魔女とほうきと黒い猫 (角川ソフィア文庫)

著者 :
  • KADOKAWA/角川学芸出版
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本棚登録 : 66
レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (217ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784044094546

作品紹介・あらすじ

私たちが共通して持つ魔女のイメージはいつ生まれたのか。そもそも魔女とはどのような姿だったのか。人々の暮らしや心情を映し、変容し続けてきた「身近な存在」を読み解く新しい魔女論! 貴重な図版も豊富に収録。

感想・レビュー・書評

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  • おもしろい。耳馴染みのある赤ずきんちゃんや、眠れる森の姫など、童話やメルヘンが少しずつ紹介されて、今までとちがった目線で読むことで発見がある。物語には、その時代のその土地のものしか出てこない。悪いことも、その時代の困りごと(雹が降ってきて農作物が育たないとか、牛の乳が出てこないとか)である。

    その時代の人々が考えた反社会的なものが魔女に託されている、という。魔女は、困ったときは頼りになる、力のあるものの象徴だけども、同時にその力が恐ろしいと感じていた人々。そういった、かつての時代の精神を読みといていく。キリスト教の布教と、魔女の迫害というのも、おもしろい図式で今までにない見方だった。言われてみれば、キリスト教は父であり、迫害された魔女が女性だったというのは、男女の優位性を位置付けるもののように思われる。

    しかし、魔女が、どこか闇に惹かれてしまう私たちが作り出した存在であるのと同様に、マリアさまという聖母も、キリスト教が押し付けようとしたものではないのに、民衆は強く慕ったという。そこには、やはり母への想いがあるのだろうなあと思う。また、支配するとは言っても民衆の心が離れていってはいけないわけで、利や理屈に走りすぎたりしても人はついてこないのだなあと思った。

    そもそも、民衆の心にあった隅をつつくように宗教というのは生まれるわけで、民衆の気持ちとは切っても切れないものなのかもしれない。
    極端な宗教や思想、政治は、そのものや担い手たちだけのせいにはできず、それを誕生させ成り立たせているというのは、その土地であり人々の想いであるような気がする。魔女なるものを、私たちが心のどこかで求めているのと同じように。

    エピローグでの、日本の魔女考察も面白かった。暗闇がなくなって、静けさがなくなって、魔法が減っていく。でも魔女には知恵がつまっている。今の常識とは違うかもしれないけれど、それを生かすも殺すも、私たちにゆだねられているように思った。

  • 魔女と、それに付随する(黒)猫、ほうき、牡山羊たちは、キリスト教の侵攻にしたがって堕とされた神々や土着信仰の姿。古代神の復権で、別の方の著書でも色々読んだことがあるけど、宗教って何なんだろうなぁと眉間にシワが。日本もキリスト教が浸透してたら、日本の神様方も悪魔や魔女として堕とされたのかな。そう考えると必死で防いできた昔の武将さんたち、GJって感じです。これからも多神教でおおらかな日本でありますように。…あれ?

  • ファンタジー系の物語だと思って買っちゃった。

  • 博学な著者による、エッセイ仕立ての魔女なる象徴について。いちいち原著から訳していたり、白黒とはいえ挿絵も豊富なもので、楽しい読み物に違いない。っていうか、魔女の宅急便、好きっすね先生。バディ物ってファウスト博士にまでさかのぼれるんだなー、とも思考の道草。民俗学、神学、心理学に触れて、性に執着する傾向をさっと切り捨てるのは好印象です。生き物は代々に続くのが仕事だもんって。極々良書とします。

  • 魔女に関するお話詰め合わせ。読みやすい。

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著者プロフィール

1959年、横浜市生まれ。神奈川県立外語短期大学付属高校卒、筑波大学卒業後、トゥールーズ神学大学高等研究院留学。東洋大学教授。博士(文学)。著書に『姿を変えたキリスト―みなし子を育てたシスターたち』(春風社)、『聖母マリアのカンティーガ―中世イベリアの信仰と芸術』『奇跡の泉へ―南ヨーロッパの聖地をたずねて』(以上、サンパウロ)、『ユダヤ教 キリスト教 イスラーム』『エクスタシーの神学』(以上、ちくま新書)、『悪魔という救い』(朝日新書)、『魔女とほうきと黒い猫』(角川ソフィア文庫)ほか。

「2020年 『小鳥が歌う』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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