- 角川学芸出版 (2012年1月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (128ページ) / ISBN・EAN: 9784044094430
作品紹介・あらすじ
トイレには屋根がなく、窓は三重窓。冬には、気温が-50℃まで下がるので、釣った魚は10秒でコチコチに凍ってしまう――。世界でもっとも寒い土地であるシベリア。ロシア語通訳者として、真冬の横断取材に同行した著者は、鋭い観察眼とユニークな視点で様々なオドロキを発見していく。取材に参加した山本皓一と椎名誠による写真と解説もたっぷり収められた、親子で楽しめるレポート。米原万里の幻の処女作、待望の文庫化。
みんなの感想まとめ
極寒の地、シベリアのヤクーツクでの生活を描いたこの作品は、マイナス50℃という驚異的な寒さの中での人々の逞しさや日常をユーモアを交えて伝えています。著者は、ロシア語通訳者としての経験をもとに、寒冷地特...
感想・レビュー・書評
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またも季節外れの一冊。字が大きく読みやすい。いつもながら米原さんのユーモアと他者を認める視点がいい。山本さんの写真や椎名誠さんのコメントと共に、穏やかなヤクートの人達の暮らしぶりを楽しんだ。現在はどうなってるのだろうか。
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世界一寒い国といわれるロシア連邦の中の「ヤクート自治共和国(現サハ共和国)」は、12月の平均気温がマイナス50℃にもなるそうですが、それでも町や村があって日常生活を送っている人達がいるとのことで、一体どんな国なのか、当時1984~85年にかけて、ロシア語通訳者としてシベリア横断の取材班と同行した、米原万里さんと一緒に覗いてみましょう。
まずは米原さん自身が身を以て感じられた率直な印象として、初めてヤクートの地に降りたときの反応が、その凄まじさを何よりも物語っており、ここに来る前に彼女たちは、東京の魚用の冷凍庫で防寒着のテストをマイナス45℃までしていたことから、飛行機の中で外はマイナス39℃と聞いても軽く見ていたようだったが、機外へ一歩踏み出した途端、チクチクと刺すような痛みが鼻の中を走り抜けて、鼻毛や鼻の中の水分が凍ってしまい、その痛みはタラップを一段下りる毎に増していくので、たまらずマフラーで顔を覆い、他の取材班の人達を見ると眉毛も睫毛も真っ白で、よくよく見ると毛の一本一本に氷が張り付いており、その様子は山本皓一さんの撮った、表紙の米原さんの写真を見れば一目瞭然と思われる中、彼らを出迎えたテレビ局員のオフロプコフさんや空港の職員の方々の歓迎の言葉が、また衝撃的であった。
『みなさんは日本から暖かさを運んできてくれましたね。マイナス39℃なんて、こんな暖かい日は久しぶりです』
マイナス39℃というのをこれまで体験したことは無いものの、アイスの冷凍庫が大体マイナス20℃前後をキープするので、その倍の寒さかなと想像すると、とても暖かいとは感じられないのではないかと思われた、そこに私の常識なんてまだまだ井の中の蛙だという世界の広さを痛感させられて、いろんな国があるものですね。
そして、これまでの人生の中で初めて聞いた言葉に『居住霧(きょじゅうむ)』があって、これは人間や動物の吐く息、車の排ガス、工場の煙、家庭で煮炊きする湯気などの水分が、ことごとく凍ってしまってできる霧ということで、冬になると殆ど風が吹かないこともあって、マイナス40℃以下になると、ヤクーツク市内での撮影は難しくなる程の視界の悪さとなり、写真を見ている私からしたら幻想的な景色に見えるけれども、実際に暮らす人達はさぞ大変だろうなと思われる中、市営バスの排ガスパイプが、普段の場所から上に折り曲げて、屋根の上まで真っ直ぐ伸ばされているのには、後ろを走る車への気遣いとも感じられた、そこで暮らす人ならではのアイデアが印象的。
また、もう一つ印象に残ったのが永久凍土地帯ならではの『傾いた家』であり、ヤクートの大地は地表から200メートル程下まで、一万年前の氷河期の地表がこの地域にだけ残ってしまったという事実にも驚いたが、更に驚愕だったのは、夏になると地表から約1.5メートルあたりまでの層が溶けて、冬になるとそれがまた凍ってと、それを繰り返すために建物は土台からねじれて傾いていくことから、どんな建物も50年は保たないそうだが、新しい工法で4~5階建てのコンクリート住宅を建てたりと、環境に合わせた人間の様々な生きる知恵というか考え方には脱帽させられるものがあった。
そんなヤクート人の常識には『寒いと氷はすべらない』があり、一瞬「えっ!?」と思われるかもしれないが、例えばヤクートの車に、今で言うところのスタッドレスタイヤ等は付けておらず、寧ろ、全く溝のないタイヤが好ましいことに、そんな危ないことをと思ってしまうのは、あくまで日本人としての常識であり、ヤクートの冬の寒さというのが、あまりに安定したそれだということを考えれば、逆に『何故すべるのか』ということも、理論的に理解することができて安全運転にも活用できるということで、ヤクートでは春の方がすべる危険が高いのです。
それから、寒すぎることで最も影響を受けることの一つに飛行機の移動があり、ヤクートでは最早運次第とも思われた、そんな米原さん達に実際に起こった出来事を書いていきたい。
まずは、ヤクーツクから800キロほど東方に位置する、北半球の寒極オイミャコン高原に向けて出発し、無事ウスチネラ町に着陸、そこからオイミャコン町に向かう予定だったが、マイナス50℃以下になると墜落の恐れが生じるので飛行禁止を言い渡されてしまう。
その翌日、マイナス48℃だから飛べるかと思われたが、秒速15メートルの強風が吹き荒れていて飛行は無理とのこと。
そのまた翌日はマイナス54℃。マイナス55℃までは飛行特別許可が下りる場合もあるからと空港当局と交渉したものの、行き先のオイミャコン町がマイナス61℃になっているので、やはり無理だと。
それからの三日間は、マイナス58、59、56℃となり、オイミャコンどころかヤクーツクにも帰れそうにない中、町内のどのホテルも足止めを食った乗客でいっぱいだったが、皆慣れているのか、のんきな顔をしている。
翌日、マイナス54℃になったのでヤクーツク行きの便だけは許可が下り、5日間も飛行場に停止していたため冷え切ってしまった機体とエンジンを今温めている最中との知らせを受け、急いで出発準備をしたものの、結局日没の14:30までに元に戻らず、米原さんたちはトボトボと宿舎に引き返すことに。
更に翌日、マイナス54℃でヤクーツク行きの便だけは飛ぶらしく、トータルで1週間待ち、ようやく無事離陸することができたものの、この飛行場も15分後には閉鎖されたそうで、まさに綱渡りのよう。
その2時間後、居住霧に覆われて閉鎖中のヤクーツク空港に強制着陸。ちなみにこの閉鎖はこの先1週間続いたそうで、飛行機で移動できるかどうかは、まさに神頼みとも思えそうなヤクート人のその判断に、まるで自然への敬意を払っているようでもあったのが、私にはとても印象深く、それはどんなに欠航してもピリピリとした雰囲気を見せない、彼らの物腰の柔らかさからも感じられたものがあり、彼らにとっての自然というのは、常に共に存在するものだということをはっきりと認識していることが、よく分かるようでした。
他にも、寒さを防ぐために考えられた構造をした家の紹介や、毛皮がここでは日常生活に欠かせない必需品であることに加えて、彼らヤクート人の狩猟民族のイメージとはかけ離れた温和な人柄には、かつて南国に住んでいた時、周囲の攻撃的な民族に追われて北上し、やがて誰も追い立てる者がいなくなった、この極寒の地に辿り着き、そこで適合することができたという説からも肯けるものがあった、それは彼ら自身の言葉、『どうも寒くないと体の調子が悪い』や『この激しい寒さが無性に懐かしい』からも感じられて、まさに『住めば都』とはこういうことを言うのだろうと思われた。
しかし、それにしたって、屋内プラス20℃で屋外がマイナス50℃という、この70℃の温度差は、人間の身体に凄まじい負担を与えるだろうと米原さんも書かれている中、現在でもサハ共和国の平均寿命が伸び続けているという事実も含めて、人間の身体構造の常識を覆してくれるようなヤクート人の生命力には神秘的なものを感じさせる中、黄色人種で日本人そっくりな風貌であることに親しみやすさもあった、そんな彼らの暮らしには、どこか他人事とは思えない魅力を感じられたのが、本書を読んで最も感銘を受けたことなのかもしれません。
私にとって米原万里さんは、ロシア語の通訳というより、思いもかけない視点から面白いことを教えてくれる人というイメージがあり、それは以前フィクションかと思って読んでいた、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』がノンフィクションであると分かった時から感じていた、若い頃から世界の様々な顔を知ってきた彼女ならではの視点の面白さ(素晴らしさ)であり、それは本書に於いてもモスクワに到着して、まず彼女のやったことが日本人スタッフ一人一人にロシア名を付けたことからも感じられて、声の大きな人には「ガナーリン」、ニコニコしている人には「ニタリノフ」、それを解説で教えてくれた同行者の椎名誠さんには、「アキレサンドル・シナメンスキー・ネルネンコ」と、その意味を知れば、なんて遊び心のあるお洒落な方なんだろうということがよく分かる、そんな彼女の知的なキュートさは、オフロプコフさんを「オフロさん」と呼ぶようになった彼への親しみを感じられた場面にも表れていて、どうやら彼は作家の開高健さんと瓜二つだったそうです。-
たださん、こんにちは。
早速読みましたよ!
想像を絶する世界へのご招待、ありがとうございました!
暑い夏が吹き飛ぶような?世界でした。
感謝...たださん、こんにちは。
早速読みましたよ!
想像を絶する世界へのご招待、ありがとうございました!
暑い夏が吹き飛ぶような?世界でした。
感謝して。2024/08/25 -
まいけるさん、こんばんは。
こちらこそ、ありがとうございます(^-^)
まさに想像を絶する世界でしたが、それでも、そこで生きていく人達にと...まいけるさん、こんばんは。
こちらこそ、ありがとうございます(^-^)
まさに想像を絶する世界でしたが、それでも、そこで生きていく人達にとっては特別な思いが宿っていることを知り、改めて世界の広さを実感いたしました。2024/08/25
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マイナス50℃。私が知っている「寒い」の何十倍も寒いことは間違いないだろうけれど、リアルな想像が難しい。
どんな生活をしているんだろう。気候は、食べ物は、着るものは、家は。
著者は1984年~1985年にヤクート自治共和国(現サハ共和国)を取材したという。今から40年近く前の様子とはいえ、その暮らしに興味津々である。
寒い地域は、風は冷たく雪も多いのだろうという先入観があった。
しかし違うらしい。
ヤクートは乾燥していて降雨量が少なく、寒すぎて摩擦でも氷が融けないから滑らない。滑らないなんて驚きだ。
川が凍って期間限定で道路になること。
石油製品は極寒の中では粉々になってしまうこと。だから本物の毛皮が必要で、合成皮革では代用できないこと。
へえーと思うことばかり。
写真もあって、カラーの屋外写真は全体的に青いのが印象的だ。日照時間が少ないことがよく分かる。
馬の吐く息が凍って靄のように漂っている写真も、幻想的だなあ。こんなの初めて見た。 -
寒いところが苦手な私が、怖いもの見たさで読んでみた。感想...無理! 住めない! でも文章は小学生新聞に連載していたこともあり、子どもでも読めそうな文体で○。吉村昭氏の『漂流』でも大黒屋光太夫の件は触れられているが、『光太夫オロシャばなし』は恥ずかしながら初見だった。機会があれば読んでみたい。ヤクート料理、食べてみたいぞ!
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吉村昭氏、まんま『大黒屋光太夫』、書かれてましたね...。しかも蔵書にあるやんけ! いつか読もう。吉村昭氏、まんま『大黒屋光太夫』、書かれてましたね...。しかも蔵書にあるやんけ! いつか読もう。2021/01/31
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ブグログで本書を検索すると、角川ソフィア文庫版しかヒットしないが、私が実際に読んだのは、現代書館という会社が出版している、毎日小学生新聞編のものである。1986年発行ということなので、今から35年前に発行されたものだ。この本は地元の図書館から借りて読んでいるが、図書館での分類は「児童書」となっている。実際にすべての漢字に読み仮名がふってある。私自身は、実際にマイナス50°Cの世界が知りたくて本書を読んだわけではなく、米原万里の本をまとめて読もうとしている中で手にした本だ。米原万里は1950年生まれなので、本書発行時は36歳だったということになる。
この本は、もともと、TBSの番組企画から始まっている。厳寒の地であるシベリア横断の記録をテレビ番組にしようという意図である。本書の最後に本番組を担当したプロデューサーのコメントが記載されているが、その中に、本番組製作上の苦労が2点記載されている。
本書・本番組で言う「マイナス50°Cの世界」は具体的にはシベリア地方の、当時のソビエト連邦内のヤクート自治共和国を指す。ソ連の中に民間のテレビ局が長期間ドキュメンタリー番組を撮影するために入ることは、当時は相当に難しいことだったようで、撮影許可を得るためのソ連側との交渉が大変であったことが記されている。現在では、ソ連と言う国自体がなくなったしまったわけで、時代の流れを感じる。
また、本番組製作の意図について、上述のプロデューサーは、地球上には「私たちにはまだまだ沢山の未知の世界があり」、「テレビカメラが私たちに思ってもみない世界を次々と映し出」すことが出来る、そういう一環としての番組であったことを記している。もちろん、今でも当地が厳寒の地であり、コロナ下であることを除いても、特に冬場は簡単に行ける場所ではないことは確かであるが、一方で、このあたりの中心都市で、本書にも訪問の記録があるヤクーツクに関して、ネットで検索すると、「2021年ヤクーツクで絶対外さない観光スポットトップ10」という記事がヒットしたりして、こちらの方も時代の流れを感じてしまう。 -
気楽に読んだ一冊。大黒屋光太夫について「光太夫オロシャばなし」と「おろしゃ国醉夢譚」を読みたいんです。
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椎名誠は自伝的小説や探検記など次々に出す人気作家で私自身も週刊誌の連載エッセイを楽しみにしていたほどの大ファンだったので大黒屋光太夫『おろしや国粋夢譚』の存在はリアルタイムで見ていたはずだが、その時の通訳が米原万里さんだったことはなぜかすっかり記憶から抜けていた。世界一寒い国ヤクート自治共和国(現サハ共和国)をこども向けに紹介した1〜4章はイラストも楽しく、取材の経緯や裏話の5章まで米原さんの言葉で綴られる当地の暮らしは驚きの連続。写真集としても美しく椎名さんの解説が嬉しい。
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1984~85年にかけて、TBS取材班はソビエト連邦のヤクート自治共和国(現在はロシア連邦のサハ共和国)を訪れた。本書はこの取材班に同行したロシア語通訳・米原万里さんによる酷寒のシベリア紀行文である。
「世界一寒い国」と言われるヤクートに降り立った朝、外気温はマイナス39℃。鼻の中の水分がたちまち凍って痛みが走り、自分の吐く息が空気中で凍って眉毛やまつ毛に真っ白になって張りつく。
首都ヤクーツクではマイナス40℃以下になると人間や動物の吐く息や車の排ガス、家庭から出る湯気などが全て凍って街中が霧に覆われる。日照時間は一日4時間足らず。バスは停車するとエンジンが凍ってしまうため絶えず動いている。私たちには全てが新鮮に思われる世界が、豊富なカラー写真と共に紹介される。
民家は木造平屋で窓は三重、当然セントラルヒーティングで玄関が冷蔵庫を兼ねる。洗濯物は外に干し、凍った水分を叩き落として取り入れればいいという。風呂は村で共同、なんとトイレは家の外にある。地面に穴が掘ってあるだけだが、全て凍るので臭気はない。
ヤクートの人々はそれでも「モスクワやレニングラード(当時)のマイナス30℃より、ヤクーツクのマイナス55℃の方がしのぎやすい」と言う。日本でも雪国出身の人が東京に来ると寒がるのに似ている。
著者の米原万里さんは当時ロシア語同時通訳の第一人者と言われた才媛で多くのエッセイを残したが、本書はその処女作に当たる。子ども向けに書かれた本なので文章が平易で読みやすく、イラストや写真にはキャプションがついている。私たちが恐らく決して訪れることのないであろうこのシベリアの地を身近に感じさせ、軽やかに脳内トリップさせてくれる。
この取材に同行した椎名誠さんは、シベリア各地のトイレに便座がないことを不思議に思い、『ロシアにおけるニタリノフの便座について』(新潮文庫)を書いた。こちらも抱腹絶倒の面白さだが絶版になっているため、古本なら入手は可能である。 -
さいはての、さらにはての地の街並みや生活について写真と共に紹介されている。
マイナス20度では暖かい。
寒すぎると氷は滑らない。
素手で金属に触れると即張り付いてしまう。
生き物から生ずる水分で、霧がかってしまい周りが見えない。
こんな土地で暮らしを営んでいる。
自分が暮らしている環境とは似ても似つかぬ異国の情景に、なぜか言いようのない思慕の念を抱いた。
しばしの間、ヤクートの空気を疑似体験することになった。
あっという間に読了したが、遠い国から戻ったような不思議な気分を今も引きずっている。 -
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「こんなとこ住まなきゃいいのに!」まさにこれが正直な感想。極寒の地、というか「極寒」なんて言葉ではとうてい表すことなどできないであろう、まさに想像を超えた寒さ。マイナス50℃の世界は「寒い」という言葉を通り越して、「寒い」ことから連想される様々なことが(たとえばスケートとか氷柱とか)、実は日本での「寒さ」を想定した事象に過ぎないことを教えてくれる。
こんな寒い地ならわざわざ住む必要などないのでは?というのが最初の単純極まりない疑問。それゃそうだ。飛行機は飛ばない。バスだって霧によって危険極まりない。それでもヤクートの人々は、たとえヤクートより暖かいところへ行ったとしても、「体の調子が悪い」なんて言っては再びこの極寒の地に帰ってくるのである。愛着?そして体に染み付いた"何か"が彼らを故郷へと返すのだろう。その"何か"とは、米原氏一行が極寒の地でなんとか必死に日本料理を作ろうとしたのと同じように、それぞれの人の体にしっかりと染み付いた"文化"と呼ぶべきものなのかもしれない。 -
子供向けに書かれた本なのかな?
とにかく肩肘張らずに読めて、しかも面白い。色んな意味でスリリングでもあるし、信じ難くもあるし。
確かに私たちは才媛を早くに失ったのかも。でも才ある人ってそういう宿命かもしれず。
ところで今はどうなってるんだろう?この街は。興味ありです。 -
寒い場所好きのワタクシとしては、著者の睫が凍っている表紙を見ているだけでもたまりません(変態(何
通訳者であり、作家・米原万里氏の処女作。200年前にシベリアに漂着した日本人の足跡をたどるTBSのドキュメンタリー番組に同行した際の滞在レポート。
いきいき楽しく読めます。-
「寒い場所好き」
尊敬の眼差し・・・
軟弱者なので寒いところも、暑いところもダメ(花粉で春も、感傷的になってしまう秋も)「寒い場所好き」
尊敬の眼差し・・・
軟弱者なので寒いところも、暑いところもダメ(花粉で春も、感傷的になってしまう秋も)2014/04/23
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表紙の写真が印象的だったので衝動買い。
米原さんのエッセイ風のものを読むのは2冊目だけれど、平易な言葉遣いでユーモアがあって読みやすい。そして食べ物の話には熱が入る。写真も多く掲載されていてよりイメージが膨らむ。
4章のタイトル「さいはてのさらにはて」という言葉から想像させられる世界が、幻想的で良い。 -
ヤクート(Yakut)語はテュルク語族に属し、ロシヤ生まれの言語学者ベートリンク(Otto von Böhtlingk:1815-1904)の物した研究書"Über die Sprache der Jakuten (ヤクート人の言語に就いて)"は、テュルク言語学の出発点となったと言われている。ヤクート族の自称はサハ(Sakha)。ヤクートはブリヤート(Buryat)族の言葉で「最果ての更に果て」を意味するのだそうだ。
本書中に触れられているヤクート族の英雄伝承群オロンホ(Olonkho: 14-15c./ca.)というのが興味深い。口伝伝承には当然ホメリダイの様な伝承者が存在するが、ヤクート族にはオロンホ•スーティと呼ばれる語り手があるとのこと。これは調べてみよう。
巻末に付された椎名誠氏の解説で、取材当時の微笑ましいエピソードが語られており、それが喪失感と相俟って、哀調に胸に響いて来た。 -
やさしい文章で綴られた極寒の世界。情景が思い浮かぶ。短かったけどとても好き。
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子供に語りかけるような文体。
いつもの切れ味鋭い米原万里さん節はややマイルドな感じ^^
2025.5.5
著者プロフィール
米原万里の作品
