読み終わらない本

  • KADOKAWA (2023年3月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784044006853

作品紹介・あらすじ

これから僕は君に、少し長い手紙を書こうと思う――。

「今、ぼくたちは、とても困難な時代を生きている。ひとがひととのつながりを見失いつつある時代に生きている。ある意味では、ひとを信頼するという当たり前のことが、こんなにむずかしくなった時代はないかもしれない。でも君が、個人を信頼することがむずかしいことがあっても、人間への信頼を失わないでいてくれたら――今という時代に失望を感じることがあっても、絶望のなかにさえも希望を見い出そうとしたひとが、かつていたことを忘れないでいてくれたら。そう願ってやまない」――「小さなひと」)

サン=テグジュペリ、石牟礼道子、岡倉天心、神谷美恵子、吉野源三郎、リルケ、ミル、小林秀雄、河合隼雄
【目次】
小さなひと
春の使者 
言葉の花束
悲しみの弦
コペル君と網目の法則
愛と「生きがい」
コトバのちから
自由の危機
いつくしみの手仕事
「空」の世界と「いのち」のちから
読書の扉
愛しいひと
おわりに
参考文献/ブックガイド

みんなの感想まとめ

人とのつながりが薄れつつある現代において、言葉の力や読書の意義を深く考えさせられる一冊です。若年層だけでなく大人にも響く内容で、心に染みる言葉が散りばめられています。著者は、読書を通じて信頼する人間と...

感想・レビュー・書評

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  • 若年層に向けて書かれた本だと思いますが大人が読んでも大変心に染みる言葉がたくさんありました。
    大変読みごたえがあり、二百数ページの本ですがじっくり読んだので三日かかりました。

    人によってこの本で大事だと思うところはさまざまあると思いますが、私がメモしたところを少しだけ書いておきます。

    私も自分だけの一冊をみつけたいと思いました。


    ○「読書とは、信頼する人間と交わる楽しみであった」(伊藤仁斎)
    本はいかに多く読むかが問題ではない。むしろ、どうやって「読み終わらない本」に出会うかが問題。
    仁斎が『論語』を見つけたように、ぼくたちも「わたしの古典」を見つけて行かなくてはならない。

    ○「人は心からも血を流します」(高橋巌)
    言葉で世界が変わるなんて、大げさに聞こえるかもしれない。でもほんとうだ。言葉は世界を変え得る。むしろ、言葉こそ、世界の在りようを根底から変える「ちから」を持っている。

    ○これからの時代、人を死に追いやるのは、病より孤独だという研究がある。言葉との波長が合いづらいこともある。エッセイを読むことも、一篇の詩を受け容れることも、むずかしく感じることがある。そんなときは、目にしている言葉を全部、読もうなどしなくていい。そのとき、ほんとうに必要な言葉を摂りいれればそれでいい。

    ○高村光太郎は詩は人間が「書く」のではなく、人間から「生まれてくる」ものだという。人間の力で「作った」ものではなく、「いのち」から言葉が「生まれてくる」とき、それは自ずと詩になっていく。人生の困難にあるとき、ぼくたちを救うのは「作る」力だけではなく、さらにいえば「作る」力よりも「生む」ちからだ。

    ○君にたくさんの本を読んでほしいとは思っていない。でも簡単に「読み終わらない本」には出会ってほしい。そして、君を変えるだけでない変わっていく君と共に「生きて」くれるような本に出会ってほしい。

  • というわけで「ブクログ Best User Award 2023」においてBronzeを受賞されたまことさんのおすすめ本『読み終わらない本』を読んでみました

    ちなみに、ほんとちなみになんですがひまわりめろんさんはSilverでしたちなみに

    で本の内容等々についてはそれこそまこっさんのレビューを読んで頂きたい

    で、ワタクシがこの本を読んで思ったことはまことさん「らしい」本だなってことでした

    もちろんこの「らしい」というのはひまわりめろんが勝手に思うイメージに過ぎません
    しかしながら決して短くない期間フォローしフォローされる関係として多くのレビューを読み、どんな本を読んでいるか知り、どんな本に高評価を与えるかを知っている関係性であるなかで思う「らしい」ですのでそれなりの説得力があるのではないかと思います

    別にぜんぜん違ってもいいのです別に
    またまことさんが選んだ本て知ってるからそう思ったんじゃねでもいいのです
    答え合わせはいらんのです

    2023年の一冊をを選ぶということをブクログさんがどう捉えているのかわかりませんが、これって真摯に向き合えば向き合うほど相当な苦行です(一冊だけ選べてあーた)
    そしてこの苦行はひたすらに自分自身と向き合う作業です
    つまりこの一冊はどうしたって自己を投影したものにならざるを得ないのです
    そしてなんかちょっといいこと言っていますがほぼほぼkuma0504さんの受け売りです

    要するにこの『読み終わらない本』とはまことさん自身であり、まことさんの運命の一冊候補であり
    まことさんを知る手がかりとなる一冊なのですよ
    で、この一冊を読んでみてまことさんがどんな人だと思ったのか?ってことになるわけですが…うんそれはまぁいいじゃない(そこまで考えてなかったらしい)

    ちなみに、ほんとちなみになんですがおびのりさんが自己を投影して選んだおすすめ本は木原音瀬さんの『箱の中』ですちなみに

    • おびのりさん
      イロモノ扱いでどうぞ
      イロモノ扱いでどうぞ
      2024/03/04
    • kuma0504さん
      めろんさん、関係ないことから書きますが、今やレビューを読むのが苦行でしかない。一気に遠視になった。一時的かどうか、しばらく様子見ですが、この...
      めろんさん、関係ないことから書きますが、今やレビューを読むのが苦行でしかない。一気に遠視になった。一時的かどうか、しばらく様子見ですが、この後楊令伝にコメントした後は、他の方のいいね返しはやめます(←ここで言っても仕方ない)。

      で、呼ばれたようなので少しコメントすると、去年受賞者コメント送る際にスタッフに向けて(のつもりで)「選びたくないと言っているわけじゃなくて、我々読書家にとって、一冊選ぶのはかなりの苦行です。受賞者の多くは、年末にBest3をマイリストで発表しているわけだから、せめてBest3にして、そこに200字ではなく、思いっきり書かせてくれたら嬉しい。それが今は無理というのならば、無理矢理選ぶ準備はします」と返事をしたら、一切返事は返ってこなくて、私も、無理矢理選ぶことはなく終わったわけです。

      今年のコメントフォームには、「無理矢理選びたくない人は、その旨書いてください」という意味の但し書きがついていましたね。私の言いたかったのは、そんなことじゃなかったのですが、ブクログスタッフもお忙しいので、丁寧に対応するお時間がないと判断して、私は今年は無理矢理選んだというわけです。

      ブクログスタッフに幾つか質問しても、提案しても、丁寧に応える余裕はないと思われますから、これからもしない方が賢明かと老婆心ながら思います。
      2024/03/04
    • ひまわりめろんさん
      クマさん

      もう!命削ってまでコメントしなくて大丈夫ですよ!(そこまでじゃないか)

      わいはねブクログスタッフさんに関してはね読書のプロの人...
      クマさん

      もう!命削ってまでコメントしなくて大丈夫ですよ!(そこまでじゃないか)

      わいはねブクログスタッフさんに関してはね読書のプロの人たちだと信じたいところがあってね
      きっとこの苦行を強いてる裏側にちゃんと意味を見出してると信じたいんですよね
      そんなにきちんと相手してくれなくてもいいんです
      だって無料でシステム使わせてもらってるんだもん

      ただな〜、なんていうか一生懸命悩んだ結果がただの一票として集計されて終わり、そのまま載せられて終わりってのは少し悲しいかな〜なんて思ったり
      わがままだなw
      2024/03/04
  • 作者からの手紙、というスタンスで書かれたエッセイ。読書論がメインかなと思って手にしたが、どちらかというと言葉についての話が中心だった。
    ちょうど『言語の本質』という本を読み終えたあとだったので、言葉つながりで面白く読んだ。『言語の本質』とはまた視点の違う言葉の本質を見た。

    先人の言葉や作品、詩歌が多く引用されていた。作者が生きてきた中で影響された人や作品、そして言葉たち。言葉の持つ力を読んでいて感じた。

    社会問題にも触れていて、読み応えのある一冊だった。
    私にとっての『読み終わらない本』は何だろう……。もう出会っているかもしれないけれど、これから新しく出会うこともあるかもしれない。これからも少しずつでいいから本を読んでいきたいなと思った。

  • 2023年初版。著者が青少年に向けて、本を読むということを手紙の形で伝えようとする本です。文章には優しさや愛が溢れています。著者よりも長く生きている私は、読み終わらない読み返したい本と出会うより一冊でも多くの本を読むことに注力しています。心も血を流すと言うのは、そうだなあと思えました。詩を書くということに興味を持ちました。青少年が読むと大きな影響を受けるでしょう。でも、もっと高齢の人にとっても読書に対する認識を変えることに意味のある本だと思います。

  • 私の本 第1回 若松英輔さん ▶︎▷01 | 小説丸(2018/06/04)
    https://shosetsu-maru.com/interviews/watashinohon/1-1

    「読み終わらない本」 若松 英輔[ノンフィクション] - KADOKAWA
    https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000854/

  • 改めて慈しむことの大切さを、噛み締めた一冊…。対人への向かい方を、また、精進していこうと、思えました。
    著者の書物はまた、手にとりたいですし、様々な、書籍に触れていこうと、思いました

  • 「本によばれるなんて、そんなことあるか、と思うかもしれない。でも君はきっと、いつかどこかで運命の一冊に出会うことになる。」

    こんな言葉から始まる本と出会ったら、あなたはどう感じますか?これは若松英輔さんの『読み終わらない本』の帯に書かれた言葉です。私はこの言葉に強く惹かれ、この本を手に取りました。本屋さんで本を選ぶとき、ただページをめくるだけではありません。触覚で表紙を感じ、視覚でタイトルやデザインを楽しみ、時に本の匂いを嗅ぐ。五感を使いながら「運命の一冊」に出会う瞬間。それは、私が本を読むこと、そして書店に足を運ぶことの原点ともいえる体験です。

    若松さんの本は、読書という行為をまるで人生そのものにたとえているようでした。特に心に響いたのは、読書を「食事」に例えた部分。読書はただ量をこなせばよいというものではなく、バランスが重要だと説いています。確かに、次々と本を読み漁るだけでは、頭だけがいっぱいになり、心が追いつかないこともあるでしょう。「過剰摂取」が精神的な健康に悪影響を及ぼすことがあるという指摘は新鮮でした。読書の質と量のバランスを大切にする――それは、私が無意識のうちに目指していたことでもあり、この本を通じて改めて考えさせられました。

    一方で、若松さんの「現代の人は手紙を書かなくなった」という主張には少し異質な印象を受けました。確かに手紙を書く機会は減りましたが、それは「自分の考えや感情を伝える力」が希薄になったということなのでしょうか?むしろ、今の若者は膨大な情報の中で「自分らしい言葉」を探し、それを発信する方法を模索しているように感じます。その道は決して平坦ではなく、試練や経験を伴うものですが、そのぶん言葉への真剣な向き合い方が求められている気がするのです。

    また、「きみたちはどう生きるか」という問いをもとに、若松さんが語る「本とともに思索を広げる」という姿勢には深く共感しました。本を読むことは、ただ物語を追うだけではなく、そこから広がる思考の旅でもあるのです。読書を通じて自分と向き合い、自分の中に生まれる問いや感情を観察する時間は、日常の中では得がたい貴重な瞬間でした。

    この本は、全てに同意できたわけではありません。けれど、それがまたよかったのだと思います。「共感」だけでなく、「自分の思考とは違う」と思える部分に出会えたことが、この読書体験を豊かなものにしてくれました。若松英輔さんの『読み終わらない本』は、私にとって「思索の伴走者」のような存在となり、自分がどう本と向き合うのかを問い直すきっかけをくれました。

    最後に、もしあなたが本屋で迷っているなら、ぜひ「よばれる」感覚を大切にしてみてください。運命の一冊は、あなたの近くに、きっとあるはずです。

  • 自分にとって大切な「ことば」。
    それを読書していくうえで、感じ取っていければと思った。そしてもし、そんなかけがえのない言葉に出会えたら、書き出していこう。
    「読み終わらない本」。そんな本に出会えると思うし、もう出会っているかもしれない。

  • エッセイストで詩人の若松英輔が若い人に向けた書簡の形で自分が影響を受けた本や著者について話し、それがどのように自分の思想を作っていったかを書いた本。

    序盤と最後はとても良かったが、途中は少し言葉遊びのように感じてしまった部分がある。

    それでも心の動きを大切にする著者らしく、温かみに溢れる読書エッセイであった。

  • 自由とは、自らに由る。
    この本の言うところによる、読み終わらない本とは、この本の事でもあるかも。

  • 孤立と孤独はちがう。孤立は、社会から追放されることで、これはあってはならない。でも、孤独はなくてはならない。それは、自分と向き合うことであり、今の自分にほんとうに必要なものを見極めるときでもある。

    本はいかに多くを読むかが問題ではない。むしろ、どうやって「読み終わらない本」に出会うかが問題だ。

    言葉という器には収まらないものはたくさんある。だから、絵画があって、音楽がある。彫刻があって舞踊がある。無数の芸術が、言葉からこぼれおちるものをすくいあげている。
    文学は言葉によって言葉にならないものを表現しようとする芸術だ。

    書くという行為は、料理に似ている。言葉という食物を書くことで「料理」にし、それを食べる。ほかの人のために作ることもできるが、ぼくたちは、まず自分のために作らなくてはならない。

    あるときから人は、本を「あたま」で考えながら、読むようになる。知識を得るために読むようになる。だが、童話は「あたま」で読むことはできない。それは別なところで味わうことを求めてくる。

    子どもにはむずかしいことは分からない、とよく言われる。でもほんとうだろうか。大人たちが世界を複雑にしているだけで、子どもはむしろ、世界の本質をしっかりとらえているのかもしれない。子どもの方が「孤独」の意味を深く感じているのかもしれない。

    日本語の「自由」は“freedom”と“liberty”のどちらかではなく、この二つが折り重なったものなのかもしれない。それは「自らに由る」という語感だ。人は誰も、真の自己に忠実であるとき、ほんとうの意味で「自由」だといえる。

    どう生きたらよいか迷っているとき、ぼくたちが探さなくてはならないのは、何が自分にとって得で、何が損かという判断基準ではなくて、たった一つの言葉なのかもしれない。

    言葉の種子をはっきりと感じ取る方法、それは書くことだ。思ったことをどんどん書くのではなく、書きながら自分が何を思っているのかを確かめるように書くんだ。考えたことをそのまま文字にするんじゃなくて、むしろ、書くことで自分の心の中にあるものを知るように書くんだ。

    人は何かを「作る」力をもっている。しかし、「生む」ちからもわが身に宿している。(中略)人生の困難にあるとき、ぼくたちを救うのは「作る」力だけではなく、さらにいえば「作る」力よりも「生む」ちからなんだ。

    ぼくたちは、そのとき必要な本に自分で出会うことがなければ、いつも誰かに薦められた本を読んでいなくてはいけない。書店や図書館に行って、本を探す。「探す」というよりも本に「呼ばれる」ような経験をする。それが最初の、そして最重要の課題なんだ。

    心の深みにある何かを言葉にすることで、君を、絶望の底から救い出すことができる。なぜなら人は、自分を救い出す言葉を自分のなかに宿して生まれてきているからだ。

  • 青少年に向けた大人からの手紙という感じの
    本。
    いわゆる、最近はやった君はどう生きるかと同じ感じの
    本。
    詩を書くこと、言葉を紡ぐことの大事さを説いている感じですが。少し自分にはあまり響かなかったかなと思いました。

  • 昨今、よくメディアにも登場する若松氏。読み終わらない本は手元に置いてあるだけでよい。また、かなしみ、いつくしむ、おもうなど、漢字に置き変えるとその意味合いも微妙に変わってくるなどを、深く探究されていた。一番印象に残ったのは思考ではなく、思索することの意味合い。人生への解答がないことは、生きていてわかってきたとは思うが、芯を支える部分を見失わないようにしたいと云うべきだろうか。詩を書いてほしいということをしきりに語りかけていた。それは生きていく上で必要になるものであると。ブームにのるだけではなく、自らがそう思うようになった時、詩にも触れていきたいと思った。

  • 読書論というよりは哲学書、詩や言葉で
    考えさせられる1冊だった。
    本に呼ばれる体験を味わってみたい。
    生きること、愛すること、さまざまなことを
    筆者が手紙形式で書いているので、こころに
    響きました。

  • 2024.3.16

  • 良くも悪くも詩に近い。
    「人は心からも血を流す」という言葉に感動できる読者と困惑する読者とで評価が二分するだろうが、自分は後者。このフレーズがある意味この本の論の典型で、論拠の提示も敷衍もなく、要するに「自分はそんな気がした」という事実の披露に過ぎないので、このフレーズ自体をありがたがれる人には刺さるが、そうでないと「あなたにとってはそうなんですね」の一言で終わってしまう。
    さらに言えば、作者の「そんな気がした」は尊重されるべきだが、それが人生経験から得られた「事実」として語られる瞬間があり、危うい。そして、自分の発想に我田引水する際は他人の著作をアッサリと切り取ってしまう二面性が怖い。
    自分のバックグラウンドが法律なのもあると思うが、言語に限界があるのはわざわざ指摘するまでもなく、だからこそ我々は一語一語の定義を積み重ねながらその機能性を高めてきたわけで、たとえば「私にとっていつくしみとはこういう意味です」と宣言するのは構わないが、そう理解されるべきだと言われると突っ込まざるを得ない。
    (「いつくしみ」の例を深堀りすると、作者は導入にローマ法王をひいているが、法王がItsukushimiなんて言葉を使うわけがない。調べると"MISERICORDIA"というPityとCompassionのニュアンスを併せ持つ単語のようで、そのうちCompassionのニュアンスを持ち帰って日本語の「いつくしみ」の定義を拡大しているようだが、こちらのニュアンスは日本語でいう「同情」あたりに棲み分けされるのが相当だろう。神谷美恵子や石牟礼道子のくだりは、無理やり拡張した「いつくしみ」の例として読むより、MISERICORDIA≒Compassion≒同情の例として読んだほうがスッと落ちませんか)
    青少年に語る体をとっているが、その実態は反論を避けながら上から一方的に教える立場でありたいというエゴイズムだろう、というのは穿ち過ぎか。

  • ある想定したひとりの若い人への長い長い手紙。
    生きるということ、自立と孤独、詩の力、人生が問いかけてくるもの、著者がひとりの若い人を通して私たちに伝えたいこと、知っておいてほしいことが丁寧に心を込めて愛情深く、時には厳しく綴られています。今生きていることの重みを感じる本でした。
    著者の言う読み終わらない本を持てるように、いつも自分を助け、成長の糧となるような本を見つけたいです。

  • 言葉の持つ力について、考えさせられた。著者の言うことは、自分にハマっている。
    読書することは、孤独になること。孤立ではなく。自分に向き合う時間になる。でも、言葉を書くことは、もっと自分に向き合う厳しくも慈しみ深い時間である。と、理解した。

    そのほかにも、沢山の言葉が心に響いてきたのでメモしておく。

    「さようなら」と彼は言いました。
    「さようなら」と狐は言いました。
    「僕の秘密を教えてあげよう。とても簡単なことだ。心で見なくちゃよく見えない。大切な事は目には見えないんだよ。」
    「大切な事は、目には見えない」と、小さな王子様はよく覚えておこうと繰り返しました。
    「君のバラをそんなにも大切なものにしたのは、君が君のバラのためにかけた時間だよ。」
    「僕が僕のバラのためにかけた時間・・・」と、小さな王子様はよく覚えておこうと繰り返しました。
    「人間たちは、この真実を忘れてしまった」と、狐は言いました。
    「でも、君がそれを忘れてはいけない。君は自分が飼い馴らしたものに永遠に責任を負うことになる。君は君のバラに責任がある…」
    「僕は僕のバラに責任がある…」と、小さな王子様はよく覚えておこうと繰り返しました。

    これから
    世の中に出ていく
    君たちの胸には
    たくさんの

    希望や喜びの
    予感があるのかも
    しれない

    でも ぼくは
    君たちが
    希望と喜びと一緒に
    いくつかの

    大切な悲しみに
    出会うことを
    願って止まない


    真の悲しみは
    本当に愛した者を
    失ったときにだけ 経験できる
    稀有な出来事

    悲しみは いつの日か
    愛しみとなって 美しみへと
    姿を変じる

    そのとき君は
    君のままでありながら
    新しい君に 生まれかわるんだ

    自由は無私の精神と置き換えてもよいのかもしれない。自由の地平にもっとも早く、確実にたどり着けるのは自己犠牲的であろうとすることよりも、無私であろうとすることなのかもしれない。
    自己犠牲的であるとき、人は、他者を大切にしているが、自分を苛んでいることもある。だが、無私であるとき、人は己の人生への愛を失うことなく、他者にも愛を注ぐことができる。無私の人は見返りを求めない。そして、自分が何をしたのかを覚えていない。

  • 苦しいときには、若松英輔の本を読もうと決めている

  • これまでの本と同じように、やさしい文体で心が落ち着く文章だった。
    本を読むこと、心のおもいを書くことについて、丁寧な気持ちが見て取れる感じで、共感しっぱなしだったかもしれない。『星の王子さま』『君たちはどう生きるか』『苦海浄土』『草枕』『読書について』などさまざまな言葉がちりばめられており、著者自身の詩についてもやさしい形になっている。

    「おもう」ことの範囲の広さについても面白かった。
    個人の細かい感情を表すことのできる漢字がこんなにたくさんあるということも、日本語の深さ・寛容さを感じることができた。

    思う(思考——頭で考える)
    意う(注意——意思、あるいは意志をもって感じる)
    憶う(記憶——過去を今によみがえらせる)
    想う(想像——見えないものを感じる)
    忖う(忖度——相手の心を推し量る)
    懐う(懐古——懐かしむ)
    顧う(回顧——過去を顧みる)
    恋う(恋愛——何かを恋する)
    惟う(思惟——人間を超えた存在をおもう)
    念う(祈念——言葉にならないおもいを宿す)(pp.32-33)

    ============
    「読書とは、信頼する人間と交わる楽しみであった」(伊藤仁斎)(p.14)

    私がまだ始まらぬまえから
    始まっていたいのちの音
    座っていると
    その音は
    永遠の宇宙から
    愛しく哀しく
    私の皮膚に包まれて
    こだましせまってくるのです(p.176)

    ショーペンハウエルが強く促すのは「考える」こと、彼がいう「思索」だ。「思索」と「思考」は違う。「思考」はすでにあるものを確かめるように考えることだが、「思索」は人が、おのれの固有の人生の問題と向き合い、その本質を見極めるために、「あたま」だけでなく、全身で生きてみることだといっていい。
    (中略)「読む」ということと「思索」が呼吸のように自然にまじりあうとき、何かが起きる。未知なる自己へと通じる道が、ゆっくりと開かれてくる。その合図になるのは言葉だ。ある言葉と巡り合うとき、ぼくたちの「読む」という旅が始まる。(p.189)

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著者プロフィール

1968年新潟県生まれ。批評家、随筆家。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」にて第14回三田文学新人賞評論部門当選、2016年『叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦』(慶應義塾大学出版会)にて第2回西脇順三郎学術賞受賞、2018年『詩集 見えない涙』(亜紀書房)にて第33回詩歌文学館賞詩部門受賞、『小林秀雄 美しい花』(文藝春秋)にて第16回角川財団学芸賞、2019年に第16回蓮如賞受賞。
近著に、『あなたが言わなかったこと』『詩集 見えないものを探すためにぼくらは生まれた』『自分の人生に出会うために必要ないくつかのこと』(以上、亜紀書房)、『霧の彼方 須賀敦子』(集英社)、『光であることば』(小学館)、『藍色の福音』(講談社)、『読み終わらない本』(KADOKAWA)など。

「2026年 『[増補新装版]本を読めなくなった人のための読書論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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