改訂新版 共同幻想論 (1) (角川ソフィア文庫)

  • KADOKAWA (2020年6月12日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784044005764

作品紹介・あらすじ

国家とは何か。そして国家と自分はどう関わっているのか。「国家は共同の幻想である。風俗や宗教や法もまた共同の幻想である。もっと名づけようもない形で、習慣や民俗や、土俗的信仰がからんで長い年月につくりあげた精神の慣性も、共同の幻想である」。原始的あるいは未開的な幻想から〈国家〉の起源となった共同の幻想までを十一の幻想領域として追及。自己幻想・対幻想・共同幻想という三つの構造的な軸で解明し、まったく新たな論理的枠組みを提言する「戦後思想の巨人」の代表作。解題・川上春雄、解説・中上健次

感想・レビュー・書評

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  • 一度吉本隆明も読んでおこう、と手に取ったが無理だった。論理が明快でないし、何を言ってるのかよくわからない。

    始めを少し読んで読み進むのを諦めた。
    小林秀雄と同じ「よくわからない枠」認定です。

  • 挫折。
    力不足。

    序を諦めて禁制論に入る。50ページほどで断念する。
    文節が伸びれば伸びるほど、その意味が掴めなくなってくる。主語も述語も追えなくなる。一文あたりで何が言いたいのかがわからなくなると、次に進んでも更にわからなくなる。過食状態が続くと自分の中で「?」が留まり理解が止まる。内容が循環しないので代謝が悪くなり死に至る。

    また、聞き馴染みのない言語が片面のページだけでも、頻発する。「心性」、「類推」、「両価性」、「前景」…。脳内の検索エンジンに瞬時にヒットしない。ストレスが溜まる。本来ストレス発散もひとつの読書の目的のはずなのに、本末転倒。辞書で調べながら読み進める?先行研究の読解じゃあるまいし。

    また、どうも前提がわかっていない気がする。「共同」の持つ意味、「幻想」の持つ意味、著者による本論での意味合いがわかっていない気がする。「幻想領域」と「上部構造」の使用感の違いとは何か?そもそもどちらも等しく聞き馴染みがない。

    逃げよう。

    • イトミさん
      全幻想領域(土台に対する上部構造の言い換え)
      共同幻想(宗教、法、国家)
      対幻想(家族、性関係)
      自己幻想(芸術、文学分野一般)
      全幻想領域(土台に対する上部構造の言い換え)
      共同幻想(宗教、法、国家)
      対幻想(家族、性関係)
      自己幻想(芸術、文学分野一般)
      2025/04/14
  •  難しいようで難しくない、不思議な本だった。というのも、吉本がここで書いていることは、たいていみんながどこかしらで体感していることであるからだ。だから文章が難しくても、ノリでなんとなく理解できてしまう。
     吉本は幻想を「自己幻想」「対幻想」「共同幻想論」の3つに分けて考えるが、議論の出発点は「対幻想」だ。対幻想とは異性同士の一対一の関係から生まれる幻想であり、つまり「恋愛」や「家族」のことを指す。なお、ここでは自然的な性関係を意味しておらず、この幻想は親子や兄妹関係においても成立する。
     この「対幻想」がのちに国家を生み出す「共同幻想」へと転化してしまう。それは国家のみならず、宗教的儀式や法律でも同様だ。
     そうした理屈でいうと、それまでの国家論や歴史観では国家成立は大和朝廷云々などと言われていたが、吉本からすればそれ以前の邪馬台国もしくはその周辺の小集団の時点で国家そのものは萌芽していることになる。
     つまり、ある意味で人間が共同体を建設するとき、必ず国家は必要となるし、それは家族のエロス的な結合を期限にもつ、ということになる。
     こう考えれば、現在の日本国はなんとも足場のないふわふわしたものに思えてくるし、それは諸外国も同様で、実に抽象的な存在感を放ち始める。これが当時全共闘世代に多く読まれた理由だろうし、ある程度共感はすることができる。
     しかし個人的な解釈を深めるとするならば、本書は国家以外にもさまざまなイデオロギー対立をも霧消させているようにも思えてくる。つまり、現代社会はネットを中心としてさまざまな言説が溢れ、そこから人が結集したり対立しているわけだが、ここにこの「共同幻想」なるものを加味すれば、結局のところ理解した先はそれぞれの相対化しかないからだ。
     おそらくこういった点で本書は再評価されるべきだと思うし、今後も読み継がれるだろう。家族を立脚点に国家を読み解くという視点も、まだまだ効力を失っていないはずだ。吉本隆明は最近読まれなくなってきたと言われているが、没後10年という節目を迎えて、今後もさまざまな読者を得ることを期待している。(何様目線)

  • 本作品は、戦後の日本思想界の巨人といわれる吉本隆明(1924~2012年)が1968年に発表した代表作で、当時の教条主義化したマルクス・レーニン主義からの脱却を求めていた全共闘世代に熱狂して読まれたと言われる思想書である。
    私はこれまで、吉本の著書は、『真贋』、『家族のゆくえ』、『読書の方法』、『悪人正機』(糸井重里との共著)などのソフトなものしか読んでこなかったのだが、本作品についてはいつか読まねばと思い、改訂新版出版のたびに買い替えて来たており、今般やっと、NHK番組「100分de名著」を参考にして一通り読むことができた。(といっても、重要部分の飛ばし読みであるが)
    本作品は全11篇から成り、前半の「禁制論」、「憑人(つきびと)論」、「巫覡(かんなぎ)論」、「巫女(みこ)論」、「他界論」、「祭儀論」の6篇は1966~1967年に月刊誌「文藝」に連載されたもの、後半の「母制論」、「対幻想論」、「罪責論」、「規範論」、「起源論」の5篇は書下ろしである。
    読むにあたっての技術的なポイントは、まず、吉本が何故この本を書いたのかという問題意識を念頭に置いて読むこと、そして、書下ろしの後半部分から先に読むことであろう。
    前者については、吉本は「角川文庫版のための序」に、「国家は共同の幻想である。・・・人間が共同のし組みやシステムをつくって、それが守られたり流布されたり、慣行となったりしているところでは、どこでも共同の幻想が存在している。そして国家成立の以前にあったさまざまな共同の幻想は、たくさんの宗教的な習俗や、倫理的な習俗として存在しながら、ひとつの中心に凝縮していったにちがいない。」、「人間のさまざまな考えや、考えにもとづく振舞いや、その成果のうちで、どうしても個人に宿る心の動かし方からは理解できないことが、たくさん存在している。あるばあいには奇怪きわまりない行動や思考になってあらわれ、またあるときはとても正常な考えや心の動きからは理解を絶するようなことが起こっている。・・・それはただ人間の共同の幻想が生み出したものと解するよりほか術がないようにおもわれる。」と記しており、自らの戦争体験から、平時であれば「正常な考えや心の動き」をしている人間が、なぜ戦地では「奇怪きわまりない行動や思考」ができるのかを明らかにしようとしたことである。
    そして、主に『遠野物語』と『古事記』を題材に、エンゲルスが『家族・私有財産・国家の起源』で著した国家の成立の過程と対比して、日本におけるそれを明らかにしていくのだが、その中で、有名な「共同幻想」、「対幻想」、「個人幻想」という概念が展開される。
    翻って、半世紀前に発表された本書を、現代の我々がどう読むべきかを考えると、「祭儀論」にある「原理的にだけいえば、ある個体の自己幻想は、その個体が生活している社会の共同幻想にたいして<逆立>するはずである。・・・ある個体にとって共同幻想は、自己幻想に<同調>するものにみえる。またべつの個体にとって共同幻想は<欠如>として了解されたりする。またべつの個体にとっては、共同幻想は<虚偽>としても感じられる。」の部分が参考になる。つまり、現代の共同幻想とは、国家レベルからグローバルレベルに拡大した膨大な情報ということができるが、我々は、その共同幻想を鵜呑みにせず、共同幻想に逆立する(緊張関係にある)個人幻想、地に足の着いた個人幻想によって、共同幻想に対峙していく必要があるのである。
    巨大な共同幻想に世界が翻弄される今、改めて読み直されていい作品なのかもしれない。
    (2020年8月了)

  • なぜ今更、共同幻想論?
    大学生の時にも横目に見ながら手に取らなかった本作であるが、なぜか私の周りで「なんで今更読んでいるの?」に出会ったため、私も読むことにしたのだ。

    読んだ感想としては、
    ・古事記や遠野物語を使って、近代国家より遥か以前から存在する共同体そのものを扱ったものだというもの
    ・序の中で、わかりやすく書き直したと書いてあるけれど、全然説明が足りない!!笑。途中何回「なんで?」と思ったことか…。
    ・そしてこれがなんで時代の大ベストセラーになったのか、わかるようなわからないような?「想像の共同体」などもあって、国家とは虚構/幻想であるという考えが前提にあるから感動が薄いのかとか、現代的な感覚で言うとあまりにも全てを「性」に結びつけているような気がして、違和感があるが、この時代においてはセンセーショナルだったのだろうかとか、想像するしかない。

    共同幻想=国家とか法など
    対幻想=家族や性的な関係(いわゆる男女関係など)
    自己幻想=個体の幻想(芸術、文学など)

    禁制論
    ・個体がなんらかの理由で入眠状態にあること+閉じられた弱小な生活圏にある(=貧弱な共同社会)とき、禁制がうまれる
    …って書いていこうとしたけど、残りはWikipediaに任せます

  •  「共同幻想」とは、人間が個体としてではなく、なんらかの共同性としてこの世界と関係する観念のあり方を指す、と著者は定義する。それをふまえたうえで、国家とは何か、また自分と国家はどのような関係を持っているのかを考えていく。そこで出た答えとして、国家とはいわゆる共同の幻想で誕生したものだと結論づける。

  • (2024/01/14 3h)

  • めちゃくちゃ難解だけど、それだけの価値のある内容があると思う
    一読では正直1割も理解できている気がしないけど、理解しようと挑む時間に意味があるというか、それが読書だと言われているような気がした

  • むずくて分からなかった

  • 若き日のバイブル。

  • 在野の思想家という意味では戦後最大と思われる著者の主著のひとつ。共同幻想ー対幻想ー個人幻想という概念は知っていたが,時代性を考慮しなければその価値はよく分からないでしょうね。
    対幻想という概念が独特だと思うのだが,これは性であり家族であるということなので,性の多様性と家族の変容を見る現代においてどう考えるべきか。どこかで誰か(本人?)が書いていたけれど,意外と「きょうだい」がポイントになるのかもしれない。

     
     

  • 2020/9/12 読了
    このような本は苦手でいつも途中で投げ出していたけど、意地で読み終えた。難しかった、、。

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著者プロフィール

1924年、東京・月島生まれ。詩人、文芸批評家、思想家。東京工業大学工学部電気化学科卒業後、工場に勤務しながら詩作や評論活動をつづける。日本の戦後思想に大きな影響を与え「戦後思想界の巨人」と呼ばれる。2012年3月16日逝去。

「2025年 『吉本隆明全集36 2007-2012』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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