憎悪と愛の哲学

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  • KADOKAWA (2017年9月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784044002800

作品紹介・あらすじ

愛する人を憎め。
日本人には、憎悪が足りない。

イスラーム過激派テロから、原爆投下の裏面史まで。
縦横無尽な論証で社会学の最重要概念を更新する、
「神」「資本主義」「歴史」をめぐる思考の冒険。

 第1章 資本主義の神から無神論の神へ
 第2章 憎悪としての愛

「経験や行動は、できるだけ浅く、短いところに、思考を着地させようとするのだ。
経験と行動が発する重力に負けて、着地してしまうと、思考の明晰性が届かない
領域が広く取り残されることになる。だが、このとき、もし〈概念〉をもっていれば、
思考はその分だけ遠く飛ぶことができる。」  ――「まえがき」より

みんなの感想まとめ

愛と憎悪の関係性を深く探求する本書は、真の愛が憎悪から生まれるという視点を提示し、両者が本質的に繋がっていることを論じています。著者は、資本主義を宗教的な観点から捉え、成長を義務付けられたシステムとし...

感想・レビュー・書評

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  • 2018/1/17読了。

  • 真の愛は憎悪からの転回としてのみありうる。事前に憎悪がなければ理想主義的な平和を導くような愛が事後に現れることはなかっただろう。憎悪と愛は繋がって居て、むしろ本質的には同一であり、愛の真実性の前提として憎悪がある。

  • 営利企業に就職し、ビジネスの論理やメカニズムを学んでいく過程で僕にとっての最大の疑問は、「なぜ企業は成長を宿命づけられているのか?」という点であった。もちろんそれは上場企業であれば、株式の評価が「成長性と収益性」によって決められているということが一つの解にはなるが、だとしても次の問いは「なぜ成長性が重要なのか?」という点となり、依然として先ほどの問いは解決されない。当時の僕は、十分に社員に給与を払うことができ、事業の安定性があるのであれば、過度な成長は不要なのではないか、と思っていた。

    結局のところ、その疑問に対する僕自身の現時点の答えは、資本主義とは永遠の成長を義務付けられたゲームである、と解釈して、一種の宗教として資本主義を理解することであった。社会学者である大澤真幸の本書は、「資本主義と神」、「憎悪と愛」という2つの異なるテーマについて論じられた連続講義をまとめた一冊であり、この前者が僕自身の長年の疑問と暫定的な解に一定の理論的な講釈を加えてくれるものとして、非常に興味深く読んだ。

    ここで著者は資本主義と神との関係について、
    ・国家や企業が成長のために一定の負債を抱えつつ、実はその負債を完済するタイミングは常に延期されている
    ・つまり負債はほぼ未来永劫、完済されないにも関わらず、更なる成長のために負債を拡大させることができるのは、「神はデフォルトの可能性を知らない」ということを我々が共通認識にしているからである
    ・その共通認識があるからこそ、我々は安心して、ひたすら成長のために負債を拡大させることができる
    という論理を示す。

    久しぶりに読んだ著者の本だったが、講義録ということもあり、非常に分かりやすかった。久々に色々触れようかとも思う。

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著者プロフィール

【著者】大澤 真幸(おおさわ・まさち)
1958年長野県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。思想誌『THINKING「O」』(左右社)主宰。2007年『ナショナリズムの由来』(講談社)で毎日出版文化賞、2015年『自由という牢獄』(岩波現代文庫)で河合隼雄学芸賞を受賞。近著に『〈世界史〉の哲学』シリーズ(講談社)、『資本主義の〈その先〉へ』(筑摩書房)、『我々の死者と未来の他者』(集英社インターナショナル新書)、『私の先生』(青土社)など。

「2024年 『メディア論集成』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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