風姿花伝・三道 現代語訳付き (角川ソフィア)

著者 : 世阿弥
制作 : 竹本 幹夫 
  • 角川学芸出版 (2009年9月25日発売)
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  • レビュー :14
  • Amazon.co.jp ・本 (447ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044055011

作品紹介

能の大成者、世阿弥の能楽論は、衰えることのない不変の花による、役者としての舞台の成功を求めるための理論といえる。能を演じるための実践的な内容のみならず、美の本質に迫る芸術論としての価値も高く、「まことの花」「時分の花」「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」など有名な文言も多く擁されている。あわせて、幽玄能の構造を解き明かす能作の書『三道』を収録。世阿弥の能楽論を詳しく読み解く1冊。

風姿花伝・三道 現代語訳付き (角川ソフィア)の感想・レビュー・書評

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  • 世阿弥はまったく並外れた完璧主義者であった。原初的体系というのはこの簡潔さがよい按配なのかもしれない。

    「知識は力なり」と、ある者は言った。
    世阿弥は次のように述べるだろう: 「秘匿は力なり」

  • まじめにも古文も読んで、えらい時間がかかってしまった。「三道」は、ガチな能作論だが、「風姿花伝」の方は、汎用的な演劇、芸能論、キャリア論とも捉えられるので、良かったと思う。

  • なかなか世阿弥という人は芸に厳しい人だったのだなあ、と思いました。
    ひたむきすぎて、畏れを覚えるような。

  • 図書館で借りました。
    ずっと気になっていた「風姿花伝」ですが、初めて読むこともあり、原文と現代訳がついているものを選択。
    そもそも世阿弥(原文、ちゃんと現代語に直されてます)がお芝居の事についてだんだん熱くなるのを感じ、且つ、訳者も熱い。
    「芝居とは」という論議に咲く「花」は芝居好きにはたまらない文章でした。
    この時代から「商業」と「芸」のお芝居を語っているのが凄いです。
    また、某有名な言葉(自分で使おうと思っているのでここでは書きません)は意味を知るとビジネスにも使えると思いました。
    現代にも通じる本。
    ただの芝居好きといたしましては、お芝居に関わる方がこの本を読んで下さってたらきっと現代のお芝居や映画は変わるんじゃないかな、等と思ったりしました。

    感動しすぎて改めて同本を買いました。
    「この本」にこだわる必要はきっと無いと思いますが、「風姿花伝」は一読の価値があると思いました。

  • 「秘すれば花」という言葉だけ知っていて、この前後がよくわからなかったので、ようやく読破。「秘する花を知る事。秘すれば花なり。秘せずは花なるべからずなり。この分け目を知る事、肝要の花なり。」深いなあ。
    「上手は下手の手本、下手は上手の手本」という言葉も700年近く前からあるんだ。やっぱり本はいいな〜会える事がない人とも、本を通じて話し合うことができる。世阿弥〜、いいね!

  • 言わずと知れた名作を堪能すべく購入。

    原文と現代語訳が並列であるのは、やはり良い!
    原文で、より著者の空気感を感じられるし、
    現代語訳で、より意味を的確にとらえられる。

    能について書かれたので、
    芸能や芸術分野には当然応用できるけど、
    もっと広く、仕事とは?という意味での応用ができるように感じた。

    高校で古典を学び、大学でその機会を失ってしまうだろう大学の新入生に、
    古典の味わいと、日本人としての心意気を堪能してもらうべく、
    オススメしたい一冊。

  • 研究にほんとに役立っています。
    もうボロボロになっちゃったよ!
    能楽師というカテゴリーに限定されない、
    プロの流儀を感じます。
    対訳付きで優しいので、
    ぜひぜひ能を知らない方でも読んで欲しい。
    そしてお気に入りの言葉を、
    自分の座右の銘にしたくなるような言葉を
    探してみて欲しいと思います、
    絶対みつかります(`・ω・´)

  • 世阿弥の記した能楽の古典中の古典。
    ギリシア悲劇を扱うアリストテレス『詩学』とは異なり稽古の仕方や演出の手際に至るまで書かれているのがポイントで、単なる戯曲の書き方に終始しない内容が魅力的。もちろん、『詩学』と並べて脚本や小説を書きたい場合にも向いている。他にも使い方が複数ありそうで、古典的作法とは文学・芸術に限らずどの分野でも適応できるのが発見か。

  • 世阿弥によるこの有名な、室町時代の能楽書については、かつて現代語訳を欠く岩波文庫で読んだことがある。
    現代語訳を欠くとは言え、岩波文庫版のものは詳しい校注があって、私でもなんとか大意をつかむことができたが、誤読してないかどうか自信は持てないので、やはり現代語訳のついた角川ソフィア文庫を購入した。
    能というと、CDを持っているほか、テレビで2,3編を見たことはある。もちろん、まったく詳しいとは言えないのだが、どうも現代に演じられている能と、世阿弥の時代の能とではかなり違いがあるらしい。
    この書で世阿弥が説いているのは、まずは、能の最大の基本としての「物まね」であり、つまり老人や女性を役者が演じ分けるその「写実性」であると思われる。
    その上で、各役者が観衆に「めずらし」さをもたらし、感動させていく、そこに「花」がある。
    あまりにも当然のことながら、近代ヨーロッパに端を発し明治以降の日本に輸入された「芸術」概念はここにはない。個人による「自己表現」などという視点はありえない。世阿弥の時代、能(猿楽)はかなり地位の高い者たちに見せるものであって、農民に見せることはなかったろうから、「知識人(通)」と「大衆」との対立は存在していなかった。
    世阿弥はただ、とりわけ観客の内でも主賓というべき高位の人に気に入られるよう、能を演ぜよ、と言っているだけだ。
    もともと近代(あるいは近世か?)以前の日本の「芸」には、大衆と対立する個人の葛藤と、そこから生まれる「自己表現」などというものの余地はなかった。「芸」はそこにいる(知識人レベルの層の)人びとと共に分かち合うものであり、そこで喜ばれることに意味があった。
    そのための具体的な修練の手立てが、この本にはたくさん載っている。こんにちの西洋化した日本人の考え方では、なんとなく違和感を感じる部分も多い。こんにち能に関してよく言われるところの「間」といった概念もここには存在しない。
    しかしそれゆえにこそ、「芸とは、芸術とは何か?」という根源的な問いに立ち返るきっかけにもなるだろう。
    けれども、やはり「能」についてもうちょっとよく知らないと、世阿弥がいわんとしたことをはっきり掴むことは難しいかもしれない。

  • 芸能の基本がわかる。

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