古事記の神々 付古事記神名辞典 (角川ソフィア文庫)

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  • KADOKAWA
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レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044005825

作品紹介・あらすじ

なぜ出雲神話は詳細に書かれたのか? なぜヤマトタケルは悲劇の英雄なのか? 古事記には「滅びゆく者を見守る」思いがある。そこに記された敗者たちの記録とは。第一人者が解き明かす新しい神話の読み方。

感想・レビュー・書評

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  •  古事記に登場する主だった神々について、その成り立ちや性格、他の神々との関係等を論じたもの。

     著者は、古事記の序は後世に付け加えられたものであり、日本書紀が国家的事業として、国家の正統的歴史書を作ろうとしたのに対し、古事記はそうではないと言う。特に出雲神話が書記にはほとんど取り上げられていないのに対し、古事記では、権力に抗い、敗れた敗者への共感があるのではないかとする。

     そうした基本的立場から、オオクニヌシを始めとする神々について説明されるのだが、特に、出雲から越にかけての日本海側のつながりに着目する。

     著者の見解について、その当否を述べる能力はないが、古事記を読み込んだ魅力ある仮説だと思えた。


     なお、神々は似た名前が多いので、文庫版に付された神名辞典は大変便利である。

  • ・三浦佑之「古事記の神々 付古事記神名辞典」(角川文庫)を読んだ。講談社から出た「出雲神話論」の前駆書であらうか。ここでも出雲神話 が大きく採り上げられてゐる。「出雲神話論」を読んでない私はこの点でまづ興味深かつた。何しろ私の古事記は好きでちよつとかじつた程度である。たかが知れてゐる。それ以上に、私は古事記と日本書紀を「別個の作品だと言いながら『記紀』という呪縛(マインド・コントロール)から完全に解き放たれていない」(10頁)人達の 古事記理解の中にあつた。しかし、これが普通の古事記理解のはずである。アマもプロも、歴史も文学も、記紀の片方と理解しながら古事記を理解してきた。「今考えると、『記紀』という併称は単なる略称ではなく、恣意的にどちらかを見せたり隠したりする時に、たいそう都合よく使える呼称 だった。」(9頁)私 はその文学的な側面を、つまり「物語のおもしろさは古事記のほうにあ」(8頁)るといふ考へで読んできた。ところが、かういふのは問題であるらしい。誤解 を恐れずに簡単に言つてしまへば、「西欧型の近代国家の構築を目指した明治政府は……古代律令国家の再現を夢見るかのように……その 幻想を保証するバイブ ルの役割を」(7頁)記紀に受け持たせたといふのである。例へば記紀の融合から古代の英雄ヤマトタケルが生まれた。これが「戦後に なっても変化することな く継続された。」(9頁)その結果、「ほんとうなら疑ってよい認識を無批判に受け入れてしま」(11頁)ふことになる。例へば古事記 「序」は本物か。昔か ら古事記偽書説はある。三浦氏は古事記「序」偽書説を唱へる。古事記本体は古いものだが、「『序』は、後世の偽作であるとみなすの」 (12頁)だといふ。 この古事記序文偽書説は目新しいものであつたかどうか。私には古事記は偽書であるといふ認識がないのである。あくまでも古事記は真書 でありその序文は正し い、この段階で思考停止しているのである。さういふ人間からすれば、本書は「はじめに 古事記を読みなおす」から新鮮である。いや、 衝撃的といふべきか。 私は三浦氏の著書を初めて読んだのである。2冊目、3冊目ならまだしも、初めての人間にはいささかきつい。それでも古事記をこのやう に見る立場があるのだ と知つた。
    ・個人的には、記紀の違ひに関して、書紀は律令国家の主張のための書であるのに対し、古事記は「古層の語りを主張し続ける」(18 頁)書だといふ指摘は正 しいと思ふ。書紀の政治性に対して、「音声の論理によって支配される『語り』の世界」(同前)が古事記にはあるといふのである。なの に、「ほかひびと(乞 食者)」がゐて物語を語り伝へた、例へば八千矛の神の一連の歌謡を見よ、といふ「研究史の流れを」(同前)現今の古事記、神話研究は 「無視し過ぎているの ではないか」(同前)といふ。これには大いに共感する。「語り」を無視しない研究者はゐた。しかし、圧倒的少数者であつたらう。万葉 集も歌はれた、語られ たと言つた。しかし、その言葉は無視されたのであらうか。上代文学研究は文字として残る資料を用ゐる。さうかもしれない。それでも、 上代文学に「語り」の 発想は必要である。簡単に言へば、字がないなら語り伝へるしかないのである。稗田阿礼はそんな人であつたかどうか。古事記はそんな語 りの世界の産物であ る。文字の時代になつてもそれは続いた。かういふことを忘れない研究者が今にゐて安心した。記紀の呼称と「語り」の問題は分かち難く 結びついてゐるはずで ある。そこに神の名称の問題も出てくる。出雲神話も出てくる。先は長い。次は「出雲神話論」を読まうと思ふ。

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著者プロフィール

三浦佑之(みうら・すけゆき)
1946年、三重県生まれ。成城大学文芸学部卒業。同大学院博士課程単位取得退学。共立女子短期大学教授、千葉大学教授、立正大学教授などを歴任。千葉大学名誉教授。専攻は古代文学、伝承文学研究。1988年に『村落伝承論』(五柳叢書)で第5回上代文学会賞を受賞。2002年に『口語訳古事記 完全版』(文藝春秋、第1回角川財団学芸賞受賞)を刊行、ベストセラーとなる。『古事記』研究の第一人者にして、通説にとらわれない斬新な論を展開しつづけている。『古代叙事伝承の研究』(勉誠社)、『古事記講義』(文春文庫)、『古事記のひみつ』(吉川歴史文化ライブラリー)、『平城京の家族たち』(角川ソフィア文庫)、『古事記を読みなおす』(ちくま新書、第1回古代歴史文化みやざき賞受賞)、『風土記の世界』(岩波新書)、『出雲神話論』(講談社)など著書多数。

「2020年 『改訂版 神話と歴史叙述』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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