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Amazon.co.jp ・本 (448ページ) / ISBN・EAN: 9784044055011
作品紹介・あらすじ
能の大成者、世阿弥の能楽論は、衰えることのない不変の花による、役者としての舞台の成功を求めるための理論といえる。能を演じるための実践的な内容のみならず、美の本質に迫る芸術論としての価値も高く、「まことの花」「時分の花」「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」など有名な文言も多く擁されている。あわせて、幽玄能の構造を解き明かす能作の書『三道』を収録。世阿弥の能楽論を詳しく読み解く1冊。
みんなの感想まとめ
テーマは、能楽の深淵な美とその実践的な技術に関する世阿弥の理論で、特に役者としての成功を追求するための指針が示されています。難解さを感じる読者も多いものの、世阿弥が描く「勝負の神」の移動や、権力者の前...
感想・レビュー・書評
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芸術界の孫子。観客をいかに驚かせるかが花。
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能は、薪能依頼観ていないので、イメージしづらかった。所々キャッチ-な文があった。
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能という芸事の指南書というイメージだったが、書いてある内容は勿論演目の事について書いてある事もあるが、ジャンルを問わず、仕事や生き方について身の処し方として通ずるものがある。
原文と解説という分かりやすい構成なので読みやすい。 -
2023.03.23 落合陽一著『忘れる読書』からの選書
p34まで -
湯浅泰雄氏の「身体論」を読んでいた際に、仏教の修行が日本思想史に影響を残した例の一つとして「芸道論」を挙げています。その中で、「芸の稽古を修行としてとらえる」ものとして世阿弥の「花伝書(風姿花伝)を紹介していました。
その後、鎌田茂雄氏の「禅とはなにか」の中で、「稽古は強かれ、情識はなかれ(稽古はどこまでもやらなくてはならない。自分の方がうまくなろう、他人よりうまくなろうとして稽古してはいけない。それは邪道である)」という「花伝書」の序に現れている文書を読みました。
太極拳の修行をしていく中で、そもそも修行とは何だろうか、何を目指して進むべきなのだろうかと考えていた時期なので、何かのヒントになりはしないかと思い、「花伝書」読んでみたくなりました。これに先立って、「五輪の書」を読んだのですが、最終目的が相手をいかに切るか、になってしまうため、自分の進みたい方向とは違うかな、とおもってほかの考え方を探していました。
アマゾンで探してみたところ、岩波書店から出されているものと講談社から出されているものの二つがありました。今回読んだのは、講談社からの物です。
選んだ理由は単純です。講談社のには現代語訳が付いているからです。古典を古典のまま自力で読みこなすことは不可能でした。なので、現在語訳と原文を行き来しながらとりあえずどんな内容が書いてあるのかの把握をしようと試みました。
「能」という世界にしか通じない内容ではなく、修行を行っていくうえで考えたくなるような話題がいくつも埋まっていました。どんな内容があったかは、もう少し自分の頭の中が整理されてから改めてご紹介したいと思います。
大体の内容がつかめたので、この後は岩波書店の現代語訳なしのバージョンを読んでみたいと思っています。 -
第一人者による解説・現代語訳付の『風姿花伝』外。現況、之以上のものはないだろう。
芸術論として、他の芸術を志す者にも有益。 -
非常に難しい。
三辺くらい、朗読までしながら読んだけど、やっぱり難しい。理解できないところが沢山あります。
これは能のプレイヤーに向けて書かれたものなので、その種の職業についていない私が読んでも意味が分からないのは当然と言ってしまえばそれまでなのですが(笑)。
もう少し若いころに読んでおくと良かったかもしれない、と後悔しています。また、もう十年くらい経ってから読んでみたいとも思っています。
それから、現代の能は「勝負」の場ではないのですが、世阿弥の頃は権力者の前で行う「立会い」の能で「勝つ」ことが非常に重要であったらしく、いろいろと面白いことが書いてあります。
「勝負の神」があっちこっちに移動する、ということは、私なんぞがプロ野球を見ていてもなんとなく感じることです。
いま、勝負の世界に生きている方は結構いらっしゃるかと思うので、そういう方にはリアルで役立つかもしれません。一読をお勧めいたします。 -
室町時代の猿楽師である世阿弥の能楽論の本であり、「秘すれば花なり。秘さずは花なるべからずとなり。」で有名な書。
個人的は「上手は下手の手本、下手は上手の手本なり」はすべての事柄に通じる、素晴らしい言葉だと感じた。 -
1.この本を一言で表すと?
・芸の奥義を伝える本
2.よかった点を3〜5つ
・上手は下手の手本、下手は上手の手本(p121)
→何事からも学ぶ姿勢が必要。慢心自惚れを戒める言葉として素晴らしい。
・たとえ指差されて人に笑われても、そんなことは意に介さず声が無理なく出せるような調子で夜間・夜明けの稽古(p25)
→覚悟と努力が必要。この年齢の時にそれができるかどうかが人生の分かれ目。
・上がるは三十四−五までのころ、下がるは四十以来なり(p38)
→若いころに頭角を現さないといけないということ。今の自分はどうか考える。
2.参考にならなかった所(つっこみ所)
・三道の部分は能の作り方が具体的すぎてあまり頭に入らなかった
3.実践してみようとおもうこと
・なし
4.みんなで議論したいこと
・「花」とは何か?
5.全体の感想
・自分を知ること、芸を磨くこと、謙虚に学ぶこと、真摯な姿勢、どれも基本的には成功するための王道だと思いました。
・芸を磨くということは人生そのもののような印象を受けました。 -
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風姿花伝読了
松岡正剛の言うように、現代語訳は間抜けてるので、原文で読んだ
意味が通じないとこだけ、訳文を参照しつつ
秘すれば花なり。秘せずは花なるべからずとなり。この分け目を知る事、肝要の花なり。
いずれか四季折節の時の花のほかにめづらしき花のあるべき。
花と、面白きと、めづらしきと、これ三つは同じ心なり。いづれの花か散らで残るべき。散るゆゑによりて、咲く頃あればめづらしきなり。
などなど。
日本を代表する達人の秘する花をば読める時代、クールジャパンとかぬかすなら、読んでるんですよね?これくらいは? -
2010/11/19
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古典
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若さゆえにちやほやされていることを本当の実力だと勘違いすると年を重ねた時に自分の力で勝負する時に苦しむ。
時分の花、まことの花をわきまえて精進することの大切さを説く。
「秘する花を知ること」もそのとおりだ。
企業活動でも知ってしまえばどうということはないことでも、これが知られていないからこそ優位性に繋がるということが多い。
ただし、個人としての信頼を高めるためには秘匿するばかりではダメだろうから、その辺のバランスとどこまで出してどこからをボカすか、は戦略的にやるべきなんだろう。 -
まじめにも古文も読んで、えらい時間がかかってしまった。「三道」は、ガチな能作論だが、「風姿花伝」の方は、汎用的な演劇、芸能論、キャリア論とも捉えられるので、良かったと思う。
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図書館で借りました。
ずっと気になっていた「風姿花伝」ですが、初めて読むこともあり、原文と現代訳がついているものを選択。
そもそも世阿弥(原文、ちゃんと現代語に直されてます)がお芝居の事についてだんだん熱くなるのを感じ、且つ、訳者も熱い。
「芝居とは」という論議に咲く「花」は芝居好きにはたまらない文章でした。
この時代から「商業」と「芸」のお芝居を語っているのが凄いです。
また、某有名な言葉(自分で使おうと思っているのでここでは書きません)は意味を知るとビジネスにも使えると思いました。
現代にも通じる本。
ただの芝居好きといたしましては、お芝居に関わる方がこの本を読んで下さってたらきっと現代のお芝居や映画は変わるんじゃないかな、等と思ったりしました。
感動しすぎて改めて同本を買いました。
「この本」にこだわる必要はきっと無いと思いますが、「風姿花伝」は一読の価値があると思いました。 -
「秘すれば花」という言葉だけ知っていて、この前後がよくわからなかったので、ようやく読破。「秘する花を知る事。秘すれば花なり。秘せずは花なるべからずなり。この分け目を知る事、肝要の花なり。」深いなあ。
「上手は下手の手本、下手は上手の手本」という言葉も700年近く前からあるんだ。やっぱり本はいいな〜会える事がない人とも、本を通じて話し合うことができる。世阿弥〜、いいね! -
言わずと知れた名作を堪能すべく購入。
原文と現代語訳が並列であるのは、やはり良い!
原文で、より著者の空気感を感じられるし、
現代語訳で、より意味を的確にとらえられる。
能について書かれたので、
芸能や芸術分野には当然応用できるけど、
もっと広く、仕事とは?という意味での応用ができるように感じた。
高校で古典を学び、大学でその機会を失ってしまうだろう大学の新入生に、
古典の味わいと、日本人としての心意気を堪能してもらうべく、
オススメしたい一冊。 -
研究にほんとに役立っています。
もうボロボロになっちゃったよ!
能楽師というカテゴリーに限定されない、
プロの流儀を感じます。
対訳付きで優しいので、
ぜひぜひ能を知らない方でも読んで欲しい。
そしてお気に入りの言葉を、
自分の座右の銘にしたくなるような言葉を
探してみて欲しいと思います、
絶対みつかります(`・ω・´) -
世阿弥の記した能楽の古典中の古典。
ギリシア悲劇を扱うアリストテレス『詩学』とは異なり稽古の仕方や演出の手際に至るまで書かれているのがポイントで、単なる戯曲の書き方に終始しない内容が魅力的。もちろん、『詩学』と並べて脚本や小説を書きたい場合にも向いている。他にも使い方が複数ありそうで、古典的作法とは文学・芸術に限らずどの分野でも適応できるのが発見か。
世阿弥の作品
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