大事なものは見えにくい (角川ソフィア文庫)

  • 角川学芸出版 (2012年11月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784044075033

作品紹介・あらすじ

ひとは他者とのインターディペンデンス(相互依存)でなりたっている。「わたし」の生も死も、在ることの理由も、そのつながりのなかにある。核家族化で社会に包摂される「家族」、コミュニケーションの非在と「わたしたち」の居場所。確かなことは何もわからない、価値の遠近法が崩れた現代社会のなかで、日常の隙間に生じる違和感を育て、答えの見えない「問い」と向き合いつづける。

みんなの感想まとめ

他者とのつながりや相互依存の重要性を考察する作品で、現代社会における存在の意味を問い直します。読者は、自己の価値観を見つめ直し、社会の変化に対する責任を感じることができる内容に引き込まれます。哲学的な...

感想・レビュー・書評

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  • ・様々なテーマから、「表層」への享楽が浮かび上がる

    哲学教師の職を得た三十代には、ひとが科学の基礎づけなどという「重い」仕事をやっているときに、顔や皮膚というもっとも表層的な主題に没頭した。そのあと、二十世紀の思想史から消え、だれも見向きもしない二つのテーマ、所有と幸福の問題に取り組んだ。  こだわる対象は刻々と変わってきたけれど、こだわりそのものは全然変わっていない。が、そのかたちには心なしかうらぶれたところがないではない。そう、洗い場の使い古したスポンジのように。
    >>>本書、p214

    この部分で出てくる、「表層」が、ケアや政治の言説、デザインからファッション、ブランド、果ては教員としての試験との向き合い方や恋愛にまで、その語りの紡ぎ方を決めていたように思う。

    これは、千葉雅也『勉強の哲学』で語られていたところの「享楽」、つまり偶然の出会いの痕跡として反復されるテーマであり好き嫌いの基準であると感じた。

    こういった享楽があることで、多くの人が見逃してしまうであろうキザなイタリア野郎の仕草からも哲学が紡がれる

    >>>

    空を向いて、イタリアらしいまぶしいばかりの陽射しを久しぶりに顔いっぱいに浴びるはずが、ふと、ひとりの男に眼を奪われてしまった。顔にではない。支配人のくせに仕事は店員にまかせ、壁にもたれたり、外の風景をぼんやり見つめたり、下を歩いているらしい顔見知りに手を振ったり……。きざなのである。が、優美なのである。そのぶらぶら歩き、しどけなさが。

    (中略)

    ふと、家の犬のことをおもった。離れにつながる通路のところで、犬がお座りをして、じっと庭を眺めている。その姿が妙に高貴に見えるのである。そうか、イタリア野郎もそうだったが、人間的であるという以上に、動物的であるということのその先にこそ高貴さが漂うのではないか。  フランス語のコスメティックが、コスミックから(英語ならコスメティックスがコズミックから)きていることをご存じだろうか。化粧はもともと宇宙へのご挨拶といった意味をもっていて、あのきらびやかな色に染め上げられた鳥や花に対抗するかのように、空や土に溶け込むかのように、あるいはもっと激しく、しばしのあいだ獣や鳥に変身しようとして、からだに色を塗り、皮膚を刻み、羽根を身につける……。ところがいまの化粧ときたらどうだろう。視線は宇宙ではなく、社会に、他のひとびとに向いている。そしてひとびとのあいだでじぶんがどんなふうに映るか、じぶんの存在をもっと「上等」に見せるにはどう装ったらいいか、つまりそのためのセルフ・イメージの演出や微調整にかまけている。みすぼらしいコスメティックである。  動物的であるというのは、社会よりも宇宙に感応するということなのかもしれない。その微細な気配の変化に感覚を研ぎ澄ませているということ。平原にひとりたたずむ鹿の、あの、ぴぴっと動く耳のように。

    >>>p178

    イタリア野郎から、動物的であることや化粧へ飛躍する足場としての「表層」という享楽。あるいは、『フローとストック』の枠組みで言えば、単に「イタリア野郎」とラベリングすることで常識的=具体的ストックとして処理するのではなく、特異な一例=具体的フローとして世界を解釈しなおし楽しむための表層の哲学という弛緩剤。

    エッセイは平易な言葉で語られるからこそ、哲学者が書いていても人間らしい部分が浮き立つのだなと思った。


  • ケアする側の職業に就いている一人として、身の引き締まる思いというか、自分の価値観を読みながらまた再構築していくような気持ちだった。全体的に批判が多いような気がしたが、腑に落ちる部分もあり。この人の考えに全て納得するわけではないが、「これからの日本、どうなるのかなあ、自分たちが少しずつ変えていかなければいけないんだよなあ」と読んでて思わされる文章が多かった。

  • 「実績をあげてから、モノを言え」
    職場の上司に、こう言われたことがあります。

    それ以上、何かを話したい気持ちになれず。
    上司の話を、適度に聞いて流してしまいました。

    実績って、何だろう?
    売り上げ?
    企画立案の数?
    たしかに、数字で示せる実績は、大事。

    でも、
    正直なところ、私は、「実績をあげる」という目標に、あまり気持ちが燃えない。
    どこか、冷めて見ています。
    そういう姿勢を見透かされているから、「実績あげてから、モノを言え」と、言われてしまうのかなぁ…。

    私の話は、愚痴や文句のように受け取られたのかな? と思い、
    少し、凹みました。

    最近、読んでいる鷲田清一さんの著書「大事なものは見えにくい」の中に、
    次のようなことが書かれてありました。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    何をするわけではないが、
    じっとそばにいるということがもつ力を評価することを
    私たちの社会は忘れている。

    例えば、昨今、いろいろな機関で義務付けられている「評価制度」。

    そこでは、どんな計画を立て、それがどれほど達成されたかばかりが問われ、
    どれだけじっと待ったとか、
    どれだけじっくり見守ったかなどということは
    評価の対象にはならない。

    評価されるのはアクティブなこと、
    つまり、何をしたかという行動実績ばかり。

    パッシブなこと、
    あえて何もしないで、ひたすら待つという受動的なふるまいに注目されることは
    およそない。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    営利企業であれば、売り上げをあげなければ継続が難しいし、
    社員が何もしないでは成り立たないと思います。

    でも、アクティブなことばかりを評価していると、
    上面だけのぎすぎすした組織になりそうです。

    それは、結局、めぐりめぐって、組織の発展にはならないと思うんだけど…。
    私が言っても、説得力ないかな。

    そもそも、人と人を比べて評価する(される)方法が好きではないので、
    会社という組織は、ちょっと窮屈なのかもしれません。

  • 哲学者、鷲田清一さんのエッセイ集。
    わたしは「いない」より「いる」ほうが本当に良かったの…60歳近くまて生きてきて、この問いからわたしはまだ放たれていない。いまは、じぶんの存在をそのまま肯定することが難しい時代なのだと思う。
    最初の方だけでも一読の価値ありです。
    別書『岐路の前に立つ君たちへ』もオススメです。

  • 本書は、哲学者であり2007年から2011年の間に大阪大学総長を務めた鷲田清一氏の短篇エッセイ集です。初出はおおよそ2002年から2008年の間での、北海道新聞や京都新聞への寄稿です。

    本書と出会ったのは、日能研でした。鷲田氏のエッセイが、2015年の開成中学の入試に出たのです。

    【書評】『大事なものは見えにくい』 : なおきのブログ
    http://naokis.doorblog.jp/archives/importance_is_invisible.html
    学校と大人、学校と社会との関係再構築〜『 大事なものは見えにくい』より : なおきのブログ
    http://naokis.doorblog.jp/archives/relation_of_school_and_society.html

    <目次>
    -? 問い
    -? 行ない
    -? 間合い
    -? 違い
    -? 養い
    -? 囲い
    -? 佇まい
    -? 迷い
    -初出一覧
    -あとがき
    -文庫版あとがき


    2017.06.25 日能研で。開成中学2015年試験に出題される。
    2018.03.26 読書開始
    2018.04.02 読了
    2018.07.01 2018年度第2四半期ベストスリーの選出

  • 哲学書。自分とは何か、死とは何か、今の教育とは、言葉とは、など、じっくり物事を考え直す機会を与えてくれる本。水筒の話が好きだった。

  • 生きていく上で、ともすれば忘れがちになる大切なことを、珠玉の言葉で教えてもらえる。

  • 大事なものが見えて来た♪

  • 『噛み切れない想い』と全く同書。

  • 鷲田清一の単独著書を読むのは本書が初めて。
    臨床哲学を標榜するだけあって、日常にマッチした柔らかな語り口で鋭い視点を投げかけてくれる。

  • 【再読】 
     色々な見えないものを”再”確認出来たような気がする。
    見えないが大切なものがあると分かっただけでも・・・
    成熟とは齢とは関係ない・・・
     
    著者が鷲田 清一(きよかず)・・・
    前に読み終えたのが 水口 清一・・・
     日本柔道連盟の会長 (上村 春樹氏)ほどではなかったが・・・

    内容については、かなり面白いと思った。

  • 鷲田先生の哲学書は面白いです。初心者の私でもすんなり入り込める。
    たこ八郎さんのお墓には、このような言葉が刻まれているそうです。
    「めいわくかけて ありがとう」
    鷲田先生は問います。どうして、「ごめん」でなはく「ありがとう」なのかと。
    そして提起します。
    ここで「ありがとう」が意味するものが、『ケア論のコア』につながるのではないかと。
    ――― 深いですね。

  • 鷲田清一さんの最新刊。『噛みきれない思い』の文庫版です。
    本書を読んで思ったけど、やっぱり、自分はこのひとが考えているようなことを考えるのが好きなんやなあと。
    やさしくて、深くて、思考を促される。いつの間にか「うん、そうやんな」って頷いてしまうような、そんな感覚。
    むずかしい部分もあるけど、鷲田さんの著作のなかではいちばん好きかな。やっぱり、鷲田さんはエッセイやなあ。
    文庫版のあとがきで書かれている、エッセイ『むこうも降っとる』はほんまに書かれるんやろうか…?ひそかに楽しみにしておこう。

  • 2022. 熊本保健科学大学 保健科学部 リハビリテーション学科 言語聴覚学専攻 小論文
    2023. 慶応義塾大学 看護医療学部 看護学科 小論文
    2024. 獨協医科大学 医学部 医学科 小論文(2次)

  • 2022. 熊本保健科学大学 保健科学部 リハビリテーション学科 言語聴覚学専攻 小論文
    2023. 慶応義塾大学 看護医療学部 看護学科 小論文
    2024. 獨協医科大学 医学部 医学科 小論文(2次)

  • 104/ワ/

  • 哲学エッセイというほどではなく、普通のエッセイ。わりと常識的な話に終始している感じがして、やや残念。(2013.11)

  • 高校の頃に知ってから度々読んでる鷲田清一さんのエッセイ集 『間合い』『違い』の章が特に楽しかった 所々当たり前に進められる論理に?となることがあっだけど多分それは世代による価値観の違いか自分の教養が足りないんだろうなって思いながら読み進めた 身近にこんな堅苦しいおじさんがいたらたまに会いたくなるんだろうな

  • すごく久しぶりに再読
    つらつらと書かれたエッセイ集
    一つ一つの文章は短いので、一つの主題をそこまで掘り下げない
    さらりと読めてしまう
    考えることの取っかかり集といったかんじ

  • f.2013/7/2
    p.2013/3/27

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著者プロフィール

鷲田清一(わしだ・きよかず) 1949年生まれ。哲学者。

「2020年 『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

鷲田清一の作品

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