- KADOKAWA (2014年9月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784044094720
作品紹介・あらすじ
『痴人の愛』や『卍』『細雪』など、官能美を描く耽美的な作品を残した谷崎。その美意識は、どのように形成されていったのか。代表的随筆「陰翳礼讃」の礎ともなった表題作をはじめとして、自身が神奈川県で被災した関東大震災を記録する「『九月一日』前後のこと」、関西移住後に故郷である東京をつづった「東京をおもう」ほか11作品を所収。著者の類いまれなる美意識と、その根底に横たわる日本観に迫った随筆選。解説・山折哲雄
みんなの感想まとめ
美意識と日本観に迫る随筆集は、著者の独自の視点を通じて、恋愛や色情、さらには関東大震災の影響を描き出しています。特に、京都と東京の文化の違いについての考察は、旅行を通じて感じたスケールの大きさを再認識...
感想・レビュー・書評
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平野啓一郎が書いていたからだと思うが、谷崎の「恋愛及び色情」を読んでみたくて全集を借りてみたけれど、版が古かったためかそこにはなく、そうこうしているうちに古本で見つけて購入した。少し読んで恋愛の話ではないなあなどと思いながら放り出していた。それでいま残りを読んでみるとなかなかおもしろい。クララ・ボウの「イット」というのがどういうものか一度見てみたい。日本人女性のズンドウの美学と言われたりすることがあるが(ちょっと調べてもそういう言葉は出てこない。着物を着るのに腰のくびれなどは不要だというのをどこかで読んだと思うのだが。多田道太郎だったか)、谷崎はそこに魅力は感じていないようだ。ただ西洋人女性と比べて肌のきめ細やかさには魅力があると言っている。湿度の問題だろうか。それと、舅姑がいた方が嫁は色気が増すという。嫁が義理の親たちに遠慮しつつ、陰で夫にすがりつくのがいいのだそうだ。何たることよ。これは谷崎の趣味ということで、なんだか恋愛論というようなものではなかったなあ。
以下、ブクログのメモから。
「にくまれ口」「源氏という人間は好きになれないし、源氏の肩ばかり持っている紫式部には反感を抱かざるを得ない」が物語としては「偉大さを認めない訳には行かない」らしい。
「老いのくりこと」歳を取ると電車で席を譲られる。これをまずは受け入れる。自分が座っていて、いくつか席が空いている。美人が乗ってくる。いくらか見渡して、自分の横に座る。年寄りだから安全だと思われたのか。それが一つの楽しみにもなる。
「父となりて」谷崎30歳。とんでもないやつだ。生まれて一月、子どもが可愛くなってこない。妻に対してもだ。別に好きでもない。親と暮らすよりはマシという程度。そして自分はアブノーマルだと言う。30歳、それを認めている。芸術が第一で、生活は二の次。
「頭髪、帽子、耳飾り」都会の女が美しく見えるのはその髪結いの仕方ではないかと言う。大正の後半の話である。さらに耳環を推奨したいとも言う。ピアスではなくイヤリングを。そこは同感である。
「縮緬とメリンス」メリンスとかフランネルとかのイメージができない。縮緬よりは安い、普段着であるということしか分からない。生地の問題で、形態では無さそうだから、まだ洋服というわけではなさそうだ。とにかくメリンスをお勧めしている。1920年頃のこと。
「都市情景」東京から京都へマウントを取っているかのように読めた。
「九月一日前後のこと」母親が怖がりだったせいか、本当に地震が怖かったようだ。幼いころは雷にも相当怯えていた。大人になっても地震はどうしようもなく怖かった。子どもたちをほっぽり出してでも、まずは自分が逃げる。関東にいれば、数十年に1回は大きな自信に出会う。出会わずに一生を過ごせればラッキーだったということ。さあ、それがいつになるのか。1回大きな地震と出会えば、もうその後は心配ないとも思っていたようなふしがある。これぐらいで済んだのなら良かったというところもある。しかし、大正12年9月1日のことを我々は知っている。だんだんとそれに近付いている。8月中に大地震があると予言していた人もいたようだ。9月に入って、予言は的中しなかったと安心していたかもしれない。自分は移動中のバスの中。崖崩れなどでの危険もあったと思うが、案外自分は大丈夫と思っている。横浜にいる妻子のことを気遣う。しかし、一方で、ごちゃごちゃしている東京は一度焼けつくした方がいいとも思っている。横浜と東京ではどちらの方が被害が大きいかなどと考えている。妻子は助かっていてほしいが、街がリセットされることを望んでいるようでもある。自分の中の矛盾に気付いている。
「東京をおもう」地震後関西に引っ越しをする。そこで東京のことをいろいろと考える。なんかもう愚痴ばかりのように聞こえなくもないが、それが独特の文化論になっているのかもしれない。「陰翳礼讃」は途中で放り出したままになっている。そちらも残り読まないといけない。
恋愛論を読んでいる一環で本書に手を出したが、そちらの方面での収穫はなかった。それよりも、地震の話がおもしろかった。あとは東京下町生まれから見た、山手ことばなどに対する思いもなかなかおもしろかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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京都旅行に向けて谷崎熱を高めんと読んだ本。関東大震災についてなどもあり、なかなか興味深く読めました。東京のものはケチな感じというのは、いま別に感じないけれど、京都の方がお寺にせよなんにせよスケールが大きいというのは京都旅行を通じてなるほどと思いました。しかし、恋愛と色情について、は、あんまり記憶に残っておりません。すみません。
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『陰翳礼讃』で感じていたが、凄いのは小説だけじゃない谷崎潤一郎。
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意外につまらなかった。と言うわけで、最後まで読まずに終了。
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多少の例外があっても。
日本では恋愛問題を取り上げた物語で、
知識階級が恥じない賞賛を博したのは、
明治の夏目漱石まで無かった。
ぢゃあ、「源氏物語」はどうなんだ?という声が聞こえますが。
アレは恋愛なんかぢゃあ無いよ、と。
だって、顔も見たこと無い相手と和歌を交換したら闇の中でベッドイン、ですよ?
個人と個人、性格と性格。
そういう人間性の交錯では、なかったわけです。
あれは恋愛ぢゃなくて、「もののあはれ」っていう、
長い歳月の人の営みの印象みたいなことについての文章でせう、と。
漱石さんは、19世紀までの欧州のブンガクを気が狂う寸前まで綿密に研究した学者さんだったわけで。
つまり漱石さんによって明治時代に、
「個人と個人として、恋愛心理を描く」
という表現が、
「ニンゲン探求において大事なことである」、
という考え方自体、その価値観自体が、輸入されたんですね。
恋愛の解放。性欲の解放。
特に、女性の側にも個性や性格や感情がある、という。
女性の、恋愛、そして性欲の解放。
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って言うのは、
この本で谷崎さんが言っていることです。
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そして続けて。
それまでの日本史でいかに、「女性」というのが描かれてきていないか、という話がひとくだり。
まあ確かに、名前が残っているのが「ねね」とかほんと数人ですものね。
あとは「だれだれの娘」ですからね。
(これについては、西洋の事例を詳しく知らないので、それがどこまで日本独特のユニークなことなのかは分かりません。
だいたい、西洋だって、やっぱり漱石のような、「自我と自我の交差点」みたいな恋愛関係の小説が生まれるのは、やっぱり19世紀…甘く見ても産業革命以降でしか無いのでは?と、おもいます)
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それでは、つまり、個である自分の主張というか。
個性の主張というか。
そういうのは、簡単に言うと江戸時代くらいまでは、男性もあまりしなかったし。
女性はなおさらだったわけですね。
それがまあ、明治以降はそうでもない、と。
女性でも、俺は私はワタクシは、という主張の時代。
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で、それが良いとか悪いとかは、谷崎さんは恐らく関心なくって。
「日本語に色気という言葉がある。
これはちょっと西洋語に訳しようがない」
「放縦で露骨なものよりも、内部に抑えつけられた愛情が、包もうとしても包み切れないで、ときどき無意識に、言葉づかいやしぐさの端に現れるのが、一層男の心を惹いた。色気というのはけだしそういう愛情のニュアンスである」
と、言うわけです。
まあつまり、アメリカ式の露骨な個性、肉体、意見の露出。。。
と、いうのは色っぽくなくて。
儒教に押し込められているような婦人のちょっとしたイロイロなところが、いやあ、色気だなあ、と。
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だからなんなんだ?
と、言われるとそれまででして。
まあでも、近代日本文学史に燦然と輝く、エロと変態の大卸のような谷崎先生にそう書かれると、「なるほどなあ」と思わざるを得ませんね。
(そもそも、谷崎センセイの言に従っての「色気」、というのは、我々は語れるのか?
もはやそれは、絶滅した希少生物のようなものなのではないだろうか?
という疑念も…)
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角川ソフィア文庫。
この文庫では先行で「陰影礼賛」というタイトルで、谷崎のまあ、エッセイ集が出ています。
その「陰影礼賛」が評判が良かったのか、ほぼ同じような作りの一冊。
エッセイ集です。
谷崎潤一郎さんの文章は、ほぼほぼ好きです。
まだまだ未読の本がいっぱいあるので、楽しみでなりません。
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営業用でしょうか、それなりに扇情的なタイトルのエッセイが、表題作になっています。
「恋愛及び色情」婦人公論 昭和6
「夏日小品」初出不明 一部抜粋
「にくまれ口」婦人公論 昭和40
「老いのくりこと」中央公論 昭和30
「私の初恋」婦人公論 大正6
「父となりて」中央公論 大正5
「女の顔」婦人公論 大正11
「頭髪、帽子、耳飾り」婦人公論 大正11
「縮緬とメリンス」婦人公論 大正11
「都市情景」週刊朝日 大正15
「「九月一日」前後のこと」改造 大正15
「東西美人型」婦人公論 昭和4
「関西の女を語る」婦人公論 昭和4
「東京をおもう」中央公論 昭和9
という、長短取り混ぜた内容。
時代的にも1916−1965という振れ幅で、谷崎さんの年齢で言うと
30歳くらい−80歳くらいという、物凄い期間をカバーしています。
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冒頭の「恋愛及び色情」から始まって。
和服や洋服のファッションについての軽めのエッセイもあれば、
「いやあ、父親になったときの心情って言われても、特に何も感じなかったっていうか、芸術家としての俺の悪魔性っていうのが大事だから、それが薄まるのが怖くってサ」
みたいな内容のエッセイもあります。
そして、後半になるに従って、この本の編集意図としては、
「谷崎潤一郎が語る関東大震災」
ということになってきます。
まあ、311東日本大震災が意識されていますね。
谷崎さんはもう職業作家として売れていた40歳前後の頃、1923年に関東大震災を経験しています。
その経緯は本文に詳しいのですが、要は谷崎さんは、大正時代に入って膨張する都市・東京の混雑に愛想をつかして、その頃は横浜にいたんですね。
更にいうと被災の瞬間は箱根でした。
で、「この震災の破壊で、醜い東京が、都市として整備されて美しくなるのでは」という考察も述べています。
うーん、この辺、大衆心情のファシズムが厳しい2016年現在では、とてもぢゃないけど言えないことですね。炎上します。
だって、大勢死んだあとですからねえ。いやあ、ジャーナリズムも大らかだった、っていうことです。
そして、そうした被災日記みたいな文章はそれなりに面白いのですが。
谷崎センセイは震災がきっかけで関西に移り住んで。
そのうち戻るつもりだったようですが、すっかり関西が気に入ってしまって。
そのままどっぷり移住しちゃいます。
その後に書かれた「東京をおもう」などの文章で、
もう笑っちゃうくらい、
「東京あかん。関西がええわ」とのたまわっています。
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このあたり、僕も東京人ですが、仕事の転勤で5年関西で暮らして、
実は谷崎さんと同じ感想をもっているんです。
なので、共感、大いにするんです。
特に食生活とか。
ただ。それにしても、ひどい。
あんまりで、東京がかわいそうになってきます。
なんていうか、ヒステリーとも違うんですけど、
「もうこれは、確信犯のユーモアなんぢゃないか?」
っていうくらい。
「なんかさあ、そもそも顔つきが気に食わないんだよね」
「物腰がだめなんだよね」
みたいなレベルなんです。ほぼ、爆笑です。
ノーベル文学賞にリーチだった偉大な文学者なんですけどねえ(笑)。
(原文より)
「何一つ京阪に優ったものがあるのではない」
「彼らは概して見え坊の癖に意思が弱い」
「ブリリアントな人種ではない」
「田舎だ。米沢や会津や秋田や仙台の延長なのだ」
「目黒の不動、堀切の菖蒲、柴又の帝釈天、堀之内のお祖師様、そんなのが四季の行楽であるとは、まあ情けない」
「江戸のものは、皆、間に合わせで規模が小さい」
「おっとりしたところがない」
「とんちやシャレにさえも、一脈の淋しさが漂う」
いやあ…もうほんと、絶句です。
アンチ東京の、関西原理主義者がいたら、この本はバイブルと呼ばれるのではないかしらん…。
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まあ、僕も関西に5年くらして、実はほぼほぼ、同感なんです。
なんだけど、ここまで言われるとねえ…
小声で言い返したくなりますね…
例えば…うーん。
落語は僕は、やっぱり江戸落語の「粋」とか「素っ気なさ」が良いと思います…主に志ん朝さんですけど…
あとは何だろう…実利を離れた文系的な研究や試作、みたいな精神風土もやっぱり東京のほうがあるのでは…
なによりも、谷崎センセイ、あなたみたいな人を生み出したのは、やっぱり東京だと思うんだよなあ… -
当時の東京に満足しない谷崎潤一郎が、今の世界に生きていたら、なんて言うのかしら。
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取引先の方から頂いたので読んでみる。
関東大震災に接した谷崎の震えや息遣い伝わってくる随筆がよんでいて苦しくなる。編者の山折氏はおそらくこの随筆を世に広めたかったのであろうが、書名やカバーからはそれは伝わりにくい。
茶羽織、縮緬とメリンスなど当時の人々の服飾に関する論考は写真がないとわからない。
面白かったところ抜き書き:
西洋においては恋愛もしくはすくなくとも人事が芸術の大きな範囲を占めるものであったのに対し、東洋においては少なくとも恋愛を卑しめる気風があった。西洋文学が日本に及ぼした大きな影響の一つは「恋愛の開放」であった。
日本人は性欲において淡白であると筆者はいうが、食に対する「あくどい」と私は思う。
日本の女の指の色にはアクアマリンが最も適しい。サファイアはもっとも合わない。
源氏物語の舞台となる平安時代は制度上「女は男の私有物」であったが、それと「男が女を尊敬していたこと」は矛盾しない。仏壇は所有物であるが、それを敬い手を合わすのと同じである。
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