心の傷を癒すということ (角川ソフィア文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043634019

作品紹介・あらすじ

1995年1月17日未明、震度7という激震が阪神・淡路地方を襲った。全てが手探りの状態で始まった精神医療活動、発症する数々の精神障害、集まった多くのボランティア、避難者や仮設住宅の現実…。震災がもたらした「心の傷」とは何か?そして本当の「心のケア」とは何か?被災地から届けられた、「いのちとこころ」のカルテ。第18回サントリー学芸賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 今回の東日本大震災をずいぶん重ね合わせて読むことが出来たと思う。
    「心のケア」についても,本当に被災地に必要なことは何か考えさせられる1冊。

    この作者による著書がこれしかないのが残念なくらい,
    分かりやすく読みやすかった。

  • (2013.01.19読了)(2011.07.17購入)
    【東日本大震災関連・その107】
    東日本大震災の後、日経新聞のコラムで紹介されていたので、気になり購入していたのですが、阪神淡路大震災18年のニュースを聞いたのを機会に読んでみました。
    1995年1月17日の阪神淡路大震災から、ほぼ1年間の著者の精神科医としての活動がつづられています。日本では、精神科とか、神経科と名乗ると敬遠されてしまうので、精神科医であることは、表面に出さずに活動せざるをえなかったようです。
    人間は、体の不調と同様、精神のバランスを崩すことがごく普通にあるという認識が行き渡って、精神科にかかりやすい日が来るのが望ましいのかもしれませんが、本書でも述べられているように、親が子を失った時、子が親を失った時、愛する人を失った時、の悲しみ、等は、同じような経験をした人同士の交流が最も有効な癒しになる、ということもあるようですので、精神科医の役割は、あくまでも脇役ということになるのでしょう。
    日本における心のケアは、阪神淡路大震災の経験をきっかけにして、本格化したのでしょうか。もしそうなら、この本の著者の安克昌さん、や中井久夫さんの果たした役割は大きい、ということになります。
    ただ、残念なことには、安克昌さんは、2000年12月にがんのため39歳で亡くなっているとのことです。この本の単行本は、1996年4月に作品社より刊行されています。

    【目次】
    序  中井久夫
    第Ⅰ部 震災直後の心のケア活動 1995年1月17日~3月
    一、私の被災体験
    二、精神科救護活動はじまる
    三、直後に発症した精神障害
    四、精神科ボランティアの活動
    第Ⅱ部 震災が残した心の傷跡 1995年4月~96年1月
    一、PTSDからの回復
    二、死別体験と家族
    三、その後の心のケア活動
    四、避難所と仮設住宅の現実
    五、変化してゆく意識
    第Ⅲ部 災害による〈心の傷〉と〈ケア〉を考える
    一、〈心の傷〉とは?
    二、〈心のケア〉とは?
    三、災害と地域社会
    あとがき
    解説  河村直哉
    参考文献一覧

    ●気が張っている(22頁)
    「たいへんでしょう」と声を掛けても、「命が助かっただけよかったです」、「だいじょうぶです」、「地震なんだから仕方がないです」、と自分の被害を控えめに話すのだった。
    当面の生活維持のため気が張っているためと、あまりのショックで現実感を喪失しているために、うつ状態にならずにいるのだろう。仕事への没頭も、一時的に喪失体験からの注意を逸らせるために必要なのだろう。
    ●ないない(23頁)
    大規模都市災害というものは、こういうものなのだ。埋もれた人を助ける人手がない。道具がない。消火活動するための水がない。負傷者を運ぶ手だてがない。病院で検査ができない。手術ができない。収容するベッドがない。そして、スタッフは全員疲労困憊している。
    ●PTSD(63頁)
    被災者の多くが精神的ダメージを受けていることは疑いようがなかったけれども、そういう人達が続々病院の精神科を訪れてくれるわけではなかったのである。
    ●助けてあげられなかった(67頁)
    「しかたなかったんです。私も逃げるのが精一杯だったんです。助けてあげられなかった。……それで自分を責めてしまうんです。今も耳元で〝助けて、助けて〟という声がするんです。……私も死んでしまえばよかった」
    ●心の傷(69頁)
    一般に、心の傷になることはすぐには語らない。誰しも自分の心の傷を、無神経な人にいじくられたくはない。心の傷にまつわる話題は、安全な環境で安全な相手にだけ、少しずつ語られるのである。
    ●飲酒(77頁)
    避難所内でまず問題になったのは、朝から飲酒して生活のリズムを崩している人たちだった。治療を受けていないアルコール症者が多いようだったが、なかには数年間断酒していたにもかかわらず、震災後のストレスによって再飲酒し始めた人もいた。
    ●「解離」と「否認」(83頁)
    衝撃的な体験をこうむった人は、しばしばその体験の実感を失ってしまうものである。ひどい場合には記憶を失うことすらある。これは、衝撃から自分を守ろうとする無意識の心の働きである。精神医学では、この反応を「解離」と呼ぶ。一方、「否認」と言う防衛機制もある。これは、「解離」と違ってその人が自分の体験を認めたくないことを、ある程度意識している。
    ●喪失の受容(109頁)
    亡くなった人は二度と帰ってこない。これは厳粛な事実である。だから、死別体験者の苦しみとは、この動かしようのない事実をいかにして受け入れるかという葛藤であろう。だが死別という事実は、時間さえ立てば受け入れられるというようなものではない。死別を十分に悲しむという作業(「グリーフワーク」と言う)がまず必要である。そして葛藤の中で考え、感じ、話すことによって、喪失は受容されていくもののようである。
    ●被災地から離れて(158頁)
    私の妻は、大阪に避難したときに子供を公園で遊ばせていたところ、見ず知らずの人に「神戸で被災した人は罰が当たったんですよ」と言われたそうである。また私の知人は、大阪にある職場で「いつまで甘えてるんや」と言われてひどく傷ついたと言っていた。
    ●行政の援助(167頁)
    行政の援助はひとまず仮設住宅に入居したところで終わりである。この後は、「自力」だけで立ち直っていかなくてはならないのだろうか……。
    ●児童虐待(202頁)
    子どもはどんな被害にあっても、自分からそれを訴え出ることがない。周囲の大人が発見して初めて顕在化するのである。
    ●外国人死者(239頁)
    阪神・淡路大震災で、外国人は百七十三人の死者を出している。内訳は、韓国・朝鮮百十一人、中国・台湾四十四人、アメリカ二人、ペルー一人、ブラジル八人、フィリピン二人、オーストラリア一人、ミャンマー三人、アルジェリア一人などとなっている。

    ◆阪神・淡路大震災関連図書(既読)
    「災害救援の文化を創る」野田正彰著、岩波ブックレット、1994.11.21
    「大震災復興への警鐘」内橋克人・鎌田慧著、岩波書店、1995.04.17
    「神戸発阪神大震災以後」酒井道雄編、岩波新書、1995.06.20
    「災害救援」野田正彰著、岩波新書、1995.07.20
    「わが街」野田正彰著、文芸春秋、1996.07.20
    「神戸震災日記」田中康夫著、新潮文庫、1997.01.01
    「ヘリはなぜ飛ばなかったか」小川和久著、文芸春秋、1998.01.10
    「復興の道なかばで」中井久夫著、みすず書房、2011.05.10
    「阪神・淡路大震災10年」柳田邦男著、岩波新書、2004.12.21
    (2013人2月15日・記)
    (「BOOK」データベースより)
    1995年1月17日未明、震度7という激震が阪神・淡路地方を襲った。全てが手探りの状態で始まった精神医療活動、発症する数々の精神障害、集まった多くのボランティア、避難者や仮設住宅の現実…。震災がもたらした「心の傷」とは何か?そして本当の「心のケア」とは何か?被災地から届けられた、「いのちとこころ」のカルテ。第18回サントリー学芸賞受賞作。

  • 1月 修さん選

  • ようやくにして読み始めた。
    安先生の言葉のひとつひとつが心に染み渡るぜ。
    今回の東北大震災にはどのような形で安先生たちの経験やこの本の中で指摘されていたことが生かされているのか追いかけてみたい衝動。

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