空海「三教指帰」―ビギナーズ日本の思想 (角川ソフィア文庫)

制作 : 加藤 純隆  加藤 精一 
  • 角川学芸出版
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  • レビュー :15
  • Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044072025

作品紹介・あらすじ

日本に真言密教をもたらした空海が、渡唐前の青年時代に著した名著。放蕩息子を改心させようと、儒者・道士・仏教者がそれぞれ説得するが、息子を納得させたのは仏教者だった。空海はここで人生の目的という視点から儒教・道教・仏教の三つの教えを比較する。それぞれの特徴を明らかにしながら、自分の進むべき道をはっきりと打ち出していく青年空海の意気込みが全編に溢れ、空海にとって生きるとは何かが熱く説かれている。

感想・レビュー・書評

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  • 加藤精一氏の祖父が訳註した「三教指帰(さんごうしいき)」を断念しこちらに避難。解りやすい!の一言。読後に祖父版に戻ったらすんなり意味が入ってきた。道教、儒教、大乗仏教の根部分から修得していると思われる中、24歳の空海を垣間見た一文。「進むと退くの両の間に嘆息し苦悶し続けています」。尚、後半に訓み下し文「進・退・両つの間、何ぞ歎息することの夥しき。」も掲載。最後の空海略伝も非常に参考になった。書の中で空海が称賛していた書家メモ。鍾繇(しょうよう)、張芝(ちょうし)、王羲之父子、欧陽詢父子。

  • 「はじめに」から引用しますと、法律や道徳だけでは十分でないなにかと信じ込んでみても空しいとすればどうすればよいのというのか、かぞえ24歳の空海は、大乗仏教の精神に活路を見出したのである。
    <略>
    健全な宗教は爽やかなものでなければならない、まさに泥水から頭を出して花開いた純白の蓮の花の如きものでならない。「三教指帰」にはこの爽やかさが感じられる。
    私たちは、この純粋な一青年の、いつわらない心の推移とようやく求め得た大目的とを、すなおに受けとめてみようではないか。
    となっておりまして、中身ですが
    序章 この書物を書いた理由
    第1章 亀気先生の主張
    第2章 虚亡隠士の主張
    第3章 仮名虎児の主知
    弘法大師空海略伝
    となっています。
    大乗仏教こそ真理であると信じた若き空海が、儒教、道教の仏教に比してたらない部分を語っています。
    読み終えて、空海にまつわる「因縁」というものを思ってしまいました。叔父から教わった徹底的な現世における人の倫の学問、そして唐に渡り、劇的な恵果との出逢い、そして、帰国後の嵯峨天皇との出逢い、また、ライバル?最澄の存在、等々。
    空海が保持していた本源的なポテンシャル、そして、努力、その結果として、後世の人間も空海から時空を超えた悟りに触れさせていただいているわけです。
    人間、一生、菩薩の道を歩むわけですが、原初(おおむかし)からいまにいたるまで初めというものもない六道をめぐる最中の私ですが、必ずや仏陀の後継者たる弥勒菩薩の教えに巡り合えることを信じて、日々、心して暮らしたいと思いました。

  • 空海が若干24歳にして記した宗教本。当時の言わば"不良"とも言える蛭牙公子を改心させるため、釈尊の仏教、老子の道教、孔子の儒教それぞれの教えを仮名乞児、虚妄隠士、亀毛先生の三名に語らせるという形式を取る。最終的に加名乞児の語る仏教に軍配を上げ、以って仏教の素晴らしさを説くという内容。
    これがなんと千年以上も前に書かれたというから驚きだ。本書には原文も付されているが(読んでないけど)、現代語訳がとても自然なので、この現代語訳だけ読むとあまり違和感を感じないところに一番感銘を受けた。古典というと言葉だったり漢文調だったりその文章形態によって近づき難いものだという印象を受けるが、現代の言葉で読むと結局人間が追い求めるものやその本質的な部分は変わっていないということがよく分かる。まぁ感心するところが少し違うかもしれないけれど。

  • 空海さん。すごい。勉強になりました。

  • 「儒教」の亀毛先生の主張。
    人間は動物のように本能に偏った生活をしてはいけない。
    口を慎み、孝を実践しなさい。
    学問の道や政治の道でもしっかりしなさい。
    善い連れ合いを持つべきです。

    その上を行くという、「道教」の虚亡隠士(きょぶいんじ)の主張。
    彼はわざと愚か者のふりをしていた。
    彼は仙人の道を説く。
    万物を生成し育むもののの差別のなさを説く。
    道教を伝えるには人を選ぶ。
    仙人の優れた境遇、秘術について。
    そして、世俗への批判。

    そして、最後に、「大乗仏教」の仮名乞児(かめいこつじ)が現れ、前者の二人を諌める。
    それは孔子の道も、道教の道にも通じるものである。
    二人とも、「自分こそが正しい、一番だと思って、この世だけの弁論を戦わせている」と。
    仏教は全体の真理であり、儒教、道教は仏教の一部分と、彼は説く。孔子も老子も仏陀の弟子の生まれ変わりである、と。
    そして、肉体、五蘊の虚しさ、無常の理、
    そして死後の逃れられない地獄の苦しみの世界をありありと説き、人々を恐れさせる。そこには神仙もなければ、金銭や名誉も意味を為さない。
    宇宙の成立や破滅までの、人間の考えも及ばないような仏の世界に両者ともうなだれる。
    仏陀の一切衆生を救わんとする偉大なる慈悲、真理と主体が一体になった世界を示す。

    若き日の、命がけの猛勉強をした若き日の空海が書いた最古の戯曲とも呼ばれている。
    実に空海は偉大だと思った。

    乞児の説く仏のスケールの偉大さは、現代でも変わることのない宇宙観だろう。
    道をいちずに求めた挙句、儒教や道教を仏教に取りこんでしまうあたりなど、空海らしさというか、まあ。

  • 空海が24歳の時に書き記したとされる書。ですから空海の思想のすべてが述べられているわけではありません。ですが、原点はここ。そしておそらくはそれほどぶれることなく空海の思想を完成させていったと思われます。
    また、空海の学びに対する真摯で強烈な想いも伝わってきます。これに比べれば現代の受験戦争など、、、と思うはず。

    結果的に儒教や道教の批判になっているので、その道を信じる方々には不満もあろうかと思います。一般的な意味での処世術、現実社会を生きていく上では儒教のほうが有効性が高いとも考えられてますから。
    ただ、もし読む機会があるのなら、大乗仏教のスケールの大きさを感じてほしいと思います。目先のことで悩んでいることがばかばかしくなりと思うます。

  • 72点。「文の起り、必ず由あり。〜(中略)〜勒して三巻と成して名づけて『三教指帰』と曰う。唯、憤懣の逸気を写せり。誰れか他家の披覧を望まん。」と24歳の空海がどうにもこうにもやみがたい気持ちで仏道に身を捧げる所信を記した、三幕一場構成の戯曲。
    自由気ままな生活をしている青年のところに儒教の先生、道教の先生がやってきてそれぞれの教えを説いてるところに、仏教(モデルは本人)の先生がちょまてよ。いやおまえらさ…と大乗仏教の広さと深さを説き、「はい、おまえら全員論破。」で大団円。みな合唱。で幕。。
    儒教や道教は仏教と比べると何と一面的でうわべの教えなんでしょう、ガックシ。と恥じ、哀しみまたは笑い…。そこまで言わんでいいだろうと。
    現実的な処世術としては仏教より他が勝ることだってあるのは間違いないし、要は視座の問題。
    しかし大乗仏教の凄さはそのスケール。「所詮人間の言うこと」くらいに風呂敷ひろげられたら、「やっぱ見てるとこちげーわ」ってなんでも許せちゃうかもなあ。

  • 空海が24歳の時に書き記した戯曲。儒教、道教、仏教の教えの本質を描き、三者を比較して、自分が進むべき道は仏教にあることを看破し、己の志を指し示した。そして、この書を書き記して以降、空海は仏教の道を邁進することになる。

  • 空海24歳の時の書。
     書き下しで著者の余計な訳はないのでたぶん貴重な本。  
     儒教、道教、仏教の特徴を教えてくれます。

  • こなれた訳語が素晴らしい。空海初心者の私にもさくさく読めた。思想を立体的に位置づけて行くお仕事の先駆けにして、空海さん自身の求道の履歴でもあるのでしょう。直接影響があったかどうかは分かりませんが、親鸞聖人の化身土文類の仕事もこういう仕事の延長にあると思います。

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