悩ましい国語辞典 (角川ソフィア文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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本棚登録 : 350
感想 : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044003487

作品紹介・あらすじ

辞書編集37年の立場から、言葉が生きていることを実証的に解説。意外だが、江戸時代にも使われた「まじ」。「お父さん・お母さん」は、江戸後期に関西で使われていたが、明治の国定読本で一気に全国に。「がっつり」「ざっくり」「真逆」は最近使われ出した新しい言葉……。思いがけない形で時代と共に変化する言葉を、どの時点で切り取り記述するかが腕の見せ所。編集者を悩ませる日本語の不思議に迫る、蘊蓄満載のエッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • 40年近く辞書の編集に関わってきた方が、生き物である「ことば」の変化の面白さを伝えたいとの思いで執筆したとのこと。
    辞書編集者を悩ます言葉約200語を以下の分類で各2頁程度にまとめ、世間での使われ方を調査データも示しながら分かりやすく説明しています。
    ・揺れる意味・誤用(120)
    ・揺れる読み方(40)
    ・方言・俗語(20)
    ・大和ことば・伝統的表現(20)

    私も昔は"正しい読み方"にこだわっていた時期もありましたが、最近は「女王」(じょおう)を(じょうおう・じょーおう)と読んだり、「早急(さっきゅう)」を(そうきゅう)と読むのには慣れました。
    このような読み方の項目では、
    「水族館」「洗濯機」「旅客機」を(すいぞっかん)(せんたっき)(りょかっき)と読むのは普通になっていますが、辞書や公共の放送・文書ではどう対応しているか?
    「依存」は(いそん)か(いぞん)か?「存」は(そん)と読んだり(ぞん)と読んだりする単語が沢山あり悩ましい漢字のひとつらしい。
    「一所懸命」は(いっしょけんめい)が(いっしょーけんめい)と言われ続けて現在は「一生懸命」に変化した。
    「雰囲気」(ふいんき)は近年(ふいんき)という人が増えているが、著者と同じく私も気持ち悪くてまだ馴染めない。
    「大地震」は(だいじしん)と(おおじしん)、「一段落」は(いちだんらく)と(ひとだんらく)で揺れている。

    読み方は意味が変わるわけではないので、どちらも受け入れればいいのだが、問題は意味が変わって使われることばだ。
    私自身長い間逆の意味で覚えていたことばの一つに「気が置けない」がある。
    気が置けない人とは、気を許すとひどい目に合う要注意の人だとずっと思っていた。
    ほかにも「情けは人のためならず」や「流れに掉さす」なども逆の意味で理解していた。
    「天地無用」も最初は上下を気にしなくても良いと誤解していた。「問答無用」なら「無用」は「禁止」の意味と分かるのにね。

    揺れる意味・誤用のことばから、参考までにメモした内容をいくつか挙げておきます。
    振りまくのは「愛嬌」?「愛想」?
    あくどいを「悪どい」と書きますか?
    とんでもないは「とんでも」が「無い」という意味ではないが「とんでもあり(ござい)ません」が慣用になった。
    「うがった見方」は疑ってかかるような見方として使われているが、本来の意味は物事の本質をうまく的確に言い表すということ。
    1時間おきに水を飲む。1日おきに酒を飲む。の「置き」の使い方。次に水を飲むのはいつ?
    「おざなり」と「なおざり」はどちらも「いいかげん」の意味でいいかげんに使われている。
    「汚名挽回」しますか?「汚名返上」して「名誉挽回」しますか?
    「的を得る」と聞いて「的を射る」が正しいでしょ?と思い込んでいる人確かに多いですよね。
    「数人」や「数日」は何人で何日か「数」の捉え方に個人差がある。
    「失笑」「爆笑」の意味の取り違えが蔓延。
    「破天荒」は誰も成しえなかったことをすることという本来の意味で使われていない。
    「全然~だ」「全然大丈夫」は「すべて」という意味なので良いが、「全然似合いますよ」は「とても」なので不自然。
    「大丈夫」も「不要」や「可能」の意味で使われており、不適切と言えなくなっている。
    「断トツ(断然トップの略)」なのに、断トツの最下位とは。
    「出る杭は打たれる」と「出る釘は打たれる」のどちらも正しい。
    「足をすくわれる」が誤用で「足元をすくわれる」が正しいと思っていた。
    「潮時」は年齢によって使い方が違っている、どちらの意味で使っているのかの判断が難しい。
    「週末」も個人差があるので曜日をはっきりさせた方がいい。
    「世間擦れ」は「世の中の考えから外れている」という意味で使っている若者が多い。

    辞書の編集といえば、三浦しをんさんの『舟を編む』が頭に浮かぶのではと思いますが、今とは違う部分があるそうです。
    それは「見出し語」の脱落を人海戦術で徹夜で確認する場面。
    デジタル化が進んだ今はコンピューターの処理で短時間で確認でき、かなり仕事が楽になった(ほかの点に意識を集中できるようになった)ようです。

  • なんとなく使う言葉も、意味を取り違えると誤解を招くことが多い。言葉は便利であるが、だからこそ気をつけて使わなければならないときもある。

    正しさや基準があると安心できる。国語辞典は、そんな基準と思われるものの一つだ。だからこそ、正しさを支える人にとっての苦労は、計り知れないだろう。

    多くの人が使っているから、意味を変えよう。
    そんな多数決が許されないのが、用例主義の辞書の世界なのだ。あくまで俗語として取り扱っても、意味をあれやこれやと変えてしまうのは、辞書全体の信頼が揺らいでしまう。

    ただ、言葉の揺らぎを先頭に立って見ることができるのも、それを追い続ける辞書編集者ならではなのかもしれない。
    それを知ることができるのがこの本の面白さだ。

    ちなみに、個人的に気に入っている項目は、「檄を飛ばす」「掬う」「灯台もと暗し」「破天荒」「やおら」。

    最後の「辞書編集者の仕事」で気になった一言。
    (P407)…コミュニケーションということを優先させるのであれば、元の意味にこだわり続けるよりも、変化に対する柔軟な対応こそ欠かせないのではないだろうか…

  • 「自分は読書好きだから言葉には詳しい方だ」などと思い上がっていた自分がとても恥ずかしくなりました。

    私は本を読むのが好きです。推理小説や日常を描いた小説、ファンタジー、育児書からビジネス書まで、興味の赴くままにあらゆる種類の本を読みます。

    文章を書くのも好きです。ですから言葉は知っている方だろうと思っていました。

    ところが、ほとんどの項目でよくある勘違いをしている自分に気づきました。筆者は、「言葉は変わっていくものだ」と述べています。普遍的な物ではないから時代とともに変わることがあっても仕方がないということです。ですが、本来の意味を知っていてあえて、普段みんなが使っているのと同様な意味で使用するのと、知らずに使うのでは天と地ほど差があると感じました。

    これまで言葉を感覚で使ってきて特に大きな問題には発展しませんでしたが、今後は一歩立ち止まって、この言葉は本当に私の意図する意味だろうか、と考える癖をつけていきたいと思いました。

    この本はとても読みやすく、言葉という普段生活に直結したジャンルの本ですから飽きずに読み切ることができました。学生の方が読めば今後の勉強への意欲向上に、社会人の方が読めば我が身を振り返って言葉を慎重に選択するようになるのではないでしょうか。

  • 国語辞典を読むのが好きな子どもでした。

    普段はあまりTVを見ないのですが、
    先日、たまたまとある番組に(好きな芸人の)カズレーザーさんが出演されており、
    オススメの本を紹介するというコーナーで、この本を紹介されました。

    思わずメモしちゃうよね。
    国語辞典好きとしては。

  • ・神永曉「悩ましい国語辞典」(角川文庫)に 「しく【敷く】」とあり、そこに「布団は『しく』もの? 『ひく』もの?」」とあるのを見て、私は直ちに布団は「ひく」のだと思つた。理由は簡単である。 こちらでは「し」と発音できない語があるのである。その結果「し」となる。例へば「ひちや」は質屋のこと、これは「しちや」が正しい。しかし、ここらでは 「ひちや」と大書した看板があつたりするから、だれも「しちや」と言はない。「ひちや」といふことに疑問を持たない。だから布団は「ひく」ものなのである。これは方言である。私の中学校の国語の先生は、若い頃にこの「ひちや」で笑はれたと言つてゐた。それほど「ひ」と「し」は、私達には発音しにくいので あるらしい。本書では少しばかりの考察、本書は辞書を気取つた軽いエッセイである、の後にかう書き始める。「考えられることは『浪花聞書』にもあるよう に、『ひ』と『し』の発音が交代するという現象である。」(160頁)ここに「ひちや」も出てくる。更に、「物を平らに延べ広げる動作が云々」(同前)は 私にはむしろ不要の文章である。それほど私達に「ひ」と「し」は身近な問題である。その一方で、かういふ語も辞書編集者には問題になるのだと思つた次第。
    ・本書にはもちろんこんな語はほとんどない。多いのは揺れてゐる語であらう。意味や読み方が揺れてゐるのである。例へば「さんずん【三寸】」、この見出し は「『舌先』か『口先』か?」である。当然、舌先三寸さと思ふ。ところがである。2011年度の文化庁の「国語に関する世論調査」では、「『舌先三寸』を 使う人が23.3%、『口先三寸』を使う人が56.7%という逆転した結果が出てしまっている。」(148頁)のださうである。「しかもこの調査では、 『口先三寸』を使う人の率は年齢が上がるほど高くなるという傾向が見られる。」(同前)といふ。その理由は分からないらしい。ただ、心がこもらないのは口先だけだといふので口先三寸となるのではないかといふ。同じく揺れる語「しおどき【潮時】」、これには「ちょうど良い時期か、終わりのときか?」といふ見出しがつく。ちやうどよい時期だと皆が思ふかといふとさにあらず、文化庁の調査によると、「本来の意味である『ちょうどいい時期』で使う人が60.0%、 従来なかった『ものごとの終わり』で使う人が36.1%」(155頁)であるといふ。逆転はしてゐないが、3分の1強は本来の意味以外で使つてゐるらしい。問題はその3分の1強の中身である。「20歳代から50歳代までは(中略)『ものごとの終わり』という従来なかった意味で使う人が4割以上と、増加し ているのである。」(同前)「潮時」に関して、他の世代と比べてこの世代は何か違ふことがあつたのであらうか。さう思ふと同時に、10代が救世主となつて「潮時」を守つてくれないかと思ふ。これは筆者も同じで、「10代の若者たちが、『潮時』を本来の意味のままで使い続けてくれるように仕向けていくことの方が大切だと思う」(156頁)と、いささか上から目線で言つてゐる。かういふ「仕向けていく」といふ語は辞書を作つてゐる人の言であらうか。言葉といふもの、仕向ければいくらでも仕向けていけさうではあるのだが、かう正面きつて言はれるのもなと思つてしまふ。とまれ、言葉は揺れてをり、しかも全世代に関はる。そんなことがよく分かる。愛嬌、合いの手、青田買い、飽かす、あくどい、これらは最初から順にあげただけである。しかし皆揺れてゐるのである。いかに揺れる語の多いことか。辞書編集者の気は休まるところがない、本書はそんな一冊であつた。

  • 東2法経図・6F開架:814A/Ka37n//K

  • 祝文庫化!

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    舌鼓は「したつづみ」か「したづつみ」か? 編集者泣かせの日本語表現。
    辞書編集37年の立場から、言葉が生きていることを実証的に解説。意外だが、江戸時代にも使われた「まじ」。「お母さん」は、江戸後期に関西で使われていたが、明治の国定読本で一気に全国に。「がっつり」「ざっくり」「真逆」は最近使われ出した新しい言葉……。思いがけない形で時代と共に変化する言葉を、どの時点で切り取り記述するかが腕の見せ所。編集者を悩ませる日本語の不思議に迫る、蘊蓄満載のエッセイ。
    https://www.kadokawa.co.jp/product/321709000037/

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著者プロフィール

辞書編集者。元小学館辞典編集部編集長。1956年、千葉県生まれ。80年、小学館の関連会社尚学図書に入社。93年、小学館に移籍。尚学図書に入社以来、37年間ほぼ辞書編集一筋の編集者人生を送る。担当した主な辞典は『日本国語大辞典 第二版』『現代国語例解辞典』『使い方のわかる類語例解辞典』『標準語引き日本方言辞典』『例解学習国語辞典』『日本語便利辞典』『美しい日本語の辞典』など多数。2017年2月に小学館を定年で退社後も『日本国語大辞典 第三版』に向けての編纂事業に参画している。著書に『悩ましい国語辞典』『さらに悩ましい国語辞典』(いずれも時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞典編集、三十七年』(いずれも草思社)がある。

「2021年 『辞書編集者が選ぶ美しい日本語101』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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