天災と日本人 寺田寅彦随筆選 (角川ソフィア文庫)

著者 :
制作 : 山折 哲雄 
  • 角川学芸出版
3.77
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本棚登録 : 94
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (158ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044094393

作品紹介・あらすじ

長い時を経て日本列島に築かれた文明の本質を、自然科学と人文学の両面から明らかにした寺田寅彦。その鋭い考察は、地震列島に生きる私たちへ、今なお新鮮な衝撃を与え続けている。日本固有の自然風土と科学技術のあり方を問う「日本人の自然観」、災害に対する備えの大切さを説く「天災と国防」、科学を政治の血肉にしなければ日本の発展はないと訴える「政治と科学」ほか、日本人への深い提言が詰まった傑作選。

感想・レビュー・書評

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  • 地震の研究もしていたし、文筆家としても名高い寺田寅彦の随筆から、地震をはじめとした天災に関したものを編纂した一冊。もちろん3・11を受けてのものだ。関東大震災時の日記から昭和10年くらいまでの折々の天災(主に地震と台風)に関して書かれたものが収録されている。少なくとも70年くらい前に書かれたものだが、昔から人が住んできた地区は大丈夫なのに新造成地ばかりが地震の被害に遭っているとか、地震のない西欧の建築をそのまま真似しているとか、天災のパニックからか尋常に考えればありえないデマ・風評を信じる人がいるとか、いま読んでも十分に納得できる。ただし、ということは、私たちはまた同じ轍を踏んだということでもあろう。
    一方で、日本人は日本人なりに、天災とそれなりにうまくつき合ってきたとも述べている。あえて簡素で壊れやすいつくりの家屋文化や、天災に対するあきらめのよさなど。自然を征服するものでなく、謙虚につき合っていくことの大切さも説いている。
    70年前から本書に述べられているような考えがあったというのに、3・11で同じ轍を踏んだというのは、一方では学習能力のなさ、備える意識の欠如であるとともに、もう一方では、このような被害は茶飯事と考える日本人なりの連綿と続いてきた天災との仲と考えてもいいのかもしれない。

  • TT という人の本をはじめて読んだ。理論的、と言うかだいぶ理屈っぽい叙述。図書館本。

  •  津波に懲りて、はじめは高いところだけに住居を移していても、5年たち、10年たち、15年20年とたつ間には、やはりいつともなく低いところを求めて人口は移って行くであろう。そうして運命の1万数千日の終わりの日が忍びやかに近づくのである。鉄砲の音に驚いて立った海猫が、いつの間にかまた寄って来るのと本質的の区別はないのである(p.25)

     理科教育が妙な型にはいって分かりやすいことをわざわざ分かりにくく、面白いことをわざわざ鹿爪らしく教えているのではないかという気がする。子供に固有な鋭い直感の力を利用しないで頭の悪い大人に適合するような教案ばかりを練り過ぎるのではないかと思われる節もある。これについては教育者の深い反省を促したいと思っている次第である。(p.81)

     雨のふり方だけでも実に色々様々な降り方があって、それを区別する名称がそれに応じて分化している点でも日本はおそらく世界中随一ではないかと思う。試みに「春雨」「五月雨」「しぐれ」の適切な訳語を外国語に求めるとしたら相応な困惑を経験するであろうと思われる。「花曇り」「霞」「稲妻」などでも、それと寸分違わぬ現象が日本以外のいずれの国に見られるかも疑問である。たとえばドイツの「ウェッターロイヒテン」は稲妻と物理的にはほとんど同じ現象であってもそれはけっして稲田の闇を走らない。あらゆる付帯的条件がちがいしたがって人間の感受性に対するその作用は全然別物ではないかと思われるのである。(pp.109-110)

     昔の日本人が集落を作り架構を施すにはまず地を相することを知っていた。西欧科学を輸入した現代日本人は西洋と日本とで自然の環境に著しい相違のあることを無視し、したがって伝来の相地の学を蔑視して建てるべからざるところに人工を建設した。そうして克服しえたつもりの自然の厳父の揮った鞭のひと打ちで、その建設物が実に意気地もなく壊滅する、それを眼前に見ながら自己の錯誤を悟らないでいる、といったような場合が近ごろ頻繁に起こるように思われる。昭和9年10年の風水害史だけでもこれを実証して余りがある。(p.124)

     まったく予測し難い自信颱風に鞭打たれ続けている日本人はそれら現象の原因を探求するよりも、それらの災害いを軽減し回避する具体的方策の研究にその知恵を傾けたもののようにも思われる。おそらく日本の自然は西洋流の分析的科学の生まれるためにはあまりにも多彩であまりに無常であったかもしれないのである。(p.136)

  • 寺田寅彦は、日本文化や日本事情の授業を担当した私にとっては、よく見ていた名前だったので、良書だと思っていました。で、実際に読んでみてそうでした^^
    「天災は忘れたころにやってくる」という警告を発したということでも有名な寺田寅彦。この随筆集に収録されているのは、昭和25年ぐらいまでのもので、「天災と国防」という短編は昭和9年(1934年)、日本が中国大陸に侵略し始めていたころの時代に、書かれた随筆です。
    この「天災と国防」は、随筆集の冒頭に収録されていますが、文明と災害というテーマで、「陸海軍の防備が十分であっても肝心な戦争の最中に安政程度の大地震や今回の颱風あるいはそれ以上の者が軍事に関する首脳の設備に大損害を与えたらいったいどういうことになるであろうか(20頁)」と、暗に身命賭してお国のために戦争するということを貴い愛国心・大和魂などとしていることに、疑問を呈し、批判的な文脈で述べています。なかなか読みごたえのある随筆集です。
    この随筆集を編者である山折哲雄氏は、冒頭で寺田寅彦がいう自然の二面性、「厳父のごとき自然」と「慈母のごとき自然」について、「歴史的な背景を含めて科学的に明らかにした」と解説していますが、そのことを感じられるのがこの随筆集の最後に収められている「日本人の自然観」です。その短編の見出しを列記しますと、

    緒言
    日本の自然
    日本人の日常生活
    日本人の精神生活
    結語
    となりますが、文体・表現法は随筆的ですが、ほとんど論述的な構成で、これもまたかなり読み応えあります。
    結語にある氏の要約だけ引用しますと、「日本の自然界が空間的にも時間的にも複雑多様であり、それが住民に無限の恩恵を授けると同時にまた不可抗な威力をもって彼らを支配する、その結果として彼らはこの自然に服従することによってその恩恵を十分に享楽することを学んで来た、この特別な対自然の態度が日本人の物質的ならびに精神的生活の各方面に特殊な影響を及ぼした(143頁)」。前述の山折氏が、「なぜ今『寺田寅彦』なのか」と切り出しています。山折氏が編集したこの随筆集は2011年に角川学芸出版から出ています。そうです、あの「3.11」があった年です。そういう意味で、災害への警告・反省を促したものとも読み取れますが、今読み終えて思うに、暴力・武力がきな臭く出ている今でこそ、この本を読むことで、もっと人類史観的に立って考えた方がいいんじゃないかな?行動した方がいいじゃないかな?と思いました。


    おススメの一冊です。

  • 文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈度を増す

  • 深刻さはないが、戦争だけでなく、災害にも備えよ、との繰り返しの呼びかけは正鵠を得ている。「愛国心も大和魂も進化すべき」なんてにくい表現である。

    科学的思考で、流言飛語を却下するエッセイも素晴らしい。自分で考え、判断できるようになることが大切だ。

    文明が進むと被害が大きくなることや事故の責任の取り方、地を相する術についての指摘も鋭い。

  • 12/08/27 現代にも通じる寺田寅彦の言葉。

  • 「天災と国防」「津波と人間」「流言蜚語」「震災日記より」他

  • 請求記号:519.9テ
    資料番号:011440021
    日本の科学は「天然の無常」という考え方が根底にあると言っています。

  • 寺田寅彦さんの文章に中学生の頃初めて出会って以来の大ファン。(「茶碗の湯」とか「金平糖」とかだったかな)岩波文庫で全集持ってますが、買ってしまいました。やっぱり好きです。お弟子さんの中谷宇吉郎さんも大好きです。

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著者プロフィール

1878年、東京生まれ。物理学者、随筆家、俳人。文学にも造詣が深く、多くの随筆を残した。おもな著作に『寺田寅彦全集 科学篇』『寺田寅彦全集 文学篇』ほか。1935年没。

「2017年 『こぽこぽ、珈琲 おいしい文藝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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