりすまし、帰京の旅をかな文字で綴った紀行文学の名作。国司の任期を終えて京へ戻る船旅は長く苦しい日々の連続であった。土佐の人々に温かく見送られ出発したものの、天候不順で船はなかなか進まない。おまけに楫取はくせ者。海賊にも狙われる。また折にふれ、土佐で亡くした娘を想い悲嘆にくれる。鬱々としながらも歌を詠み合い、ひたすら都を目指す一行の姿が生き生きとよみがえる。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 何となく読みたくなって気まぐれで購入。
    面白い。

    1話ずつ現代語訳→原文→解説・註釈の順に並んでおりとにかく読みやすかった。
    多分最初に原文だと嫌になってたかも。好みの問題かもしれないが。

    この作品は平安貴族・紀貫之による’女性になりすましたおじさんの旅行日記ブログ’。
    高知から京都までの55日間のクルーズ旅行で起こったアレコレを女性のふりをして綴ったもの。

    高知を出発する数日間ずっと飲んでる。やっと出立したと思いきやすぐに着岸してまた飲んでる。シケで停泊してイライラする中、海賊が近くに来たっていうので船頭に八つ当たりバチ切れしちゃう。船酔いでぐったり。家に着いたら着いたで、隣の人に4年間留守をお願いしていたのに家じゅうメチャクチャでしょんぼり。
    任地で亡くした幼い娘に想いを馳せる時は一際哀切な歌を詠むのでその場面はストレートにグッとくる。しかし出発数日目には下ネタもかます。淡路の婆さん(「淡路の専女」)がお茶目。

    個人的には十九日目がツボ。

    高校古典の授業では冒頭の節を扱うけど、もっとフランクに教えてくれれば興味を持てただろうな、などと振り返ったり。


    11刷
    2021.4.6

  • 読了までに時間を要したが、55日間の旅日記として興味深い

  •  図書館から借りました


    『姫のためなら死ねる』という漫画(百合。清少納言と定子のいちゃこちゃら)に出てきたのですが、「紀貫之」を「あいつネカマだろ」「違います、男の娘ですよ」「どっちもあまりかわらないわ」という会話に惹かれて、どんな話なのかなーと借りて読んでみた。


     古典って、奥深いな!

     日記文学であるが、まごうことなく日記的。というか、ブログ的。
     記録的に近いかも。

     和泉式部日記・更級日記は時系列がとびとびというか、毎日のことではないのだが。それはつまり、回顧録で、その日その日に書き綴る日記ではないから。

     これは毎日の備忘録のようなこともあり。

     何もないこともメモっている。

    「二日。なほ大湊に泊まり。講師、物、酒おこせたり。(天候悪くてまだ船が動かせない。お寺の僧侶がいろいろ持ってきてくれる)
     三日。同じ所なり。もし風波のしばしと惜しむ心やあらむ。心もとなし。
     四日。風吹けば、え出で立たず。(まだ出られないよー)・・・」

     一行、一文でも、とにかく日を追っている。
     
     土佐に赴任した紀貫之が同行の侍女(女房)のふりをして書き綴っているのだが、あちこちおかしいので当時の人にはこれが女の書いたものではないとわかるらしい。わざとばれるように書いている模様。最後の日はもう紀貫之そのものの感想であるから、途中までまったく気がつかずに騙されていた人たちへも暴露をする。名乗りはあげないが、家にたどり着いて、そこが荒れているのを見て、また松が伐採されたり、新しい小さな苗が生えていたりしたりするのを見て、その感慨をそのまま書き綴る。それまでは「娘を亡くした人が詠むのですが」といった第三者目線であったのに。ここが完全謎解き章。ほら、「私」でしたよ。
     名前は出さないけれど。


     真面目な話ばかりではなく。
    「土佐に赴任するときは誰もこんなにいろいろしてくれなかったのに、帰ってきたら(赴任先で金を儲けてきたから)みんなこぞって出迎えてくれる。なんかこのもてなし、嫌な気分。もちろん謝礼はするけどさっ。あ、別にその家の家人たちは礼儀正しくて、嫌な気分にさせるわけじゃないんだけどさっ」
     とか書いてあったりする。

     公開して大丈夫か、これ。。
     だから、自分の名前伏せたのかなー。

  • 20150124 930年の文学が読めて幸せだと思う。
    面白かった。

  • 平安期の大歌人、紀貫之が侍女になりすまし、帰京の旅をかな文字で綴った紀行文学の名作。国司の任期を終えて京へ戻る船旅は長く苦しい日々の連続であった。土佐の人々に温かく見送られ出発したものの、天候不順で船はなかなか進まない。おまけに楫取はくせ者。海賊にも狙われる。また折にふれ、土佐で亡くした娘を想い悲嘆にくれる。鬱々としながらも歌を詠み合い、ひたすら都を目指す一行の姿が生き生きとよみがえる。

  • 古典。元々は京に住んでいた官吏が土佐の国司を勤め、任期を終えた後五十五日間かけて帰京する様子を侍女の視点から書いた日記文学というもの。
    お付きのものを沢山引き連れる大移動である一方、貧乏官僚であることから旅には様々なトラブルが待ち受けている。天候や縁起担ぎにより思うように進まないわ、楫取(かじとり)は欲張りだわ、体調は悪くなるわ、贈りつけられたものへの返礼でけち呼ばわりされるわ・・・。その現代人にも共通する愚痴っぽいノリが和歌を交えたゆったりとして流れで語られる。時代が移ってテンポは違っていても、人の思いは変わらないのだなあと感じる。何よりも失ってしまった子どもについての悲しみがしんみりと胸に染みる。
     角川文庫のこのシリーズは以前に読んだ「平家物語」もそうだったが現代的な切り口で非常に分かりやすく解説されており、本書でも「土佐日記」をブログになぞらえる視点から一般読者に馴染みの薄い当時の文化をコンパクトに平易に紹介していて初心者には助かる。

  • 承平四年(934年)に土佐守の任期を終えた
    紀貫之(866年または872年頃?- 945年?)が、
    京都の自宅に着くまでの五十五日間の旅を描いた日記文学。
    承平四年(934年)は朱雀天皇のころ。
    五十五日とは、12月21日~2月16日にあたる。

    日記中に出てくる和歌の下敷きになっているものの作者、
    また日記中言及される(と思われる)人物は、
    在原業平(1月8日)、藤原兼輔(1月13日)、阿倍仲麻呂(1月20日)、
    藤原興風(1月21日)、惟喬親王・在原業平(2月9日)などがある。

    藤原兼輔は藤原冬嗣の曾孫、蔵人・蔵人頭として
    醍醐天皇の側近くに仕え、921年に参議として公卿の座に列なった。
    貫之は兼輔の庇護を得るため、延喜年間には兼輔の家人となり、
    主従の関係を結んでいたとのこと。(P78)

    現代語訳、原文、解説、コラムが掲載されており、
    とても読みやすい構成になっている。
    (古語一つに対する現代語訳(単語解説的なもの)は掲載されていない)
    入りやすい本だと思う。

  • 一部は教科書で読んだことがあったがこんな内容だったとは…。短いから古文を習っている高校生などが読んでも、古典に親しみがわいてよいと思う。

  • なのめのネカマのブログならむと思ひて読み始めたてまつれど、さしもあらず。まうけたまふネタの数々、自身の待遇を心うく思ひたまへるさま、道すがら海賊のむくひもこそすれなどとおびえたまふさま、そして今は帰らぬわが子を思ひたまへるさま…。いづれをとりても、いとあはれにをかしかりき。解説もゆかしかりき。

  • 2011/07/09

    古典学習用に。

    国司の任を終えた紀貫之が女性に扮して書き下ろした、土佐から京への紀行文。

    2ヶ月弱の船上生活を思えばさぞかし大変だったに違いないが、今の時代から考えると、なんてのんびりとした旅なんだろうと思ってしまう。

    それも、出立後10日余りは、土佐から大して離れることもなく毎日飲んだくれている始末。笑

    とはいえ、長く読まれているのは、笑いの要素も入れつつ、喜びも憂さも率直に気持ちを書き綴った、紀貫之の人柄の表れもあるのだとも思います。

全16件中 1 - 10件を表示

紀貫之の作品

土佐日記(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×