世界の終わり、あるいは始まり (角川文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (521ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043595044

感想・レビュー・書評

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  • 「世界の終わり、あるいは始まり」
    東京近郊で連続する誘拐殺人事件。事件が起きた町内に住む富樫修は、ある疑惑に取り憑かれる。小学校6年生の息子・雄介が事件に関わりを持っているのではないかと。


    (解説より)「白球が空から落ちてくる。それは私の未来でもある」という結末の一行は、空から落ちてきたボールに頭を打たれるという可能性を、当然のことながら合意している。雄介は犯人かも知れないし、犯人ではないかもしれない。しかし、主人公には真相を突きとめる術がないのだ(中略)。「世界の終わり、あるいは始まり」は、意外性を演出する探偵小説的な技法を用いているが、探偵小説の枠からは溢れ出してしまう過剰な作品である。探偵小説形式を21世紀的な水準に飛躍させるために、本作のような先鋭的な実験が不可欠であると、恐らく作者は考えたのであろう。


    本作の様にどう捉えて良いか判断し難い時、解説ページは有難い。読了後「作者のメッセージ・意図は何だったのか」ピンと来ない場合、上手い具合にそれを教えてくれる、又は理解の浸透を進めてくれる手助けをしてくれるケースがあるからです。


    題材はミステリー調。しかし、ミステリーの肝、犯人は雄介なのかそうではないのか、は最後まで解明されません。なるほど、だから“先鋭的な実験”小説ということだろう。


    自分の家族には関係ないと思われた誘拐殺人事件が次第に家族に忍び寄っていく中で、修は雄介が一連の事件に関与していると思われる証拠を次々と発見していきます。その過程を経ることで、雄介が犯人であるという疑惑が確信に変わっていきます。そして、事件に関与していることを一切見せない雄介にどう対処すべきか苦悩していきます。そして、自分の人生を棒に振ることなく雄介を救済し且つ妻である秀美と娘の菜穂も不幸にさせない為にはどうすべきか頭の中でシミュレーションを重ねます。


    しかし、雄介が本当に犯人だったのかまでは最後まで読んで分からないのです。黒に限りに無く近いグレーのまま「白球が空から落ちてくる。それは私の未来でもある」を迎える。


    そして表題「世界の終わり、あるいは始まりなのか」の意味。それは、
    ・雄介が黒である場合(逮捕のケース)⇒幸せな家族の生活が終焉する。雄介が逮捕されたことで始まる周囲からのバッシング、修の会社の自主退職、菜穂へのいじめ、秀美への母親失格という中傷が始まる
    ・雄介が黒である場合(黙認のケース)⇒見た目上の幸せは継続するが、それは明るい地獄が始まることを意味する。一方で、父親として一人の人間として何かが終わる
    ・雄介が白である場合⇒修の雄介への疑惑が終わる。雄介のことを深く知らなかったことから、より息子を知っていく生活(未来)が始まる


    ということなのだろうか。世間で起こる悲劇は、自分の家庭では起こらないだろうという感覚が、次第に自分にも悲劇が起きているかも知れないという不安に変わり、その中心に息子がいるかも知れないという恐怖。そして、その恐怖にどう立ち向かうべきか。どう立ち向かえば、その恐怖は何も始まることなく終わるのか。明確な解が見えないという恐怖を描く一冊。

  • 我が子は一連の誘拐殺人事件に関わっているのか?
    富樫が抱いた疑問は、調べれば調べるほどに膨らんでいく。
    富樫の父親としての苦悩がとてもリアルで、ついには妄想では?と思う域にまで達してしまう。
    雄介を守りたい気持ちもありながら周囲の目を気にしたりと、妙に「あるある」なのだ。
    物語を読んでいるうちに、気付かないうちにいつの間にか張り巡らされた糸の上を行ったりきたりする破目になる。
    ミステリーのような、サスペンスのような・・・。
    それにしても雄介という人間。
    子供とはいえ好きになれそうもない人物だった。
    父親として何をどうすることが正解だったのか。
    人生には決断しなくてはならないときが必ずあるという。
    いったい富樫はいつ何が起これば決断するのだろうか。
    あまりすっきりとした結末ではない。むしろ後味は悪いかもしれない。
    こんな結末でいいのか?と感じてしまうか、こんな結末もありか!と感じるかは人それぞれだろう。
    何となく、読み終わった後の「言いようのない戸惑い」まで歌野さんは計算して書いているのでは?と思いたくなるような物語だった。

  • 自分の息子が連続誘拐殺人事件の犯人ではないのか、そういう疑心暗鬼から生まれた「想像の巻き戻し」、シミュレーションの連続。この特異な小説のスタイルが印象的だ。
    シミュレーションのそれぞれで面白いストーリー展開を見せ、リーダビリティーが高い。この先どうなるのか、曖昧模糊としたまま終了するラストも余韻がある。
    犯罪加害者の家族が世間からどのような仕打ちを受けるのか、マスコミからどのように報道されるのか、そういったことが克明に描かれており、考えさせられる内容。実際の事件報道は他人事にすぎないこと、事件の当事者と第三者とでは大違いであることを改めて感じさせてくれる物語であった。
    雄介の部屋という、パンドラの箱を開けた主人公は、箱の底に希望を見出すことができたのだろうか。

  • 始まりは近所で起きた誘拐殺人事件。
    2件目、3件目と連続で同じような事件が立て続けに起こり、犯人もまだ見つかっていない。
    そんな折、息子の部屋であるものを発見し「もしかしてうちの息子が犯人なんじゃね?」とお父さんは勘繰っちゃいます。
    そこからお父さんの類まれな想像力による「もしも息子が犯人だったら…」というストーリーを何パターンかお披露目してくれます。もうお父さんワールド全開。
    大体どのパターンでも、悪い方向にいろいろがんばっちゃうお父さん。
    でも2パターン目の途中あたりからなんだかちょっと応援したくなってきます。

    結局この父親、奥さんないがしろにせず、息子ともちゃんとコミュニケーションをとることが大事だったのではと。
    それを踏まえた上での今後の未来に期待したいですね。

    それにしても長かった…。

  • 主人公は、ある日小学六年生の息子に対して連続小学生誘拐事件の犯人ではないかと疑いを抱きます。
    疑いを晴らすために色々調べるにつれて、深まる疑惑。
    途中から、息子が逮捕された場合、一家心中する場合、息子を自分の手で殺す場合、等いろんなパターンの予想になります。どれも主人公の予想なので最終的には破たんしてしまいます。
    結局は息子が犯人だったのか、そうじゃないのかははっきりさせずに終わります。
    この作家さんの特徴なのかもしれないけど、はっきりさせてほしかった。

  • 最初はまさかねって、
    父親と同じでいいようにいいように
    考えていたから
    どんどんへこんだ。

    もし自分の子どもがって考えたけど
    そんなの答えは出ない。
    結末がないのも
    今回は正解なのかもしれない。


    2016.7.8 読了

  • 身内に殺人犯がいたらどうなるか。
    そして、それを知った自分はどうするのか。

    歌野さんの作品は、『絶望ノート』『葉桜の季節に君を想うということ』に続き3冊目。

    子供が身代金目的で誘拐されたあげく、遺体となって発見される。
    気の毒だけど余所の出来事、と高をくくっていたのに、犯人は自分の身内かも、という疑惑が生じる。
    その後の展開は、何とも言いようのない嫌~な流れに。
    半分くらい読んで、話が一区切りした時に、「これはもしかして、アレと同じ系統かも?」と思い、ちょっとオチが読めた気がしましたけども。
    読後感は良くはない。けど、少し希望も持たせているというか。
    渦中の人物となった(なるかもしれない?)人達の発言・やる事なす事にもやもや感はあるけど、結末が気になり、割と一気に読める作品でした。

  • なんだか大変不安になります。
    前半から後半にかけて、物語の展開の仕方が変わるため、一瞬「ん?」となるのですが、読んでいくうちに「なるほど」と作者の思惑というか試みに気づきます。
    後半の話しは、前半の話を元に複数の解釈、シミュレーションがなされることになるのですが、その一つ一つに物語があり、正直救いが無いと言うか、心にくるものがあります。いくつものシミュレーションを積み重ねて最終的に出した結論についても、正直少ないが無いです、、、、というか、結論も主人公の決着のさせ方であり、事実は分からないまま、物語は終わります。ですが、自分が同じ立場に立った際には、何ができるのだろうと思うとやはち答えは出ないような気がします。
    センセーショナルです。是非、読んでほしい。

  • そうゆうことを言いたい話ではないのだと思うけど、
    やっぱり最後本当はどうだったのか、知りたかった。
    残酷な犯行を起こした息子がどうなったかとか。その後。
    自分だったら、どうするだろうか。

  • タイムリープ?時間が巻き戻って、結末がその都度違ってる。それぞれに微妙に接点があったり、どうなっているんだと思ったところで種明かし。作者の術中に見事にはまってしまった。結局のところ、本当にあったことと妄想のなかの出来事の境界線がはっきりしない。本当は、すべて妄想で何もなかったのかもしれないし、本当は犯人なのかもしれない。子供との接し方がわからなくなってしまったところから、勝手にパンドラの箱と決めつけてしまったのかもしれない。それはまさしく、世界の終わりあるい始まりなのだと思う。

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著者プロフィール

1988年9月、『長い家の殺人』でデビュー。

「2017年 『7人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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