村田エフェンディ滞土録 (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店
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本棚登録 : 2781
レビュー : 373
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043853014

作品紹介・あらすじ

時は1899年。トルコの首都スタンブールに留学中の村田君は、毎日下宿の仲間と議論したり、拾った鸚鵡に翻弄されたり、神様同士の喧嘩に巻き込まれたり…それは、かけがえのない時間だった。だがある日、村田君に突然の帰還命令が。そして緊迫する政情と続いて起きた第一次世界大戦に友たちの運命は引き裂かれてゆく…爽やかな笑いと真摯な祈りに満ちた、永遠の名作青春文学。

感想・レビュー・書評

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  • あの鸚鵡に泣かされるとは…不覚。

    梨木香歩さんの作品の中でも、これは特に好き。
    民族独立のテーマは少し重いが、よろよろと頼りない足取りで近代への扉を開けてゆく真面目で融通のきかない日本人たちの描かれ方に、とても共感できる。漱石や鴎外もかくなむ。

    家守綺譚に繋がるストーリーだが、印象はまるっきり異なっていて、異文化同士の交わりの中から香り立つ面妖さが独特の空気を醸し出している。

    不思議なことに、この本を読み終えてからしばらく街歩きをしている間、鼻の奥で香辛料の混ざったような…アジアや中近東のイメージに近い香りがずっとしていた。デパートの書店でもホテルのトイレでも。

    人それぞれの神々への信仰のありようが交錯するところに最も興味を惹かれる。価値観の衝突と受容、融合は梨木香歩さんならではのもので、不穏な空気の漂う物語なのに、なぜか安らいだ。

    この作者の文化や文明、歴史や宗教への造詣の深さにはいつも驚かされるのだが、さらに、大きく腕を広げて全てを受け容れてしまう寛容さには、つい心解かされてしまうのだ。

    村田の亡くなった友人たちのために…神を持たない私も、何かに祈りたくなった。

    最後に問いたい。やはり人間は人間として生きる限り、人間に関わるすべてのものから切り離されはしないのだろうか。

    私は…切り離されることの方が幸せに感じるのだが。。

  • 裏表紙のあらすじを読んで想像する話とは…絶対に違う、と思うのはわたしだけではないはず。
    なぜこんなあらすじ紹介になっているのか。

    基本的には、国も文化も宗教も違う登場人物たちの日常がとても穏やかに描かれている。
    宗教の違いに関しては、もの言いたげにする人物や場面がちょこちょこ出てくるが、そぶりだけで言わない。
    それは「国が違う・文化が違うから当たり前」ですませているのではなく、登場人物みんながお互いを個人として尊重しているからこそだと思う。
    そしてその個人と個人の尊重や思いやりは同じ場所で同じ時間を共有して生まれるもの。

    神様たちの縄張りの張り合い(?)や、神様に説教する村田など、ユーモアもたっぷり。
    だが、物語の後半から徐々に革命の気配が漂う。

    帰国数年後にディクソン夫人が手紙で報せてくれた切ない顛末。
    鳴かないはずの鸚鵡の一声で、かつてのみんながいた穏やかな日々に心が飛ぶ。
    切ないけれど余韻のあるラスト。


    ファンサービスというわけではないのだろうけれど、綿貫や高堂の登場は「家守」好きには嬉しい。

  • 梨木果歩だってー?「西の魔女が死んだ」は読んだけどぴんとこなかったなー「オズの魔法使い」じゃね、「裏庭」だって「トムは真夜中の庭で」や「思い出のマーニー」なんじゃあ!? と、豊潤さ芳醇さを予感しつつも遠ざけていた著者。
    思いもかけぬ人からおすすめされて読み、単純にも、大いに感動した。
    語り手の恬淡さや、時代がかった物言いが功を奏して、面白味を齎し、きな臭さの仄かに舞う中、爽やかな味わいが作品を浸していたが、
    一転、終盤、死が充満する。
    だからこそ波状攻撃を仕掛けてくるノスタルジー、無力感。
    「主義主張を越えた友垣」、「楽しむことを学べ」、「人は過去なくしては存在することは出来ない」、そして「私は人間だ。およそ人間に関わることで、私に無縁なことは一つもない」。
    小説が骨組みや肉付けをしたからこそ、読み手の骨身に沁みる、これぞ小説。

    ちなみに解説の茂木健一郎、文庫裏表紙のあらすじは、的外れ。

  • 「そしていつか、目覚めた後の世で、その思い出を語り始めるのであろうか。」
    心に残る。
    そして、そうあってほしい。

    その時、真剣に過ごした人達との思い出はいつまでも色あせることがない。

    ディミィトリス「君には君の仕事がある。」……「忘れないでいてくれたまえ。」
    そして最後の「楽しむことを学べ。」
    鸚鵡はゆっくりと目を開け…
    一「友よ。」
    胸がつまりました。

    今後の人生に必要な本の1冊。
    生活場所が変わっても部屋に置いておきたい本。

    感謝です。

    • 9nanokaさん
      最後のシーン、ほろっときましたね。喋ったぁ! って感じでした(;_;)
      ディミトリスに何があったのか、考えてしまいました。生き急いじゃった...
      最後のシーン、ほろっときましたね。喋ったぁ! って感じでした(;_;)
      ディミトリスに何があったのか、考えてしまいました。生き急いじゃったんですかね…
      青春を心の糧に生きる人もたくさんいるでしょうね。でも同じ場所に戻ったとしても上手くいかないんでしょうね。切ないなと思いました。
      2015/01/12
    • komoroさん
      確かに9nanoka さんの言う通り青春を心の糧にしている人はいると思いますし同じ場所に戻っても上手くいかないと僕も思います。
      いいこと言...
      確かに9nanoka さんの言う通り青春を心の糧にしている人はいると思いますし同じ場所に戻っても上手くいかないと僕も思います。
      いいこと言いますね~。素敵。
      2015/01/12
  • 続いて「夏の100冊」。最近になって、梨木香歩さんの書かれるものをすごくしっくり感じるようになった。よく言われるように、本には「出会い時」っていうのがあるんだなあと思う。

    これも非常に良かった。心にしみた。淡々とした調子で始まるが、次第にお話は陰翳を帯び、深みを増し、読み終わったときにはずっしりと手に残るものがある。梨木さんの小説にいつも感じる、静かな怒りや悲しみが、ここにもある。

    人と人が互いに思いやったり心を通わせていく上で、国や人種や宗教や、そういうものって大して問題じゃない。でも悲しいことに、現実にはそうしたものに縛られて人は生きていて、それをどうすることもできない。哀切なディクソン夫人の手紙を何度も読み返しながら、人の運命ということをつくづくと考えさせられた。

    • たまもひさん
      シンさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

      私は大体ガサツでせっかちな早読みなのですが、これはゆっくり深呼吸する気持ちで読み...
      シンさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

      私は大体ガサツでせっかちな早読みなのですが、これはゆっくり深呼吸する気持ちで読みました。
      梨木さんの文章っていつもそういうリズムですよね。今頃になって「家守綺譚」とか読んで、その世界をしみじみ味わっています。

      粗製濫造の感想を読んでくださって、ありがとうございます。ほんとに誰に頼まれてるわけでもないのに、いつも張り切って書いちゃうのはなぜかしら、とよく思うのですが、読んでくださる方があるのはとても嬉しいです。
      2014/09/10
    • シンさん
      返事がおそくなってすみません。

      いやほんと、なんで自分はこういうのを書いているのか、不思議な気がします。 私は読んだ本すべての感想を...
      返事がおそくなってすみません。

      いやほんと、なんで自分はこういうのを書いているのか、不思議な気がします。 私は読んだ本すべての感想を書いているわけではなく、『村田エフェンディ滞土録』も読み終えて、面白かったのだけど、レビューを書こうという気にはならないんですよね。この線引きはなんなんだろうって思います。つまらないから書かない、というわけでもないし。

      でもいい本ですよね。近藤美和さんのカバーイ ラストも中村智さんの挿絵も小説の世界観に 合ってて。梨木さんの本は、油彩じゃなくて水 彩画のイメージです。
      2014/09/15
    • たまもひさん
      まったく、梨木さんの世界は水彩画ですよねえ。雨や川や、湿気のある表現がとても好きです。
      私はいつも、感想を文章にしてみることで読んだ本を自...
      まったく、梨木さんの世界は水彩画ですよねえ。雨や川や、湿気のある表現がとても好きです。
      私はいつも、感想を文章にしてみることで読んだ本を自分の中に落ち着かせているような気がします。
      どんどん忘れていく加齢現象に対抗する、という面も大きいですが。いやもう困ったもんです。
      2014/09/16
  • 美しき人たちの美しき魂が私の心にも宿りました。「私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない」。国だとか宗教だとか超越した人間としての尊厳を保ち続けたいと強く思いました。ラストに押し寄せる世相の無情さとのコントラストがあまりに哀しく涙腺が決壊。ぽろぽろ泣きながらもキラメク清浄な光を感じるのはまさに梨木さんならではのマジック。大切な宝物の仲間入りです。

  • 眠気と戦いながら読み始めた本にこんな泣かされたのは初めてです。

    この作品には、言葉にしないことで、
    互いへの信頼感がよくわかる描写が端々にあってとっても心地よかった。
    書かないことで伝わる心地よい距離感があることを初めて知った。
    登場人物みんなを好きになる。のに、
    彼らをほんわり愛し始めたところでこの展開になって泣くしかできなかった。
    でも泣くしかできないことが戦争なのかな。分からないけど。悲しい。
    鸚鵡はムハンマドの肩から離れたくなかっただろうな。
    でも村田の元にきてくれてありがとう。友よ。

    歴史というのは物に籠る気配や思いの集積なのだよ、結局のところ。

  • しみじみと良い本だった…。梨木さんの文は、心が洗われるって表現がぴったりくる。急いで読んだらもったいない気がして、じっくり読んでしまう。
    トルコのゆったり流れる日常の空気感がたまらない。そして日本人特有の生真面目さを発揮する村田君が良い。国籍も宗教も違う人たちが、お互いを認め合って共同生活をしているのっていいもんだなぁ。家守綺譚の綿貫君と高堂も出てきて嬉しかった。そういえば家守の方にも村田君の名前が出てきてたなぁ。ラストには、彼らの間を引き裂いた戦争の非情さを感じ、切なくなった。鸚鵡が泣かせてくれます…友よ!

  • もう最高峰だと思います。色気といい(色っぽい話は1割もない)、情感といい、匂いまで感じるような文章。陰影の深さ、それでいてさらりと乾いている。これだけの作品にはそうそう出会えません。心から敬愛します。長編で読ませる本は沢山ありますが、中編でここまで泣ける本は無い。文句なしの傑作です。

  • 2014.10.30 am2:10 読了。
    異文化理解とよく言うが、そもそも「異文化」という考え方が、性に合わない。「異」なんて使わずに、もっと柔らかい適当な語はないだろうか。境界線なんてはっきり引かない、境界線の太さをもっと広くした表現はないのか。いっそのこと境界線を幅広に拡大し続けて、内と外という区別をなくしたい。外国と日本。国という線を消してはじめて、個人として違う文化的背景や、風土を持った人(=外国人)に、もっと寛容になれるのではないか。けれども国の概念がなかったら、成立しないのが現代。「およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない」(84頁)この考え方は大切だと思う。ただずっとこの考えを持ち続けるのはきつい。情報量もやるべきことも膨大すぎてつぶされそう。妥協点をどこにするかが課題。

    「人の世は成熟し、退廃する、それを繰り返してゆくだけなのだろうか」ー「ええ、いつまでも繰り返すでしょう。でもその度に、新しい何かが生まれる。【略】繰り返すことで何度も学ばなければならない。人が繰り返さなくなったとき、それは全ての終焉です」(97頁)

    何かが生まれることは無駄ではない。確かに。変化の可能性は常に維持されるべき。善悪はともかく、その可能性が消えたときが、それの終わりなのだろう。

  • 読みごたえのある作品でした。

    テーマは重いのですが、下宿先の村田、ディクソン夫人、ムハンマド、オットー、ディミィトリス、鸚鵡の関係がとても素敵で、彼らのやり取りがほほえましかったりもします。
    村田は不思議な出来事にたくさん遭遇しますが、トルコがどこか混沌とした雰囲気があるからなのか、自然に受け入れられました。

    友人たちの行く末、ディクソン夫人の手紙、鸚鵡との再会、涙が溢れてきました・・・
    宗教、歴史の認識・・・すべてがバラバラの彼らの間に生まれた友情。
    確かに彼らはかけがえのない友だった。
    村田の最後の独白がとても切なかったです。

  • 鸚鵡は身じろぎし、首を私に寄せたかと思うと、突然夢から覚めたように、
    ーー友よ。
    と甲高く叫んだ。

    異文化にふれて、なおぶれない村田エフェンディの生き様が素晴らしい。出会う人の宗教や過去に謙虚に怯えずに踏み込み、しかし、「まあそんなこともあるだろう」と大らかに飲み込む様、自意識にとらわれない好奇心が大変羨ましくも思えます。文化を超えた友情を育み、それがわずかに色あせて思い出になって行くラストの筆致は、本当に奇麗で、しみじみと心に響きます。

  • 『西の魔女が死んだ』を読んで彼女のファンになったのなら、ぜひとも一読して欲しい一冊。

    宗教や思想とも絡め、人と人とが理解し合うことについて考えさせられる、文学小説である。
    『西の魔女』とあまりにも違う文体に初めは戸惑うが、ちりばめられた表現に梨木香歩であることを気づかされる小説である。

  • エフェンディ≒学士である村田の、留学中の青春録。「明るみの中のことだけを整理する」知識では追っつかない種々の経験と、記憶の中にきらめく若者のうつくしい日々。それは、戻れない輝きであり、間違いなく青春と呼ばれるもので、以後のひとをつくるものでもあるのだろうと思う。帰らないそんな奇跡的な時間を、たれかと分かちあうことさえ難しくなってしまった痛みを思う。引き裂かれたであろう現実に存在する友だちたちにも思いが及ぶ。文化の「あるべき」なんてあるんだろうか。

  • 『私は人間だ。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない』

    ディミィトリスの呟いた言葉が、読み終わった時、しみじみと心に響いてくる。
    荒涼とした砂岩の大地と乾いた青い空。その風景のずっとずっと向こう側を見ていたディミィトリスの、白く綺麗な横顔。わずかに陰影の落ちる静寂のモスク、白い柱。その陰で鮮やかなヒジャブを羽織り額づく女性。モスクの屋根を羽ばたく鳥の羽擦れの音。籠に放られた鮮やかな色の野菜。日陰で休む痩せた白い犬。太古の昔からそこにあったかのような、くすんだ瑠璃の壺。まるでいつか見てきたかのように、鮮やかにシルクロードの町々が脳裏を掠めた。

    国境で友情は隔てられない。比較的世界が平和である現在だから理解できる認識も、国や、言葉や、肌の色、宗教、思想、食べ物、着る物、その違い全てが当時は争いや差別に発展するほど、大きな障壁だったはず。ギリシャ人のディミィトリス、ドイツ人のオットー、英国人のディクソン夫人、ムスリムのムハンマド、そして遥か東の国からやって来た、日本人の村田。
    100年前、彼らはそれぞれ、国も、思想も、信じる神も違えど、それぞれの事情のもとトルコに集まり、日々の寝食をともにすることで、かけがえのない絆をかの地で育んだ。
    しかし皮肉にも、彼らを隔てたのは彼らの国であり、思想であり、彼らが信じた神であった。人々を守るはずの国、人々を救うはずの神々、人々を高みへ導くための思想は、結果的に彼らを異国の地で翻弄し、蹂躙し、その尊い命を引き裂いた。生まれた場所が違えば、人間はその運命に左右されてしまうのか。哀しいことに、それはきっと、いつの時代も変えられない現実だ。
    聖戦、革命、政治的侵略、統一国家の実現、その他歴史で語られる用語の裏には、たくさんの死と、悲しみと、怒りと、とりとめもない幸せな日常の破壊を孕んでいる。そのことを、きっと私たちは忘れてはいけない。どんな形であれ、戦争を肯定してはいけない。美しい犠牲も、尊い犠牲も、誉高い殉死も、この世界に存在してはいけない。どんな美しい言葉で飾っても、そこにあるのはただ、夥しい血の泉と、無数の屍の山だけ。
    人間という大きな括りの中で、この物語の彼らだけが真実であった。誰の記憶にも残らない、百年ののちには歴史から忘れ去られるであろう命の、日々の無数の記憶こそ、人間が人間として存在する意味であり、存在し続けるための人間の証明ではないかと思う。

    あとがきが茂木健一郎さんだったのも、ぐっときた。

  • トルコの下宿先で知り合った異国で異宗教な友人達との日常。
    さりげなく幽霊?やら神様が紛れ込んでくるんだけど
    それが日常の風景の一部のようで違和感がない。
    普通に変わった日常を描いているようでいて
    ドキっとする思いが綴られていて、心がザワザワする。
    懐かしいような切ないような、そんな感じがたまらない
    やっぱり梨木作品は好きです。

  • エフェンディとは、トルコ語で学問を修めた人のこと、という。
    1899年、トルコの歴史資料館に留学している村田という男性と、下宿を同じくする仲間たちの物語。

    時代設定から、悲劇的な結末もなんとなく予想できる。
    それでも、「ディスケ・ガウデーレ(楽しむことを学べ)」という言葉や、「私は人間だ。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない」という言葉が、人から人へ、場面から場面へ受け継がれていく物語の運びに、感動する。

    もっと心に残るのは、村田さんの夢に現れる神様の集会だ。
    巨大な牡牛、山犬(アヌビス神)、羊に稲荷狐、サラマンダーが車座になってくつろいでいる―という図。
    文明の十字路で、神々も交差する。
    それがこんなふうであったら、と思う。

  • 本屋でタイトルを見たときに、そういえば『家守綺譚』の中にトルコに留学中の友人の話があったなぁと思ったのですが、正しくその友人が主人公の物語でした!
    こうやって他の本との繋がりが見つかると嬉しくなります^^
    最初から異国情緒溢れる賑やかな雰囲気の物語だったので、最後までそのまま進むのかと思いきや・・・
    一抹の切なさを含んだラストでした。

  • トルコである。
    しかも1899年である。
    異国情緒にたっぷりとひたりながら、主人公村田を通して各国から集った人々や異文化と混じり合える。
    たまたまながら「家守綺譚」のあとに読んで、私としても正解だった。ストーリー的なこととは別に、あの現実の世界がふっと揺らぐような空気感をどこかに感じながら読み進められた。
    最後まで名前をつけられなかった(たぶん)、鸚鵡がいい。古き良き悪友のようでもあり、それこそあまたの神のひとりのようでもあり―。
    ずっと「ココ」にいそうである。

  • 家守奇譚と重なる時代。でも舞台はトルコ。相変わらず土地の空気を見事に表している文章、そして不思議もちらほら。ただ、最後一緒に暮らした仲間が戦争でほとんど亡くなってしまうのが切ない。トルコの革命ってどんな風になったんだか世界史で習ったのに忘れていて時代背景をきちんと掴みきれず残念。高堂の「元の神社にお帰り願え」が笑えた。サラマンドラがもしかして今後の伏線になっているのだろうか、とても楽しみ。

  • 見た事のないトルコの、気持ちのいい雑然とした空気を感じました。トルコいきたい。世界よ平和になれ・・・!

  • 梨木さんの本を読み始めると、時間がゆっくり流れはじめるような気がする。いつのまにかここではないどこかへゆっくりと心が移動していく。そこは百年程前の土耳古であったりする。私の中ではそんなふうにゆっくりと、物語が始まる。
    村田エフェンディ、ディクソン夫人、オットー、ディミトリス、ムハマンド。彼らの居る場所の、ムハンマドのコーヒーの香りさえ漂ってくる。そして、鸚鵡。
    時代のなかでそれぞれの運命をたどる彼らを、さいごにうけとめる運命の村田。真摯な友情が胸をうちます。

  • 【本の内容】
    時は1899年。

    トルコの首都スタンブールに留学中の村田君は、毎日下宿の仲間と議論したり、拾った鸚鵡に翻弄されたり、神様同士の喧嘩に巻き込まれたり…それは、かけがえのない時間だった。

    だがある日、村田君に突然の帰還命令が。

    そして緊迫する政情と続いて起きた第一次世界大戦に友たちの運命は引き裂かれてゆく…爽やかな笑いと真摯な祈りに満ちた、永遠の名作青春文学。

    [ 目次 ]


    [ POP ]
    生真面目な村田君、豪快なオットー、美男子ディミィトリス、3人が住む下宿の主ディクソン夫人、そして家事の一切を担当するムハンマドと五種類しか言葉をしゃべれないのに絶妙なタイミングで人間にツッコミを入れる鸚鵡……。

    『村田エフェンディ滞土録』は、国も宗教も異なる彼らが第一次世界大戦直前のトルコで過ごしたかけがえのない日々を描く。

    敷石に落ちた葱まで美しく感じる情景描写、幽霊や神様など不思議な存在が日常に何食わぬ顔して現れるところがいい。

    そして、激動の歴史の中で広い視野を持ち、他者を思いやる人々の姿に心を動かされる。

    品格という言葉は、本書の登場人物のような人にこそふさわしい。

    特にディミィトリスが村田君に教えた、

    私は人間である。

    およそ人間に関わることで私に無縁な事は一つもない。

    という言葉と、P229で鸚鵡が叫んだひとことが忘れがたい余韻を残す。

    静かで深い感動作だ。

    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 2014 6/8

  • 「外国の下宿先での異文化交流」
    「骨董品・古いもの」
    「宗教、神とは何か?」
    「異なる価値観・背景を、理解できなくても受け入れる姿勢」

    これらのパーツは、梨木先生の作品に出てくる常連ですね。でも、作品毎にアプローチが違うので、毎回新鮮に読み進むことが出来ます。今回の作品は、村田氏が実在したのではないかと錯覚してしまうようでした。

    ずっと淡々と(たまに停滞気味に?)進む話にじっくり付き合って行くと、最後の最後でいきなり大爆発!…という感覚でした。(ネタバレしないようすると、私にはこんな表現しか出来ないです。。)

  • いやあ、よかった。しみじみとそう思う。じんわりとしみ込んでゆくような種類の感動といえばいいだろうか。今回の文体は明治期の文豪風。あえて言うならば鷗外だろう。そして、小説構成のベースは『舞姫』。過ぎ去り失われた時間への追憶と憧憬だ。鸚鵡に始まり、年老いた鸚鵡に終わるのも見事。ディクスン婦人の手紙と、鸚鵡の「友よ」は泣ける。

  • 途中退屈だったが、こういう終わりになるとは…国とはなんなのか。あのうるさい鸚鵡が象徴になるなんて。劇的だった。

  • 急な帰国がきまって、いとまごいに訪れた村田エフェンディは、ここであなたの望む研究が十分にできましたか、ときかれてこう答える

    十分、と思えるときは多分、一生こないでしょう。しかしここで学べたことは私の一生の宝になるでしょう。

    あぁそうだった。なんだかほっとした。焦っても仕方ない。十分なんてありえないのだ。知らないこと、知りたいことはきりがない。きりがないから楽しい。明日のことはわからない。だから今が楽しい。

    この小説の最期は哀しい。時代というものが村田エフェンディをトルコに導き、ディクソン夫人の下宿でのかけがえのない人々との友情を育み、そしてまた、時代によって彼らは離ればなれになってしまう。

    それでも、だからこそ青春の日々はいつまでも輝きを失わないのだと思う。

  • 梨木香歩を読んだのはこれが初めて。読む前は旅行記+青春小説みたいな物を想像して期待してたけど、途中からスピリチュアル要素が入り込んできて正直読むのがつらかった…。そういうの興味ないのよ…。でもそれを乗り越えて読破して良かった。村田くんがイスタンブールを思い出すラストシーンに心を打たれます。

  • 村田が日本に帰る前の夢
    「その夜、変な夢を見た。
    •••私は•••気心が知れるまでの間なのだ、若しくは全く気心が知れぬと諦めるまでの間なのだ、殺戮には及ばぬのだ、亜細亜と希臘世界を繋げたいと思ったのだろうが、もう既に最初から繋がっているのだ、見ろ、と懸命に説いている。」
    多分、ここのアレキサンダー=(諸々の都合で動くという意味での)国、殺戮=WWⅠ、「最初から繋がっている」=イスタンブールで過ごした日々から出した村田の結論・感情
    なんじゃないかなと思いました。

    鸚鵡の口癖は未だに謎です。

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著者プロフィール

梨木 香歩(なしき かほ)
1959年、鹿児島県生まれの小説家、児童文学作家、絵本作家。
『西の魔女が死んだ』で日本児童文学者協会新人賞を受賞。映画化もされたこの受賞作が最も著名な代表作となる。
ほかに新美南吉児童文学賞、小学館文学賞を、『裏庭』で児童文学ファンタジー大賞、『渡りの足跡』で読売文学賞随筆・紀行部門をそれぞれ受賞。
受賞作以外の代表作として、『家守綺譚』、『沼地のある森を抜けて』、『ぐるりのこと』などがある。

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