宗教改革の物語 近代、民族、国家の起源 (角川ソフィア文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (528ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044003968

作品紹介・あらすじ

「私の持つすべての力をこの作品に投入した」
原稿用紙約1000枚、著者が全精力を注いだ、過去と現在を大規模に往還する大型論考がついに文庫化!!

宗教改革の知識を欠いて、近代を理解することは出来ない。
なぜなら、宗教改革は近代、民族、国家、ナショナリズムの起源となったからだ。

「この作品は私の著述群の中で特別の意味を持つ。
表題は『宗教改革の物語』で、扱っているのは中世末期のボヘミア(チェコ)の宗教改革者ヤン・フス(1370頃~1415年)である。
ただし、深層においては、私の過去と未来と現在が、すべて盛り込まれた作品だ。
佐藤優という作家が何を考え、何をしようとしているかに関心を持つ読者に是非読んでもらいたい」

時代状況が大きく変化する時こそ、長く頒布されてきた概念・事象がどう生成し、影響力を持つに至ったのかを分析することが、
個人・中間団体・国家それぞれの段階において、事態を打開する糸口を発見することに繋がる。
フスの「教会論」は、長く頒布されてきたものへの問題提起であり、その後、長く頒布されることとなるものとして、近代と現代の連関を見るには最適だ。
私たちは、“愛のリアリティー”を希求し、希求されている存在である。
『宗教改革の物語』が時代の危機を超えるための、読者にとって人生の実用書たる作品になることを願う。

感想・レビュー・書評

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  • 最終話とあとがきに著者がこの本を書いた動機が語られている。ヤン・フスの生涯と思想を辿る本編もたくさんのエピソードが入り混じり小説を読むような面白さがあった。
    「民族という現象がどうして生じたか」について考えるために、フスの行動とその影響、広がりを追う。筆者が民族の起こりに関心を寄せるのは彼が沖縄出身だからだ。

  • キリスト教の宗教改革について、チェコで火刑にされたヤン・フスの活動を中心に述べている。概要は理解できたが、細部は難しくて理解できていない。神学に関する佐藤優氏の知識は極めて深く、感銘を受けた。
    「キリスト教は、イエス・キリストを救済主と考える。そもそも人間を救済する権能は、神にしかない。この点では、ユダヤ教もキリスト教も共通の理解をしている」p69
    「人間は、ただイエス・キリストを経由してのみ神について知ることができる。イエス・キリストについて、われわれは聖書を通じてのみ知ることができる。従って、キリスト教会の基準は、聖書のみに求められるべきだ」p108
    「(14世紀)写本を作るには、莫大なカネがかかるので、大多数の非富裕層の学生たちは、本のテキストを全部暗誦したという」p126
    「(ジョン・ウィクリフ)ウィクリフは、教会の長はローマ教皇ではなく、イエス・キリストであると考えた」p151
    「ウィクリフは、ローマ教皇庁と対峙する過程で、イングランド国王、政府と民衆の支持を得た。18世紀に花開くナショナリズムという流行現象の起源の1つがウィクリフに求められるのだ」p151
    「(14世紀)裁判管轄権はローマ教皇ではなくイギリス国王にあるという結論が出た。この結論によってイギリスにおいては、教会が恣意的に異端告発を行うことができなくなった」p156
    「キリスト教の中にある反キリスト教的要素を除去することが神学の課題なのだとウィクリフは考える」p193
    「ユダヤ民族の歴史を記す旧約聖書は、新約聖書の光に照らして読まなければならない。歴史はすべて、イエスの生涯に集中しているのである」p195
    「プロテスタンティズムの起点をルターの宗教改革に求めても、その本質をとらえることはできない。ルター自身も認めているように、ドイツの宗教改革は、15世紀にヤン・フスの指導下で行われたボヘミア(チェコ)宗教改革の反復現象なのである。そして、フスはイングランドのウィクリフの教会改革思想を反復したのである。それだから、宗教改革を理解するためにはウィクリフに遡行しなくてはならないのだ」p196
    「中世において、カトリック教会は、巨大な政治権力であるのみならず、経済力ももっていた。ローマ教皇庁は、教皇領をもち、独自の傭兵集団を擁していた」p261
    「プロテスタントには、聖職者をいう概念はない。ルターは、万人司祭説を唱えた。万人が司祭であるということは、キリスト教徒の中に特に聖なる人はいないということだ。聖なるものは神のみに帰属するからである。それだから、プロテスタント教会では、聖職者という言葉を用いず、牧師とか教会教職者と呼ぶのである。牧師が結婚し、家庭を持ち、子供をつくることも当然とされる」p263
    「信仰とは、神からの命令に徹底的に従うことである」p397
    「フスは中世と近代の境界線上に生きた知識人だ。フス自身は、英国の教会改革者ジョン・ウィクリフの延長線上に、自らの神学や教会観を位置付けていた。しかし、ウィクリフを踏み越える「何か」がフスにあった。それだから、フルの言動が激しい社会運動に発展し、またそれから100年後のマルティン・ルターにつながっていったのである」p450
    「当時の時代状況の中で、カトリック教会の中に現れていた人間中心主義をフスは断罪したのである」p451
    「(沖縄県民)沖縄人という自己意識が失われたことはない。日本の安全保障イコール沖縄の安全保障ではない。東京の中央政府が、沖縄人と沖縄の死活的利益を守ることができないならば、沖縄人の中で琉球王国が蘇る。そして、沖縄が名誉と尊厳をもって生き残るために、外交権を回復しようとする」p460
    「官僚が政治家に報告する場合は、よっぽど親しくかつ緊急性を要する場合以外は、電話やメールでの連絡はしない方がいい。政治家は、官僚がどれだけ自分に配慮しているかで、仕事上の信頼度を無意識のうちに計っているのである」p463
    「カトリック教会は、種々のレトリックを用いて、フスの処刑の仕方について謝罪したり、フスの人間的高潔さや勇気を讃えることはあったとしても、あの異端裁判でカトリック教会の側に非があったことを認めることはないと思う。フスの名誉回復をしないということが、カトリック教会の存在意義にかかわるからだ」p470
    「バチカンにとって、イスラム過激派に次いで面倒なのが中国だ。中国政府は、国内カトリック教会の高位聖職者の人事権がバチカンにあることを認めない。それゆえ、バチカンと中国の間には、未だ外交関係が存在しない」p480
    「カトリック教会が自らの非を認め、イエス・キリストを頭とする真実の教会に回帰することができるならば、カトリック教会とプロテスタント教会の垣根はなくなる」p483
    「マルティン・ルターの宗教改革より100年前に、制度的に硬直したカトリック教会を聖書のイエス・キリストの原点に立ち戻ることで批判したフスこそは、宗教改革の先駆者であった。それは、ただキリスト教や宗教史上の事柄ではない。宗教改革という出来事は、人類史における「近代」という時代精神をもたらしたのであり、いいかえれば、今日を生きている我々の「物語」はここから始まっているからだ。さらに重要なのは、この「物語」は中世と近代の分水嶺ともいわれるウエストファリア条約以降の「近代」社会の形成のみならず、20世紀のロシア革命によって出現した、無神論国家の本質にも関わっていたからである」p520

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著者プロフィール

佐藤優(さとう・まさる)
1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。

「2021年 『読んではいけない』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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