梁塵秘抄 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)

著者 :
制作 : 植木 朝子 
  • KADOKAWA
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本棚登録 : 132
感想 : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (194ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044072094

作品紹介・あらすじ

平清盛や源頼朝を翻弄する一方、大の歌謡好きだった後白河院が、その面白さを後世に伝えるために編集した歌謡集。代表的な作品を選び、現代語訳して解説を付記。中世の人々を魅了した歌謡を味わう入門書。

感想・レビュー・書評

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  • 後白河院の夢中になった今様を集めた作品。
    乱世を生き抜いていく中で必ず荒んだ心が芽生えてしまうだろうがそんな時に支えとなるのがこの今様だったのだと思う。
    自分が特に気に入った歌としては、

    熊野へ参らむと思へど 徒歩より参れば道遠し 優れて山厳し 馬にて参れば苦行ならず 空より参らむ 羽たべ 若王子

    という歌である。
    この歌は熊野に参ろうとしたけれど歩きは道が遠い、けれど馬では苦行にならない。
    じゃあその間をとって空を飛んで参詣しよう。という歌である。
    現実感のある二つのものの間に飛ぶという現実味のないものを位置付けている。
    肉体に負荷がかかる空を飛ぶことを馬で参詣するより負担がかかるという発想がとても好きである。
    現実感のなさもあって、自ら飛ぶことのほうが楽だと勝手に思ってしまう自分がいたが、肉体にどれだけ負荷がかかるかという観点で見たら確かに飛ぶほうが大変なようにも思えた。
    常識を覆すようなこの歌に心を奪われた。

  • お堅い文学作品感が全くなく、軽くて汚くて面白かった。後白河院は覚えることが多すぎて受験期は嫌いだったが、いいひとなのかもしれない。梁塵秘抄口伝のほうはあんまだった。

  • 梁塵秘抄から、代表的な歌を集めたアンソロジー。
    解説から、詞章の訳だけでなく、需要のされ方、歌い替えなどのパフォーマンスの様態などのことも知ることができる。

    恥ずかしながら、いくつかの有名なもの以外、この作品のついても、今様という芸能についても全く知らなかった。
    あの、舞へ舞へ蝸牛の歌。
    長年、どういう状態のことを言っているのか疑問だった。
    舞ふとは、角を出したり引っ込めたりするのをいうそうで。
    いやはや、こんなことさえ知らなかったのだ。

    巻末の後白河院による口伝も興味深かった。
    若いころから昼も夜も歌い、喉が腫れてものが飲み込めなくなるほどだったそうだ。
    傀儡の乙前を師と仰ぎ、六十過ぎるまで歌い続けた。
    そして、生涯かけて身につけた芸が、声の芸ゆえに死んだら無に帰すことが悔しくて仕方がなく思っている。
    あの、怪物のような人物の、単なる酔狂と思ってきた今様への情熱が、こんなにも一途なものだったとは。

    この本のおかげで、色々な意味で、自分の見方を変えることができた。

  • ビギナーズクラシックのシリーズなので収録されている今様の数は少なめ。初学者の背景理解の伴う鑑賞にはもってこい。

  • 現代の皇族の方々も、それぞれのジャンルで研究を行って論文を発表なさっているが、後白河院の場合はその対象が今様だったのだなと。
    どんな歌い手からも(身分が低い人からも)熱心に教えを請い、声が出なくなるまで歌い、更に、普通なら歴史の隙間に埋もれてしまっていたような当時の流行歌を千年後まで伝えたとあらばもう、誰も「今様狂い」とは呼べないであろう。
    また、『梁塵秘抄』というタイトルは、梁の上の塵が美声の持ち主による歌声の響きで舞い上がって、三日間とまらなかったという中国の故事に由来するというが、今様そのものも、歌い手がいなくなり、その音はもう永遠に消えてしまって二度と同じものは甦らないという点で、正に梁の上の塵のようだと思った。
    このことは、院自身も『梁塵秘抄口伝集』の中で、「こゑわざ(声技=歌い方)の悲しきことは、我が身隠れぬるのち、とどまることのなきなり。」と嘆いておられるが、本当にその通りで悲しく惜しいことだと思う。

  • 最近、「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ」という歌が、脳内でリピートされている。

    ということで、その出典の「梁塵秘抄」を読んでみることに。

    梁塵秘抄は、当時の流行歌ともいうべき「今様」を集めたもの。今様は、いわゆる流行りもので、和歌と比べると、シンプルで、芸術性は低いのかもしれないけど、庶民というか、人間の根源的な感情をストレートに表現しているものが多くて、共感できるものが多いですね。仏教的な救済をせつに求める気持ちとか、子を思う親の気持ちとか、ぐっとくるな。

    たとえば、

    「わが子は十余になりぬらん 巫してこそ歩くなれ 田子の浦に潮踏むといかに海人集ふらん 正しとて 問はずみぶるらん いとほしや」

    「わが子は二十になりぬらん 博打してこそ歩くなれ 国々の博党に さすがに子なれば憎かなし 負かいたまふな 王子の住吉西宮」

    という2首は、自分の子どもが、巫女になったり、博打打ちになったりして、漂白して、どこでなにをしている分からないなか、つらい思いをしていないだろうか、と思う気持ちを読んだ歌で、とても切なく、胸を打たれました。

    と素晴らしい作品集なのだが、和歌はのこったのだけど、今様は、衰退して忘れ去られ、梁塵秘抄も歴史のなかに埋もれてしまっていたそうだ。それが明治時代に本が一部発見されて、日本の近代文学に大きな影響を与えたらしい。

    というのも、とても面白いことだな、と思う。

    この本は、ビギナーズということで、とても分かりやすい現代語訳と解説がついているので、だれでも安心して読めると思う。

    推薦です。

  • 舞え舞えかたつむり、から入ったけど、そのフレーズがファンタジーというか、幼い頃の懐かしさというか、そんな世界を思い出させられて好き。宗教なんかキチガイのやることだと思ってたけど、のめり込む人の気持ちも少し分かった

  • 平安時代の流行歌「今様」を後白河院が編纂した作品、梁塵秘抄。
    たぶん一番有名な「遊びをせんとや」から興味を持ち、法文歌が読んでみたくて手に取った。ビギナーズクラシックスは気軽に読めて、その頃の雰囲気が感じられるのがうれしいです。

    鵜飼いに同情する歌が印象的だった。
    食糧供給も安定せず、病気を治すのも難しい時代のこと。庶民も貴族もただ暮らしているだけで、生きることの罪深さや過酷さを感じずにいられなかったのだろう。
    だからこそ仏への祈りは身近だったし、不憫な人々の暮らしを他人事だとは思えなかったのだと思う。

    少し豊かになっただけで、今だって本質はそんなに変わらない。
    便利な暮らしに麻痺せず、生きることの喜びや悲しみを感じたい。

    身分を問わず、今様の名手を手厚く迎えた後白河院。
    好きなものを楽しみ、究める人っていつの時代も素敵だ。

  • 何故かタイトル的にもっと堅い内容だと信じこんでいたんですが(仏教説話集のような)、全然違って今様の歌詞を集めた本でした。その時流行っていた歌を集めて歌詞を載っけてみたよ的な。今でいうなら…歌詞検索サイトのような感じでしょうか。

    そして内容は。…時代がどれだけ移り変わろうとも人の考えることって変わらないんだな、と良くも悪くも実感しました。
    1番有名な歌は

    遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん
    遊ぶ子どもの声聞けば わが身さえこそ揺るがるれ

    でしょうか。歌ったのは遊女という説もあり。そう考えると歌詞の印象も変わりますね。
    あと平家物語の祇王の有名な歌の元歌発見して嬉しかったり。

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