新版 枕草子 下巻 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
- 角川グループパブリッシング (1980年4月15日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (496ページ) / ISBN・EAN: 9784044026028
作品紹介・あらすじ
形式・内容・長短さまざまな約300篇の文章からなる『枕草子』は、随笙文学の一典型を示している。それは中宮定子に仕えた清少納言が、当時の価値観に通じる、「をかし」「心にくし」「うれし」「すさまじ」といった言葉を操りながら、その鋭い観察眼によって自然や身の回りの事物・事象を記録したことによるものであろう。底本には三巻本を用いた。全2冊。下巻は、(128)ニ月、「官の司に」から最後までの章段と年表・語彙索引を収載。
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
多様なテーマを扱った約300篇の文章からなるこの作品は、清少納言の鋭い観察力と独特の感性が光る随筆集です。原文は難解な部分もありますが、自力で読み進めることでその魅力に触れる喜びを感じることができます...
感想・レビュー・書評
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なかなか手ごわい枕草子。引き続き下巻を読む。
そもそも「枕草子」とはどういう意味なのか?
現在は「まくら<の>そうし」と<の>を入れるのが一般的だが、古くは「まくらさうし」あるいは「まくらざうし」とされていた。また、現代では枕草子といえば清少納言が書いたものを指す固有名詞とされるが、かつては普通名詞であったようである。ではその「枕」とは何か、というのにもいくつか説があるが、一番有力なのは「備忘録」とする説であるようだ。
枕草子執筆の動機を示しているかもしれないものとして、跋文(あとがきのようなもの)には以下のように記されている。
宮の御前に、内の大臣のたてまつりたまへりけるを、(宮)「これに、なにを書かまし。上の御前には、史記といふ書をなむ書かせたまへる」など、のたまはせしを、(清少)「枕にこそはべらめ」と申ししかば、(宮)「さは、得てよ」とて、賜はせたりしを、・・・
中宮の元に内大臣(伊周)が紙を持ってきた。「何を書いたらよいだろう。帝は「史記」を書いていらっしゃるそうだけれど」とおっしゃるので、「枕でございましょう」と申し上げると「それならそなたにあげよう」とその紙をいただいた、ということのようである。
わかったようなわからないような話で、帝が「史記」なら中宮は「枕」でしょう、というのもよくわからないが、それでどうして中宮自身が「では枕を書こう」というのではなく、「そなたに上げよう」となるのかもよくわからない。読者としてはちんぷんかんぷんなのだが、それで話が進んでしまっているのである。このあたりも訳注者が述べていた、著者にとっては「自明」のことで、それゆえ説明がないという一例だろう。
(大河ドラマでは『史記』→「しき」もの→「枕」/『史記』→「四季」の地口の連想と解釈していたようだが、それも一説にはなろうけれども、個人的には決定打という感じは受けない)
有名な「香炉峰の雪」もよく考えるとちょっと引っかかったりする。
雪の日、御格子をおろして皆で話などしていると、中宮が「少納言よ、香炉峰の雪は、どんなでしょう」と聞く。それで少納言は御格子を上げさせて御簾を高く掲げ、外の雪景色を見せる。中宮は我が意を得たりと笑う、というものだ。
「和漢朗詠集」の「遺愛寺鐘欹枕聴/香炉峰雪撥簾看」から採られているわけだが、何というか、「簾を撥(かか)げて雪を看る」のでは、漢詩そのままで、特にひねりがあるようには思えない。
つまり、問いかけた時点で、中宮の心中には「正解」があったのではないか。それに対して清少納言は正しい答えを出した、ということなのではないか。
機転とか頓智というよりも、和歌や漢詩をよく学び、とっさの時にすぐ、このシチュエーションならこの詩・この和歌がぴったりはまる、あるいは、この詩・この和歌の背景はこう、と、具体的に思い出せるようにしておくことが大切だったのかという印象を受ける。脳内でデータベース化して、必要なときには直ちに検索してふさわしいものを見つけ出す。それがこの時代の宮廷の「教養」だったのではないか。
中宮はおもしろいから笑ったのではなく、求められる「才」を清少納言が発揮したから満足して笑った、ということなのではないかなぁ・・・。それならちょっとわかるような気もする。
何だか雲をつかむような感じで読み進めていく中で、少々おもしろかったのは、清少納言が宮仕えし始めたころの話。
中宮は輝くばかりに美しく、親切に絵などを見せてくれる。世間知らずな自分が恥ずかしくて、満足に顔も上げられない。中宮の周りには物慣れた先輩女房達がいて、皆、気後れもしていないようだ。のちの才気煥発の清少納言からはちょっと考えられないような「借りてきた猫」のような姿。けれども中宮は最初から、清少納言には期待していた風が見える。このあたりの距離感が興味深い。
原文や補注まで読み切ったわけではないので、「枕草子を読んだ」と胸を張って言えるかはやや疑わしいが、とりあえず、一通り、印象はつかめたように思う。
・・・いや、意外に難しい。千年の隔てはそう簡単には埋まらない。
とはいえ、そこここに当時の才ある女性の素顔が見えるようにも感じた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
初めこそ原文と訳文を比べながら読みましたが、
ほぼ現代語訳で読んだのでした。
ユーモアやウイットをごく自然なふうに駆使しながら、
美しいものやおもしろいものや笑えるものなど、ポジティブな事柄を中心に綴っています。
ただ、ユーモアやウイットを自然なふうに駆使するのは作者の清少納言だけではなく、
登場する宮中の人物たちそれぞれもそうなのです。
当時は、落ちついた所作と態度で発する、余裕を持ったユーモアやウイットを
「優雅」と呼んだみたいですね。当時の優雅は知性とぴったりとくっついているようです。
また、書き手のやわらかでこまやかな心の動きや感性と、
時代や地位からくるであろう、うっすらとした無意識的な傲慢さとが、
文章の背後に残っていました。
こういうのは、ほんとうのところが知れて勉強になります。
読んでみてとくに心に残ったのは、犬が打たれる話、雪山の話など。
そして、たびたび中国からくる使者が難題をふっかけてきて、
中国と日本の宮中の間で知恵比べをする逸話にも、
へえー、と思いました。
自由恋愛の世界でもあって、夜な夜なあちこちで逢引が行われている話も多く、
平安の貴族たちは、思っていたよりもずっと眠らない世界に暮していたんだなあ、と知りました
(『源氏物語』について授業で話を聞いたときに
平安時代の眠らない貴族事情を知ったのがほんとうの初めてで、
それを思いだす感じでもありました)。
あとは、夏のかき氷はいいなあ、だとか(洞窟で作ってたはず)、
胸を悪くして寝ている若くきれいな女性(主君の中宮定子かな?)が、
吐くために身を起こすさまがいたいたしくて美しい、だとか、
清少納言のユニークで素直で感性のゆたかなところに触れることができます。
後者の「吐くために身を起こすのが美しい」というのは、
たぶんに嗜虐的にそういっているのではなく、
慈しみやエンパシーと絡んでの言葉だと解釈しました。
そして、読んでいるとその時代のかれらの世界にシンクロする気分になれるのがおもしろかった。
こうして、ちびちびとゆっくり『枕草子』を読んでみると、
僕自身の回復と充電がすすむような感じがしてきました。
おまけに自分にくっついていた雑多なあれこれが、
いつのまにか落ちていて身軽になっているような感じがしてくるし、
違う地平が見えてきた気さえしてくる。
……ということは、これはつまり、
現代の空気がいかに毒気を帯びているかを物語っているのではないのか。
まあ、そこのところは当時にしてみたって、
政争があり、きまりやしきたりが窮屈だったりもしたでしょう。
僕が「隣の芝生は青い」的な気分になったために、
現代より平安時代が輝いて見えたのかもしれない。
でも、平安貴族世界の息遣いを近くに感じられるこの作品を読んで、
そんなふうな、現代の毒気から遠のいた気分、つまり清浄な気分になれるのには、
もともと先入観としてある「現代人のほうが賢いし利口だ」という思いが、
作品内の貴族同士のやり取りから感じられる彼らの知性や、
背後にある成熟した文化的な空気感によって払拭されると同時に、
楽しめる作りになっているがためなのだと思いました。
『枕草子』という平安時代的洗練のなかには、
「河原で、陰陽師に人にかけられた呪いのお祓いをしてもらっているとき、胸がすっとするなあ。」
なんていうのがふつうにでてくる。
「もののけ調伏」なんていう言葉もふつうにでてくる。
清少納言が生きていたのはこういう世界なんですねえ。
また、しなやかで油っけのなさが、それこそ「和風」というように感じさせるし、
それゆえに読後感がどこか、ちょっぴりはかなげに感じていいのかなと思えるところがある。
当時の仏教の影響だってあるのかもしれないです。
『枕草子』は当時の帝のお妃である中宮定子のための随筆だと言われるところですが、
読んでみると随筆といったものの、作為的に書かれている感じのするところがあります。
巻末の解説を読むと、
解説者自身は「無条件に随筆であるとする立場にはない」とのことでした。
つまり、空想やフィクションが混じっているのでしょう。
このあたりを鑑みて、僕のごく個人的な評価にはなるんですが、
「『枕草子』は、私小説的エンタメ(随筆形式)。」とくくってみることにしました
(僕としてはフィットするんですが、どうでしょうね?)。
自分に悪い噂が立ち、
大切にしたい繋がりを持つ人に誤解されないためであっても、こちらから説明や弁明はしない、
なぜなら癪に障るから、というのがどうやら清少納言なので、
もしも当時マスメディアがあってインタビューすることができても、
彼女の創作の秘密は明かされないような気がします。
最近の『枕草子』評論には、紫式部の清少納言批判から考察して、
清少納言は、こんな美やおもしろさばかりを享受したり書いたりしていられる環境や境遇にはないはずで、
絶望さえみえている過酷な状況下にいたのに書いたとするものもあるそうです。
個人的には、これはなかなか納得がいく説じゃないだろうかと思いました。
「意地」というか、「それこそが創作」というか、
身辺のごたごたを超えて、そして感じさせず、ですから。
『枕草子』は仕えていた中宮定子の格を上げるためでもあったでしょうが、
生活が苦しくなるのに反比例してすごい作品をつくりだしていった
モーツァルト的な創作の精神もあったのではないかと推察できます。
つまりは、モノを作り出すタイプのひとつの型として珍しくはないわけです。
……しかし、そうはいっても、いまとなってはどうやったって真実はわかりませんけれども。
今回、日本の古典を読みましたが、僕としてはかなり珍しいことなのでした。
たぶん、日本の古典は学生時代以来に触れています。
古語をきちんと読めなくてもしっかりした現代語訳があるわけだし、
読んでみれば堅苦しくない内容だし、それどころか新世界が開けてしまう。
こうやって、少しずつ、自分の狭い了見が崩れていくのは喜ばしいです。
そのうちまた、日本の古典を手に取ろうという心づもりになりました。 -
清少納言サマぁぁぁぁぁぁ!!
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くやしいですね
何度思ったことか、もう少し勉強しとけばよかったって
原文はまだまだむつかしいけれど、それでも自力でよんで、そのよさに触れられたのはうれしい
〜もの、はわりとよみやす
なお訳文もよくわからない部分も多々あり
また再挑戦しましょ
ただ過ぎに過ぐるもの
帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬。
名恐ろしきもの
蛇いちご
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約1ヵ月かかって下巻読了。
あらためて読んでみると、1000年前の作品を注釈付きとはいえ原文で読んでもなんとなく意味がわかり、共感できるって日本語すごいし、清少納言すごいなあ。
「春はあけぼの」の冒頭もそうですが、
たとえば、
〔二五〕にくきもの
新参の女房が、古参の人をさしおいて、いかにも事情に通じたような顔つきで、新しく来た女房に教えるようなことを言い、なにかと世話を焼くのも、ひどくにくらしい。
あけて出はいりする所を、しめない人、ひどくにくらしい。
〔二六〕心ときめきするもの
髪を洗い、お化粧をして、かおり高く香のしみた着物など着た時の気持。そういう時は、別段見る人も居ない所でも、自分の心の中だけはやはりはずんだ気持になる。
約束の男を待っているような夜は、雨の音や風の建物を吹きゆるがす音にも、はっと胸の騒ぐものである。
〔二七〕過ぎにしかた恋しきもの
去年使った夏扇。
〔三〇〕
説教の講師は、美男子なのがよい。夢中になって、ひたと講師の顔を見守っておればこそ、その説き聞かせる仏法のありがたさも感得できるというものだ。
現代で読んでも、あー、わかるわかると思うものなあ。
そして昔読んだときは人物関係がよくわかっていなかったのですが、中宮定子はもちろん、道隆や伊周についても賛辞を惜しまず描写されているんですね。
雪の降り積もった日に訪ねてきた伊周に
定子「雪で道もないと思いましたのに、どうしてまあ」
伊周「殊勝なものと、御覧くださるかと思いまして」
というやりとりは
「山里は雪降り積みて道もなし今日来む人をあはれとは見む」の和歌をふまえてるんですね。なんて知的おしゃれ。しかも伊周が着ているのは紫の指貫。「雪に映えて見事」と書かれています。
「この世から消えてしまいたいというときでも、上質の紙が手に入ると気分がなおって、生きていてもいいかなと思います」と清少納言が言ったのを覚えていて、里下りしている清少納言に中宮が上質の紙を贈ってくれたエピソードとか。
そうやって読むと『枕草子』とは滅びゆくものに捧げられた文学であり、それが1000年の時を超えて心に響くのだなあと思います。
(393ページ)
月の明るいのをながめるくらい、遠く遥かなことが思われて、過ぎ去ったことの、情けなかったこともうれしかったことも、趣深いと思われたことも、たった今のことのように思われる時がほかにあろうか。
以下、引用。
270
しかし、女房の衣裳も、裳や唐衣が時節にぴったりしていて、さすがにきちんとしたたたずまいでおそばにはべっていたことでした。御簾のわきの隙間から室内をのぞいたところ、八、九人ほど、朽葉の唐衣、薄紫色の裳に、紫苑や萩など、とりどりの美しいよそおいでずらっとはべっていたことでした。
279
いつもの所でない所で、特にそれも、世間に隠して公然の関係ではない恋人の声を聞きつけたときは、どきどきするのも当たり前だが、ほかの人が、その人のことを話題にのぼせたりするにつけても、まず、どきどきするものだ。
292
女房たちが、男の人と親しくすることを、碁にたとえて、仲むつまじくなったりしたのを「置き石を許してる」あるいは「寄せも終った」などと言い、男の場合には「石を置かせていただきましょう」などと隠語を使って
すっかり隔てのなくなった仲を「あれは、もう石を崩すところまで行ってる」などと言う。
309
殿様ではなく、大納言が参上なさったのであった。御直衣、指貫の紫の色が、雪に映えて、たいそうお見事だ。柱のところにお座りになって、(伊周)「昨日、今日、物忌でしたが、雪がひどく降りましたので、御身辺が気がかりで──」と申し上げなさる。(宮)「雪で道もないと思いましたのに、どうしてまあ」と挨拶なさる。と、お笑いになって、(伊周)「殊勝なものと、御覧くださるかと思いまして」などとおっしゃる、気の利いたお二人のやりとりは、これよりすばらしいものがこの世にあろうか、物語にただもう口から出まかせに書き立てた主人公たちのすばらしさと寸分も違うところもないようだと思われる。
「山里は雪降り積みて道もなし今日来む人をあはれとは見む」兼盛
328
五月の長雨のころ、上の御局の小戸の簾に、斉信の中将の寄りかかっていらした香は、ほんとうにすばらしかったことだ。なんの薫物の香だったかわからず、大体が雨のしめりけで香も一段とたちまさってすてきなふうだったが、こんなこと、珍しくもないことだけれども、どうして書かずにおられようか。翌日まで御簾に移り香がしていたのを、若い女房たちがまたとなくすばらしいと思っていたのも、至極当然のことではある。
365
うれしいもの
陸奥紙、普通の紙でも、上等なのを手に入れた時。
367
「世間のことが腹立たしく、むしゃくしゃして、片時もこの世に住みたくなく、ただもうどこでもいいからどこかに行ってしまいたいと思うときに、普通の紙の真白できれいなのに、上等の筆、白い色紙、陸奥紙などが手にはいると、もうすっかり気分がなおって、ままよ、このまましばらく生きていてもいいなという気になります。」
それから後、しばらくたって、ほんとうに真底から思い悩むことがあって、里にさがっていたころ、中宮から、すばらしい紙二十枚を包んで御下賜になった。
370
関白様が、こちらにいらした。青鈍の固紋の御指貫、桜がさねの御直衣に、紅のお下着三領ほどをじかに御直衣に重ねてお召しになっていらっしゃる。中宮をはじめとして、紅梅の濃い薄い織物、固紋、無紋などを、おそばにはべっている女房皆が着ているので、部屋中ただもう派手やかに美しい。唐衣は、萌黄、柳、紅梅などもある。
372
宮はお手紙を御覧になる。御返事を紅梅の薄葉にお書きになるのが、御召物の同じ紅梅の色によくうつってぴったりなのだが、こうした中宮の御配慮までをも御推察申し上げる人は、お前にはべっている私たちのほかにはあるまいと思われるのが、残念でならない。
380
女院のお車ともに全部で十五、うち四つは尼の車。先頭の御乗車は唐庇の車である。それに続いて尼の車、車の前後から水晶の数珠、薄墨色の裳、袈裟、衣裳がたいそうすばらしくて、簾は上げてない。下簾も薄紫色の裾のすこし濃いのである。次に女房の車が十。桜がさねの唐衣に、薄紫色の裳、濃い紅の内着、香染めや薄紫色の表着が、とても上品に美しい。日はとてもうららかであるが、空は青く霞みわたっているのに、女房の衣裳がよくうつりあって、趣向をこらした織物やいろんな色の唐衣などよりも、上品で優美なことこの上もない。
382
まだ御裳、御唐衣をお召しになったままでいらっしゃるのが、すばらしい。紅の内衣、なみ一通りであろうか。中に唐綾の柳がさねの袿、表着は葡萄染めの五重襲の織物に、赤色の御唐衣、地摺の唐の薄物に象眼を重ねた御裳などをお召しになって、その御召物の色などは、普通のものにくらべようもなくまったくすばらしい。「今日の私の様子は、どう」と、おおせになる。
387
けれども、あの日すばらしいとお見上げ申し上げた中宮はじめ御一家の御栄華も、現在の御状態と御比較申し上げるに、もうまったくの違いようでお話にもならないので、気がめいって、いろいろたくさんあったこともみな書きもらした。
393
月の明るいのをながめるくらい、遠く遥かなことが思われて、過ぎ去ったことの、情けなかったこともうれしかったことも、趣深いと思われたことも、たった今のことのように思われる時がほかにあろうか。 -
平安時代中期に中宮定子に仕えた女房、清少納言により執筆されたと伝わる随筆です。古文の授業とかだと冒頭を始め、途中の段を抜粋して終わってしまうけど、それではもったいないです。もっと色々な事柄が清少納言の目を通して語られています。そうそう最近だとFGOに清少納言(キラキラのアーチャー)が登場してtwitterとかで名前を見かけましたが、マスターだったら読んでおいたほうが良いと思うよ。
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人間観察、人間関係もおもしろいが、衣や紙の色の描写に惹かれる。できれば実物そのものを手に取ってみたいものだ。こちらの知識不足のせいか、現代語訳でも理解しがたいところがあった。
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たまには「古典」も読んでみようと思ったが、読み終えるまでに思いのほか時間がかかってしまった。さて、肝腎の感想としては、たしかに面白く感じる部分も多く、なるほど読み継がれてきた理由もよくわかった。とくに、雪山について勝負する場面などは、今日的な小説の題材としてもなかなかおもしろいと思う。いっぽうで、元来が他人に見せる前提で書かれた作品ではないから、まとまっていないこと、とりとめがないこともかなり多く、読んでいても「ふ~ん」で終わってしまうことも少なくなかった。ただ、全体的にはやはりよくできた作品であるとの印象を持った。なお、訳注に不満があり、「読み物としての註釈=単語の説明など」と「校訂についての註釈=異本との相違点など」はわけてほしかった。和歌の訳がないのもマイナス・ポイントだ。
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上巻に続いて、百二十八段から最終段までと跋文を収録。全段一括して原文と脚注を前半部にまとめ、続いて補注を挟んで、後半部に現代語訳と付説を記すという順序でパート分けしている。さら巻末には年表と語彙索引まで付いている。
この至れり尽くせりの内容は、文庫本にして単行本で出ている古典全集に負けないくらいの充実ぶり。そして、上巻のレビューでも述べているように、洗練された現代語訳が最高。訳注者である石田穣二先生ならではの名訳だと思う。
同様の注釈本や現代語訳付きの本は他社の文庫からも出ているけれど、最も読みやすいのはこれだろう。また、『枕草子』には、大別して4種類の伝本が存在するので、比較的簡単に入手できる能因本の『枕草子』などと読み比べてみるというのも、『枕草子』をより深く楽しむきっかけとなるだろう。
なお、本の表紙に『新版 枕草子』というタイトルが記されているのは、その前身が昭和40年に発行された『枕草子』(松浦貞俊・石田穣二訳注:角川文庫)だから。とはいっても、三巻本系統を底本とする『校本枕冊子』(田中重太郎著・古典文庫)を典拠としているところが同じ、つまり原文が同じであるというだけで、それ以外の部分は新たに見直しがされているし、現代語訳はより原文に忠実なものになっている。個人的には『枕草子』訳注本として、大好きな作品の一つ。 -
春はあけぼの、とかの良いものについて書いた段ももちろんおもしろいですが、辛口の人物評みたいな部分が最高に面白いです。
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'10,4/21 読み終わりました。長かったけど、やっぱり清少納言らしさが表れているこの作品は素晴らしい。跋文も好き。
古典マニアックスのほうでも語ろうと思います。
清少納言の作品
