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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784044094546
作品紹介・あらすじ
黒猫をお供に、ほうきにまたがって空を飛ぶ――わたしたちが共通して持つ魔女のイメージはいつできあがったのか。そもそも人々が思い描いていた魔女とはどんな姿だったのか。ヨーロッパにおける古代の女神崇拝やグリム、メルヘンなどの伝承からその実像を掘り起こし、中世のキリスト教文化の中で弾圧の対象となってしまった過程をたどる。人々の暮らしや心情を映し、変容し続けてきた「身近な存在」を読み解く、新しい魔女論!
みんなの感想まとめ
魔女というテーマを通じて、古代から現代に至るまでの人々の心情や文化が深く掘り下げられています。著者は、赤ずきんや眠れる森の姫といった童話を例に挙げながら、魔女が持つ象徴的な意味を解説し、時代ごとの社会...
感想・レビュー・書評
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おもしろい。耳馴染みのある赤ずきんちゃんや、眠れる森の姫など、童話やメルヘンが少しずつ紹介されて、今までとちがった目線で読むことで発見がある。物語には、その時代のその土地のものしか出てこない。悪いことも、その時代の困りごと(雹が降ってきて農作物が育たないとか、牛の乳が出てこないとか)である。
その時代の人々が考えた反社会的なものが魔女に託されている、という。魔女は、困ったときは頼りになる、力のあるものの象徴だけども、同時にその力が恐ろしいと感じていた人々。そういった、かつての時代の精神を読みといていく。キリスト教の布教と、魔女の迫害というのも、おもしろい図式で今までにない見方だった。言われてみれば、キリスト教は父であり、迫害された魔女が女性だったというのは、男女の優位性を位置付けるもののように思われる。
しかし、魔女が、どこか闇に惹かれてしまう私たちが作り出した存在であるのと同様に、マリアさまという聖母も、キリスト教が押し付けようとしたものではないのに、民衆は強く慕ったという。そこには、やはり母への想いがあるのだろうなあと思う。また、支配するとは言っても民衆の心が離れていってはいけないわけで、利や理屈に走りすぎたりしても人はついてこないのだなあと思った。
そもそも、民衆の心にあった隅をつつくように宗教というのは生まれるわけで、民衆の気持ちとは切っても切れないものなのかもしれない。
極端な宗教や思想、政治は、そのものや担い手たちだけのせいにはできず、それを誕生させ成り立たせているというのは、その土地であり人々の想いであるような気がする。魔女なるものを、私たちが心のどこかで求めているのと同じように。
エピローグでの、日本の魔女考察も面白かった。暗闇がなくなって、静けさがなくなって、魔法が減っていく。でも魔女には知恵がつまっている。今の常識とは違うかもしれないけれど、それを生かすも殺すも、私たちにゆだねられているように思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
魔女と、それに付随する(黒)猫、ほうき、牡山羊たちは、キリスト教の侵攻にしたがって堕とされた神々や土着信仰の姿。古代神の復権で、別の方の著書でも色々読んだことがあるけど、宗教って何なんだろうなぁと眉間にシワが。日本もキリスト教が浸透してたら、日本の神様方も悪魔や魔女として堕とされたのかな。そう考えると必死で防いできた昔の武将さんたち、GJって感じです。これからも多神教でおおらかな日本でありますように。…あれ?
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ファンタジー系の物語だと思って買っちゃった。
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博学な著者による、エッセイ仕立ての魔女なる象徴について。いちいち原著から訳していたり、白黒とはいえ挿絵も豊富なもので、楽しい読み物に違いない。っていうか、魔女の宅急便、好きっすね先生。バディ物ってファウスト博士にまでさかのぼれるんだなー、とも思考の道草。民俗学、神学、心理学に触れて、性に執着する傾向をさっと切り捨てるのは好印象です。生き物は代々に続くのが仕事だもんって。極々良書とします。
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