論語と算盤 (角川ソフィア文庫)

著者 :
  • 角川学芸出版
3.87
  • (34)
  • (42)
  • (38)
  • (3)
  • (2)
  • 本棚登録 :585
  • レビュー :58
  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044090012

作品紹介・あらすじ

道徳と経営は合一すべきである。日本実業界の父、渋沢栄一が、後進の企業家を育成するために、経営哲学を語った談話録。論語の精神に基づいた道義に則った商売をし、儲けた利益は、みなの幸せのために使う。維新以来、日本に世界と比肩できる近代の実業界を育てあげた渋沢の成功の秘訣は、論語にあった。企業モラルが問われる今、経営と社会貢献の均衡を問い直す不滅のバイブルというべき必読の名著。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 「今の青年は自分の師匠をあたかも落語師や講談師のように講義が下手とか生徒としてあるまじきことを口にしている」と。
    「知育に偏ると国が乱れる」と仰っています。
    明治大正時代も今も変わらないのかもしれません。

    明治大正の書籍を読むと自分の生きるべき方向が見えるような気がします。

  • いかに論語を人生に生かしたか、渋沢栄一氏のアツい想いが伝わってきます。
    「道徳×実業」の考え方は、精神の修養を重視しながらも利益の重要性も説くという極めて実践的なもの。
    氏の筋の通った生き方に、感銘を受けずにはいられません。

    己の鍛錬と修養!!
    当たり前でありながら、つい私たちがないがしろにしがちなポイント満載。
    今日からすぐに実行できる身近なことが多いです。

    重要なポイントとして、既に道徳と実業をつなぐ要素に「国家(社会)への貢献」を強く主張していた点を加えます。
    一人ひとりが「如何に人と社会のために役に立つか」が益々価値を増している今、この点は見逃せません。

    ★本書がお好きな方は、森信三氏の『修身教授録』もおすすめです!

  • 書名の「論語と算盤」が主題を端的に表していてシンプルなわかりやすさ。文章も全編わかりやすい。でもこんな主張をしなければならないほど明治期の経営者は道徳はずれだったんだろうか。
     
    それより渋沢栄一の人柄がおもしろい。西郷隆盛やルーズベルト大統領にずけずけ物申した昔話は痛快。そのへんは勝海舟の氷川清話に似てる。
     
    わからない言葉を調べながら読むのも楽しい。「苟も」「執鞭の士」「烏滸」「銖錙の利」「費府」「昭代」「有無相通」「後昆」「社稷」・・・。

  • Yotsuya

  • ◆きっかけ
    安岡定子『絵でみる論語』p39に出てきて。2017/2/24

  • 論語によって天の道を知れば宗教に帰依する必要はない。自分の両親に恥じずに日々の活動を行えばよい

    『(悲憤慷慨するはよいが)事を急がず、形勢動かしがたい時期があることを知るべき』
    『自らが招いた逆境の対処法は自己反省しかない』
    『正に就き邪に遠ざかる道である(平素から冷静になる鍛錬を)』

  • 西にマックス・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」あれば、東には渋沢栄一「論語と算盤」あり?今までの資本主義の限界が語られ、ソーシャルグッドとビジネスの両立を目指すCSVという言葉が広まり始めている今、読む89年前の本。実業という言葉さえ新語だった時代のビジネスマンの語りが、普遍として沁みるのは、産業革命をキャッチアップし近代資本主義に参画していく明治と、蒸気、電気に続くインターネット、特にIoTによる第三の産業革命が進行している21世紀の共通性にあるのかな?やさしい内容をあたたかい語り口で伝えている割には読むのに難儀しましたが、共感性は高いです。「意志の鞏固なるが上に聡明なる智恵を加味し、これを調節するに情愛をもってし、この三者を適度に調合したものを大きく発達せしめて行ったのが、初めて完全なる常識となるのである。」P96

  • 明治・大正時代に500社前後の企業の創立・発展に貢献した日本実業界の父と呼ばれる著者が、
    「士魂商才」
    つまり、商売と武士道(又は、その構成要素の一つである儒教の考え)は相反するものではなく、共存出来るものであり、日本人は仁・義・忠・孝などの考えをベースに商業を実践すべきと説いた本です。
    日本において、江戸以前の商業は武士道の思想とは完全に分離されており、明治以降の商業は西洋の思想をベースに行われている為、商業(算盤)と武士道(論語)が交わることはありませんでした。本書はこの2つを合わせ、西洋から輸入された資本主義の枠組みの中で、日本人としてどの様に振る舞うべきかを歴史上の人物のエピソードや著者自身の経験を例に用いながら提示しています。
    商業思想で言うとユダヤや華僑のものが有名ですが、グローバル化する現代では、世界各地で育まれた様々な商業思想が織り交ざって世界を動かしています。その中でどの様な思想を基にビジネスを行っていくのか明確にすることが、企業にも個人にもますます大切になってくると思います。そういった意味で、現代に生きる私たちにも一つの指針を示してくれている名著だと感じました。

  • 100年前の渋沢さんの言葉だけど、今の世に通じるところが多くてびっくりする。世の経営者やお役人、管理職の方には是非読んで欲しい。渋沢さんの玄孫さんに聞いたお話では、日本はこのところ30年周期で明と暗が訪れており、今(15年)はバブル崩壊から訪れた暗の時期の終期とのこと。渋沢さんが活躍された明治半ばが同じように暗から明に代わる時期となっており、その意味でも時代背景が近いかもしれない。明治後半から大正にかけて、日本が大きく飛躍した時代のように、これからまた日本を明の時代にするには、この論語と算盤に書かれた多くのことを各人が考えて進めていかなければと強く感じた。
    ただ、私が読んだのは、渋沢さんの書かれた(話された)言葉のままで、ちょっと古い日本語なので、少し読むのに疲れる。現代語に直されたものの方が読み易いと思います。

  • 処世の巧みな家康公であるから、種々の訓言を遺されている。かの「神君遺訓」なども、われわれ処世の道を実によく説かれている
    2014/03/16 17:26
    佐藤一斎先生は、人と初めて会った時に得た印象によってその人の如何なるかを判断するのが、最も間違いのない正確な人物観察法なりとせられ、先生の著述になった『言志録』のうちには、「初見の時に相すれば人多く違わじ」という句さえある
    人は平等でなければならぬ。節制あり礼譲ある平等でなければならぬ。私を徳とする人もあろうが、私も人を徳としている。畢竟世の中は相持ちと決めておるから、我も驕らず、彼も侮らず、互いに相許して毫末も乖離する所のなきように私は勤めておる
    後進を誘掖輔導せらるる先輩にも、大観した所で、二種類の人物があるかのごとくに思われる。その一つは、何事も後進に対して優しく親切に当たる人
    争いが人を育てる
    自然的逆境に立った場合には、第一にその場合に自己の本分であると覚悟するのが唯一の策であろうと思う。足るを知りて分を守り、これは如何に焦慮すればとて、天命であるから仕方がないとあきらめるならば、如何に処しがたき逆境にいても、心は平らかなるを得るに相違ない
    人為的の逆境に陥った場合は如何にすべきかというに、これは多く自働的なれば、何でも自分に省みて悪い点を改めるより外はない。世の中のことは多く自働的のもので、自分からこうしたい、ああしたいと奮励さえすれば、大概はその意のごとくになるものである。
    私は蟹は甲羅に似せて穴を掘るという主義で、渋沢の分を守るということを心掛けておる。
    名を成すは常に窮苦の日にあり、事を敗るは多く得意の時に因す
    メービー氏の言うには、「私は初めて貴国に来たのであるから、すべてのものが珍しく感じた。如何にも新進の国と見受け得る所は、上級の人も下層の人も、すべて勉強しているということは、著しく眼につく、惰けている者が甚だ少ない。しかしてその勉強が、さも希望を持ちつつ愉快に勉強するように見受けられる。希望を持つというは、どこまでも到達せしむるという敢為の気象が尽く備わっておる。ほとんどすべての人が喜びをもって、彼岸に達するという念慮を持っていられるように見受けるのは、さらに進むべき資質を持った国民と申し上げて宜かろうと思う。それらは善い方を賞讃し上げるけれども、ただ善いことのみを申して、悪い批評を言わねば、あるいは諛言を呈する嫌いがあるから、ごく腹蔵のない所を無遠慮に申すとて、私の接触したのが官辺とか会社とか、または学校などであったから、余計にそういうことが眼についたのかもしれぬけれども、とかく形式を重んずるという弊があって、事実よりは形式に重きを置くということが強く見える。亜米利加は最も形式を構わぬ流儀であるから、その眼から特に際立って見えるのかもしれぬけれども、少しく形式に拘泥する弊害が強くなっておりはせぬか。
    日本人は細事にもたちまちに激する。しかしてまた、ただちに忘れる。つまり感情が急激であって、反対にまた健忘性である。これは一等国だ大国民だと自慢なさる人柄としては、頗る不適当である。もう少し堪忍の心を持つように修養せねばいけますまい、という意味であった
    与えられた仕事に不平を鳴らして、往ってしまう人は勿論駄目だが、つまらぬ仕事だと軽蔑して、力を入れぬ人もまた駄目だ
    元来人情の通弊として、とかくに功を急ぎ大局を忘れて、勢い事物に拘泥し、僅かな成功に満足するかと思えば、さほどでもない失敗に落胆する者が多い。
    地図と実地
    如何に用意していても、実際には意外なことが多いものである
    武術の練磨、下腹部の鍛錬は自然身体を健康にするとともに、著しく精神を陶冶し、心身の一致したる行動に熟し、自信を生じ、自ずから勇猛心を向上せしむるものである。
    困窮したときは自分のありかたをしっかりとさせ、地位を得たときも自分だけでなくて世人のありかたもしっかりとさせる
    智恵と情愛と意志との三者
    禍の起こる所に向かっては言語を慎まねばならぬ
    日々悪い習慣を直したいとの一念から、大部分はこれを矯正することができたつもりである。悪いと知りつつ改められぬのは、つまり克己心の足らぬのである。
    志はすなわち心の本で、気は心の所作となって現れる末である。志は善で忠恕の道に契っていても、出来心といってふと志に適わぬことをすることが往々ある。だからその本心を持して、出来心たる気を暴わぬよう、すなわち所作に間違いのないように、不動心術の修養が肝要である
    老先生の教え。徳が積もらないこと、学習が進まないこと、道義を学んでも実践できないこと、不善をば改めることができないこと、これらが私の悩みである。
    空理空論なる仁義というものは、国の元気を沮喪し、物の生産力を薄くし、遂にその極、国を滅亡する。ゆえに仁義道徳も悪くすると、亡国になるということを考えなければならぬ
    昭憲皇太后の、 もつ人の心によりて宝とも 仇ともなるは黄金なりけり
    すなわち「邦道あって貧しくかつ賤しきは恥なり、邦道なくして富みかつ貴きは恥なり」と言って、孔子も決して貧乏を奨励はなさらなかった。ただ「その道をもってせざれば、これを得るとも処らざるなり」である。
    論語の中に、「富と貴きとはこれ人の欲する所なり。その道をもってせずしてこれを得れば処らざるなり。貧と賤とはこれ人の悪む所なり。その道をもってせずして、これを得れば去らざるなり」
    今この上下二句を約言すれば、「正当の道を踏んで得らるるならば、執鞭の士となっても宜いから富を積め、しかしながら不正当の手段を取るくらいなら、むしろ貧賤におれ」
    これを思えば、富の度を増せば増すほど、社会の助力を受けている訳だから、この恩恵に酬ゆるに、救済事業をもってするがごときは、むしろ当然の義務で、できる限り社会のために助力しなければならぬ筈と思う。「己れ立たんと欲して人を立て、己れ達せんと欲して人を達す」といえる言のごとく、自己を愛する観念が強いだけに、社会をもまた同一の度合いをもって愛しなければならぬことである。
    ことに欧米にては「真正なる富は正当なる活動によって収得せらるべき者である」との観念が着々実行されて来ておる
    「仁をなせばすなわち富まず、富めばすなわち仁ならず」「利につけば仁に遠ざかり、義によれば利を失う」というように、仁と富とを全く別物に解釈してしまったのは、甚だ不都合の次第である。この解釈の極端なる結果は、利用厚生に身を投じた者は、仁義道徳を顧みる責任はないというような所に立ち至らしめた。
    岩崎さんや三井さんにぜひ一と奮発して貰わなければならぬが
    まだあの人は生きておるかしらんといわれるのは、蓋し肉塊の存在である。もしそういう人が多数あったならば、この日本は活き活きはせぬと思う。
    自慾を充たそうために、まず自ら忍んで人に譲るのだというような意味にも取れるが、孔子の真意は決してそんな卑屈なものでなかったに違いない。人を立て達せしめて、しかる後に自己が立ち達せんとするは、その働きを示したもので、君子人の行ないの順序は、かくあるべきものだと教えられたに過ぎぬ

    大正

    私一人はそれでよいが、一般民衆はそうは行かぬ。智識の程度の低い者には、やはり宗教がなければならぬ。ところが今日の状態は、天下の人心帰一する所なく、宗教もまた形式となって、お茶の流派、流儀といったような憾みがある。民衆に嚮うべき所を教えぬ。これは何とかせねばなるまい。

    二宮先生の遺された興国安民法を廃止せず、これを 引き続き実行すれば、それで相馬一藩は必ず立ち行くべく、今後ともに益々繁昌するのであろうが、国家のために興国安民法を講ずるが、相馬藩における興国安民法の存廃を念とするよりも、さらに一層の急務である。

    家康が遺訓の一つとして今日まで人口に膾炙する。「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なく、心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。勝つことばかり知りてまくる事を知らざれば、害その身に至る。おのれを責めて人をせむるな。及ばざるは過ぎたるにまされり」について考えてみるに、皆経学中に求めたものである。
    理論と行動の一致、同時に発達が重要

    乃木希典
    修養と修学を相容れぬごとくに思うのは、大なる誤りである。

    孔子が「賢なる哉回や」と、顔淵の清貧に安んじておるのを褒められた言葉は、要するに「不義にして富み且つ貴きは、我において浮雲のごとし」という言葉の裏面をいわれたまでで、富は必ずしも悪いと貶めたものではない

    君子は慎みて以て禍を辟け、篤くして以て〓われず、恭しくして以て恥に遠ざかる。
    〈訳〉君子(教養人)たる者は、ことばや行動について慎重にすることによって災難を避け、態度に誠意を尽すことによって人から他所者扱いされることがなく、相手に敬意を払うことによって侮辱されることがないようにすることだ。(『礼記』表記篇のことば)

    孔子に対して信頼の程度を高めさせる所は、奇跡が一つもないという点である。基督にせよ、釈迦にせよ、奇跡がたくさんにある。
    日本も文明国だといわれていながら、まだ白衣の寒詣りや、不動の豆撒きが依然として消滅せぬのは、迷信の国だという譏りを受けても仕方がない

    富の分配平均などとは思いも寄らぬ空想である。要するに、富むものがあるから貧者が出るというような論旨の下に、世人が挙って富者を排儕するならば、如何にして富国強兵の実を挙ぐることができようぞ。

    自分は常に事業の経営に任じては、その仕事が国家に必要であって、また道理に合するようにして行きたいと心掛けて来た。仮令その事業が微々たるものであろうとも、自分の利益は小額であるとしても、国家必要の事業を合理的に経営すれば、心は常に楽しんで事に任じられる。

    志以て言を発し、言以て信を出し、信以て志を立て、〔この志・言・信の〕参以て之(身)を定む。(『春秋左氏伝』襄公二十七年のことば) 〈訳〉志(気持)があってことばとなり、そのことばが信頼を与え、その信頼が守られて気持が通じる。この三者(志・言・信)があってはじめて身が定立するのだ。

    封建時代において、武士道と殖産功利の道と相背馳するがごとく解せられたのは、なおかの儒者が、仁と富とは並び行なわれざるもののごとく、心得たと同一の誤謬であって、両者ともに相背馳するものでないとの理由は、今日すでに世人の認容し了解された所であろうと思う。孔子のいわゆる「富と貴きとは、これ人の欲する所なり。その道をもってせずしてこれを得れば処らざるなり。貧と賤とは、これ人の悪む所なり。その道をもってせずして、これを得るも去らざるなり」とは、これ誠に武士道の真髄たる正義、廉直、義侠等に適合するものではあるまいか。

    国産奨励の宣伝をも、極端な消極主義、排外主義と取られては、独り発起人等の迷惑なるのみならず、延いては国家の大損失を招く虞がある

    不自然不相応の奨励を行なえば、終に無理ができる。親切なやり方も、かえって不親切な結果となり、保護したつもりが、干渉束縛となる

    テーラーという人が、こういう手数を省くことについて大いに説をなして、ある雑誌に池田藤四郎という人がこれを書いてある。能率を増進するという論
    フレデリック テイラー 科学的管理手法
    われわれが時間を空費してるのは、丁度物を製作する場合に手を空しくしてると同じことであるから、これはお互いに注意して人間を無駄に使わぬはもちろんのこと、われ自身をどうぞ無駄に使わぬように心掛けたいと思う。

    富豪巨商に仕えて、一意主家のために尽瘁する者のごときも、ただその事蹟より見れば、克く仕うる所に忠なる者ということはできるが、その忠義的行為が、全く自家損得の打算より発し、主家を富ましむるは自ら富む所以、番頭手代と見下げらるるは面白からざるも、実際の収入は遥かに尋常事業家に優るものあれば、われは名を捨て得を取るなりとの心事より出でたるものなるときは、その忠義振りも帰する所は利益問題の四字に止まり、同じく道徳の天則外にあるものといって差し支えあるまい

    智識は減じ気力は衰え、形式のみ繁多になり、遂に武士の精神廃り、商人は卑屈になって、虚偽横行の世の中となった

    今の青年はただ学問のために、学問をしているのである。初めより確然たる目的なく漠然と学問する結果、実際社会に出てから、われは何の為に学びしやというがごとき疑惑に、襲われる青年が往々にしてある。

    浅薄なる虚栄心のために修学の法を誤らば、これ実に青年の一身を誤るのみならず、国家元気の衰退を招く基となるのである

    「孝の大本は何事にも強いて無理をせず、自然のままに任せたる所にある。孝行のために孝行を力めて来たわが身には、まだまだ到らぬ点があったのだ」と気付くに至った。と、説いた所に『道二翁道話』の孝行修行の教訓があるのである

    人を使役する側の人物たらんと志しておる。つまり、学問して高尚な理窟を知って来たから、馬鹿らしくて人の下などに使われることは、できないようになってしまっておる

    子夏のことば。日々に新しいことを知り、月々に復習を怠らないようにするのであれば、学を好むと言うことができる(『論語』子張篇のことば) 学ぶに暇あらずと謂う者は、暇ありと雖も亦学ぶこと能わず。 淮南子 『淮南子』説山訓のことば。この文の高誘の注に「事務有りて学ぶに暇あらずと言う。此の如き曹の人 間暇にして務め無しと雖も亦た学ぶ能わざるなり」とあるが、この注を『淮南子』の本文と誤解して引用する人がいる。 〈訳〉勉学しようと思っても仕事が忙しくてその暇がないと言うような者は、たとい暇があったとしてもとても勉学することはできない

    大なる趣味と大なる感興とをもって事業を迎えられたならば、仮令如何に忙しく、また、いかほど煩わしくとも、倦怠もしくは厭忌というがごとき、自己が苦痛を感ずる気分の生ずべき理由はない。もし、またこれに反して、全然没趣味をもってイヤイヤながら事務に従うという場合には、必ずまず倦怠を生じ、次いで厭忌を生じ、次いで不平を生じ、最後には自分がその職を抛たねばならぬようになるは、蓋し数の自然である

    しかしながら、彼らを自業自得の者なりとして、同情をもって臨まぬは甚だよろしくない。

    天命は、人間がこれを意識しても将た意識しなくっても、四季が順当に行なわれて行くように、百事百物の間に行なわれてゆくものたるを覚り、これに対する恭、敬、信をもってせねばならぬものだ、と信じさえすれば、「人事を尽くして天命を待つ」なる語のうちに含まるる真正の意義も、初めて完全に解し得らるる

    身体さえ強壮にしておいたならば、何もそれらの気候のために病魔に襲わるることはないであろうに、平素の注意を怠るがために、自ら病気を招くのである。
    余は相当なる智能に加うるに勉強をもってすれば、世人のいわゆる逆境などは、決して来らぬものであると信ずるのである

    社会の進歩とともに、秩序が整ってくるのは当然のことであるが、それとともに新規の活動を始めるに多少不便ともなり、自然保守に傾くようなことにもなる
    あまりに大事を考えて因循姑息となり、いわゆる固くもなり、惰弱に流るるごときことともなる結果、進歩発展を阻害する傾向を生じては個人の上においても、また国家の前途に関しても、甚だ憂うべきことといわねばならぬ。
    民間の事業が政府の保護に恋々たる状の見えるごとき風を一掃し、鋭意民力を伸張して、政府を煩わさないで事業を発展せしむる覚悟が必要である。また細事に拘泥し部局のことにのみ没頭する結果、法律規則の類を増発し、汲々としてその規定に触れまいとし、あるいはその規定内のことに満足し、齷齪しているようでは、とても進新の事業を経営し、溌溂たる生気を生じ、世界の大勢に駕することは覚束ない。
    とにかく人は誠実に努力黽勉して、自ら運命を開拓するが宜い。もしそれで失敗したら、自己の智力が及ばぬためと諦め、また成功したら智恵が活用されたとして、成敗に関わらず天命に托するがよい。かくて敗れても飽くまで勉強するならば、いつかは再び好運に際会する時が来る。人生の行路は様々で、時に善人が悪人に敗けたごとく見えることもあるが、長い間の善悪の差別は確然とつくものである。ゆえに成敗に関する是非善悪を論ずるよりも、まず誠実に努力すれば、公平無私なる天は、必ずその人に福し、運命を開拓するように仕向けてくれるのである。


    天道地道そして神霊祖霊は、いっぱいいっぱい(満盈)を好まれない。〔そうしたありかたに従い〕いっぱいではなくて謙遜して引く、そうすれば災いを避けることができる
    天の運行は、〔種を植える〕春を先にし、〔その結果の収穫する〕秋を後にして一年が成り立っている。行政の場合も、〔始まりとして〕法が先で〔従わないときに〕処罰するのは後とすることによって、統治を完成する

    著者の渋沢栄一は、天保十一年(一八四〇)、埼玉に生まれ、明治六年、大蔵省(現財務省)の総務局長を辞職して以後、多くの会社や学校を興し運営し、昭和六年(一九三一)に逝去した。

全58件中 1 - 10件を表示

論語と算盤 (角川ソフィア文庫)のその他の作品

渋沢栄一の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
J・モーティマー...
デール カーネギ...
有効な右矢印 無効な右矢印

論語と算盤 (角川ソフィア文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする