いつかパラソルの下で (角川文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043791057

作品紹介・あらすじ

厳格な父の教育に嫌気がさし、成人を機に家を飛び出していた柏原野々。その父も亡くなり、四十九日の法要を迎えようとしていたころ、生前の父と関係があったという女性から連絡が入り……。

感想・レビュー・書評

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  • 『でも、やめられませんでした。柏原さん、良すぎたんです。すごかったんです。とても五十代の男性とは思えないくらい、絶倫だったんです』

    それが親友でも、それが夫婦でも、そしてそれが家族でもそれぞれのことってどこまで知っているんだろう、とふと思う時があります。なんでも話せる間がら、隠しごとなしの間がら。理想論はそうかもしれません。でも、理想は理想、現実はそんな綺麗にはいかないもの。ましてや『病的なまでの潔癖さ』、『傍迷惑なほどの厳格さ』、そして『正気の沙汰とは思えない堅物ぶり』を散々見せつけられ、『欲望の前に屈することなどあるわけがない』と思っていた父親、その死後に、父の部下であった女性から『絶倫』という言葉を聞かされた娘が受けることになる強烈なまでの衝撃。その衝撃は、彼女を、そして残された家族にどのような変化をもたらすのでしょうか。この作品は森絵都さんが描くそんな衝撃の後の日常を生きる人たちのとっても『大人』な物語です。

    『達郎には嚙み癖があって、それは遠慮がちな猫の甘嚙み程度にすぎないけれど、達する一瞬だけは制御不能になるらしく、歯と歯のあいだを鋭い痛みが駆けぬける』とインパクトのある冒頭。『次の瞬間、達郎は汗にそぼった肌を粟立てて力尽き、あ、とか、う、とか言いながら出しきって、私の下でぐったりと動かなく』なった後に『達ちゃんもシャワー浴びてくれば』と言うのは主人公の野々。そんな時、携帯が鳴ります。『もしもし、私。今日の約束、忘れないよね。うちに三時集合。時間厳守。問答無用。頼んだよ』と父親の一周忌の打ち合わせの確認をする妹の花。『とにかく今日はちゃんと来てよね、ちょっと本気で相談事もあるんだから』という花。『行っといでよ』という達郎に『じゃあいっそのこと、達郎も一緒に行く?注目浴びるよ』と同行を求めるも『浴びたくないよ。行ってらっしゃい』と止むなく部屋を後にする野々。『約束の三時に間に合った』野々は『実家の門をくぐるなり意気消沈』します。『一体いつの間にうちの庭はこんな有様になってしまったのだろう。どこを見てもまともな手入れをされている気配がない』という実家。『最後にここを訪ねたのは、去年の秋。父の四十九日の折』という野々。花に『どうにかならないの?』と言うものの『そんなこと言うなら、お姉ちゃんがやってよ』と、家の面倒を一手に引き受けている花は不満な様子。遅れて兄が到着後、花は今度は兄に突っかかります。『でも俺、仕事はここんとこずっと同じの続けてるぜ』と返す兄は、『野々はどうなわけよ』と矛先を野々に向けます。『今は友達の天然石のお店を手伝ってるの。パワーストーン。一粒、八百円』と胸元の石を見せながら答える野々に『はあ、そんな石ころが…。いいなあ、おまえ、良い商売見つけたなあ』と答える兄。『お姉ちゃん、そんなインチキ商売に加担して恥ずかしくないの?』とヒステリックな妹。『ねえ、お父さんがさ、今の二人を天国から見てたらどう思うよ?』と詰め寄る妹を見て『きょうだいって不思議だな』と冷静に思う野々。『めったに顔を合わせない間柄でも、会えば会ったで各自がすんなりと本来のポジションへ収まる。おのおのの役割を血が記憶している』と考えます。そんな中、いつまでも母が姿を現さないことを訪ねる野々に『だから、病院だってば』と答える花。そんな『妹は軽く姿勢を正すようにしてようやく話を切りだした』のでした。それは『一周忌の打ち合わせどころではなくなってしまった』という深刻な事態。一周忌を前に、亡き父親の思いもよらない隠された素顔が兄妹三人の心を大きく揺さぶっていきます。

    『森絵都が大人たちの世界を初めて描いた、心温まる長編小説』というこの作品。いきなり性行為直後の場面からスタートする冒頭には「カラフル」の森絵都さんのイメージが一瞬にして吹き飛んでしまう強烈な衝撃を受けました。しかし、読んでいくとそこに描かれる世界はやはり安心の森絵都クオリティに満たされた世界でした。主人公の野々は『ストーンマート』というアクセサリーショップでアルバイトをしています。そこでの野々の心の内がこんな風に描かれます。『こんな毒にも薬にもならないようなものたちが、こんなにもつるつると愛らしく光って財布の紐をゆるませる、こんな世界があるのだなあと私はすっかり感心した』という野々は、その仕事を前向きに捉えています。『ショップを訪れる女の子たちを眺めているのも楽しい』と店を訪れる客に目を向ける野々。そこに訪れる女性、女子高生を『皆が自分を飾りたいとか、誰かの心をゲットしたいとか、友達を面白がらせたいとか、なにかしらの前向きな意思を携えてそこにいる』と彼女たちがパワーストーンを手にしようとする理由に思いを巡らせます。そして『それでいて、真剣さの如何を問わず、誰もがどこかしら浮かれている』と今度はそんな彼女らの表情に目をやります。その表情の裏にあるのは『ブランド物のバッグを持ったり、エステで脚を細くしたりするのにも似た、上滑りのエネルギー』ではないかと考える野々。そして、『地球をきらきらと輝かせているのは意外とそんなものなのではないかと私は思ったりするのだ』というなんとも地球を俯瞰してしまうとても大きな視点が登場します。そんなショップでの仕事を大切にする野々にもやがて大きな転機が訪れていきますが、そんな野々の視線の向こう側に森絵都さんをとても感じた一節でした。

    そして、この作品では亡くなった父親の衝撃の事実を知った兄妹三人の心の動きの描写が作品を動かしていきます。冒頭に読者が受ける三人の印象は『捨て身で我が道を行こうとする長男に、宙ぶらりんの長女、親の敷いたレールにとりあえず忠実な次女』という三人。それが『俺たちはパンドラの箱を開けちまったんだ。何が出てこようと、迎え撃つしかねえんだよ』という父親が持つもう一つの顔を知った衝撃に三者三様の反応を見せます。『親父に流れてた血は俺たちにも流れてるんだ。親父を知ることは、自分自身を知ることでもある』という兄。『お父さんのこと、私たちには知る権利があると思う』という花。一方で、戸惑いながらも父親の姿の中に自身を投影し、自分自身を見つめ直すきっかけを作っていく野々。父親に『何かがあるとは思っていた』という野々は『子育てに問題のある親の多くは、自らもまた問題のある親のもとに育った過去を持つ』というテレビや新聞で目にしてきた他人事が自らに降りかかってきた現実に思いを巡らせます。『私は兄と同様、自分のダメさ加減を父のせいにしてきた』という野々。『妹と同様、父に輝かしい青春をだいなしにされたと恨んでいた』野々。そんな野々は、やがて『私はまだ父に囚われている』という自らの存在に目を向けます。『もはやこの世にいない父に縛られ続けている』という死者に未だに心を揺さぶられ、その呪縛から逃れられない生者である野々。思えば私たちもなにかしら亡くなった人のことを意識して、”もし○○が生きていたら何と言うだろう”、とか、”もし○○が生きていたらどうしただろう”というように、もし死者が生きていたらと考えてしまう事、場面があるように思います。死してもなお、生きる者に影響を与え続ける死者たち。そんな死者たちはあの世でそんな思いをどう考えているのだろうか、というように考えだすとこれはもうどこまでも逡巡し続けるキリのない話になってしまいます。でも、そんないつまでも死者に囚われる考え方がその人の人生自体を形作っているとしたら、そしてそのことにその人自身が気づけていないとしたら、それは限りなく不幸な人生という他ありません。『私はこうして何もかも父のせいにしてきたのだろう。そしてまたこれからも、事あるごとに父にすべてをなすりつけていくのだろうか』と考える野々。そしてそんな父に囚われる自分自身に気づき『ぞっとした』という野々。父の亡霊に囚われていた野々がその呪縛から逃れるには、そんな父の本当の姿を知る必要があったのかもしれません。父を知ることが自分を知ることに繋がる、自分に影響を与えている人がいるのであれば、まずはその人を知ること、それはこの作品の中のことだけではなく、読者である私たちにも言えることかもしれない、そんな風にも感じました。

    『人は等しく孤独で、人生は泥沼だ』と書く森さん。『愛しても愛しても愛されなかったり、受けいれても受けいれても受けいれられなかったり』という日々を送る我々。『それが生きるということで、命ある限り、誰もそこから逃げることはできない』と言う森さんが綴る大人の物語には、生々しい性描写、大人ならではのどす黒い感情表現など、「カラフル」とは一見遠い世界が描かれていました。しかし、そこに描かれている人が人として生きていく中で感じることになる生きるさびしさと、だからこそ生まれるやさしさ、そして生きることの愛おしさには森さんならではの世界観が確かに息づいていました。

    「いつかパラソルの下で」という書名から感じるなんとも言えない突き抜けた清々しさを感じる物語。冒頭と結末になんら変化のない普通の日常が描かれた物語。登場人物の心の内に開かれた未来から感じる深さと爽やかさの絶妙な競演を楽しむ物語。森絵都さんが描く大人な物語は、人の心の機微に触れるそんな素晴らしい作品でした。

    • りまのさん
      りまのも、パワーストーン屋さんで、働いてみたいわ。でも、ちゃちゃっと、ブレスや、ペンダントを、その場で作ってくれるのは、男の人が、良いみたい...
      りまのも、パワーストーン屋さんで、働いてみたいわ。でも、ちゃちゃっと、ブレスや、ペンダントを、その場で作ってくれるのは、男の人が、良いみたい…いろいろ興味深い…。
      2020/08/07
    • さてさてさん
      りまのさん、はい、パワーストーン屋の仕事はその後急展開しますが、いずれにしてもとても大人な物語でした。
      りまのさん、はい、パワーストーン屋の仕事はその後急展開しますが、いずれにしてもとても大人な物語でした。
      2020/08/07
    • りまのさん
      大人、つて年じゃないわ♪ とっくに超えてます♡
      大人、つて年じゃないわ♪ とっくに超えてます♡
      2020/08/07
  • いつも何かのせいにしていた...。あるコンプレックスを抱える長女野々の視点で語られる柏原家の日常。明らかになる亡き父の秘事。父のルーツを辿りながら、家族それぞれが人生を振り返る。
    いろいろあるけどそれも人生だなぁ、としみじみ思える一冊でした。

  • 森 絵都著
    日常の発見…そして再発見
    ある日突然、見えなかったものの正体がはっきり分かる。
    日常生活の中に於いて起こる不吉な要素を含んだものとか
    意外と重い問題を抱えてる者とかを上手く描きだす作家さんですね。結構 自分の心の中では暗く重い問題も、笑いに変えてしまおうとするところが 大人で一番寂しい事かもしれないけど、日常の中で そんな思いはきっと渦巻いているのだろうなぁと思ったりした。
    「愛しても、愛しても、私自身はこの世界から愛されていないような、そんな気がどこかでいつもしていた。
    受け入れても、受け入れても、私自身は受け入れられてない気がしていた。」
    しかし、血のせいでも (まわりの家族とか)自分自身の
    せいですらなく、なべて生きるというのは元来、そういうことなのかもしれない。
    諦めでなく気付くことだった。

  • 青い空の下で海を眺めながら「いつかパラソルの下」で。

    柏原野々、25歳、独身。
    同棲してくれる彼を渡り歩くフリーター。
    彼と家賃をシェアして、そこそこ働き、今の所幸せな生活を満喫中。
    そんな時、父親が事故で亡くなった。
    厳格で兄妹から没取してきた数々のモノとコト。
    そんな父が実は不倫を?
    父親の呪縛から解き放たれるため?父を知るため?兄妹は父を探り始め、父の故郷の佐渡へ旅立つ。なんて書くと暗いけど実際はとても緩くて、何が飛び出る?と身構えていたら肩透かし。
    花の胸の刺繍やら「暗い血」やら地方の小島(佐渡)で横溝を思い出してたのにさ。二箇所ほど車内で読みにくい描写あり。
    背後に気をつけてなくちゃ。

    久しぶりに海を見たくなった。
    潮風にあたり、ギラギラの太陽に照りつけられながらのイカとビール。
    何もかもが浄化されて明日からまた顔を上げて行けるような。そんな気持ちになる読後。
    親の呪縛って本当にしつこい。
    いったい何時だったかな、親が大人に見えなくなったのって。
    自分に同情するのが嫌いな私。最後までこの家族の気持ちに共感できなかったけれど、前向きな姿にほっこりした。

    「人の体温は頼もしい。たとえどんな状態であろうと、命があるのとないのとでは大違いだ。」

    「誰だって親には恨みの一つもあるけど忘れたふりをしてるんだ、親が老いて弱っちくなるのを見てしょうがなく許すんだ、それができないでこれからの高暦社会をどうするんだ」

  • 人は人を忘れる。けれども時々思い出す。
    そうやって生きてる人とも亡くなった人とも関係を続けていく。

    「お父さん好きだった?」

    と、父の亡き後話せる存在がいるのはものすごくうらやましい。

  • 読みやすい文章で、ゆるっとした少し冷めた目線で書かれた小説。
    ちょっと男性受けはしないかも…。

    事故死した父の死後、浮気が発覚。それだけでも厳格な父からは予想外の事なのに、相手の女性から発せられた父が絶倫との事実。
    父の足跡を辿る3人の兄妹の行き先は…。

    主人公の野々が、少女漫画に出てくる感じで良い。
    喜怒哀楽をあまり出さず、同棲中の彼との関係もなぁなぁになりつつあるが、自分が不感症である事を父親のせいにして生きている。中盤、そんな野々にもピンチが訪れるが、感情を押し殺し素直に受け入れようとする場面は苦しかった。

    最終的に父の謎は解けぬままだが、野々を含め3兄妹のこれからにエールを送りたい気持ちになれた。

    個人的に、野々の彼氏の達郎がタイプ。地に足が着いてるし、きちんと彼女と向き合う姿勢が好き(照)

  • 厳格なお父さんが亡くなって、不倫が発覚。お父さんは本当はどういう人だったのか、お父さんの実家・新潟にある島まで3人兄妹で旅に出たりする。あったかい穏やかな気持ちになる家族の物語。

    身近な感じのする長女、なんだかんだで頼りになる長男、可愛い妹...登場人物がみんな楽しくて好きで、森絵都さんのお話やっぱり大好き。

    物語の中の日常の風景がそこにあるような感じ、兄妹たちの会話もおもしろいし、綺麗な風景の描写もスーッと目の前に広がるようで、読むと心が晴れる。

    『イカが好きでも嫌いでも、人は等しく孤独で、人生は泥沼だ。』(201p.)

    イカリング、イカめし、イカカレーどれも食べたい!

  • 森絵都著「いつかパラソルの下で」を読みました。

     比較的中高生を対象にした小説が多い中、今作は25歳の大人の女性を主人公にした作品です。

     厳格な父親をなくした女性が、その死をきっかけに自分の生き方やコンプレックスを見つめ直していくというお話です。

     「カラフル」に代表されるように、自分の生き方を見つめ直していくというストーリーは、作者の得意とする所です。

     また、各登場人物を生き生きと描きながら、恋人との確執や家族との絆なども、考えさせるあたり、さすが森絵都という感じです。

     ちょうど、映画「DIVE」も公開されました。

     作者の今後の活躍を期待しています。

     私も自分の生き方を改めて見つめ直していきたいものです。

  • 家族であってもそれぞれが色んな感情を持っていて様々な形があると感じた。
    自分の親のルーツを知ることで何か分かるかもしれないって思う気持ちに同感した。

    私の親は離婚していて、父の顔をよく覚えていない。この作品では、父と娘が互いに理解し合えないまま、父は亡くなった。その後父の故郷を訪れてルーツを辿っていた。

    細かい状況は違うものの、私も自分の父の故郷に行ってみたい。勇気はまだ出ていないが、自分の父親がどんな環境で育ったのかには興味がある。

    この作品を読んで、自分の父親について考えるきっかけになったし、今一緒に暮らしている家族をもっと大事にしたいと思った。

  • 数々の児童文学賞を受賞している方が気が触れた?かのセックスシーン描写「良し、私も試してみよう」
    そして佐渡島、地の観光協会からクレームは無かったのか?と気を病む程の取扱い・・・・吸い込まれるように読み続けました。素晴らしい展開 そして東京、すべてハッピエンド。裏切られ感

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著者プロフィール

森 絵都(もり・えと):1968年生まれ。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞し、デビュー。95年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞及び産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、98年『つきのふね』で野間児童文芸賞、99年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、06年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞、17年『みかづき』で中央公論文芸賞等受賞。『この女』『クラスメイツ』『出会いなおし』『カザアナ』『あしたのことば』『生まれかわりのポオ』他著作多数。

「2023年 『できない相談』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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