薄闇シルエット (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店
3.54
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本棚登録 : 928
感想 : 131
  • Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043726080

作品紹介・あらすじ

「結婚してやる」と恋人に得意げに言われ、ハナは反発する。結婚を「幸せ」と信じにくいが、自分なりの何かも見つからず、もう37歳。そんな自分に苛立ち、戸惑うが……ひたむきに生きる女性の心情を描く。

感想・レビュー・書評

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  • 30代後半の女性の心の機微、気持ちの揺れ動きを、非常に丁寧に、緻密に描いた長編傑作。
    わたしがまだ書店員だったとして(昔働いていた)、30代の女性に向けてのコーナーを作ることになったとして、その選書を任されたとしたら(設定が細かい)、間違いなく、この作品をノミネートするだろう。
    主人公、37歳、独身。
    わたし、35歳、独身。
    主人公の言葉、心の声が、刺さる、刺さる!
    読了後、大量についた付箋が、全てを物語る。

    西加奈子さんの「白いしるし」でも描かれていた、人が抱える「怖い」という感情。
    本作品では、特にこの年代の女性に起こりうる特有の「変化」に焦点を当てて、変わることの怖さを描きあげている。その変化とは、人だったり環境だったり、あるいは自分だったり。
    葛藤、比較、自分との折り合い。ただ生きているだけで、否応なく訪れるそれらの感情。
    それらが大きな波のように、一度ではなく、幾度となく訪れる。
    そして、目の前にそびえたつ壁のように、越えることは困難である。

    今回は、作中の言葉を引用しながら、以下の目次に沿ってレビューを描きたい。

    ・結婚編
    ・親子編
    ・仕事編
    ・生きる編

    結婚編
    P11「どうして結婚が当然なのか。どうして私がちゃんとしてもらわないとなんないのか。その決定にまつわる権限をどうしてタケダくんが持っていて、私がその決定を喜ぶとどうして誰も疑わないんだろう?」
    P34「私だって喜びたいんだよ。いちゃもんをつけずに(中略)二人の未来がすばらしいものであると信じ切って、うわあうれしいと、声をあげて喜びたいんだよ。どうしてそうできないのか自分でもわからないんだよ。どこでねじくれちゃったのかわからないんだよ。嫌な女だって自分でもわかっているんだよ」

    つまり結局、

    P221「結婚は何も変えちゃくれないんじゃないのかなあ。変わるとしたら、自分で自分を変えるしかないんじゃないのかなあ。」「何歳の誰と結婚したって、やはりそれは、自分ひとりだけのことなのではないか。一人の決意、ひとりの作業、ひとりの責任。」「結婚はだれをもちゃんとさせないし、手品のように幸福を取り出したりはしない。私たちはいつだってひとりずつで参加しなくてはいけないのだ、人生というものに。」

    親子編
    P134「母が私に、結婚しろ、家庭を作れと言い続けたのは、自分の生き方を娘に強要したかったのではなくて、そうして作り上げた自分の城を否定されたくなかったからに違いない」
    P160「もし母親がね、古着、いいわねえ、やんなさいやんなさい、って言ってたら、わたし、ここまで頑張ってきたかな、と思うわけさ」

    わたしの母は教員をしていて、娘であるわたしにも地元の公務員をやんわりと押しつけてくるものだから、学校の先生には絶対なるまい!と思っていたけれど、結局、わたしは教育機関で働くことになった。
    そして、クラシックばかりを愛する母に反発して、ロックンロールとパンクロックばかりを聴くようになった。
    きっと、いつか今の仕事のことをきちんと母に伝えて、DJをやっている姿を見てもらうことが、わたしと母の、母子関係のゴールなんだろうなと思う。そんな日が来ればいいのだけれど。

    仕事編
    P163「みっともないとかやりたくないとか思うことも、やんなくちゃなんないときもあるよ」
    P270「私はそんなふうに、前に前に、プラスにプラスにって進んでいくことが、どうしてもできない。そうしないことを選んでるんじゃなくて、ただできないだけなんだよう。」
    P269「私自身がなんにも持っていないことを、チサトに見破られたくなかったのだ。」

    自分には何もないと思っているからこそ、何かを始める決心をした友人や変わってしまった友人を妬ましく思い、自分だけが置いてけぼりにされたような気持ちになる。そして、停滞する。

    P79「思うんですけど、人って、発展も後退もない金太郎飴のど真ん中みたいな状態に、そうそう耐えられるもんじゃないと思うんですよね」
    P234「恋人と別れても同じところに住み続けていると知るや、(中略)『引っ越しなよ、いい加減。黴はえるよ、部屋にもあんたにも』」と、焦れったそうにその場で知り合いの不動産屋に連絡をとってくれたのである。

    確かにわたしには何もない。好きなことを好きなようにやっているだけ。
    怖いこと、面倒くさいことから逃げて、したくないことをしないで生きているだけ。
    自分ではそれを「自由」な生き方だと思って生きている。
    自由に時間を使いたいから結婚には向いてない。
    責任を負いたくないから正社員で働きたくない。
    自分がフリーターのくせにパートナーがフリーターだとちょっと不安。
    ああでもない、こうでもない。
    結婚、という言葉を向けられるたびに思ってきたこと。
    結婚だけが幸せとは限らない。
    別に結婚したくないわけじゃない。
    ただ、P32「結婚よりおもしろいことがたくさんあると思った」だけ。
    面白いことのために誰かを犠牲にしたり、誰かのために何かをする余裕がない、ただそれだけのこと。
    安定した生活なんてつまらない。
    いつだって刺激的な生活をしてたい。
    なのに結局「ない」「そうじゃない」「結婚だけが幸せじゃない」の方向にあったのは、停滞だった。

    生きる編
    この「したくないことをしない」という主人公の生き方は、わたしの生き方とそうそう変わらない。でも、この生き方は結局、何かを、誰かを受け入れることができなくなるんじゃないか。どんどん人を、意固地にするだけなんじゃないか。

    P108「したくないことを数え上げることで、十年前は前に進むことができたけど、今はもうできないとおれ思うんだ。したくないって言い続けてたら、そこにいるだけ、その場で駄々こね続けるだけ」
    P150「私には何ができるだろう?私とは何をすることで、自分だけの城を作れるんだろう?母のような城はいやだ、チサトのような城もいやだ、タケダくんの城にも住みたくない、いやだとやりたくないばかりくりかえして、私はその先に進めるんだろうか?」
    P220「私はどこへも行きたくなかったんだな。そればかりではない、だれにもどこへも行ってほしくなかったんだな」「結婚に思うところがあるわけではない、仕事に思うところがあるわけではない、私はただ、変わってしまう、ということがこわかっただけなのだ」
    P268「私だけだよ、なんにも変わってないの。(中略)みんなひとつずつ手に入れて、一歩ずつ先に歩いてるのに、私だけいつまでも手ぶらで、じたばたしてるだけなんだよ」

    わたしの中で「自由=したいことをする」「自由=したくないことをしないこと」という構図が出来上がっていたけれど、きっとそうじゃない。自分の「したい」「したくない」以前に、まずはその状況を受け入れること。

    P273「送ってと言えばいいのに一人で平気と歩き出し、ひとりで歩けば不安になる。これが私、いやになるくらい私なのである。」

    まずは、「いやになるくらい私」を受け入れる。そして、送ろうかと声をかけてくれたその友達に「送ってほしい」って伝えること。それが「変化」を受け入れるということだ。人に感謝できるということだ。

    P279「年齢とか経験とか、そういうことではなく『大人になる』とは、自分にとって何が大事で、何を選び取っていくかということだと、タケダくんはハナに伝えようとしているのでしょう。」

    この作品のタイトル「薄闇シルエット」。最後の解説でなるほどなと思いました。
    P277「ハナの影となって物語を追い続けました。読後、本体から影を切り離すのは寂しく、せつないものでした」
    わたしもきっと、しばらくは主人公ハナのシルエットであり続けるだろう。

    そして最後に、この作品を紹介してくださったさてさてさん、今この年齢と状況でこの作品に出会えたこと、再び角田光代さんの作品に目を向ける機会を与えてくださったこと、心より感謝申しあげます。ありがとうございました!

    • sinsekaiさん
      いやぁいつ読んでも素晴らしいレヴューですね!
      惚れ惚れします。
      俺が抜粋しなかったけど、心に刺さった言葉が全部載ってました。
      たぶん、女性と...
      いやぁいつ読んでも素晴らしいレヴューですね!
      惚れ惚れします。
      俺が抜粋しなかったけど、心に刺さった言葉が全部載ってました。
      たぶん、女性と男性では多少なのかだいぶなのか感じ方は違うのかもしれませんね

      俺が同じ所も抜粋してあったのが少し嬉しかったです
      まだ今年に入ってそんなに本は読んでませんが現時点で今年一番!
      今まで読んだ本の中でもそーとーな上位にいる素晴らしい本でした。
      拙いレヴューですが、良かったら私のも暇つぶしに見てくれたら嬉しいです。
      2021/03/14
    • naonaonao16gさん
      sinsekaiさん

      こんばんは!
      読まれたんですね~
      sinsekaiさんのレビューも拝見させていただきましたー!拙くないですし...
      sinsekaiさん

      こんばんは!
      読まれたんですね~
      sinsekaiさんのレビューも拝見させていただきましたー!拙くないですし、しっかりと読ませていただきました!(笑)

      惚れ惚れだなんて、言われた日にはたまりませんね(笑)ありがとうございます!

      この作品、男性が読むとどんな感想を持たれるのかなと思ってsinsekaiさんのレビュー拝見しました。
      うまく言えませんが、少し感じ方、捉え方が違う部分もあるんだろうなという印象です。
      共同経営者の対する見方とかは、鋭いなと思いました。
      補足ですが、わたしは主人公が最初にチサトに感じた侮蔑、チサトがはっきりとではなくぼんやりとしか将来を描いていなかったからこそ一緒にできると思った、というくだりはなんだかものすごく共感する部分がありましたね。

      わたしもこの作品は「BOOK OF THE YEAR2021」の候補です!

      あと、最近映画を観る時間とれてなくて悲しいです(泣)
      2021/03/14
    • sinsekaiさん
      純粋恋愛の会の会員登録が完了いたしました
      ありがとうございます笑

      たしかに、男と女では捉え方、感じ方は違いますよね(永遠のテーマなのかも…...
      純粋恋愛の会の会員登録が完了いたしました
      ありがとうございます笑

      たしかに、男と女では捉え方、感じ方は違いますよね(永遠のテーマなのかも…)
      冒頭の結婚してやるの「やる」は引っかかる所ですよね、男としては多分あまり深い意味とかマウント取ってるみたいな感じはないんだと思うんですが

      ここでは語り尽くせないほど話したい事が沢山ある本当に素晴らしい本でしたね!

      いつか、純粋恋愛の会の会合でいろいろな話をして見たいものです(夢ですが)

      そしてnaoさんのDJ姿は俺も見てみたいし聴いてみたいです♪
      それでは、また!
      2021/03/15
  • 『私には何もないのだ。本当に何もない。…作り出すことも、手に入れることも、守ることも奪うこともせず、私は、年齢だけ重ねてきたのだった』

    時々、漠然とした不安で胸が押しつぶされそうになることってないでしょうか?何がどうというわけではありません。明確なきっかけがあるというわけでもありません。自身の年齢を思い、周囲の人と比較して、自分は何をやってきたんだろう…とか、自分はこの先どうなってしまうんだろう…とか、そんな漠然とした不安です。もちろん、それが深刻になりすぎるのであれば病院にかかった方がいいとは思います。しかしそんな深刻なレベルではなくても、ふとそんなことを考える瞬間は誰にでもあるように思います。一方で我々の日常は慌ただしく過ぎていきます。やがてそんな不安も自然と紛れてしまいます。慌ただしい日々が決して好きなわけではありませんが、隙間時間ができたが故にそんな不安に苛まれるとしたら、ずっと忙しいほうがいいのかもしれない、そんな風に思ったりもします。

    そう、人はそんな風に未来に漠然とした不安を抱くものです。一方で過去に後悔の気持ちも抱きます。あの時、ああしていたら、今の自分はもっと違っていたのではないか…と。だからこそ、過去の失敗を繰り返さないために、今の自分が未来の自分を思い、こんなままでいいのだろうかと不安を抱くのかもしれません。

    さて、ここにそんな誰もが抱くモヤモヤとした気持ちに苛まれながら三十七歳という時代を生きている一人の女性がいます。彼女は『私には何もない』と語ります。そう、この作品はそんなモヤモヤとした彼女の日常の中に、人生の”理想の形”を探していく物語です。

    『なんかつまんねえや、と、すでに居酒屋にいるときから感じていた』主人公のハナ。しかし『その気分の理由は自分にもよくわからず、私は何も言わずにただにこにことタケダくんの隣で酒を飲』んでいたというハナ。『ノリちゃんやムラノくんの言葉を借りれば「だいぶ遅れたけれど結局ハッピーをものにした女」みたいな顔つき』だったというハナ。そして、『二人と別れ』、タケダ君と終電の近い駅へと急ぐハナ。『当然のことであるかのようにタケダくんは私のマンションにきた』というその先。それを『まったく何もかもがいつもどおりなのに、私はそのいちいちに苛ついた』というハナ。先にシャワーを浴びて出てきたタケダくんは『いかにも慣れた仕草で冷蔵庫からビールを抜き出し、ソファに座る』といういつもの展開。『ハナちゃん、引っ越しも考えないとな。おれがここにきてもいいけど、それじゃあなんていうか変化がないよな』と言うタケダくんに『そっすね』と『私は返事をしたがそれは届かなかったらし』く、『なあ?』と聞いてくるタケダくん。『そりゃもちろん結婚するんだよ、当然でしょう、と、数時間前、タケダくんはノリちゃんとムラノくんに言い放った』ことを思い出すハナ。『初耳だった。タケダくんが私との結婚を考えていたなんて、全然知らなかった』というハナ。『私は喜ぶべきだったのだろうと思う』も何故か『なんかつまんねえの』とその時思ったハナ。それを思い出して『なんでそんなこと思ったんだろう』とさらに考えこむハナ。翌日『まじで不動産屋いかない?』と訊くタケダくんと出かけるも『なんかつまんねえ感がじわじわと押し寄せて』くるハナ。『ご結婚されるんですか』と愛想よく不動産屋に訊かれ、『じつはそうなんっすよ』とこちらも愛想良く返すタケダくん。『なあ、買う方向で考えない?だって家賃よか全然安いじゃん』と言うタケダくんにモヤモヤ感がさらに募るハナ。『こうしたいとか、これじゃいやだとか、意見があるなら言ってくれなきゃわかんないよ、むすっとして文句ばっかり言われちゃたまんないよ』と言うタケダくんは先に歩き出します。そして『私結婚しない』と『タケダくんのうしろ姿に』ハナは言うのでした。そんなモヤモヤとした感情を抱えるハナの日常が描かれていきます。

    37歳の主人公・ハナのモヤモヤとした感情、自分自身でもその理由がわからないというその感情に支配されたハナの日常が淡々と描かれていくこの作品。角田さんは、そんなハナのモヤモヤとした感情を、ハナの年代の女性の代表的な悩みでもある『結婚』と『仕事』の二つに焦点を当てて描いていきます。

    まずは『結婚』についてです。『そりゃもちろん結婚するんだよ、当然でしょう』というタケダくんの言葉に引っかかりを感じたハナ。『どうして結婚が当然なのか』と漠然と感じるハナは『その決定にまつわる権限をどうしてタケダくんが持ってい』るのかと考えます。結婚に至るまでの道程や考え方は当然ながら人によって千差万別です。また、結婚を当然とする時代でもなくなってきている社会情勢の変化もあります。しかしハナのこだわりはそういった方向性とも少し違うものでした。それは変化を期待する一方で、『結婚したからといって何かが大きく変化するわけでもなく、私たちは今までくりかえしてきた生活を、ひとつの場所でおこなう』だけであり『なんかつまんねえ』と感じるものでした。それを角田さんは『金太郎飴』に例えてこんな風に登場人物に語らせます。『人って、発展も後退もない金太郎飴のど真ん中みたいな状態に、そうそう耐えられるもんじゃないと思うんですよね』。これに対して『私は金太郎飴的状況をこそ求めているのかも』とハナは逆に考えます。ここにハナという女性のモヤモヤとした感情の正体がまず見え隠れします。

    そして、このハナの感覚は『仕事』においても同じでした。共同経営者として古着屋を営むハナ。『行動力が有り余っているのに、決断力が鈍い』共同経営者のチサト。それに対して『動かないかわりに、チサトの意見をじっくり比較検討し、ものごとの決定に関わってきた』と自負するハナ。しかし、そんなチサトが新たな一歩を踏み出そうとしても『チサトと違って私は、有名になりたいとももっと稼ぎたいとも思わない』と考えます。『私は今、何を失いつつあって、何を得つつあるのだろうか?』と悩みは募っていきます。まさしく『私は自分でも自分がよくわからない』と、自分自身が見えなくなってしまっている状態です。人生はなかなかに難しいものです。それは生きれば生きるほどに身に染みて分かっていくものだと思います。世の中にはいろんなタイプの人がいます。常に変化を好む人がいれば、変化を極端に怖がる人もいます。人生において、そのいずれが正しいかについての答えなどありません。なぜなら、それはそれぞれの人の人生であって、その人生の価値を決めるのは自分自身だからです。人と比較したって意味はありません。しかし、そうは言っても身近な存在、特に自身と共に人生を歩んできた、どこか世間一般から一線を引いたそのこちら側にいると思っていた人に大きな変化が生じると、何かしらの焦りを感じてしまいます。この作品でも『私結婚しない』と言ったはずの相手であるタケダくんのことをいつまでも気にし、また共同経営者のチサトの新たな一歩を称賛できない、そんなハナのモヤモヤとした気持ちは男性の私にもどことなく分かる気がします。また、同年代の女性であればさらにこの気持ちは身に染みる方が多いのではないか、とも感じました。

    『結婚に思うところがあるわけではない、仕事に思うところがあるわけではない、私はただ、変わってしまう、ということがこわかっただけなのだ』というハナ。それこそが、まさしくハナのモヤモヤとした感情の正体なのだと思います。そして、角田さんは、この感情を『金太郎飴の、外気に触れない真ん中に居続けたかった』と金太郎飴の例えを再び絡めてハナに語らせます。そんなハナが『いくつになったってその人はその人になってくしかない』と成長を見せていく物語は、『ま、いっか。歩いてればどっかには着くさ』という肩の力を抜いた先に結末を見るものでした。

    “何とかものの形などがわかる程度の暗さ”を表す『薄闇』。そんな『薄闇』の中にぼんやりと浮かび上がる『シルエット』は、茫洋としてはっきりとした形を見ることは難しいと思います。私たちは誰しも、人生を生きる中で、こうあるべきという人生の”理想の形”というものをおぼろげながらも持っていると思います。そして、それは多くの人にとって、『薄闇』の中にその実態を探し求めるようなものです。しかし、だからといって、焦ることはありません。自分の人生は自分のもの。『その人はその人になってくしかない』からです。

    モヤモヤとした感情渦巻く物語の終わりに、うっすらと光を見るその結末は、主人公・ハナの人生の”理想の形”の輪郭を少しだけ垣間見せてくれるものでした。そんな人生の気づきを見るこの物語。角田さんらしく丁寧に紡がれる表現の中に、人の心の機微を見る、そんな作品でした。

    • naonaonao16gさん
      さてさてさん

      こんばんは!
      またまた素敵なレビューをありがとうございます!!

      レビュー拝見して、つい読みたくなり本棚登録です!

      ずっと...
      さてさてさん

      こんばんは!
      またまた素敵なレビューをありがとうございます!!

      レビュー拝見して、つい読みたくなり本棚登録です!

      ずっと心の中に存在し続けるもやもやとした名付けようのない感情や、恋愛や結構への価値観、変わりゆくものへの恐怖と楽しみと、変わらないものへの執着。
      年齢特有のものなのかわかりませんが、今のわたしにはぐっさぐっさきそうです(笑)

      素敵な作品に触れさせていただきありがとうございますー!
      2021/02/15
    • さてさてさん
      naonaonao16gさん、コメントありがとうございました。

      なんともモヤモヤ感の中の読書を強いられた作品でした。書名も絶妙だと思います...
      naonaonao16gさん、コメントありがとうございました。

      なんともモヤモヤ感の中の読書を強いられた作品でした。書名も絶妙だと思います。

      naonaonao16gさんの本棚登録の起点にしていただけてとても光栄です。ありがとうございます…って私が言うのは変な気もしますが(笑)

      また気合を入れてレビューをしていきたいと思います。

      引き続きよろしくお願いします!
      2021/02/16
    • sinsekaiさん
      レヴューへのコメントありがとうございます

      角田光代は大好きな作家なんですが、なかなか読めてない作品が多くて…
      でもこの作品はタイトルも知ら...
      レヴューへのコメントありがとうございます

      角田光代は大好きな作家なんですが、なかなか読めてない作品が多くて…
      でもこの作品はタイトルも知らなかった
      完全に見落としてた作品でした
      さてさてさんが紹介してくれなければ出会うことも出来なかったので本当に感謝してます。
      素晴らしい本でした。

      またお世話になると思いますのでよろしくお願いします。
      2021/03/15
  • つまんない。
    なんか急にしらける。

    そんな時は、とにかくやる理由がないし、しらける理由はたくさんあるし、それに何も困ってないし、居心地いいし。

    なのに何故かとても切なくなる。

    やりたいことをやる。
    大人につれて、それは非現実的で、つらいこと、そしてこうあるべきという型にはめられた世界に飲み込まれていく。

    ハナの価値観は、やることの意味ではなく、やりたい気持ちに対してまっすぐであること。眩しい!
    でも本人は猪突猛進ではなく、居心地の良かった過去や見えすぎている未来に囚われて、進めない。

    同じことをはじめても、そこで求める価値観によって、人それぞれ違う形になっていく。古着ではチサト、布絵本ではキリエ。知らない間に向かうべき方向性が異なって、息苦しくなる。なんか昔のロックバンドの解散理由みたい笑

    新鮮で楽しかった日々が、いつから金太郎飴の毎日になったんだろうと、考えさせられる。

    知らない間に、自分のコップの水がいっぱいになって、こぼれないようにそろそろ歩く毎日。そして巡らない水はどろどろに。

    しかし、そこから不意に水がこぼれたら。

    ハナは、母の死で不意に水がこぼれる。ずっとそこに在ると思い続けていた人を失い、喪失感からたくさんのことに気付く。そしてやりたい気持ちが湧き出てくる。

    ハナとの対比として、キリエが面白い。キリエは、いっぱいの蛇口のついたバケツにどんどん湧き出る水が注がれているイメージ。ハナのコップから注がれた水は、あっという間に違う水と混ぜ合わされて、アイデアとして蛇口から放出される。

    ハナは、母との別れ、キリエとの出会いの中で、挫折する。でもこれが、自分を見つめ直すきっかけになる。傷つきながらも、踏み出したことによる、新しい手触りに心が動いてる様子は、とても応援したくなる。

    タケダくん、結婚してやる、なんて言い方はないよー。力んでると、変な言葉になってしまうのはとてもわかるけど。ゆるんだタイミングに出る本音の言葉のほうが飾らなくて良かったりするんだよなぁ。

    その人は、その人になるしかない、か。

    つまんないことを、切り捨てることはすぐできる。でも、はじめることで、わかっていたつもりでも沢山の不確実なことがあって、それに打ちのめされたり、うまく乗り越えたり、はたまたリセットされることもある。

    変わることの怖さ、変われないことの切なさ、変わったことによる希望(とちょっと挫折)。

    ちょっと頑張ってみようかな、と思える本でした。

  • 読み終わった後、なんだかすごく良い映画を観終わってエンドロールをぼーっと眺め立ち上がる事ができないような余韻にしばらく浸ってしまいました。
    (エンドロールの曲は羊文学の「うねり」でお願いします笑

    私の拙い感想を書くよりも、心に刺さる言葉がいくつもあるので抜粋して紹介したいと思います。

    「おんなじ人に育てられたのに、私とあなたとどこで違ったんだろうね。結婚がすばらしい、よきものであって、それは自分にもたらされて当然の幸福だって、どうしてあんたは思うことができて、私はできないんだろうねえ」
    私、44歳独身…弟は結婚して子供2人、素晴らしい親孝行息子!たまにちょっとした罪悪感をかんじあています
    そして、恋愛はしたいのだけど、またアレを繰り返すのかというめんどくさい気持ちを見事に表してる言葉が
    「また誰かと出会い、相性を見極め、恋をし、生活習慣をすり合わせ、相手を理解し、自分を知ってもらう、その長い道のりを思いうんざりする」

    「ねえ チサトさんもお姉ちゃんもだけど結婚したくないのにどうして恋愛はしようとするの?」
    「恋愛でもしてなきゃ退屈だからでしょ」
    そうなんです!そうおもいます。恋愛してる時は退屈しないんですよね、でも退屈しない為とは言うものの、たのしいのはたのしいんです。

    「わざと子供みたいに声をあげて泣いた。
    そうしているとあ自分が何か持っていた気になれた。何か持っていて、たった今それを失ったのだと思う事ができた。そう思う為だけに、私はわざとらしく泣き続けた」
    まわりのみんなが新しい道を見つけて歩き出していく、そんな時自分だけが何も無い事に気付かされる
    とても切ない場面でした…

    そして、母親が倒れ実家の冷蔵庫を開けたシーン
    泣けます
    「母のケーキなんて大嫌いだったのだ。貧乏くさくて垢抜けなくて、古典的でマンネリ化している。
    この家から出た私がずっとがむしゃらに目指してきたものは、母のケーキと対極にある何かだった。
    母は馬鹿だ。三十七歳の娘が母のケーキを目当てに帰省すると信じているんだから。」

    恋人でも友達でも共同経営者でも長い事上手くやっていくには、好きなものが一緒よりも、嫌いなものが一緒の方が多分うまくいくのだろう。
    でも、時には嫌いで絶対にやりたくないと言い合ってた事もやらなくてはいけなくなってくる
    それが大人になるって事なのかもしれない
    チサトがハナちゃんに「みっともないとか、やりたくないとか思うこともやんなくちゃなんない時もあるよ」

    そしてハナちゃんも自分のやりたいことを見つけ動き出す!それは大嫌いだった手作り教教祖の母の作った自分たちの子供服がきっかけになってるって言うのも、すごく胸が熱くなります。

    他にもたくさんの心に刺さる言葉がありますが、終わらなくなるのでこれくらいにしておきます。

    この本を読むキッカケになった、さてさてさん
    ありがとうございました。

    最後に私は純粋恋愛の会を設立します!
    会員募集中ですので、お気軽にお声掛けして下さい笑笑

    • さてさてさん
      sinsekaiさん、こんにちは。
      いつもありがとうございます。
      この作品との出会いにお役に立てたようでよかったです。
      sinseka...
      sinsekaiさん、こんにちは。
      いつもありがとうございます。
      この作品との出会いにお役に立てたようでよかったです。
      sinsekaiさんが、挙げられている”心に刺さる言葉”の数々、特に『ケーキ』を取り上げたシーンは印象的でした。ハナのもやもやした感情、読書の瞬間を少し思い起こしました。
      角田さんの作品の中でそう目立つ作品ではないですが、思わぬ収穫だったと思っています。
      いい作品でした。
      2021/03/14
    • naonaonao16gさん
      sinsekaiさん

      こんばんは^^
      コメントありがとうございました!
      羊文学、お好きなんですか?「うねり」を流しながら拝見しまし...
      sinsekaiさん

      こんばんは^^
      コメントありがとうございました!
      羊文学、お好きなんですか?「うねり」を流しながら拝見しました。

      トップ画、いいですね!年齢を初めて知りました…!勝手にもっとお若いものと思ってました!(笑)

      わたしは一人っ子で今の生活に罪悪感を覚えることもあるので、兄弟がいらっしゃるとまた、その罪悪感の強さや質は違うのだろうなと思います。

      恋愛の手順を踏むのは面倒くさい、だけど退屈だから恋をする。その時間・瞬間は楽しい。でもその後に訪れるかもしれない別れや虚無感がふと過ることがある。恋愛は人生における嗜好品、スパイスと言っていた友人がいましたが、確かにそうかもしれないなと、引用された部分を拝見して思いました。ここ、わたしもすごい刺さって付箋つけてました(笑)

      最後の胸アツシーンについてです。母の手作りの子ども服がハナちゃんの背中を押したというシーン。加えるならケーキのシーンも。
      わたしも母に逆らって母と同じ道をゆくまいと思ってましたが、結局似たようなところにいて、わたしはまだそこにうまく折り合いをつけられてないんでしょうね、もやもやが残っています。わたしも早く折り合いをつけて胸アツになりたいもんです(笑)

      わたしもこの作品の名言は多すぎて全て引用するのは無理でした。それほど詰まっている作品でしたよね。

      あと、純粋恋愛の会、入会希望です(・ω・)/

      わたしもこの場をお借りして、さてさてさんにも御礼申し上げます。
      2021/03/14
  • naonaonao16gさん、さてさてさん のレビュー力が凄まじく、思わず、お二人のレビューを読んだ瞬間にアマゾンでポチリとやってしまった(笑)



    30代後半、独身の主人公 はな。

    はな付き合っていた恋人(タケダくん)に「結婚してやる。ちゃんとしてやんなきゃ」と言われ疑問を抱く。
    結婚してやる?結婚という言葉で私が喜ぶと、どうしてタケダくんは思うのか?

    手作り狂だった母。バッグも洋服も、おやつも、誕生日のケーキも母の手作りだった。
    食卓には既製品や冷凍食品が並ぶこともなかった。
    そして、母は、自分が誕生日に焼くケーキは、誕生日を迎えた人を幸福にすると信じて疑わなかった。

    つまんねぇ・・・ 結婚してやると言った、タケダくん。
    その時の気分は、母のケーキに対して感じたこととまったく等しかった。

    一方、友人と共同経営していた古着屋では、それまでのポリシーを曲げ、売り上げを増やそうとする友人と対立する。


    何かを変える、変わるということに不安を感じ、また周りが変わっていくということに、自分だけ取り残された気持ちになる。
    自分は何をやりたいのか?自分がやりたいことは何なのか?
    はなの心の動き、揺らぎのようなものを丁寧に描いた作品。


    私は多分変化に強く、やってみたいことはどんどんやっていく。
    結婚も、出産も疑問に思ったこともない(笑)
    どちらかというと、そういう面では積極的な私は、はなとは正反対にいると感じた。

    年齢も私の方がはなよりずいぶんおばさんなこともあるかもしれないが、この物語は自分の気持ちとはかなり遠くかけ離れたところにあり、感情移入することが出来なかった(ToT)

    まだ若く、色々な決断に迷われている年代の人であれば、はなの気持ちが心に響くのだろうなぁ。。。

    • naonaonao16gさん
      bmakiさん

      こんにちは!

      レビューのご感想ありがとうございます!
      そのように言っていただけて、本当に嬉しいです\(^o^)/

      わた...
      bmakiさん

      こんにちは!

      レビューのご感想ありがとうございます!
      そのように言っていただけて、本当に嬉しいです\(^o^)/

      わたしもさてさてさんのレビュー拝見して、昼休みを使って本屋さんに行ったり仕事帰りに本屋さんに寄ったりしましたがなかなかなく、結局Amazonでポチリましたね(笑)

      わたしはレビューを感想というか、自分自身の表現に使わせて頂いているので、開示しまくりです(笑)恥ずかしいですが、感想文としてではなく、表現として、とか言ってプライドを保っているような、そんな感じです(笑)

      bmakiさんやさてさてさんのように、自分と全く違う主人公の作品を、よく分からないなぁ、と思いながらも読み進め、こういう人もいるんだなぁと落とし込んだり楽しんで読むのは、わたしにはなかなかできないので素晴らしいなぁと思いました。
      2021/04/03
    • さてさてさん
      さてさてです。
      レビューというか感想というか、改めてよく考えるとなかなかに難しいものだなあと思います。bmakiさんはこの作品の主人公に感...
      さてさてです。
      レビューというか感想というか、改めてよく考えるとなかなかに難しいものだなあと思います。bmakiさんはこの作品の主人公に感情移入はできなかったと書かれています。私も異性として、なかなかに理解できない感情がそこにはあったように思います。統計を取ったわけではありませんが、女性作家さんの作品は女性が主人公という場合が多いように思います。私は大基本として女性作家さんの小説を読む、と決めているのでそうなると女性の主人公に当たる確率が高くなり、感情移入はなかなかに難しいのかもしれません。でも、そこには女性ならではの感覚、感じ方の世界を垣間見ることができる、そんな面白さもあるのかなあと思ったりもします。以前にどなたかのレビューで、この作品を男性の方が読んだらどう感じられるのだろう、と書かれているのを読んで、では私が!と火がついた、そんなところもあります。
      取り止めもないコメントになってしまいすみません。
      今後ともよろしくお願いします!
      2021/04/03
    • bmakiさん
      naonaonao16gさん

      度々ありがとうございますm(_ _)m

      naonaonao16gさんのレビューは、本を読んでのご自身の感情...
      naonaonao16gさん

      度々ありがとうございますm(_ _)m

      naonaonao16gさんのレビューは、本を読んでのご自身の感情がとてもわかりやすく、そういう面が余計に引き付けられるんですよね(*^-^*)
      本に対する感想が、とても素直で読んでいて楽しいです(*^-^*)
      そういうところが、naonaonao16gさんのレビューが、多くの方に評価される理由なんだろうなぁと思っています。

      みなさんが評価している本を読んで、必ずしもそれが自分に合わない時もありますが、あぁこんな思いをしている人も居るのかぁ。
      こんな感想もあるのかぁと、大変楽しませていただいております(*^-^*)



      さてさてさん

      私はかなりの期間、さてさてさんのことを女性だと思い込んでおりました(笑)
      まずは、さてさてさんの本棚に並ぶ、本の色。
      淡く、綺麗な本が並び、あぁ若い女性なんだろうなぁ~と。
      もうその色だけでそう思っておりました(笑)

      読書レビューはなかなかに難しいものだと思いますが、さてさてさんのレビューは毎回素晴らしいですね。
      さてさてさんのレビューを参考に、書籍を選んでいる人も多く、あれだけの文章を書けてしまうさてさてさんのことを尊敬せずにはいられません。



      これからも、お二人のレビューは楽しみにしております。
      そして、気になったレビューがあった時は、またすぐにAmazonでポチりたいと思います(*^-^*)
      2021/04/04
  • かくたさん! もうすぐ40になろうかという女の「結婚したくない」「仕事で成功したいわけじゃない」「でもたのしいことはしたい」「もう夢みる力はないけど」身につまされるつぶやきを入口に一時も休まずひさしぶりに角田光代の世界を潜ってきました。人生はこんなもんなのです。その通りです。こんなもんなのです。絶望もせず希望にも燃えず。かくたさん! こういう作家さんと本があるということがわたしをたすけてくれる。

  • なんかもう切なくなるような30台後半の女性の悲哀がユーモラスな語り口で綴ってあってよろしいなぁ、と。

    わたしは何も持っていない、と呆然としてしまう描写には、うーんと考えさせられてしまった。

  • 長年付き合った彼氏に「結婚してやる」と言われ、鼻白んで結婚せず、仕事では共同経営者の親友と意見が食い違いバイト同然の立場に。結婚、家庭、仕事…。自分だけの幸せが分からなくて、苛立ったり泣いたりしながら一生懸命生きている女性の話。

    主人公のハナは大人だけど大人になれない。人から押し付けられたような幸せは嫌で、だけど自分は何を手にすれば幸せなのか分からない。きっと多くの女性もハナと同じような気持ちを抱えて生きていると思う。

    反発していた母が倒れ、冷蔵庫にあるケーキの材料を見つけた時、「つまらない」とバカにしていた地味で貧乏くさい家庭こそ、母が必死になって守ろうとしていたものだとハナは気付く。かっこ悪くて罵倒したくなるようなダサいこと。それを大切に守る母が愛しくて、結局何も持っていない自分が情けなくて。

    大人になることは、可能性を閉ざしていくことかもしれない。家庭を持てば、出来ないことが増えていく。だけど、ダサくてもかっこ悪くても、誰かと共に自分の居場所を築いていくと決断できた人が、私には羨ましい。立ち止まっていたいと駄々をこねることは終わりにしなくちゃいけないと思った。

    それにしても角田光代の描く母性は素晴らしい。平凡な母を、母が守るちっぽけなものを、数ページで強烈に描き出す。本作では冷蔵庫の材料と和室の服のエピソード。『八日目の蝉』のラストの台詞も圧巻だった。こういうところ、男性って何を感じるのだろう。

    ✱以外抜粋✱

    *人って、発展も後退もない金太郎飴のど真ん中みたいな状態に、そうそう耐えられるもんじゃないと思うんですよね 。 (p79)

    *古びたら価値もいっしょに古びておしまい、っていうんじゃなくて、古いものがちゃんと扱われているとろがいいなあって。 (p105)

    *したくないことを数え上げることで、十年前は前に進むことができたけど、今はもうできないとおれ思うんだ。したくないって言い続けてたら、そこにいるだけ。 (p108)

    *私はどこへもいきたくなかったんだな。そればかりではない。だれにもどこへもいってほしくなかったんだな。 (p220)

    *私を身ごもる前の母、まだ母ではなかった母が願ったものは、今ここにある、と。この騒がしさ、この馬鹿馬鹿しさ、この愚かしさ、どかにも向かわず何も学ぶところのないような、今この瞬間をこそ、母はずっと手に入れたいと願っていたに違いない。 (p258)

    *私だけだよ、なんにも変わってないの。チーちゃん、私なんにも持ってないんだよ。みんなひとつずつ手に入れて、一歩ずつ先に歩いてるのに、私だけいつまでも手ぶらで、じたばたしてるだけなんだよ。 (p268)

  • 30代に入った頃、子供を産んで育てているのに「空っぽの自分」を何故だかすごく強く感じる時期があった。
    何もかもが中途半端で、何ひとつ形になっていない自分。
    焦燥と戸惑いと混乱。

    母親のようになりたくない…という気持ち。
    これもあった。

    理想の家族になれないことに苛立ったり、失望したりした。

    なんだか、そういうことのひとつひとつを思い出してしまうお話。

    混沌とした時期を抜けたのは、ひとつひとつに真剣に悩んだからだと思う。
    そこから、自分の思い描く家族になる必要はないし、家族なんていうのははじめに理想を描くから苦しいんだと思った。
    ある時、腑におちた。

    「ああ、家族は流動している。この先も変化し続ける…」と。

    それからは、そのことで辛いと思うことはなくなったし、生きることそのものも楽になった。

    ひとはこうして、一歩登ると景色が変わる。
    主人公のハナちゃんも、ちょうどそんなお年頃なんだろうな…と思いました。金太郎飴の真ん中に安住すると、外敵に弱くなる。ハナちゃんの伸び時は小説の世界が終わってからだと思う。

  • 角田光代さんの描く女性の、
    なんとも生きにくそうなダメな感じのところが
    とても共感してしまう。
    みんなが人生を進めていく中、
    「わたしだけが立ち止まり、みんな戻ってきてくれると思っている」
    その寂しさが良く分かる気がする。

    何かを手に入れたかったハナちゃんが、
    何も手に入れなくてもいいことに気がついて、
    少し人生を進め始めたことは、同年代のわたしにとっても、とても勇気付けられることだった。

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著者プロフィール

1967年神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。著書に『対岸の彼女』(直木賞)、『八日目の蝉』(中央公論文芸賞)、『紙の月』(柴田錬三郎賞)など多数。

「2020年 『自転車に乗って アウトドアと文藝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

角田光代の作品

薄闇シルエット (角川文庫)を本棚に登録しているひと

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