クォン・デ―もう一人のラストエンペラー (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店
3.82
  • (11)
  • (10)
  • (18)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 109
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (351ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043625048

作品紹介・あらすじ

1951年、杉並区の粗末な貸家で孤独に息絶えた老人・クォン・デ。彼はフランス植民地支配からの祖国解放運動のため、45年前に来日したベトナムの王子であった。母国では伝説的カリスマであった彼が、その後なぜ一度も帰郷できず、漂泊の日々を送らねばならなかったのか…。満州国皇帝溥儀を担ぎ出した大東亜共栄圏思想が生んだ昭和史の裏ミステリーを、映画界の奇才が鮮やかにドキュメント。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • あるテレビの仕事の取材でベトナム青年がふともらした「僕らの王子は、日本に殺されたようなものなのに、日本人は誰もこのことを知らない」という一言をきっかけにして、戦前の文献などを調べることとなったベトナムの王子クォン・デについての伝記。日露戦争で欧米列強の一国であるロシアに勝ったことはアジアからの期待は大きく、当時フランスの支配下にあったベトナムの人々にとっても憧れの国でもあった。クォン・デは、フランスからの祖国解放のために妻子を置いて、革命家のファン・ボイ・チャウらとともに来日した。しかし、結局は大きな貢献をすることもなく、最後までベトナムに帰ることなく日本の地で亡くなった。

    本書はクォン・デの生涯を描きつつ、当時の日本と現在にも通底する日本社会の課題を浮かび上がらせるように書かれている。「クォン・デが来日してから第二次世界大戦が終結するまでの裏面史を描くことで、現在の歪な日本の姿を、少しだけ角度を変えた光源から距離を置いたスクリーンに浮かびあがる映像のように際立たせることは、当初の意図のひとつだった」と書く。
    確かに第二次世界大戦に至る日本の歩みは森達也氏の問題意識と直接的に関係している。日本が戦争に突き進んだのは、ドイツやイタリアとは違った形のいわゆる日本的な「民意の暴走」によるものだと著者は解釈する。「日本は、究極的なデモクラシーを体現しながらファシズム国家への道を歩むという稀有な歴史を持つ国なのだ。 (中略) つくづく思う。日本という国は、ずっとこうだった、誰もが確信犯にならないまま、誰もが無自覚なまま、一人ひとりが全体の一部になることで思考停止して、国家としては取り返しのつかない愚策や過ちをいつのまにか犯している」

    著者は、もともとはテレビ業界出身の映像の人であり、オウムを追った『A』、『A2』などの社会派ドキュメンタリーの人だ。最近のゴーストライター事件の佐村河内氏を彼の側から描いた『FAKE』なども素晴らしかった。クォン・デの話も当初は映像ドキュメンタリーのフォーマットで形にできないかと検討したが、予算もつけられず、また書籍のフォーマットの方が適しているであろうということでこのような形で進められたと。そして、そのことで著者自身「ターニングポイントになる、とても大切な作品」と言っている。

    森さんらしく善と悪との二分法には抗がう。クォン・デを善人としても英雄としても描かない。逆にピュアだが、国の行く末を任せるにはやや頼りない経験不足な人物として描かれる。「この王子は批判や咀嚼の力があまりに弱すぎる。投げるのも直球なら受けるのも直球のみだ。これでは革命は成就しない」と評する。それでも、森さんの思い入れは伝わってくる。あとがきに何度も読み返し、少し涙ぐみさえもするという。

    この本を書くための調査の最後仕上げとしてベトナムに行くのだが、そこで想定外のオチが付く。場合によっては全体の構成自体を揺るがしかねない事態だが、それはそれで意味があることなのかもしれない。

    戦前のベトナムのこと、当時の日本とアジアとの関係、そしてもちろんクォン・デ自身のことなど全く知らなかったが、面白く読めた。

  •  面白かった。

     日本の歴史でいかに自分が教科書だけの知識しかなかったか。

     日本とアジアの関係。

     そこに絡むヴェトナム。

     王位継承者である彼の孤独が伝わる。

     一気に読了でした。

     

  • 本書のなかで、客観的な歴史など存在しない、歴史とは解釈するものによる主観的なものだ、と著者は云う。私も至極最もだと思う。だから、他人の主観を鵜呑みにしてはいけないのだ、とも思うのだ。
    ベトナムへは仕事で何度となく行ったが、いまだにその理解が難しい。私が子供の頃のベトナム戦争。そして終戦と統一。けれどその後の中越戦争や、カンボジア侵攻、そしてボートピープルというのはどうしても理解できなかった。
    今のベトナムはどうだろう。昨年、日越国交50年記念ということで、ファン・ボイ・チャウを描いたテレビドラマが日本で放送され、クオン・デも登場していた。日越合作だったと思うが、内容は彼らに好意的だったから、本書が書かれた時代とまた歴史解釈が変わったのだと思う。

  • ベトナム阮朝最後の王子クォンデが若くして日本に渡り、結果として何もなさぬまま日本で生涯を終えた王子の無為徒食の物語。
    ドラマあるドキュメンタリーを撮れると思って調べたら何も見つからなかった著者の苦悩いかばかりか。

  • 森達也独特の冗長な、情緒的な、文章で、もってかれて、もってかれて。日本人て、何なのだろうなぁ、てことを考えながら読んでいた。忘れてしまうことは、なんとも、悲しいなぁ。。。僕は、正直、歴史を知らなすぎるなぁ。(12/1/29)

  •  

  • 2007年87冊目

  • 歴史の闇に埋もれてしまったベトナムの王子、クォン・デについて書かれたドキュメント。
    クォン・デと言う人物は読むまで知らなかった。ベトナムの歴史も、ほとんどと言っていいほど知らない。
    本書は大きく分けて二つのシーケンスから成り立っている。
    一つは書き手である森達也自身が自分の足でクォン・デを追うものと、森達也があらゆる文献を元にフィクションを交えてクォン・デやファン・ボイ・チャウの行動を文章化したものだ。
    つまり後者のシーケンスの登場人物達の心情や、行動の真意は単なるフィクションである。
    読んでいても彼らの悲観や情熱を作者が愛しすぎているきらいはある。だから文章から悲哀の二文字が立ちこめ過ぎている。
    僕は史実を知らない。詳しく調べていけばもしかしたらでたらめなのかもしれない。
    ただこの小説を或る一つの創作と考えるならとても面白かった。
    きっと書き手自身の思惑もそうなんだと思う。
    最も考えるべきはクォン・デのその日の一挙一動、感情の細やかな描写よりも、彼を忘れてしまった現代という時代ということなんだろうな。

  • 内容(「BOOK」データベースより)
    1951年、杉並区の粗末な貸家で孤独に息絶えた老人・クォン・デ。彼はフランス植民地支配からの祖国解放運動のため、45年前に来日したベトナムの王子であった。母国では伝説的カリスマであった彼が、その後なぜ一度も帰郷できず、漂泊の日々を送らねばならなかったのか…。満州国皇帝溥儀を担ぎ出した大東亜共栄圏思想が生んだ昭和史の裏ミステリーを、映画界の奇才が鮮やかにドキュメント。

  • 1906年、日本を訪れ、ひっそりと暮らし孤独に死んでいったベトナムの王子の生涯。日本に憧れ、ベトナム独立を夢見て日本にやってきた若い王子。書かれなければ知られることがなかった。「もう一人のラストエンペラー」という副題がわかりやすい。全然知らなかったベトナムの近代史のこと、勉強になる。

全12件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1956年、広島県生まれ。ディレクターとして、テレビ・ドキュメンタリー作品を多く製作。98年オウム真理教の荒木浩を主人公とするドキュメンタリー映画「A」を公開し、2001年には映画「A2」を公開。11年『A3』(上下巻、集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞を受賞。現在は映像・活字双方から独自世界を構築している。16年、ドキュメンタリー映画「FAKE」で話題を博す。著書に『死刑』(角川文庫)、『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』(ダイヤモンド社)、『ニュースの深き欲望』(朝日新書)など多数。

「2018年 『虐殺のスイッチ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

クォン・デ―もう一人のラストエンペラー (角川文庫)のその他の作品

森達也の作品

クォン・デ―もう一人のラストエンペラー (角川文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする