オリンピックの身代金(下) (角川文庫 お 56-4)
- 角川書店(角川グループパブリッシング) (2011年9月23日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (405ページ)
- / ISBN・EAN: 9784043860050
感想・レビュー・書評
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下巻は、東京オリンピック開会式当日まで、物語は比較的淡々と進む。主人公島崎国男が、感情の起伏の少ない、一種諦観にも似た冷静な人物として描かれていているからか、余り感情移入せずに読み進められる。予想できた結末だが、オリンピックに希望を託した当時の人々の高揚感や、その犠牲になった社会底辺の労働者に思いを巡らせ、感慨深かった。読んで良かった!
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うーん。最後があっさり捕まって残念。いっそ逃げ切ってほしかったかも。
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残念です。本当に残念です。。。
国男は本当に頑張りました!”光があれば影もある”という言葉の影の部分をひたすら純粋に駆け抜けた国男に対し精一杯の拍手をおくりたいです。国男と村田のその後が気になってしまいます。 -
貧富の差に気づいた知識のある人間の反逆
貧しい人たちは搾取する側に楯突くべきなのに自分より下を虐げているのは今も変わらないのかなって思う
生活保護とワーキングプアのような
ただ違うのはこの時代は東京を中心に全体が豊かになる部分
色々考えたくなる本だった -
下巻は2日で一気に読み終わりました。
最後の解説が的を得すぎていて同じことを繰り返してしまうかもしれませんが、下巻はとにかく緩急がすごい。上巻と同様に日付が前後し、視点が切り替わる点は変わっていません。しかし、オリンピックの開会式を迎えるまでの事象のスピード感と島崎と村田の冷静さのコントラストがとてもよく伝わってきました。そして、時を追うごとに全ての登場人物が島崎の魅力に良くも悪くも魅了されていき、自分も読みながら島崎とはどういう人間なのか想像を膨らませていました。
おそらくその後の展開はご想像におまかせ、という終わり方でしたが、もっと先を知りたかった。それほどこのストーリーの世界に吸い込まれてしまいました。 -
もはや戦後ではないと、オリンピックに沸き立つ東京。
東京だけがその恩恵を享受して、その礎を支えた地方の出稼ぎ労働者はその人柱に差し出されていた。
経済格差は広がる一方で、富める人はますます富み、貧しい人はいつまでも貧しいままである。
マルクスを書物のなかだけで夢想していた東大生が、それを実践すべく立ち上がる。
「オリンピックを人質にして、身代金をいただきましょう」
奥田英朗、会心のサスペンス大作!
後半、一気にスピードアップして一気読み確実! -
東京オリンピックで思い出すのは、円谷が競技場の中でヒートリーに抜かれたシーン、競泳800mリレーで第3泳者・庄司が抜かれて3位に落ちたシーン、遠藤が吊り輪の着地に失敗したシーン。そしてあの入り乱れた閉会式。何故か東洋の魔女や三宅の金メダルの記憶は無いが、それから今日まで見聞きしたオリンピックの中で、やはり特別な経験であったことは間違いない。
私と同年以上の人であれば、大なり小なりそうだろう。一方、奥田英朗は私より若くて、殆どそういう雰囲気は経験していないと思うのだけど、よくぞこれまで丹念に調べ上げ書き連ねたものと感服する。
さて下巻、カットバックされていたお互い日付が徐々に縮まり、警察権力=国家の巨大な力がじわじわと国男を追い詰め、すんでのところすり抜ける。上野公園、東大構内、日比谷公園での接近遭遇。蒲田駅、上野駅、江戸川のアパート、西大久保のパチンコ屋…、続く追跡戦に息が詰まる。
刑事、公安、左翼学生、テレビマン、古書店の娘、裏の世界の人々、これらがまた、それぞれに造形が巧みで、当時の雰囲気を良く伝える。
そして10月10日。私たちは、抜けるような晴天の下、東京オリンピックの開会式が恙無く挙行されたことを知っており、即ち国男の野望は果たされない筈な訳だけど、最後の最後まで追う者と追われる者の切羽詰った鬩ぎ合いに緊張の糸は途切れず。
終章、ただ市井に生きる人の希望に溢れた生活の描写に、確かに今の繁栄はその頃の人々の働きの上に立っていることを改めて思う。
自分もその中のひとりとして同じ時代を生きてきたことに何故かしら心震わせ、本を閉じる。 -
全ての視点が収束していく。
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時代描写の重厚さ、思想表現の深さがとても勉強になりました。