うちのパパが言うことには (角川文庫)

  • 角川書店 (2008年5月24日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784043646050

作品紹介・あらすじ

かつては1970年代型少年であり、40歳を迎えて2000年代型おじさんになった著者。鉄腕アトムや万博に心動かされた少年時代の思い出や、現代の問題を通して、家族や友、街、絆を綴ったエッセイ集。

みんなの感想まとめ

家族や友、街との絆をテーマにしたエッセイ集は、著者の少年時代の思い出や現代の問題を通じて、同世代の読者に深い共感を呼び起こします。特に、1970年代の文化や体験を背景にした独特の視点が、多くの人にとっ...

感想・レビュー・書評

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  • 表紙の写真…親子でのシェーのポーズに思わず笑った。

  • 重松さんのエッセイを初めて読みました。同世代なので育ってきた時代背景、見てきた物に対しての目線や捉え方考え方に共感することができました。あらためて重松さんの作品を読みたくなりました。

  • なぜ人が追い求めるものと目が覚めたら消えてしまうものを夢と呼ぶのだろうか

    これを最初に見て理由を考えてた。そして私の考え

    それは続きを求めるということだと思う。

    人が追い求めるめるものも続きを求めている。目が覚めてしまうと見ることの出来ない夢もその続きが気になってしまう。それだと思う

  • 少し前に重松清さんの短編小説が良かったのでエッセイを読んでみたのですが、新聞のコラムみたいな真面目な文体ゆえ後半飽きてきてしまって、たぶん少しずつ読む分にはそれなりに読み味があるのだと思うのですが、まとめて読むにはちょっとキツかったです。単純に私には合わなかったです。でも重松清さんの人間性がわかったので次の小説を読むには参考になるかも、と思いました。

  • 重松清が40歳前後の時に書いたエッセイ集.ちょうど今の自分と同年代.「家族」を物語の中心に添えた作品を数多く残している著者.共感できる部分が多々ある."はてのない「思い通り」のレース”,”「異物」を愛して”,”期待よりも・・・”は秀逸.

  • インフルエンザで3日ほど休みを頂きました。1日目は38度台から熱が下がらず、頭痛もひどくゴロゴロしているだけでしたが、2日目からは本が読めました。そこで、古本屋で買った本書を一気に読みました。私と同世代の著者とはもちろん生きできた時代が同じなので、エッセイでも小説でも「それ、わかるわかる」ということがよくあります。かぐや姫のこと、永ちゃんのこと、ユーミンのこと、ヤマトのこと、ノストラダムスの大予言などなど。さて、「標語は何の役にも立っていない」ということについて。それは、作らせるほうの自己満足なのでしょうね。いかにそれを徹底させるかが大事なのに、作ったらおしまい。そういえば、最近良くテレビで流れている、誰にでもすぐできること、無駄な電気を消すこと、それならすぐテレビを消すことと思うのですが、我が家の子どもたちには全く響いていないようです。ちょっと感動した話は「母からの電話」。「岡山に帰ってきたら電話しいや」と。実家に立ち寄るわけではない。電話なら東京からでも岡山駅からでも同じはず。でも母からすると違う。「声の近さが違う」のだとか。同じ空気を吸っているという思いになれるのかもしれません。

  • 最初が特におもしろい。私も過去にとらわれて過去のことを色々と回想するのが好きなタイプだな。

  • 君は不思議だと思わないか?
    ひとが追い求めるものと、目が覚めたら消えてしまうものを、なぜ同じ「夢」と呼ぶのだろう……。p18

    ぼくは1963年に生まれた。高度経済成長期に産湯を使い、アポロと万博と星新一に「未来」を教わる一方で、水爆とノストラダムスと『宇宙戦艦ヤマト』によって、地球はやがて滅亡するんだという予感も植え付けられた、1970年代型少年ーーである。p24

    「うまくしゃべれなかったから…優しさが好きになれたかもしれない」p220

    人間と人間は百パーセントわかりあえるべきものなのだとしたら…たぶん、小説はずっと昔に滅びていただろうと思います。p240

    子どもの問題を社会問題と見なすことに、ぼくは反対である。子どもの問題は、あくまでもあなたの目の前にいる太郎くんの問題であり、花子ちゃんの問題であり、その子と向き合うおとなーーあなたの問題であるはずなのだ。p261

    「どこにでもいる普通の少年を主人公にした」というような評文を目にすると、つい「『普通の少年』に会ったことがあるのかよ」と毒づいてしまう。p264

  • こんな感じの本けっこうすき

  • 重松清さんのものの捉え方・考え方、やっぱり好きです。張りつめたかんじではなく、張りつめていたいけどゆるんでしまい、もう一度張りつめようとするけど、うまくいかないかんじ。だけど、張りつめることを諦めたり、やめてしまったりすることはしない。その理由は、「それは悔しいし、さびしい」から。
    そして、「今は最高じゃなくても、それほどわるくない」ことに気付いているから。
    自分と自分の周りを眺める目が、何を見ているのかがよく伝わります。
    なんとなく「頑張ろう」と確かに思える一冊でした。

  • 共感できたりできなかったり

  • 「『成りあがり』を愛した少年のお話」収録

  • バカボンのパパは41歳!

    おとな買いは子どもにとってはルール違反!

    事象に対する事実は1つ、でも思い出は色々(=真実?)。

    モノサシが「東洋」「戦後」から「世界」「観測史上」に変わってく。

    青春の終わりは、奨学金をすべて返し終えた時。

    メメント・モリ=死を思え。

    中央の押しつけてくる理想論のひずみは、結局、最も弱いところ‐家庭や子どもにのしかかってくる(p.122)


    「命の重さを子どもたちに教えよう」などと言いながら、「生きることのすばらしさ」しか伝えないというのはきれいごとだろう。「死ぬことの尊さ」と合わせて伝えないということには、命の一面しかわからないことになる。(p.93)


    勝敗とは試合を終わらすために設けられた便宜上の取り決めにすぎない!

    人生そのものが生まれて初めての連続!


    きみたちが何年か先に船出するオトナの世界は、けっこうガキっぽいようだ。ガキのままでも、やっていくる。それは、もう、確かな事実として認めたい。
    さあ、そこから、きみはどうする?
    オトナになるの、やめちゃう?それとも、ぼくたち現役のオトナとは違ったオトナになってみる?
    いつか、その答えを聞かせてほしい。(p.191)

    人間と人間は百パーセントわかりあえるべきものなのだとしたら…たぶん、小説はずっと昔に滅びていただろうと思います。(p.223)

    子どもが常にかわいい訳ではなくて、かわいくない時もあるのだ。

  • 身近な話題からのエッセイ集。「みんなはじめて」から...思春期の男の子が「生まれてはじめて中学生やってるんだ!」 父親は「生まれてはじめて父親やってるんだ!」... そうだ!そうなんだ!って大きく頷いてしまった。なんとなく楽になった自分がいた。

  • ■重松清さんの全作品を感想文にしてブログで挑戦中です。
    重松清ファン必見!
    http://wwjdkan01.blog68.fc2.com/

  • 重松清エッセイ集。2冊目かな、エッセイ読むのは。
    心に響いた文章、書き留めておきたい。
    「思い通り」ってどういうことだろう。
    線をノートに引いてみて、片方を「わがまま」片方を「夢の実現」その間を揺れ動いていること。
    それは人によってちがう。
    思い通りには果てがない。夢の実現にはゴールがあるけれど。
    「思い通りにいっているように見える人」はその線がたくさん、身近なものにあって実現させてるんじゃないかな。
    しっくりきた。
    私は夢の実現にすっごい近くて、それがかつて果てしない所にあったような。
    もっと「当たり前」のこと大切にしたい。
    あと、「みんなはじめて」っていうので、思春期の男の子が「生まれてはじめて中学生やってるんだ!」父親は「生まれてはじめて父親やってるんだ!」人生一度きり、いつもが「はじめて」
    そしてニュースは前後が大切。ってこと。前兆があり、それを防ぐ。後はどうするか・・その連続。
    それは人生においてもいえそうな気がした。

  • 著者が仕事で書いてきたコラムを集めたエッセイ集。
    章別に、著者と同世代の人たちの視点に関する話、著者の故郷や年上の家族に関する話、10代の少年少女に関する話などに分かれていて、色んなジャンルについての話が一冊になっている。
    どの物事に対しても著者がやさしい、けどなかなか気づきにくい視点で観察しているのがわかる。

    あと、1文1文が読みやすくてきれいにまとまっていると感じた。

  • 表紙の写真・・親子で「シェー」のポーズに思わず「プッ」となる。
    重松氏とほぼ同年代のオレとしては、必ずやったポーズなのだ(笑)

    西暦2000年以降の21世紀の世の中はどうなっているのだろう?
    確か少年時代にそんなことを考えた。
    「鉄腕アトム」に描かれた未来都市・・街には空を飛ぶ車が走っている。
    そして難病も必ず医療の力で治すことができ、皆が平和で笑っている。
    何だかそんなイメージだったよな。
    しかしその前に1999年にはノストラダムスの大予言で世界は壊滅しているかも・・。
    そんなことを考えてみても、結局21世紀になっても、そう世の中は変わっていないんだよな・・^_^;

    エッセイという表現方法は、小説よりも好きかもしれない。
    それは作家の「人となり」というものがわかり、「そうなんだよなー」と同調できたりできるからだ。
    この作品はそういう意味では、重松氏の辿ってきた様々な思いを読むことで自分自身の振り返りにもなった。

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著者プロフィール

重松清
1963年岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。91年『ビフォア・ラン』でデビュー。99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木三十五賞、10年『十字架』で吉川英治文学賞を受賞。著書に『流星ワゴン』『疾走』『その日のまえに』『カシオペアの丘で』『とんび』『ステップ』『きみ去りしのち』『峠うどん物語』など多数。

「2023年 『カモナマイハウス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

重松清の作品

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