新版 歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

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レビュー : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (158ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043590018

作品紹介・あらすじ

弥陀の本願は、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生を救ってくださるため-親鸞没後、その教えにそむいた、さまざまな異説が発生し、信者を混乱におとしいれた状況を歎いた著者が、師匠親鸞の教えを正しく伝えるべく、直接見聞した親鸞の発言と行動を思い出しながら書き綴った『歎異抄』。日本仏教史の権威が、真の読み方を解き明かし、現代人のニーズに合わせた読みやすい現代語訳を付した決定版。

感想・レビュー・書評

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  • 自分の矮小さを自覚しろってこと?

  • 100分で名著にて紹介されていたので読んでみましたが上手く理解出来ません。

    訳文を読んでいても睡魔が襲ってきてページがなかなか進みませんでした。

    念仏を唱えさえすれば極楽浄土へ行く事ができる、と現代ではかなり怪しい思想となりそうであるが決してそういう事ではないという事だけは何となく理解できる。

    悪人正機説など当時はかなり危険思想だったかもしれない。

    正しい人間しか救われない、ではやはり救いがない。だって人間なかなか自分が正しく生きられてるなんて思えないもの。

    そういう大部分を占めるであろう普通の人に対して救いがあると訴えれば、世捨て人みたいにならず頑張って生きていこうと思う人が増えていくのかもしれない。

    そんなところなのかな。

  • ”・第三条 善人なをもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。(p.16)
    ・第九条
     「念仏を申しておりましても、おどりあがるような喜びがありません。また、急いで浄土へまいりたいとい心もおこりません」
     喜ぼうとする心をおさえて、喜ばせないようにしむけたのは、煩悩のしわざです。しかし、阿弥陀さまは、そのようなわたしであることをはじめから知っておられて、煩悩からのがれることのできない愚かなこのわたしたちを、なんとか救おうという願いをたてられたのでした。(p.85)
    ・第十三条
     善い行いも悪い行いも、すべては過去の縁によるものと考えて、それにとらわれることなく、ひとえに仏さまの本願力をおたのみすることが、他力ということです。
    ・第十四条
     一生の間となえる念仏は、みなすべて阿弥陀さまの大いなる慈悲とかお徳に感謝するものでなければなりません。(p.100)
    ・後記
     幸いにも念仏する身となりながら、ただちに真実の浄土に生まれることができないで、返地の浄土にとどまることがあれば、それはまことに悲しいことです。そのようなことがないように、同じ念仏の行者の中で信心が異なることがなく、正しい信心をいただいてくださるようにと、涙しつつ筆をとり、これを書きました。『歎異抄』と名づけます。念仏者以外の人には見せないでください。(p.114)

    <キーフレーズ>
    ・南無阿弥陀仏
    ・自力聖道門、他力浄土門
    ・縁
     殺すべき縁がないからです。(略)縁がもよおせば、百人も千人も殺すこともあるでしょう。

    <きっかけ>
     2015年7月の人間塾読書会 課題図書。”

  • 親鸞の教えが書かれています。

    ・極楽へ行く為には、念仏以外に他の善い行いは必要ない。
    ・ただひたすら本願を信じればよい

    このような教えなので、庶民にとってはなにも考えずに信じればいいだけなので楽だとおもいます。なので教えが広まったのだとおもいます。

    私には、この教えは人を思考停止にさせているようにしか思えませんでした。

  • 読了

    他力本願の極まった境地

    自分の信じる人から殺人をしろ、と、言われても殺せない、それは、縁がないから。

    救われる為に念仏するのは、自力で、本願ではない

    阿弥陀如来をただ信じて念仏すれば、その瞬間に、死後の浄土が約束される

    福音書みたいすわ

  • これを読めば悪人正機説を勘違いすることはなくなるはず。

  • 「南無阿弥陀仏」と念仏さえすれば、他の善い行いは不要。善人も悪人も分け隔てなく浄土に行ける。むしろ悪人こそ阿弥陀さまの力にすがるので浄土に生まれる資格がある。悪事も恐れることはないと説く。鎌倉時代に生まれたこの新興宗教は抵抗が大きかったためか、法然はスキャンダルに巻き込まれ流罪。親鸞も巻き添えに。。。

  • 最後に著者自身がこの歎異抄を読んでいても全く感動しないのは何故かと書いていて笑った。喜びがないのは煩悩の仕業であって、こういう煩悩に悩む者を救うのが阿弥陀様である、と親鸞が言っているという。「他力」も専修念仏も一種の了解放棄である。それが早道かもね。

  • この書籍は、親鸞上人の真言真宗の考えや当人の日頃の政治情勢などが、当時の本文、要旨を付けて説明しています。また、後半に現代語訳付きになっていますで読みやすくなっています。

  • 吉本隆明が自身の著書で親鸞についてたびたび紹介していたので興味が湧き、読んでみることにしました。(「歎異抄」自体は親鸞の弟子である唯円とされています。)

    思えば日本史では必ず出てくる、日本人なら名前を聞いたことがない人はいないのではないかと思えるほどの有名人物ですが、親鸞の思想自体にふれる機会はかなり少ないのではないでしょうか。


    かの有名な「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」のくだりをはじめ、親鸞の思想の数々に触れることができます。
    浄土真宗内部の異義、異端を嘆く内容になっており、「〜〜と説く人がいるがそれは誤りで、〜〜ということなんだよ」というスタイルで書かれています。「◯◯でない」という書き方がなされていることで、親鸞のメッセージをより理解しやすくなるかもしれないなと感じました。


    「達観レベル」でいうと、これほど達観している思想は他にないんじゃないか、もう行き着く所まで到達してしまっているんじゃないかとさえ思います。

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