「頭がいい」とは、文脈力である。 (角川文庫)

著者 : 齋藤孝
  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (2009年10月24日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043786046

「頭がいい」とは、文脈力である。 (角川文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 頭がいいとは、ただ知識がある人ではない。文脈力が欠けている政治家が多いと感じるのはわたしだけでしょうか。

  • 以前、著者と同じ疑問を持った。「頭がいい」とはどういうことか、と。
    その時の結論は「先が読めること」だったが、この本を読んでみてそれでは不十分であることを感じた。過去から現在に至る文脈を正しく把握し、その上で先が読めることが頭が良い人の所作なのだ。
    その意味で本書には多くのインスピレーションを受けた。良書である。
    ただ一点著者の主張に共感できない部分は、頭がいいのは状態であって能力ではない、という点。残念ながら世の中には「頭が良い状態」に到底到達できない人がいるし、その人はどれほどトレーニングを積んでも頭が良い状態にならない。これは(半先天的な)能力というほかない。

  • 斉藤孝さんの「○○力」の一連の本である。文脈力とは人や場のつながりを把握できる力、現実を把握する力等を総称して著者が名づけたものである。目次を読むと知りたいことが盛りだくさんですぐにでも読みたくなるが、中身はなく目次で全てが終わった感がある。

  • 人は「頭がいい」状態になると、幸福を感じる。では、「頭がいい」とはどういうことか? 言葉の、場の、相手の、「文脈」を読み取る力のことを指すのではないか。そしてそれは筋力と同じで、努力によって身につけることができるはず。「頭がいい」ことのメリットと、そのトレーニング方法をまとめた一冊。

    「頭がいい」ということをポジティブに捉えよう、という主張は面白かったし、その通りだと思った。「頭がいい」人は仕事も人間関係も上手くいく。ただ、いつしか日本は「頭がいい」ことをネガティブに捉えるようになっていて、だから若者の向上心も失われてしまったのではないか、ということ。「勉強ができる」=「頭がいい」ではないし、記憶力が良いのとも違うと。自分と人とをどう結びつけて考えるか、それが「文脈力」だそう。

    ところどころ面白い主張はあったのだけれど、なぜか全体を通じて散漫に感じた。文体の問題だろうか?

  • 第一章 頭がよければ、人は幸福になれる
    第二章 連なる意味をつかまえる力が、文脈力だ
    第三章 文脈力を鍛える、身につける
    第四章 文脈力の土台、記憶力
    第五章 「頭がいい」とは、文脈力である
    第六章 「頭がいい」を、技化する

  • 著者は冒頭で、「「頭がいい」状態が訪れると、人は幸福感を感じます」と言います。一見したところ、「頭がいい」ということと「幸福」ということとは、直接結びつかないようですが、勉強やスポーツ、人とのコミュニケーションなどで成功したときの感覚を「手応え」として自覚化し、増幅させていくことで幸福な快感を得られる機会を作り出すことこそが「頭がいい」ことだと著者は主張します。

    ハンマー投げの室伏広治やスピード・スケートの清水宏保、プロ野球の古田敦也といった一流のスポーツ選手は、こうした意味で「頭がいい」とされています。彼らは、全体の文脈の中で自分が置かれている位置を把握し、文脈の中に自分自身を絡ませることで、新たな文脈を自在に作り上げていきます。そして、こうした意味での「文脈力」が、現実の社会を生きてゆく上でのさまざまな局面で、適切な判断や対応をおこなうことのできる「頭のよさ」だと、著者は主張しています。

    さらに、こうした「頭のよさ」、つまり成功の感覚を、「手応え」として自覚化し、それを増幅すること、とくに身体の「技」や「型」にまで磨き上げることが、提唱されています。

  • 期待外れ。
    書かれている内容は理解できるものではあるけれど、新しい気づきや深く納得共感させられるものはあまりなかった。

    「本当の頭の良さ」についていろんな角度から述べられているが、まぁそぉだよね。というような内容だった。

  •  著者のいう文脈力とは、ざっくり言うと、
    1.自分の考え・発言・立ち位置を客観的に把握し、
    2.相手の考え・発言・立ち位置について考え、
    3.更に場の雰囲気や空気を把握した上で、 適切な発言をする能力のことをいいます。

     本書はブックオフで買ってきてそのまま積ん読になってたんですが、最近になって手に取りました。
     私や友人が、極端に「文脈力のない人」に迷惑を被ったからです。

     私の場合は、所用があって遠出をしなければならず、ある会合に出られなかったとき、「あなたの嫌いな人はもう帰りました。今からでも来ませんか」という目を疑うようなメールを、所用の最中に寄越されました。
     以前からちょいちょいこういう微妙に失礼な物言いをする人だったこともあり、不快の念を伝えました。「用事だと言って出席が不可能だと言ってる人間に対し、嫌いな人間に会いたくないからサボっているかのような言い方をするのは失礼でしょ?」と。
     するとこの人は、「私はあなたの用事の中身を知らないし、来られるかどうかを聞いただけだ」という返事を寄越してきました。謝罪の言葉は一切無しで、です。
     このとき私はものすごく頭にきたので、「二度と連絡を寄越さないでくれ」と相手に言い、付き合いを辞めることにしました。

     しかし、今冷静に考えると、この人は極端に「文脈力」がない人だったんだろう、と思うようになりました。
     つい先日、友人が被った迷惑を聞いてつくづくそう感じたからです。

     友人はその人に本を貸していたそうなのですが、その後疎遠(若干険悪?)になっていたそうです。
     この友人が先日、某所で一般の方を前に講座を持つ機会がありました。するとその人はこれをどこかで見たらしく、借りていた本をその会場に送付したというメールを友人に送ってきました。
     え? どういうこと? と思われた方も多いと思います。私もそう思いましたから。

    1.険悪な関係になっていて会いたくないにしても、借りたものくらいちゃんと返しに来いよ。ってか、後に直でメール送れるんなら、そこまで険悪と違うやん。
    2.借りたものを返す際に、会場に送りつけるって、会場の迷惑(保管義務の発生)を考えろよ。何でこの本の貸借に全く関係ない第三者を巻き込めちゃうのかが理解不能。友人への嫌がらせのつもりか?
    3.例えば共通の友人を介して返却してもらうとか、もっと他に穏便なやり方はナンボでもあっただろうに。なぜこの最悪の方法を選んだわけ?

     ざっとこういう疑問が湧いたのですが、多分あの人はこういう「送られた側」の事情とか心理が理解できないんだと思います。

     さすがにここまでくるとある種のコミュニケーション不全の理由を検討すべき段階で、本書でどうにかなるレベルではないでしょうが(ちなみにこの人は非常に高学歴で、社会的ステータスの高い仕事に就いています)、我々が不快な思いをしたり迷惑を被ったりするのも「文脈力」が極端にないからだと思います。

     正直、本書は少し内容が散漫で、読んですぐどうこうというのはなかなか難しいと思います。でも、ついつい自分の話ばかりしてしまうとか、相手の話を聞くのがおろそかになるとか、話がとっちらかったり関係ない方にどんどん流れてしまいがちだとか、そういう私のような傾向を持っている人は一読されてもいいんじゃないかと思います。

  • 頭が良いとはどう言うことなのか。
    頭を鍛えるためにどうすればよいのか。
    文脈が何故大切なのか。

  • タイトルにある頭がいいとは文脈力があることだということを納得できる説明が多くあった。
    文脈力とは何か、その重要性はどうかという点に関しては分かったように思う。ただ、文脈力を高めるための方法について、もっと詳しく知りたかった。

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