日本語をどう書くか (角川ソフィア文庫)

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  • KADOKAWA (2020年7月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784044006099

作品紹介・あらすじ

日本人は二つの日本語を使い分けている。古来受け継がれてきた日常の「話し言葉」に対し、外国文化を直訳し理解するために作られた人工の「書き言葉」。よい文章を書くには、その決定的な違いを知ることが不可欠だ。句読点や段落の切り方、語感の豊かな言葉選び、文末語の変化が生み出すリズムや余韻――。言文一致という幻想を疑い、ホンネとタテマエの文化的二重構造に切り込む。近代日本語の誕生から解き明かす異色文章読本。

みんなの感想まとめ

日本語の使い方やその成り立ちに迫る本書は、日常的に使う「話し言葉」と外国文化を反映した「書き言葉」の違いを明確に示しています。特に、学校で学んだ文法の常識が覆される驚きの発見があり、過去形や現在形では...

感想・レビュー・書評

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  • たまたま、「デカルトはそんなこと言ってない」という本のタイトルが誤訳で、「言ってなかった」が正しい、というAmazonの投稿レビューを見ました。

    しかし本書によれば、それは西洋の基準に照らした間違った考えです。

    日本語は過去形、現在形、未来形では無く、確定された状態か未確定の状態か、の2つで表現します。

    学校で習った文法がいままで常識と思っていた人には目から鱗の内容かも

  • 柳父彰著『日本語をどう書くか(角川ソフィア文庫 ; E116-1)』(KADOKAWA)
    2020.7発行

    2024.5.9読了
     本書の底本は、2003年に法政大学出版局から刊行された同名の著書である。しかし、2003年に刊行されたものは新版であり、もともとの旧版は1981年にPHP研究所から刊行されている。本書で論述されている内容はかなり古いと言えるので、本来であれば、この分野における最新の研究も頭に入れて考えていかなければならないのだろうが、あいにく私にその知識はない。したがって、ここでは本書で述べられていることを分かりやすく要約して示すだけに留めたい。

    第1章 作られた日本語
     日本語の話し言葉と書き言葉は、一般に漠然と同じものだと考えられているが、それは間違っている。今日の書き言葉の系譜は話し言葉にあるのではなく、西欧文を翻訳する際に作られた翻訳用の書き言葉の流れを汲んでいる。さらに、その翻訳用の書き言葉は、漢文訓読の文体に遡ることができる。このように、現在の書き言葉は、人工的に作られた文、書くために作られた日本語なのである。
     現在の書き言葉には、以下の二つの特徴がある。
     一つ目は、単語レベルの特徴で、漢字の名詞を多用し、とかく意味不明な文になりがちなことである。これは、西欧の名詞中心の文章を日本語に翻訳していく中で影響を受けたものである。
     二つ目は、構文レベルの特徴で、句点によって文章を区切り、「文」という意識が作られたことである。明治初年から20年代頃までは、文という概念がなく、句点も読点もなく、切れ目もなく文章が続くのが普通の日本文であったが、西欧文を翻訳するにあたり「文」という概念が取り入れられ、翻訳可能な、切れ目のある「文」が作られるようになったことである。

    第2章 日本語の二重構造
     日本語の話し言葉と書き言葉の二重構造を持っている。日本語における二重構造とは、本質的に、土着の言葉と、外来の素姓の言葉との二重構造である。その二重性は、単語レベル、文法レベル、文体レベルに及んでいる。
     単語レベルでは、かな、又はかなで表現するのに適した話し言葉と、漢字、又は漢字で表現するのに適した書き言葉の対立がある。日本語における翻訳の機能は、基本的に漢字中心の書き言葉が担当してきた。
     文法レベルでは、日本語にない文型を外来語の影響によって作り出すということは相当困難である。ただし、外国語の影響で、もともとあった日本語の文型のその機能を変えて使うというやり方はよく用いられている。例えば、日本文の一つの典型として考えられている「AはBである」が実は翻訳文由来である。もともとは必ずしも主格の表現ではなかったが、蘭学の影響で西欧語の主語を表すようになった。また、「である」ももともとは存在を表す意味しかなかったが、蘭学の影響で判断を表す意味を担うようになった。
     文体レベルでは、外来の素姓の言葉の文体は漢文訓読である。これは蘭学を経て、明治の英学へと受け継がれ、翻訳における直訳の文体を作った。この直訳文体は、翻訳の場に留まらず、普通の文章表現にも及んでいき、遂に近代日本の文章語を作った。書き言葉の文の素性は翻訳文なのである。また、話し言葉が動詞や形容詞などの用言中心の文体なのに対し、書き言葉は名詞多用の文体である。

    第3章 句読法の歴史
    (以下省略)

    https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I030487332

  • 書き言葉がこれほど人工的に作られていたとは思いもしなかった。その言葉で教育を受けた私は、考えていることと書くことと話すことが一致しているのか疑問である。
    とても興味深いテーマの本だが、動詞とか形容詞などの国語の基礎が不足しており、わからない部分があった。勉強は終わらないなぁ。

  • 本当に凄い本だ。
    我々は日常的に日本語を話したり書いたりしている。
    その日本語は一体いつから今のような形になったのか。
    その答えが明確に記されている。

    当たり前のように使っている句読点や段落が、実は比較的最近になって使われ出したことを知る。
    そして当たり前過ぎて「考えもしなかったこと」を知った。

    巷では常識を疑えなどと言われることがあるが、当たり前を当たり前に思わない難しさを改めて思い知らされた。

    「日本語をどう書くか」
    このタイトルを見て期待した内容でなかったが、予想を遥かに超える知性に触れられて、日本語とは何かという視点が得られたと思う。

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著者プロフィール

1928年東京市生。東京大学教養学部教養学科卒。元桃山学院大学教授。著書に『翻訳語の論理』『文体の論理』『翻訳とはなにか』『翻訳文化を考える』『日本語をどう書くか』『秘の思想』『近代日本語の思想』『未知との出会い』『日本の翻訳論─アンソロジーと解題』(共編著)(以上、法政大学出版局)、『翻訳の思想』(ちくま学芸文庫)、『比較日本語論』『翻訳学問批判』(日本翻訳家養成センター)、『翻訳語成立事情』(岩波新書)、『現代日本語の発見』(てらこや出版)、『「ゴッド」は神か上帝か』(岩波現代文庫)、『一語の辞典─文化』『一語の辞典─愛』(三省堂)、『翻訳語を読む』(丸山学芸図書)ほかがある。

「2017年 『近代日本語の思想〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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