漢文脈と近代日本 (角川ソフィア文庫)

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  • KADOKAWA/角川学芸出版
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本棚登録 : 54
レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (252ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044081089

作品紹介・あらすじ

漢文は言文一致以降、衰えたのか、日本文化の基盤として生き続けているのか――。古い文体としてではなく、現代に活かす古典の知恵だけでもない、「もう一つのことばの世界」として漢文脈を捉え直す。

感想・レビュー・書評

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  •  この世を把握しこの世を構築したいと漢文に意味を求めて訓読の技法を生み、読みは読み手に委ねられ地域により時代により字音の異なる書記言語漢文と対峙して感覚の型を磨き思考の型を整え、文体を模倣し、素読し、音調が整うよう訓読文を工夫し、日常語と異なるリズムにみずからを委ね、世を嘆く自己を規定しみずからを啓蒙し、情感をもってこの世の詩を詠う。

    『なぜなら、私たちが立っているのは、漢文脈の秩序の外側に開拓された領野だからであり、それは、漢文脈的でないものを目指して開拓されたはずだからです。極端に言えば、漢文脈とは、いったんは捨てたはずのものです。そうであるならば、なぜ捨てたのか、それを捨てた私たちとは何であったのか、目を向けないわけにはいきません。』245頁

  • 以前から読みたくてならなかった本。
    この度文庫での再版となり、めでたく入手。
    今年の読み終わりがこの本でよかった。

    さて、本書は、日本の近代に、漢文的なるものが果たした役割を明晰に描き出している。
    そのアウトラインを、ここで再現してみようか。
    それほど明晰に図式が描けるのだ。

    漢詩漢文に対して、朱子学の官学化に伴い、漢文訓読文が広がる素地が準備される。
    規範的な訓読法が全国の学習者に広まっていくからだ。
    この訓読文は、やがて明治新政府の法律や政治のことば、西洋から入ってくる新しい学問を翻訳することばとなる。
    訓読文が公的なもの、実利性と結びつくようになった反動で、漢詩文が閑雅や感傷の器として、文人的な価値観を帯びたものになる。
    鴎外の「舞姫」が、漢文訓読体でなく、雅文体で書かれたのは、こうした運動と軌を一にする、という説明に深く納得。

    漢文訓読体は脱漢文脈、言文一致体は反漢文。
    荷風や漱石は西洋を梃子に、漢文脈の外へ出て、それと格闘した作家。一方、一世代後の谷崎にとっては、漢文脈は素材として断片化できるものになっていた―このあたりは本当に世代論のようには語れないところなので、もやっとした感じが残る。
    漢文脈から日本近代文学を見るとどうなるのか、もっと本格的に語ってほしい。

  • 文体が思考の枠組みを形作るという視点に立って、近代日本の漢文脈テキストの文体の変容から、時代人の思考の枠組みの変化の関係をとらえようとする本。多少長かったものの、面白かった。

  • ・ 明治の所謂文豪に関して何となく思つてゐること、それは漢文の素養があるといふことである。具体的に説明できないまでも、その作品から漠然と漢文の素養と 言つたり思つたりしてきた。私にはまともにそれが説明できないのである。ところが、これを具体的に説明してゐる書があつた。斎藤稀史「漢文脈と近代日本」(角川文庫)で ある。おもしろい。蒙を啓くとはかういふことなのであらうと思ふ。「この本は、近代日本のことばの空間を漢文脈という視点から考えることを主眼とします。」(「はじめに」11頁)「近代日本という時空間は、文体にしても思考にしても、漢文脈に支えられた世界を基盤に成立すると同時に、そこからの離脱、 あるいは、解体と組み換えによって、時代の生命を維持しつづけようとしました。」(同前13頁)そこで、本書でそれを具体的に見ていかうといふわけであ る。
    ・北村透谷「漫罵」、教科書にも載る有名な文章、「一夕友と与に歩して銀街を過ぎ、木挽町に入らんとす、第二橋辺に至れば都城の繁熱漸く薄らぎ、家々の燭影水に落ちて、はじめて詩興生ず。」と始まる文章は本書で扱ふ典型的な漢文訓読調の文章であらう。こんなのは私達には書けない。かういふ語彙 も、かういふ文体を操る術もない。そこで、私はこれを漢文の素養といふのだが、これでは説明にならない。そこを本書は説明する。ただし、これはさう簡単に できるものではない。単純に、素読に長けてゐるとかと言つてすむものではないからである。最重要キーワードは士人、士大夫であらうか。近世日本に於いては 武士階級である。例の昌平黌や藩校もこれに関係してをり、それは更に「修身・斉家・治国・平天下」といふ有名な条目に至る。つまり、素養といつたところ で、それは決して農、工、商のものではない。あくまで士の素養であり、その「学問は士族が身を立てるために必須の条件とな」(33頁)つてゐた。だからこ そ、「天下国家を論じる文体」「慷慨する幕末の志士」などといふ見出しも出てくるのである。私は、漢文の素養と言ふ時、何となく一般庶民のものではない、 たぶん武士に属するものであらうと思つてゐた。しかし、かういふきつちりとした流れの中にあるとは考へなかつた。まして「漢文で読み書きすることは、道理 と天下を背負ってしまうことでもあった」(34~35頁)などといふことであるとは。透谷の「漫罵」も当然この中に位置するのであらう。「爰に於て、われ 憮然として歎ず、今の時代に沈厳高調なる詩歌なきは之を以てにあらずや。(原文改行)今の 時代は物質的の革命によりて、その精神を奪はれつゝあるなり。」この一文は透谷が没落武士の子として生まれたからこその文体と慷慨であらうか。あるいは、 単なる浪漫詩人の感慨であらうか。たぶん、これは透谷流の悲憤慷慨であり、天下国家を論じる文章なのである。この時代の人々には、わざわざ鷗外を出すまで もなく、このやうな知識と技が身に染みついてゐたのである。鷗外や漱石が優れてゐるのではない。この時代の士であれば、知識の多少、技術の拙劣はあつても、誰もがこのやうな文章を扱ふ術を心得てゐたのである。逆に言ふと、「石炭をば早や積み果てつ。」と始まる鷗外の「舞姫」は、「その基調が『感傷』にあることをより効果的に示すために、言文一致体でもなく、『普通文』たる訓読体でもない文体を採用」(228頁)したのであつた。さう、これから知れる如く、近世から近代初期にかけては、漢文訓読体=普通文なのである。これもまた私には考へられないことであつた。「士人的エトス、あるいは士人意識」(31 頁)とある。これが漢文脈の命であらう。

  •  中国の士大夫や明治時代の知識人たちの「士人」としての精神性を主軸に、士人と対比される文人との差異を踏まえて漢文脈が近代文学へどう展開していったのか解りやすい。
     漢文脈の一部を切り取ったものとしてまとめられているが、終章では他にもあるだろう例として「漢文脈における仏道そして禅という問題」が挙げられていて、そちらの本もいつか出版されることがあったら機会をとらえて読んでみたい。

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著者プロフィール

一九六三年生まれ
京都大学大学院文学研究科博士課程中退
京都大学人文科学研究所助手、奈良女子大学文学部助教授、
国文学研究資料館文献資料部助教授を経て
現在 東京大学大学院総合文化研究科准教授

[主要著書]
『漢文脈の近代―清末=明治の文学圏』(名古屋大学出版会、二〇〇五)、
『日本を意識する―東大駒場連続講義』(編著、講談社選書メチエ、二〇〇五)、
『漢文脈と近代日本―もう一つのことばの世界』(日本放送出版協会、二〇〇七) ほか。

「2010年 『漢文スタイル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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