新版 歎異抄―現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

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制作 : 千葉 乗隆 
  • 角川書店 (2001年7月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (158ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043590018

作品紹介

弥陀の本願は、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生を救ってくださるため-親鸞没後、その教えにそむいた、さまざまな異説が発生し、信者を混乱におとしいれた状況を歎いた著者が、師匠親鸞の教えを正しく伝えるべく、直接見聞した親鸞の発言と行動を思い出しながら書き綴った『歎異抄』。日本仏教史の権威が、真の読み方を解き明かし、現代人のニーズに合わせた読みやすい現代語訳を付した決定版。

新版 歎異抄―現代語訳付き (角川ソフィア文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 昔読んだけど、改めて読んでみる。

    個人的には悪人こそが阿弥陀如来に救われるというのはなんだかなあ。善悪というより、もっと大きな視点からいうと、言わんとすることは分かるけど。

    まあ、親鸞の教えと相違することを言う弟子がいると言うことで、これが書かれているわけだけど、人の言葉を介した時点で、完全に同じことを伝達するのは難しいわけで、後は伝える人の技の巧緻によるような。そうなるとプレゼン能力高い人が正になっちゃうな。

    幼い頃に祖父の家の隣の御坊さんの法話を葬式、法事の折に触れて聴いて、参加者号泣させられた思い出が蘇る。昔の浄土真宗の御坊さんの法話は良かったんだけどなあ。最近聴く機会ないな。

  • これを読めば悪人正機説を勘違いすることはなくなるはず。

  • 「南無阿弥陀仏」と念仏さえすれば、他の善い行いは不要。善人も悪人も分け隔てなく浄土に行ける。むしろ悪人こそ阿弥陀さまの力にすがるので浄土に生まれる資格がある。悪事も恐れることはないと説く。鎌倉時代に生まれたこの新興宗教は抵抗が大きかったためか、法然はスキャンダルに巻き込まれ流罪。親鸞も巻き添えに。。。

  • 最後に著者自身がこの歎異抄を読んでいても全く感動しないのは何故かと書いていて笑った。喜びがないのは煩悩の仕業であって、こういう煩悩に悩む者を救うのが阿弥陀様である、と親鸞が言っているという。「他力」も専修念仏も一種の了解放棄である。それが早道かもね。

  • この書籍は、親鸞上人の真言真宗の考えや当人の日頃の政治情勢などが、当時の本文、要旨を付けて説明しています。また、後半に現代語訳付きになっていますで読みやすくなっています。

  • 吉本隆明が自身の著書で親鸞についてたびたび紹介していたので興味が湧き、読んでみることにしました。(「歎異抄」自体は親鸞の弟子である唯円とされています。)

    思えば日本史では必ず出てくる、日本人なら名前を聞いたことがない人はいないのではないかと思えるほどの有名人物ですが、親鸞の思想自体にふれる機会はかなり少ないのではないでしょうか。


    かの有名な「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」のくだりをはじめ、親鸞の思想の数々に触れることができます。
    浄土真宗内部の異義、異端を嘆く内容になっており、「〜〜と説く人がいるがそれは誤りで、〜〜ということなんだよ」というスタイルで書かれています。「◯◯でない」という書き方がなされていることで、親鸞のメッセージをより理解しやすくなるかもしれないなと感じました。


    「達観レベル」でいうと、これほど達観している思想は他にないんじゃないか、もう行き着く所まで到達してしまっているんじゃないかとさえ思います。

  • 日本の一神教入門。

  • ○この本を一言で表すと?
     念仏原理主義のすすめ


    ○考えたこと
    ・日本史の教科書で必ず出てくる親鸞の考え方や言行、浄土真宗を打ち立てた人の考え方が分かってよかったです。

    ・「他力本願」を徹底的に追求していて小気味良いくらいだと思いました。自力救済の徹底的な否定は、ある意味原理主義的ですらあるなと思いました。すべて神の思し召しとする、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教のような一神教と、阿弥陀仏が全てを救済するとする絶対視が結構似ているなと思いました。

    ・第九条で念仏を唱えても心躍らないし、浄土に急いで行きたい気持ちも起こらないという唯円の悩みに親鸞も同意するというエピソードは、開祖の親鸞自身も一信者としての立ち位置にいるという心構えを示していて宗教の教祖らしくないなと思いました。自分が書いた書物を死ぬ前にすべて焼き捨てた時宗の一遍にも似ているなと思いました。

    ・第十三条の「往生のために千人ころせといはんに、・・・」の話や「くすりあればとて、毒をこのむべからず」の話は新約聖書の山上の垂訓に似ているなと思いました。

    ・後篇の唯円の世間一般の教えに対する批判の指摘は、他力本願を大原則として論理的な構成になっていて、明快で分かりやすいなと思いました。中世以降の宗教間や宗派間で互いの教義を文書同士で戦わせていたという流れの中でこのように説得力がある文書をかけたというのは、当時の唯円(もしくは他の歎異抄を書いたとされる人)の頭の良さがわかるなと思いました。

    ・本願寺蓮如の写本が最古の写本らしいですが、禁書にしたその人の物が最古ということは、もしかしたら蓮如自身が処分させたのかもしれないなと思いました。一向一揆や本願寺顕如の織田信長への抵抗など、浄土真宗を信じる者を統合し、命令を下した者たちが戦国時代の最後の方まで残っていたことと、親鸞の「自分の弟子はいない。みな仏の弟子である」という考え方はすごいギャップがあるなと思いましたが、浄土真宗を立て直した蓮如が歎異抄を禁書として教団のトップに立ったというのは宗教指導者として優れていたのだろうなと思います。


    ○参考にならなかった所、または突っ込みどころ
    ・裏表紙に「悪人ですら極楽往生ができる。」と書かれていますが、歎異抄の第三条と真逆のことが書かれています。出版社の方が書いた記載だと思いますが、内容を読んでいないことが丸わかりだなと思いました。

  • 約一月前に読み終わっていたけれど、感想を書くのをめんどくさがって忘れていました。

    五木寛之の『親鸞』を読了したあとに読んだのですが、正解でした。それがなかったら、そもそも読みきれなかったかもしれない。
    その『親鸞』の感想でも書いたのですが、この時代、つまり戦乱や天災が続いて、河原に人の死体が棄てられたままになっていたような世の中では、信仰というのは現代の我々が考える以上に切実なものだったのでしょうね。ただひたすら仏の救いを信じる「他力本願」という考え方は、人力ではどうにもならない現実に立ち向かうための、人間のギリギリの知恵なのかもしれないです。

  • 11年09月、読書会課題図書

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