脳死臓器移植は正しいか (角川ソフィア文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044070014

感想・レビュー・書評

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  • 脳死・臓器移植反対の立場を旗幟鮮明に掲げた本です。

    立花隆の脳死に関する本をいくつか読んで、脳をアイデンティティの座とみなす立場から、その機能が完全に解明されていないうちは器質死をもって脳死と判断するべきだという主張に共感を覚えていたのですが、本書ではその立花の説に対する批判がなされています。著者が批判するのは、自己同一性が崩壊するのは機能死でも同じだということと、さらには心臓死でも自己同一性が崩壊するのであり、脳の器質死をもって人間の死とすることにこだわる理由はないはずだ、というものです。

    立花の考えている「アイデンティティ」は、臨死体験のような証言に基づいていることもあって、かなり高次の内的意識の状態を意味しているようにも取れるので、著者のような反論が出てくるのも理解できますが、じっさいにはそこまで明瞭な内的意識の存在を想定しなくてもよいのではないかという気がします。

    とはいえ、著者の批判に納得させられたところもあります。立花は『脳死臨調批判』(中公文庫)の第2章で、脳をアイデンティティの座とみなす立場から、心臓死をもって死とすることに疑問を持っていると表明しているのですが、これは脳死判定の問題を超えて、一般に人の死とは何かという問いに答えようとしているように思われます。これは、確かに「科学主義」の勇み足という気がします。

    そのほか、非常に説得力を感じたのは、脳死・臓器移植は大量生産が不可能であり、社会的弱者はドナーにはなれてもレシピエントにはなれないという、本質的欠陥を持っているという指摘です。これは、技術革新によって改善されるという問題ではないので、人間は原則的に平等だという公準に基づく民主主義社会にそぐわない発想だという気がします。

  • 筆者らしい断定的口調で説かれるから、合わないと思う人には合わないかもしれない。でも自分的には概ね賛同できるような内容でした。医療の特殊性を考えると、民主主義の原理はなかなか相容れない部分がどうしても出てくると思うけど、この分野は確かに、その最たるものかもしれない。善行ではなく愚行と断じているのも、ならではの面白い視点と思いました。

  • 共同図書 490.154/I32

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著者プロフィール

1947年生。生物学者。早稲田大学国際教養学部教授。構造主義生物学の立場から科学論、社会評論等の執筆も行う。カミキリムシの収集家としても知られる。『ほんとうの環境白書』『不思議な生き物』『オスは生きてるムダなのか』『生物にとって時間とは何か』『初歩から学ぶ生物学』『やがて消えゆく我が身なら』など著書多数。

「2018年 『いい加減くらいが丁度いい』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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