紫式部ひとり語り (角川ソフィア文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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本棚登録 : 80
レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044005818

作品紹介・あらすじ

侍女になりたくなかった紫式部が中宮の侍女となった理由、宮中の人付き合いの難しさ、主人中宮彰子への賛嘆、ライバル清少納言への批判……。『源氏物語』の時代の宮廷生活、執筆動機がわかる!

感想・レビュー・書評

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  • 『私が源氏物語を書いたわけ 紫式部ひとり語り』はずっと読みたくて、myjstyleさんのレビューを読ませていただいてから益々その想いは募り……もうこれは中古本を入手するしかないとやっと決断したところ、なんと文庫化しているではないか!と気づいて慌てふためき即購入。山本淳子先生の著作はどれも面白いので、手元においておきたいのだ。

    この『私が源氏物語を書いたわけ 紫式部ひとり語り』改め『紫式部ひとり語り』は、〈人間紫式部の心を、紫式部自身の言葉によってたどる〉というコンセプト。まるで本当に紫式部が語っているかのような“打ち明け話”に、「やっぱり高慢ちきな女性だなぁ」なんてちょっぴり文句をたれながらも、彼女の人生に夢中になる。
    『源氏物語』誕生秘話、望んでいなかったはずの女房になった理由、宮中での苦労、主人中宮彰子への賛嘆、清少納言への批判、そして親しい人たちとの別れ…… 
    彼女の人生が確かにこの中にはあった。
    紫式部の内面について知ろうとする際、『紫式部日記』と『紫式部集』の、紫式部自身の手による2作品が圧倒的に豊かな情報をもたらしてくれると著者はあとがきで書かれている。これら本人による証言をはじめ、平安時代の文学作品、紫式部をめぐる歴史資料、国文学・国史学の研究成果によって再構成された本書は、小説のように面白いのだが当然小説ではない。

    わたしは山本淳子先生の『源氏物語の時代』『枕草子のたくらみ』から読んじゃったので、定子と一条天皇の一途な愛にいたく感動し、清少納言の「枕草子」がどれだけ定子のために書かれたものかに大変感心した。だから紫式部が「枕草子」に対して空虚な嘘だ、欺瞞だと大変批判的だったことに、どうしても彼女に対する印象はあまり良くない。
    ただし、紫式部の主人である中宮彰子はとても好きな人物。そうだなぁ定子が太陽なら彰子は月。どんなに帝の心が亡き定子に向かっていようとも、自分の想いは秘めながら、変わらず淡く優しい光でそっと帝を照らしているかのよう。そんなイメージかな。
    彰子は定子一筋の一条天皇の元へ12歳で入内し、定子が亡くなればその皇子を愛情を持って育て、そして自分も皇子を産むことを期待される。彰子の人生は父である藤原道長が作ったといっていい。その人生にずっと従ってきた彰子のいじらしさ、我慢強さ。そして母となり、また帝の譲位に関して父の自分に対する「隔て心」に気づいてからの、勇気、強さ。すごく優しくて芯の強い女性だったと思う。
    だからこそ、わたしは院となった一条天皇の辞世の歌について思いを馳せると切なくなるのだ。『源氏物語の時代』などから、その歌は定子にあてたものであってほしいとわたしは願っているのだけれど、でもやっぱり彰子に遺した歌であってもほしい。この場面はいつも胸がつまる。ふたりの女性のことを考えると、ああ、もうまた涙が出そうになる。
    さらに今回『源氏の物語』の中の1首にも似ている歌があると知り、一条天皇にとっての『源氏の物語』は何だったのか、何かを重ねていたのだろうか大変気になるところであった。

    そんな彰子に仕える紫式部。彼女の独白に、やっぱりプライド高くて上から目線だわ。なのに人の目を気にしていじけてしまう面もあるし、なかなか気難しい女性だなぁと、あまり印象は変わらず。
    それでも、紫式部が〈心とは現実に縛られないものなのだ〉と気づいたところでは、すんなりと共感できた。常々わたしも心は誰のものでもない、そんなふうに思っているから。
    彼女は夫との死別、娘の病気、親しい人の死、そんな自分に与えられた「世」つまり人生が、どれだけ嫌なものであろうと受け入れるしかない、抵抗できぬ現実を痛感する。自分が「世」の前で立ち尽くす無力な現実存在、「身」であることを実感する。不本意な現実に絶望するものの、時が経つことでこの人生を受け入れはじめる紫式部。すると、私という存在は「身」であるだけではないことに気づくことになる。私の中には「心」という部分があったではないか。心は現実に従うしかないのだろうか……
    心とは現実に縛られないものだと紫式部は発見する。現実は現実だ。だがいっぽうで、心はそれと違う世界を生きることもできる。
    〈心は、現実にひれふさなくてよい。またなんと不遜なものなのだろう。だが、それでいいのだ。現実を我儘勝手に動かすことはできないが、心の中ではどんな我儘勝手をしようが自由だ。それは心だけの世界なのだもの。こうしたことを考える私は、まして不遜であるに違いない。だが止められない。〉

    心だに いかなる身にか 適ふらむ 思ひ知れども 思ひ知られず
               『紫式部集』56番

    こうして紫式部は物語の世界へとのめりこんでいくことになる。物語について友たちと語り合い、自分の心を楽しませるために物語を作る。その先に『源氏の物語』が誕生することになる。彼女は現実を生きながら、もう一つそれとは違う世界、心の世界を生きる人間になったのだ。

    その頃からわたしの中でも、紫式部は実は器用に生きられない人だったのかなぁと少し見方が変わってきた。高飛車な割には臆病で。生真面目で敏感で、人づきあいも得意じゃなくて。ちゃんとしなきゃとずっと緊張していて。紫式部の嫌だった部分も不器用さ所以、そう思うことで彼女がちょっぴり可愛らしく見えてくる(紫式部に己は何様じゃーと罵られるでしょうが 笑)。

    でも、そんな紫式部だからこそ、「身の程」の中で生きてゆく女性たちの怒りや惨めさ、諦めなどの「心」、光源氏の闇の部分、つらい「身」と過激な恋という「心」を書けたんだなぁと思う。そして、紫式部の心が求めた『源氏の物語』は、これからも時代を超え、読む人を虜にしながら、素晴らしい文学作品として読み継がれていくはずだろうと思うのだ。

    • 地球っこさん
      myjstyleさん、こんばんは。

      そうです、myjstyleさんが背中を押してくださいました。
      読めてよかったです。
      ありがとう...
      myjstyleさん、こんばんは。

      そうです、myjstyleさんが背中を押してくださいました。
      読めてよかったです。
      ありがとうございました。

      文庫は、2011年刊行の単行本を改筆・改題したものらしいので、ちょっぴり内容に変更箇所はあるかもしれません。

      一条天皇は罪作りですね。
      どうもこの場面に涙腺が緩んでしまうのです……

      なるほど!「源氏迷」ですか!
      myjstyleさんの「源氏迷」関連のレビュー(もちろん他のレビューもです)が、これからも読めたら嬉しいです。

      わたしは「源氏物語」も気になるし、どうしても一条、定子、彰子のあの時代のこともとても気になります。
      2020/08/24
    • マリモさん
      地球っこさんこんばんは!

      うわー、読みたいです!面白そう!
      横からすみませんが、私も紫式部のじっとりした腹黒さ(言い得て妙!!まさにこれ笑...
      地球っこさんこんばんは!

      うわー、読みたいです!面白そう!
      横からすみませんが、私も紫式部のじっとりした腹黒さ(言い得て妙!!まさにこれ笑)がちょっと好きになれません(笑)
      でもたぶん、平安時代は清少納言みたいなタイプの方の方が珍しかったのでしょうね。そして、このじっとりした腹黒さがあるからこその源氏物語の誕生だったのだろうなとも。
      文庫本出ているのですねー、これは手にとってみなければ!素敵なレビューをありがとうございました。
      2020/08/24
    • 地球っこさん
      マリモさん、こんばんは。
      コメントありがとうございます!

      山本淳子さんの著書は、どれも面白いですね(*^^*)
      今回は、紫式部目線...
      マリモさん、こんばんは。
      コメントありがとうございます!

      山本淳子さんの著書は、どれも面白いですね(*^^*)
      今回は、紫式部目線でしたが……うーん、じっとり腹黒かった 笑

      先に清少納言側の著書を読んだから、特に思っちゃうのでしょうかね。

      彰子に関しては、やっぱり素敵な女性だなと思いました。

      あの一条天皇の辞世の歌ですが、「源氏物語」にもよく似た歌があったなんて、びっくりしました。
      実はワタクシ恥ずかしながら、源氏物語を最初から最後までちゃんと読んでないのです……

      紫式部はうーん……ですが、源氏物語はやっぱり素晴らしい物語だと思うので、じっくりと読んでみようと思ってます!
      2020/08/24
  • 私は紫式部にはかなり偏見を持っていた。単純に若い頃に枕草子を先に読み、手に入れて大事に読んでいたからなのだが(笑)
    その後、紫式部日記等も学び、子供だった私には彼女はとてもいけすかない女性に思えた。
    それから、私も当時よりたくさんの人間関係を経験し、母を亡くし、改めて、源氏物語を読んでみたいと思った。
    谷崎潤一郎翻訳の源氏物語を読みながら、紫式部と清少納言の関係を見直してみたくなり、何冊かの本を選んだ。
    その一冊である。
    読み終えて、二人とも変わらない。会社に勤めて理不尽なことや人間関係に悩む女性。
    才があるだけに宮廷暮らしは辛い事も多いことだったろう。

    そう考えると日本の女性たちは変わらない環境の中で、今も頑張っているのだと胸が熱くなる。
    さぁ、源氏の続きも読まなくては(^^)

  • 凄い人だわ

    紫式部ひとり語り 山本淳子:文庫 | KADOKAWA
    https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000059/

  • タイトル通り、紫式部が己を語る。
    あいかわらず、陰険なひと。
    その辺りのキャラがぶれんなあ(笑)

    あと、作者が彰子贔屓の先生なので
    後半はそれ推し。

    素晴らしい上司に出会えた幸せは
    今も昔も変わらない。

  • 自伝風評伝
    紫式部の姿が浮かんできて興味深い。
    清少納言が機知や意志の人、紫式部はねちっこくてリアリスト。それも彰子の女房だったからか。枕草子や清少納言へのいらつきっぷりに、枕草子の力(「枕草子のたくらみ」)が感じられておもしろい。

  • 2020.12.19市立図書館
    (長女の冬休みのお楽しみ用も兼ねて)
    『私が源氏物語を書いたわけ 紫式部ひとり語り』(2011年)を改題。「紫式部日記」「紫式部集(家集)」をはじめとした資料・研究成果に基づきつつ、紫式部本人が語るスタイルでかかれた自叙伝風評伝で読みやすい。「紫式部日記」はちゃんと読んだことがなかったけれど、もともとは一条天皇中宮彰子の出産時の記録を中宮に献上するために頼まれて書いたもの(日記文)に、いずれ宮仕えをすることになろうわが娘が困らぬようにその他の経験や本音の意見をまとめて書きとめたごく私的な消息文を加えた体裁らしい。経済的な理由でなかなか結婚ができないこと、出仕(後宮づとめ)にあたっての戸惑いや中宮に仕える女房の心得、今の言葉で言えば「推し」といってよさそな主(中宮)への心情など、千年を経た現代と大して変わりのない悩みや問題の顛末がくわしく語られていることがわかって(さまざまな文献を突き合わせてていねいに読み込むことでここまでわかるのか!とおどろかされる)、一気に紫式部という人が身近で親しみさえ感じられる人(←これはもちろん人によると思うけど、わたしや長女はその生まじめさに親近感をおぼえた)になり、今度はちゃんと読んでみたくなった。

    高3長女は2021年初読みとしてたのしく読了。
    清少納言をえがいた冲方丁の小説「はなとゆめ」と対(つい)にして楽しめる作品だったとのこと。そして、「正反対のように理解されている二人だけど、実はけっこう似た者同士なのでは?」と。たしかに、仕えた先がかたや定子、かたや彰子と敵のような関係で、先行した定子の後宮の影響を強く意識せざるを得なかっただけで、それ抜きで出会えていたら分かり合えることも多そう。

  • 生真面目な人だったのかなあ、紫式部って。自分が正しいと思うものから外れるものを許せなかったり、清少納言にケチ付けたり、自分の上司を持ち上げて、彼女の上司を落としてみたり。
    意外とめんどくさい人だなと思ってしまった。

  • 面白い。

  • 紫式部研究者が病膏肓に入って遂に小説に手を染めたかと思いきや、著者によると、あくまで評伝であり、紫式部日記及び紫式部集という、式部が独白体で自らを語った資料に依拠するからには、「本書も、本人の独白の形をとらなくてはならないと考えた」とのこと(あとがき)。著者自ら「冒険的」な試みと述べているが、正直、フィクションでなく評伝なのであれば、1人称にしなかったほうがよいのではないかと思う箇所が結構あった。また、基本的に、結構年行ってから振り返る(後年にならないと得られない知見による記述があるため)という視点で叙述されているようだが(その時点は明示されていない)、若干揺らぎがあるように感じた。
    ・本書は、歌のやりとりが家集に残る「姉君」との交流で始まるが、この血のつながらない「姉君」が誰かは記されない。研究上、判明していないからだと思うが、1人称で語られる場合、なんとも不自然でもどかしい。また、「道長妾」の真相については口をつぐむのは、史料からは事実がわからないからだろうが、踏み込んだ内心を綴る独白体という形式からすると、白々しい印象を与える。
    ・漢学の才はろくでもない、それをひけらかす者には惨めな末路が待っているとして、高階成忠やその女婿一家である中関白家を謗っているが、1人称だと生々しすぎて、紫式部が悪口ばっか言うイヤな人間に感じられる(そう表現したくてそうしているのかもしれないが。プライド高いくせに(から?)うじうじ言っている、かなりメンドクサイ性格に描かれているので。中宮彰子に仕える者として、中関白家周辺への反感を隠さないのは、人口に膾炙するするとおりで、当然清少納言の悪口も言っているが、「清少納言と〔曾祖父は中納言であった〕私のことを、同じ受領階級に属するなどと、一緒にしないでほしいものだ。」(p.35)とか、また、漢学への屈折した思いを記しつつ、父為時に越前守をかっさらわれて失意の内に亡くなった源国盛について「だが父と違って漢文ができなかったのだもの、すまないが仕方がないと思うしかない。」(p.60)とか、相当感じ悪い)。
    ・基本的に紫式部視点で、式部が知りえなかったことは知らなかったこととして記述されるので、客観的にどうだったかが表現できない。例えば、長徳の変や寛弘の呪詛事件など、伊周の失脚に係る事件について、「道長殿にとっては、静観している間に敵が自滅してくれる(略)」(p.60)、「殿が指一つ動かさぬうちに」(p.198)というのは、3人称つまり通常の評伝だったら、別の観点での指摘も入れることができたであろう。一条帝が譲位に当たって長子の敦康の立坊を「意外なほどあっけなく折れてしまわれた。」(p.276)というのも(本書では、古日記・古記録(どころか栄花物語まで)の記述でも、内容が紫式部が属す世間が知りうるものであれば使っているが、天皇と藤原行成のさしの交渉のようなことは、紫式部は知らないこととして記述されていると思われる)。
    ・リアルにはライバルになりようもなかった清少納言を紫式部日記でああも口汚く罵ったのは、枕草子による定子後宮の残影が彰子後宮にとって不都合だったから、ということを論じており、あの悪口につながるように、枕草子記述についても、「空虚な嘘」「定子様をことさらに美化するための欺瞞」(p.213)と強い言葉で非難している。1人称小説だったら自然でも、評伝として考えるとドン引き。他の著書では、これゆえにこそ枕草子を評価しているわけで、あくまで紫式部として書いているわけだが、学術書です、と言われると、反発を感ぜずにいられない…。
    ・紫式部日記に記された左京の君事件(いじめ)に、「汚点」として1章を割いて、娘への告白と教訓としているが、同じ事件を紫式部集では取り繕って記し(正に欺瞞!)、しかも、「それを恥ずかしいと思うだけの分別が、今の私にはある。」(p.255)などと、悦に入るは、日記の後年の段で別の女房仲間への悪口に乗らなかった(といっても、こっちの悪口は衣裳の色合わせがダサい、程度のもの)ことを記し、「自律した自分の姿を記すことができた」(p.256)とこれまた悦に入るはで、いじめた側あるあるとは言え、胸糞悪い。これも、3人称で論述すれば、普通に興味深い分析だと思ったと思うのだが。
    ・一条帝の辞世の「君」については、紫式部であっても、(『源氏物語の時代』同様)両論併記している。本書でのキモは、源氏中の自歌が本歌になっているのかも!というところなので、それには、君=定子とした場合の歌の解釈が1クッション入るほうが、わかりやすいからかもしれない。ところで、現実問題、このとき一条にとって最も懸案だったのは敦康の処遇だったと思うので、この子を濁世において逝くのが心配だよ、というのが一番しっくりくると思うのだが、そういう解釈はないのは、「君」は女君しかありえないから、なんだろうか。
    それにしても、一条の急逝ぶりは、陰謀論者だったら、道長による謀殺を疑うところだよね。ただ、それだったら、三条もとっととヤられてないとおかしいから、そんなことないんでしょうけど。一体何の病だったのだろう。
    父の赴任先での弟の客死と、それを嘆く父への思いなどは、1人称ならではの魅力が出ていた。
    まあ、第三者的な記述はさんざんしてきた著者が、それでは飽き足らず、敢えてこの冒険に挑んだのだから、読者のモヤモヤは想定内で、それを超えた思いを受け取ってくれ! ってことなのかな。

  • 2020年3月25日購入。

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著者プロフィール

1960年石川県生まれ。京都大学大学院博士課程修了。現在、京都学園大学教授。著書に『紫式部日記 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫)、『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』(朝日選書 サントリー学芸賞受賞)、『紫式部集論』(和泉書院)など。

「2020年 『紫式部ひとり語り』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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