日本人はなにを食べてきたか (角川ソフィア文庫)

著者 :
  • 角川学芸出版
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本棚登録 : 115
レビュー : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (267ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044094164

作品紹介・あらすじ

コメはいつから主食となり、肉はなぜ忌避されてきたのか。縄文時代の木の実から現代のハンバーガーまで、社会のシステムのなかで日本人はどんな食べ物を選び、どんな料理や文化をかたちづくってきたのか。祭祀・儀礼や宗教、政治・制度、都市の形成など、各時代の歴史背景と深いかかわりをもつ「食」。中世から近世にかけて築かれた「米社会」と、文化としての料理の発展など、日本の歴史に直結する「食生活」通史の決定版。

感想・レビュー・書評

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  • 農耕が身分社会の権化。

  • “食”の重み―食生活史の視点
    木の実の利用―採取と狩猟からの出発
    米づくりと社会と文化と―水田稲作と国家の発生
    “聖”なる米の選択―古代国家の水田志向
    農業と自然―中世の農業と食生活
    “穢”された肉―中世前期の食生活と宗教
    米への希求―中世後期の食生活と差別
    料理と政治―日本料理の変遷と儀式
    米社会の完成―近世食生活の位相
    茶懐石の発展―近世料理文化の形成
    “遊び”と料理―近世料理文化の爛熟
    西洋料理のはじまり―近代への移行と食生活
    近代化と食糧制度―世界大戦と食生活
    ハンバーガーの登場―現代社会の食生活

    著者:原田信男

  • かぼちゃ、てんぷら、が外来種だと教わると、じゃあ元来の日本人は何食べてたんだろうとずっとおもってた疑問をそのままタイトルにしてくれた。興味をそそるタイトルと、説得力ある言説が、読みやすい。単純に食べてきたものを紹介するだけでなく、そこから見え隠れする日本人論が面白い。

  • 購入。

    先史時代から現代まで、日本人がなにを食べてきたのかを当時の出来事も交えて解説している。

    米との関係の説明に多くのページが割かれている。現代に入ってからの説明はとても少ない。

    肉食の禁止もそこまで徹底されていなかったものが、段々と人々の意識に入り込んでくることが分かり、文化は怖いと感じた。

  • 日本の「食」の歴史にスポットを当てた本。

    食に関する歴史を紹介した本はあまり見かけないが、この本では、政治や社会情勢を絡めながら、武士や貴族の食生活及び庶民の食生活をそれぞれ説明している。

    食生活を考えるうえで、政治・社会情勢を理解しておくことは不可欠であるので、まずは、その時代の社会情勢をしっかり理解することが大切である。その上で食生活について考えると、理解しやすいのではないか。

    また、全体を通じて、日本の食生活では、「米」が特別な存在であったことが伺える。
    パン食やハンバーガーが普及してもなお、日本人の食生活は米が中心であるだろうし、それは今後も変わらないだろう。

  • 縄文・弥生から平安~戦国~明治~昭和~近代までの中で日本人の食事で常に中心を占めてきた「米」と食のあり方について、当時の状況を振り返りながら分析した本。明治以降のいわゆる西洋化以前の説明があまりに長すぎて途中で切ろうかと思ったw
    本当は文化・地域ごとの食べる料理の違いとか、むしろ近代以降の食事の変化とかにもっと頁を割いてくれると期待してだけにイマイチ残念。まぁいいか。

  • 95年発行の「木の実とハンバーガー」(NHKブックス)を補筆したもの。著者の通史の中でも最も日本史の枠組みを押さえていると、自身があとがきで記しているとおり、縄文時代から現代までの日本人の食について丁寧に紹介している。

    特に、米と肉食に対する日本人の姿勢が記述の全般を通して貫いている。肉食の忌避を穢れや稲作への力を注ぐためという理由で説明しているが、それだけでは納得できない。環境や人口の変化、疫病などの背景があったのではないかと勘ぐってしまう。

    後半は飛ばし読み。

    縄文時代
    ・縄文時代、前期には屋内に炉が設けられた。後期には高い温度で焼かれた土器が出現し、後期から晩期にかけては漁労の技術が発展した。
    ・シカは東日本や山間部、イノシシは西日本や平地部に多い。釣針は早期から出現し、銛や、網をつくるための石錘も発見されている。
    ・新石器時代には、半栽培的な段階に始まって焼畑による原始農耕へ進み、根茎植物のイモ類から種子植物の雑穀類に移行する展開が、世界的にみられる。
    ・照葉樹林地域では、縄文後期や晩期の遺跡からの栽培植物の遺体の発見が急増する。

    弥生・古墳時代
    ・弥生時代、丈夫な鉄は農具のほか鏃や剣や鉾などの武具に、細工の容易な青銅器は銅鏡や銅鐸などの祭器として用いられた。
    ・東南アジアの稲作地帯には、稲作の開始によって戦争がはじまり、その調停者として王が登場するパターンの神話が広く分布する。
    ・弥生の遺跡から出土する骨はブタと考えられ始めている。長江流域では稲作とブタがセットになっている。ブタは古墳時代に姿を消し、ウマやウシが運搬や農耕に用いられるようになり、牛乳のほか、ヨーグルト・バター・チーズにあたる酪・蘇・乾酪などもつくられた。
    ・5世紀に出現した竈によって熱効率が高まった。米を蒸すための甑も登場した。
    ・穀醤、肉醤、魚醤は古墳時代から用いられた。

    古代
    ・神に感謝して豊かな恵みを期待するための食物を捧げる贄は、各地から天皇を通して捧げられた。新嘗は新しい食物を神が嘗めるの意味で、東アジアの稲作地帯に広くみられる初穂儀礼に起源を持つ。
    ・675年に出された肉食禁止令は、牛・馬・犬・猿・鶏に限って禁じており、食用として最も重要なシカとイノシシは対象外だった。農耕期間中に酒を飲んだり肉を食べたりすると稲がよく実らないと考えていたらしい。
    ・676年に飢饉に見舞われたため、穢れを除くために放生を命じて動物を山野に放した。これ以降、災害が発生する度に命じられるようになり、758年にはシカやイノシシの貢納を禁じた殺生禁断令を出し、肉食の否定に自ら模範を示した。
    ・律令下の7〜8世紀に水田面積は著しく拡大し、12世紀には水田の開発に力が注がれて生産力が著しく向上した。

    中世
    ・中世後期には産業や流通の発達によって多くの食品が出回るようになり、味噌・砂糖・醤油、豆腐・かまぼこなどが普及した。食事の回数も1日3回に変化した。
    ・秀吉は、兵農分離によって武士を村落から切り離し、大名の家臣団として都市に集めた。太閤検地とあわせて、領主的な武士や寺社勢力による中間搾取が排除された。

  • 読みにくい。表にまとめたり、考察とデータは別にしたり、そういう工夫をしたほうが、論文としてもいいとおもった。内容はとてもいい。肉はケガレ、米は神様。お金の代わりとして流通してた日本の米は、自然発生的だけじゃなくて政治的な意図とかもあって、米を神にした、という考察はぼくの発想にはなかったので、あたらしいなと思った。

  • 日本食は米への執着と肉食(というか屠畜)の忌避から出来ている。こんだけ肉食うようになったのに枝肉すらグロいと言うのは日本人に染み付いた感覚なんだろう。日本食の通史としてとても楽しめた。日本人なら米をくえ!

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著者プロフィール

一九四九年・栃木県生。明治大学大学院博士課程中退。博士(史学)。現在国士舘大学21世紀アジア学部教授。著書『中世村落の景観と生活』(思文閣出版、一九九九)、『歴史のなかの米と肉』(平凡社、一九九三)、『食をうたう』(岩波書店、二〇〇八)他。

「2016年 『日本人はなぜ、五七五七七の歌を愛してきたのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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