キップをなくして (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
3.74
  • (52)
  • (94)
  • (82)
  • (14)
  • (2)
本棚登録 : 854
感想 : 79
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043820030

作品紹介・あらすじ

駅から出ようとしたイタルは、キップがないことに気が付いた。キップがない! 「キップをなくしたら、駅から出られないんだよ」。女の子に連れられて、東京駅の地下で暮らすことになったイタルは。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • キップを無くしたら駅から出られない。キップを無くした子は駅の子になる。
    ある日、趣味で収集している切手屋さんに行くため一人で電車に乗っていたイタルは、有楽町で電車を降りて改札から出ようとして、キップを無くしたことに気がついた。そして、後ろから少し年上の女の子に声を掛けられた。「キップをなくしたんでしょ。キップを無くしたら駅から出られないのよ」。
    「着いてきて」と連れていかれた所は、有楽町から一駅乗った東京駅。そこで電車を降りて、改札から出ず、暗い長い通路の先にある、駅職員の詰所のような部屋に着いた。そこには、イタルと同じ“キップを無くした子”が集められ、遊んだり、一緒に勉強したり、駅弁をタダでもらえたり、駅構内のいくつかの食堂やレストランをフリーパスで利用できたり、キオスクで無料でお菓子を買えたり、駅の遺失物の中から服をもらったり、職員用のお風呂を使えたりして暮らしている。子供ばかりで大きい子(一番上は高校生くらい)が小さい子の面倒を見ているのだが、“駅の子”たちと接点のある駅のスタッフには目に見えない不思議な“駅長さん”から指令が届いていて、売店やレストランの人や特定の駅職員さんが“駅の子”達のことをいつも気遣ってくれている。
    “駅の子”たちには仕事がある。朝と夕方のラッシュの時間帯に通学の子供たちが安全に電車から乗り降りできるよう手助けするという仕事だ。何故か、時間を止めたり、自分の気配を消したりする力が与えられ、時には時間を止めて、満員電車に乗りそこないそうな子供をぎゅっと押し込んであげることもする。毎日、頭の中で不思議な“駅長さん”の声が聞こえ「今日は○○駅に就きなさい」という指令に従って、“駅の子”達は電車に乗ってその駅に行って通学の子供たちを守る仕事をする。
    朝と夕方の勤務の間の時間帯は電車に乗り放題でどこまででも行ける。何故かどこでも駅員さんたちには“駅の子”として通用していて、キップが無くても電車に乗れるし、日帰りで遠くまで行くことも、遠くの駅の駅弁を買いに行くことも(タダ)できる。ただし、どこでも“改札”から外へは出られないのだ。
    キップを無くしたら子供が駅から出られないなんて、子どもを持っている親としたら、ゾッとすることである。けれど広い東京駅の中の普通の人が知らない場所や改札からは出られないが、電車でどこまでも行ける宙ぶらりんな現実世界の冒険、そして子供たちだけの自活はワクワクするような冒険でもある。
    だけど、やっぱり………駅構内というのは日が当たらず、うすら寒い。そして、どうしてキップを無くしただけで駅から出られなくなるのか考えると不気味。
    駅の子の中にはミンちゃんという、ご飯をいつも全然食べない子がいた。ある日イタルは思い切ってミンちゃんに事情を聞いてみると、「わたしは死んだ子なの」という答えが返ってきた。それを聞いて「怖い」でも「不気味」でもなく「悲しい」とみんなが感じた。ミンちゃんは小学校1年生の時に通学途中にホームから落ちて電車にひかれて死んでしまったのだった。死んでしまってから気が付くと目の前に“駅長さん”がいて、「天国に行きたくない」と言ったら、「それは出来ないがしばらくは“駅の子”でいていいよ」と言われたそうなのだ。
    ある日、“駅の子”たちは、もうすぐ夏休みで自分たちの仕事もなくなり、そして本当は、“精算券”を買えば、簡単に駅から出られることを知ってしまった。夏休みになったら家に帰ろうと思う一方で、みんなはミンちゃんのことが心配でならない。ミンちゃんは“死んだ子”だから帰れない。
    そして、ようやくミンちゃんも天国に行く決心をする。ある日の夜中にイタルに付いてきてもらってママに会いに行って(終電から始発までは駅の外に出られる)。
    ミンちゃんが天国に行くために天国のグランマ(おばあちゃん)に迎えにきてもらうため、グランマの亡くなった北海道の春立というところまで、みんなはミンちゃんを見送りに行った。その旅はお別れの旅立ちいうのに、修学旅行のように楽しかった。駅長さんに特別に“切符”を用意してもらって、寝台車に乗って、青森から青函連絡船に乗って(青函トンネルが出来る少し前)。そして、特別に北海道で機関車が走る日でもあり、機関車にも乗れた。
    北海道の空と海、春立という地名、機関車の煙……命が美しい空に溶けていくような淡くて、力強くて、心臓から手足の先までキューンとしびれるような感覚になった。
    この小説は時代設定も絶妙で、あとがきを書いた旦敬介氏の計算によると、この小説の中の“現在”は1987年か1988年で(小説の発表は2005年)、国鉄がJRになったばかりで青函トンネルと瀬戸大橋が開通する少し前で、まだ寝台列車があり、日本全国を車や電車だけでは回れる時代にはなっていなかったのだ。そして“平成前夜”でもあった。バブル真っ只中で日本中がどこかに向って爆走していた時代だが、この小説の中の“駅の子”たちの中にはまだまだ素朴なものが失われていない。児童文学だが、あの時代を知っている大人たちだけに秘密で“駅長さんの声”のように届けられる郷愁。今では“キップ”さえ珍しい。
    そんな日本の“節目”の時代にイタルたちのような思春期一歩前の寂しくて悲しくて清々しい独り立ちとミンちゃんのように“死んだ子”の心の葛藤と決心が重なって………思春期小説というのだろうか。なんとも淡くて、酸っぱくて、辛くて……でも色んなことを考えて納得して、亡くなった人の心も共に生きていこうと思える小説だった。

  • 池澤夏樹さんの小説をずっと読みたいと思っていたのに、後回しにしてしまっていた。

    「キップをなくして」は光村の中1の国語の教科書でも紹介されている。

    旦敬介さんの解説にもあるが、この小説の舞台となるのは1987年の1学期の途中から夏休み前までの東京駅構内。
    国鉄からJRに分割民営化されて間もない頃、間もなく青函トンネルは開通する時期だ。
    改札は、今のような自動改札ではなく、まだ小さな囲いの中に駅員さんが立ってキップを鋏でカットしていたのだ。
    私の記憶には、改札で鋏をチャンチャン、チャンチャンとリズムよく空打ちしている駅員さんの姿がまだ鮮明に残っている。落ちている入鋏済みのキップをこっそり拾ってきた思い出もあるが、もう30年以上前に失われた光景なのだ…と改めて思った。

    どうしてキップを無くした子ども達が、「駅の子」として駅で暮らすことになるのか、最初は不穏な話なのかと思ったが、そうではなかった。
    ICカードに慣れた今の子どもたちには、想像しにくい場面もあるかもしれないが、東京駅構内で子どもだけで特別な「仕事」をしながら過ごす、というのは今の子にも、とても魅力的な設定だろう。
    東京駅というのは、巨大な一つの街のよう。
    読んでいると、確かに出来そうなワクワク感もある。
    ほとんど形となっては現れないが、彼らを優しくサポートする大人の存在にも心が和む。
    鉄道好きの人にはトリビアも満載。
    2022.6.17

  • ある初夏の朝、電車の切符をなくしてしまった少年が「駅の子」になる話。

    読書感想文が書きやすそう。

    切符をなくしたら駅から出られない、なんて…まさかホラー展開があるのでは、でも池澤さんだしそれはないかな、とそわそわしつつ読みました。

    それにしても、なれるものなら「駅の子」になってみたい。電車乗り放題だし、食堂も売店での買い物もタダだし。もちろん、ずっとじゃなくて、ほんのちょっと数週間だけ。

    ミンちゃんがご飯を食べない理由。タカギタミオの苛立ち。フクシマケンの現実の視点。

    切符をなくしても駅から出られるとわかったとき、状況に流されるままじゃなく、自分で選択して行動できる、とわかったとき、子どもたちはどうするのか。

    世の中には、変えることができる決まりと、変えられない摂理がある。

    「決まっている」と思っていることは、実はそうではないかもしれない。

    疑ったり迷ったり、「自分はどうしたいか」を考えて行動することで、変えることができる決まりもある。そんなことを考えた。


  • 駅から出られない、子供達だけの世界、幽霊も登場したりとかなりファンタジー調なパッケージがされているが、“死”について意外に深い問題の提議がある。
    まさに大人から子供まで楽しめる、作者らしい暖かな空気に包まれた作品。

  • キップをなくした子は東京駅で「駅の子」になる、
    そんなファンタジックな舞台設定だけど
    丁寧な描写と、(解説で知りましたが)実は
    綿密に計算された時代背景の上になる物語。

    「単なる子ども向けファンタジーでしょ?」と
    一蹴できない、
    読者自身がそのちょっと不思議な世界に
    迷い込んだように感じさせてくれるのは、
    そこから来ているのかもしれないな。

    柔らかく爽やかなストーリーと、
    子ども達のしたたかさ、賢さに素直に感動する、
    メッセージがすっと入ってくる、
    とても好きな作品でした。

    実は「南の島のティオ」を
    合唱曲として歌ったことがあって、
    池澤夏樹さんには少し馴染みがあったんだけど、
    小説読んだのは初めてだった。

    合唱曲のティオはかなり不思議な世界観で、
    それはそれで好きだったんだけど
    こんな優しくて丁寧な物語を書く人だとは。
    ティオも小説で読んでみたいな。

    メインテーマとして死生観が語られるんだけど、
    人の心は小さな心の集まりで、
    亡くなった人の小さな心はだんだん解散して
    宇宙の大きな心に入る。
    そしてまた仲間を募って新しい命に入る、
    というのは、個人的にはとても腑に落ちた。

    “楽しいことも苦しいことも含めて、欲ばって、
    与えられた機会を隅から隅まで使って、
    生きられたか”
    平坦な生活を無為に過ごしてないで、
    もっと貪欲に生きよう。

    ちなみに、ジブリのプロデューサー鈴木敏夫さんも
    ジブリでアニメ映画にしたい「好きな本」だそうで、
    読んで納得。
    舞台、風景、子ども達の個性、どこをとっても
    ジブリ映画になったら絶対いい。是非見たい。

  • 素晴らしいの一言。
    池澤さん、こういうのも書くんだ。
    じんときた。静かに静かに、心に響いた。ほんのり温かく、ほんのり寂しい気持ちになった。

  • どこか懐かしさも感じさせてくれるノスタルジックでファンタジーな鉄道冒険小説。少年イタルが成長していく様も好き。ミンちゃんはすごい。解説の冒頭にある「読者は多様な読み方をしていく自由がある」という言葉も好きでした。駅名も沢山出てくるので通勤のお供にぜひ!

  • 面白かった!!
    具体的な地名が多くて、もっと地図や路線図をイメージできたら面白いんだろうなあ

    死んだ後の世界のことをちゃんと話しているところもよかった。大抵物語では読者の想像に任せるって感じに曖昧に終わるから。

    不思議なファンタジーだけどとても現実的で、好きだなあ

    お母さんは懐かしいと言っていた、私は昔の世の中を覗き見しているみたいな気分になる。

    あと後書きの解説者の着眼点がすごい。時代設定を細かく読み解いて作者のunspokenな強い意図を見出していて、推理家なんだなあ

  • 電車に乗車中にキップをなくして改札から出られなくなった子どもが、東京駅に集められて「駅の子」として特別な仕事をしていくというお話。
    子ども向けかと思いきや、主人公の小学生は昭和51年生まれで、まだ駅には自動改札機もないという時代設定から、読者としては大人を想定して書かれているようにも思えます。
    もちろん、子どもたちの冒険物としても面白かったです。
    涙が出そうになる切ない場面もあります。

    北海道の春立に行くところ(もちろん列車で)など、読んでいて列車の旅をしたくなりました。

  • 子供たちが自分たちで生活していくこと、キオスクや食堂が無料で電車も乗り放題という設定にとてもワクワクした。

    不慮の事故で亡くなったミンちゃんとグランマの会話から、死ぬとはどういうことか、生きるとはどういうことかについて考えさせられる。

    生後まもなくして亡くなった赤ちゃんが生きることが出来て幸せだった、と言うところに感動して涙が出そうになった。

全79件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1945年生まれ。作家・詩人。88年『スティル・ライフ』で芥川賞、93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、2010年「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」で毎日出版文化賞、11年朝日賞、ほか多数受賞。他の著書に『カデナ』『砂浜に坐り込んだ船』『キトラ・ボックス』など。

「2020年 『【一括購入特典つき】池澤夏樹=個人編集 日本文学全集【全30巻】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

池澤夏樹の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三浦しをん
万城目 学
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×