神隠し・隠れ里 柳田国男傑作選 (角川ソフィア文庫)

  • KADOKAWA (2014年9月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784044083236

作品紹介・あらすじ

渡った人が消える橋、"あちら側"の住人のような猫、神隠しに遭った人が住む隠れ里――。各地の説話に柳田は何を思い、描いたのか。 「ここではないどこか」に憧れるロマン主義者の一方で、普通選挙実現を目指す社会変革者でもあった彼の双極性を見通すアンソロジー。

みんなの感想まとめ

神隠しや隠れ里といったテーマを通じて、民俗学の深遠な世界を探求する作品集は、柳田国男の多様な視点を反映しています。編者の意図に沿った内容だけでなく、柳田自身の心理的な葛藤や社会的背景が浮き彫りになって...

感想・レビュー・書評

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  •  P101【博士といい唱門師といい院内といい散所というも、名の相違は決して職業や生活の相違でなかった。陰陽師をサンショと呼んだ第三の例は、丹波氷上郡吉見村大字梶原の支村に、産所という二十戸高十三石余の一部落、この地は陰陽師ばかりの村であった(丹波志)。】とある。陰陽師がやたら多い場所として「丹波氷上郡春日部村大字小多利字産所上」などがあげられている。
     またP101-102には、【多くの産所には地味肥沃の野に住み着いて元の業を廃し、伝説の次第に幽かになる者が多い。近江などにも産所村は稀でなかった。かつて大橋金造氏の報ぜられた神崎郡木流村の産所には産所弥太夫等住し、竈祓・祈禱・家相・方角などを見て活計としたとあるが、このほかにも高島郡青柳村付近にあった産所村などは、邑内に三重生神社というがあって、醍醐聖帝の御后一産に三子を産みたまいしを奉祀すると称し、その御産の所なるゆえにこの地名があるとある(近江国輿地誌略巻九十二)。】と書かれている。
     この産所というのは陰陽師に関わるところなのに、文字に引っ張られて、婦人や遊女が産みに来る場所、穢れた場所ということで、厭われた場所の言葉になったということもあるという。
     氷上と近江の高島に、どうして善積という名前が共通しているのか、気になることがあったのだが、この陰陽師においても、氷上と近江の高島がつながっている。この謎は色々と拾っていきたい。今回も偶然大きなヒントがあった。

     さて、大塚英志の柳田評として、西部邁のごとき分析がある。

     明治40年頃、法制局参事官であった柳田は母子心中の事件を見つけ、昭和2年には年間二百件になる。これに対して柳田は国家の異変と述べて、意味を解こうとする。その際に、彼は民俗学を使う。社会変革と分析のために民俗学があったのだ。

     柳田は習慣の観察者たらんとした。妖怪や怪異の研究者や神秘をあきらかにする人物ではなかった。柳田は社会変革論者であり、普通選挙実現を論陣をはり、社会や習慣を観察記録し問題点を議論する柳田スタイルは、社会をよりよくする人間につながるとしていた。選挙と民俗学のように分析する心は一致するのだ。同時に柳田は自分を神隠しにあいやすい人間であると述べ、それは母親に愛されず愛が弟に向かったことからここではないどこか別のところに夢を見る、神を求めて神隠しに会おうとするロマン主義者でもあり、ロマン主義者と社会改革主義者の二面があると述べる。
     自分が子ども時代に寂しい思いをし、ここではないどこかを求める関心が、子どもの成長を巡る社会改革、子どもの貧困を述べる文章、儀礼、そしてその改善を訴えることに繋げる。民俗学は社会改良とともにあることを示しているのが柳田国男であった。

     そんななか収録された田山花袋の「一つの空想」は傑作で、湖近くの何もないところに、古代都市があって、大きく繁栄していて、大きな楼閣もあったという夢想と、そのわずかな聞き伝えと、それと、その民俗学者自身が、むかしロマンスをしていて、その女の子の面影と復活と、古代都市の幻影が重なる見事な文学であり、田山花袋の凄さ、面白さが読める最高の一編だし、柳田を批評する見事な短編であると思う。

     柳田について、もし西部ならばここで平衡感覚と述べるだろうが、大塚はきちんと、いったりきたり、結論もなく、読みにくさについて取り上げて、極端であること、アンバランスであることを述べている。つまり、平衡感覚ではなく、アンバランス感覚でもって柳田を分析しようとするところがある。それは大塚の凄さでもある。

  • いちおう「神隠し・隠れ里」なるテーマのもとに編まれたアンソロジーなのだが、編者の大塚英志さんという方がちょっと変わった人なのか、あんまりテーマと関係ない文章もけっこう含められている。それでも、未読の柳田の文章を読めると言うだけでありがたいのだが。
    異界を暗示する「神隠し」のようなテーマに関しては、柳田自身、これは民俗学の題材と言うより「心理学」のそれではないかと疑念を呈している箇所もあり、さほど深く追究する気になれなかったようだ。興味はあったのだろうけれども。
    巻末には同時代の田山花袋や水野葉舟の小説、柳田『遠野物語』の話材提供者である佐々木喜善の作品、および折口信夫の詩が収められている。どれも貴重な読み物ではある。が、柳田の作品集に直接的には関係しないような他者の小説を入れるような試みについては、賛否が分かれるところだろう。

  • 自然主義と子供の頃の体験、国家公務員としての立場、ロマン主義などの柳田国男の背景は難しい。ここは長く研究している・読み込んでいる人むけかと思う。
    なので、編者の意図とは違う視点での読書になったが、印象深いところを書き出すと、

    不安定な子供の立場…共同体からの承認を得てはじめて生存を許される、心身が定まらないがゆえに神隠しにあう・依坐となる、親子心中の犠牲者となる。そのなかで神隠しにあった柳田の恐怖心なども見え隠れする。
    母衣については先に読んでいた山本ひろ子『大荒神頌』で花祭の論考でそれの答えになるような事例があった。
    隠れ里への憧憬と畏れ…隠れ里の伝承とともに、現実に見つかった・外界に開かれた土地を挙げるのは、伝承と現実の接点をあえて書き留めたようにもみえる。
    重力源としての柳田…親友田山花袋、遠野物語を古本屋でサルベージして喜びにうち震える折口信夫、遠野物語の住人佐々木喜善。柳田本人、その作品に影響される人々と、その重力圏内にいる人。いまだに遠野物語にとらわれている現代人がいることからも、本人が考えていた自然主義やロオマンスを超えた(ズレた?)ところに、強い力があるのかもしれない。

  • 旧字体は基本改められているが、全体を通して難しかった。明治生まれの人の文書はやはり気合がいる、かも。
    しかしその中で柳田國男の発見したこと、考察したことを理解することが民俗学の中の気づきにもなる。

    ・多くの神秘談は老衰してもう山で稼げなくなった者が、経験を子弟に伝えようとするついでに言い残すのが普通であること。そうでなく面白げに話すのは受け売りの誇張の多い話しと見てよいということ。 遠野物語にも出てくる、不思議で時に恐ろしい話は、老衰してもう長くないと悟ったものがやっと口を開く、経験談なのだということが印象深かった。

    ・小児に「けさ」という名を与える例が全国的にあること。災難よけの意味があるとのことだが、それは子どもが生まれたらモノに命を取られないように顔を隠すもうなものと、受け取れた。

    ・子供の間引きが行われていた頃にふれ、「でんぎょう祝い」という、子が生まれる前に食べ物などを親戚が持ってきて宴会をする。それをした後は子はもう殺せなくなる。子が生まれる前のこのタイミングで、子の生存権を承認されたということになると。
    このような行為を見ると子の生存権がどのように扱われていたかわかるだろう、と柳田はふれる。農村などでは予算のように子供を間引くが、その理由は経済的な理由からであり、女が子を連れて心中することにも触れる。現在は子を連れて行くのは仕方ないと見られていたが、かつては子供まで連れて行く奴があるかと言われていたことに言及し、社会情勢で子供の命の扱いが左右されていること投げかける。
    編者後書きも含めてみると、目の前の社会問題を解決するために柳田が民俗学を国民が学ぶ必要があると言ったその一端がわかる内容だとわかった。

  • 神隠しと隠れ里をテーマにしたアンソロジー。
    「神隠しにあいやすき気質」では柳田國男の幼い時の体験が記される。狐の穴の話が興味深かったです。

  • 柳田国男は播州地方の出身だ。
    「山の人生」山に埋もれた人生あることとという意味
    物語では無いのだが昔の話で物語のように思える。不思議な感じである。

  • テーマは興味深いのだが、ちょっと読みにくかった。天狗に未来を見せてもらう話は、こう来るとは思わなかった。過去を見る方を選んでいたらどうなってたんだろう。

  • 大半を占めるのは柳田の著作だけど、大塚英志編集ということで一種のアンソロジーになっています。しかし表題のテーマのものは少なかったような・・・。

    「神隠し」に関しては、ロマンもくそもなく現代的に言えば単に「失踪」「行方不明」であり、柳田自身も多少の疑惑は挿んでいましたが、女性や幼児に多かったのは結局「誘拐」の可能性も否めなかったのだろうなという印象。山の神様どころかストーカーや人攫いが、単に人身売買、あるいは嫁取りのために連れ去っただけだったのかもしれないなあなんて、夢のない想像をしてしまう。単純に、山奥で迷子になったら戻ってこれなかっただけ、というのも昔は多かったのかもしれませんが・・・

    「苦手」の語源の話は面白かったです。現代の使い方が本来の意味とズレてきてしまっている例はきっと他にもたくさんあるでしょう。「耳たぶの穴」の話は、まさに、私の父と兄がこれにあてはまり、怪我の痕でもなんでもないのに、単に遺伝でそっくりな場所に同じ穴のようなものがあるので、似たような人が他にもいることにびっくり。

    遠野物語の周辺として、田山花袋『一つの空想』、水野葉舟『北国の人』、佐々木喜善『舘の家』、折口信夫『遠野物語』も収録されています。花袋は柳田と仲良しで、ちょいちょい小説のネタにしていたとのこと。「一つの空想」の主人公は柳田をモデルにしているようです。水野葉舟「北国の人」は佐々木喜善がモデル。彼の語りを聞く主人公がこれまた柳田ぽかったです。

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著者プロフィール

1875年(明治8年) – 1962年(昭和37年)。兵庫県生まれ。日本民俗学の開拓者である。
代表作に『遠野物語』、『蝸牛考』、『桃太郎の誕生』『海上の道』などがある。

「2025年 『大活字本シリーズ柳田國男⑤ 雪国の春』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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