- Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
- / ISBN・EAN: 9784043791040
作品紹介・あらすじ
密室で決定されたオリンピック代表選考に納得のいかない要一は、せっかくの内定を蹴って、正々堂々と知季と飛沫に戦いを挑む。親友が一番のライバル。複雑な思いを胸に抱き、ついに迎える最終選考。鮮やかな個性がぶつかりあう中、思いもかけない事件が発生する。デッドヒートが繰り広げられる決戦の行方は?!友情、信頼、そして勇気。大切なものがすべてつまった青春文学の金子塔、ここに完結。
感想・レビュー・書評
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『スポ根』とは、『スポーツ』と『根性』を合成して作られた『スポーツ根性もの』という言葉を略したもの。1940年に開催されるはずだった東京オリンピックが幻に終わったものの、戦後の復興が順調に進み、悲願の1964年の東京オリンピックの盛り上がりと、日本人がいかにも好きそうな『根性』という言葉が、日本の高度経済成長期とされる1960〜70年代の日本人の心の的を的確に射たことで、それをフィクションとして見るドラマ、アニメがもてはやされました。『血のにじむような特訓』『全てを捨てたひたむきな練習』『努力型の主人公と天才型のライバル』『なんだかよくわからないが凄い必殺技』こういった定石を押さえて展開されるその世界。海外からは理解されないその考え方はもしかするとここにもあったガラパゴスなのかもしれません。
『まるで真夏に雪でも舞いおりてきたかのようだった』という要一。『オリンピック代表への内定は、選ばれた要一自身にとってもあまりに唐突な、思いもよらない大事件だった』という上巻最後のまさかの衝撃の余波からスタートする下巻はオリンピック内定を得て、まだ興奮冷めやらぬ要一を描いていきます。その一方で『知季。飛沫。レイジ。彼らのことを思うと要一の胸はふさいだ』と気持ちの揺らぎも見せる要一は親会社ミズキの社長に内定の報告に赴きます。社長を『老獪な古狸』に見立てる要一は『MDCのだれか一人でもシドニーへ行ったら、ミズキはMDCをつぶさない。そう麻木コーチに約束したのを憶えてますか?』と尋ねます。それに対して『もちろん約束は守るとも』と答える社長は一方で『おもしろいCMになりそうじゃないか』と要一を自社の企業CMに出演させることを画策します。一方で『ちょっと異常なんだ。なんかぼんやりしちゃって、魂ぬけてるっていうか』という知季の落ち込みを聞かされた要一は、選考会もなく決定したオリンピック代表の座に疑問を募らせていきます。『日水連の前原会長に会わせてもらえませんか』と父親に頼む要一。そして会うことのできた会長は『率直にきこう。君はここへ何をしに来たのかな』と聞くのに対し、『ぼくのオリンピックの内定を、白紙にもどしてほしいんです』と答える要一。オリンピックに用意された二枚の切符の行方が混沌としていきます。
上巻の雰囲気そのままに展開する下巻で印象的だったのは、第一人称がとても効果的に移り変わっていくことでしょうか。要一、飛沫、そして知季はもちろんのこと恭子やレイジまで視点が順番に回っていくのはとても新鮮でした。その中でも強く印象に残ったのは富士谷コーチ、つまり要一の父親視点です。『ヘッドコーチでもある彼は、選ばれた息子の幸運と、選ばれなかった教え子たちの不運を秤にかけているのか』という記述にあるとおり一人二役を務めなければならない微妙な立場の心の揺れはこの人物視点でないとわかりません。特に要一視点で展開した場面を、父親視点からどう見えているかが描写される場面では、一人二役の中で揺れ動く父親の心の葛藤を見事に描き出していました。また、心の揺れということでは森さんの詩的な表現の登場も忘れてはなりません。
何かが心に引っかかる。
伸びすぎた爪みたいに。
欠けたグラスみたいに。
机のらくがきみたいに。
一度だけ鳴って切れた電話みたいに。
という箇所など要一の心に引っかかる迷いを絶妙に表現していてとても印象深く残りました。
『「スポ根」青春小説』の魅力を存分に感じさせてくれたこの作品。押さえるべき定石の全てを高いレベルでクリアしているのみならず、『飛込み』というマイナー競技を、まるで競技場で見ているが如くにリアルに描き出して、その競技としての魅力を強烈に印象づけてくれました。『自分の未来は自分だけのもの。だれも代わりに背負うことなどできない』という言葉。それを説明されずとも、要一は、飛沫は、そして知季は自分の限界に向かって、そして限界の先へと向かって歩みを進めていきます。『自分にしか見ることのできない風景をつかむ』ために。『この世界の、この時代の、この毎日の至るところに存在する見えない枠を越える』ために。
上下巻で750ページという分量を感じさせない青春小説のたまらない魅力に酔い、お互いを深く思いやる強い友情に胸を熱くし、そして最後の試合の成り行きに時間を忘れて夢中になった幸せな二日間の読書でした。
圧倒的に爽やかな突き抜けるような読後感。やっぱりいいなあ、森さんの青春小説。満足の一冊でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
飛び込み競技のシドニーオリンピック代表を目指す中学生・高校生ダイバーの物語の下巻。シドニーオリンピック選考会が物語の中心であり、競技会の描写だけで、下巻の半分を占める。
上巻の感想でも書いたが、飛び込み競技のルールを知っている人は少ないと思う。私も知らなかった。しかし、この物語を読み進めていくうちに、それが理解できるようになる。飛び込み競技は、予選を勝ち抜いた選手たちが決勝で10本の演技を行う。その10本の演技を審査員が採点し、その合計点で勝敗が決まる。ただ、採点ルールはシンプルではなく、演技に用いる技に難易度が数字としてつけられており、採点による点数に、その難易度の点数がかけられて1本の演技の点数が決まる。だから、後半に難易度の高い技で高点数を得ることが出来れば、前半で出遅れていても逆転が可能なルールとなっている。
そのあたりのルールもうまく活用しながら、選考会の模様が細かく描写されていく。それは、なかなか面白い。
この選考会時点で、主人公たちはまだ中学生であり、高校生だ。飛び込みの選手寿命はまだ長いはずなので、続編を書いてもらえればとも感じた。 -
3部はもう一人の主人公格の少年を中心としたストーリー。
4部はオリンピックへの最終選考の話で、コーチ目線や、恋人、主人公格の3人の少年、メインではないが共に飛び込みをしてきた仲間のそれぞれの話。
個人的にメインではない少年の話がお気に入りです。いつも一番にはなれなく、むしろ順位は低め。目立つこともできない。自分の限界も感じている。それでも、自分は自分、相手は相手と割り切った強さは感動しました。
とても爽やかで感動するストーリーでした。 -
オリンピック選考会の表現。各章ごとにダイブの採点結果を出す方法が、特別な臨場感を出していて良い。何となく次ページを手で隠していた。
最後のダイブ、要一の完璧ダイブ。飛沫のスワンダイブ。知季の4回転半。上下巻ともに、ここに全てが繋がっていた。面白い! -
読みながら目頭が熱くなった、久々の本。
こちらの本の作家さん(森絵都さん)の本を読むのは初めての事もあり、上巻の文章のリズムがしっくりこなくて、「あー、僕には合わないかも」と正直途中で読むのをやめていました。
たまたま手元にこの本しかなかった休みの日に、仕方なく続きを読み始めたらグイグイ引き込まれてしまい、下巻は一気に読破(笑)
男性・女性・大人・子供の機微というか心情をここまで上手く表現できるものでしょうか。森絵都さん凄すぎです。
僕なんて自分の気持ちすら、上手く言葉に表せないというのに。。。 -
この熱量はすごい!知季、飛沫、要一のそれぞれの視点から描かれたストーリーが、最終章で紡ぎ出す妙味。3人以外のキャラも個性的に描かれ、グッとこの世界に引き込まれる。高みを目指し合う者達にしか分かり合えないもの。目線の高さを上げられるコーチング。単なるスポ根小説、青春小説では終わらないものがいっぱい詰まっている。おっさん故に敬介(要一の父親)に感情移入し過ぎた...。
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4.4
→一人一人の視点で語られていくのがすごく良かったです!全員を応援したくなりました。
森さんの作品をもっと読んでみたいです。 -
ぞくぞくした。
心が震えるって、きっとこういうことを言うんだ。
たった一瞬の、1.4秒の行方に注がれた視線が、込められた想いが、託された夢が、本の世界を越えてどんどん流れ込んでくる。
体中が脈打って、心が震えて熱くなって、こんな臨場感に溢れた小説を、私は他に知らない!! -
飛び込みに青春をかける3人のライバルの成長と葛藤、それぞれの個性を生かした技の追求、しだいにはぐくまれる友情がいきいきと描かれます。
大人の世界の思惑も絡んで、選手は予想外の試練に立たされることに。
急にオリンピック出場が決まった要一が納得がいかずスランプに陥り…さてどうなるか?
親会社に訴えた必死の決断の行方は?!
後半は、重要な試合の経過を演技のたびに変わる順位を示しながら描き、まわりを囲む大人達や脇役の思いも明らかにしていくという憎い構成で盛り上げていきます。
スポーツ漫画やスポーツ鑑賞が好きな人にはゼッタイお薦め。 -
昨日は初出の日から大阪へ出張で、ちょっとずるして早めに出て、急行で行くところを普通に乗ったりして、その間の往復で読了。
何と言っても少年たちの造形がいいですよね。
みんながみんなキャラが光っていて、それぞれの顔や姿が想像できますものね。
そして彼らが、オリンピックを目指す!なんてことでなく、むしろそうした世間が作った枠に対して、各人なりのやり方で対峙し、それを乗り越えていくというストーリーにすごくときめいてしまいました。
彼らのその後を読んでみたい、そういう余韻が残ります。