キャラクター小説の作り方 (角川文庫)

  • 角川書店 (2006年6月24日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (376ページ) / ISBN・EAN: 9784044191221

作品紹介・あらすじ

魅力的なキャラクターとは? オリジナリティとは何だろう。物語を書くための第一歩を踏み出すための12講。小説を書くために必要な技術を分かりやすく解説。

みんなの感想まとめ

魅力的なキャラクターを創造するための具体的な技術や視点が詰まった一冊です。著者自身の経験をもとに、物語作りの過程をわかりやすく解説しており、特に「欠けたものが回復する」というテーマや「場面」の重要性が...

感想・レビュー・書評

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  • 【どんな本?】
    キャラクター小説とは今で言う「ライトノベル」のこと。
    アニメや漫画のキャラクターを中心とした小説の書き方の考察を筆者なりにまとめている。


    【まとめ】
    著者は実際に自分で作品を描いている方。
    そのため、どんな感じで物語を作るのかを考察している。
    物語を作ったことが無い人にとって目からウロコの話が多く、特に「欠けたものが回復する」視点と、「場面」の考え方は、物語を作る上で無くてはならないものだと思う。

  • この本ではパターンという物について多く触れられている。
    そのパターンを手塚治虫の作品や宮崎駿の作品を通じての解説は大変に分かり易かった。また、漫画、アニメだけでなくドラマや映画、ハリウッドでもパターンを用いられているという事はその通りだなと納得できた。
    また、第6講での物語の作り方として「場面」カードを用いる事は小説を書かないとしても、やってみれば面白そうだ。
    [more]
    いわゆる「フラグ」は読者や視聴者にほぼ完全に浸透しているパターンを指していると思う。
    死亡フラグなんかは、特にそれに当たるのでは無いだろうか?

  • 「9.11を発端とするイラク戦争はいかに物語として面白いか」を物語論の枠組みから読み解こうとするくだりが劇薬のようにおもしろかった

  • 著者の『物語の体操』(朝日出版社)と同様、キャラクター小説の持つ構造が解き明かされるとともに、キャラクター小説の置かれている位置を、私小説や戦後文学との関わりの中で明らかにしています。

    著者によれば、自然主義文学の中から生まれた私小説は、「私」の視点から見られた現実を「写生」することによって生まれます。これに対してキャラクター小説は、アニメやコミックのようなまったく別の世界の人物が生きる「仮想現実」を描写したものとされます。キャラクター小説で描かれるのは、「キャラクター」の視点から見られた仮想現実です。キャラクター小説では、物語の設定と、その世界を生きるキャラクターについての設定が密接につながることで、生き生きとしたキャラクターを作り出すことがめざされます。

    さらに本書の後半で著者は、田山花袋の『蒲団』を、「文学」が「キャラクター小説」との間に線引きをする小説として読みなおそうとします。近代以前には「私小説」的に語られる「私」は存在しなかったのであり、言文一致運動と自然主義文学によって、はじめて「私」が成立したのだと著者は主張します。ところが、『布団』という小説で、主人公は彼の「文学」によって「私」という仮構を生き始める女弟子にうろたえることになります。私小説の「私」も仮構にすぎないということはしばしば語られますが、そのように語る「文学」はなお、「私」を「文学」を書くことによって保証しようとする誘惑から逃れ切っていないと著者は言います。その上で、「作者としての私」を描くのが「私小説」であり、「キャラクターとしての私」を描くのがキャラクター小説だという解釈が導かれています。

    こうして著者は、キャラクター小説を書くことを志す読者に対して、キャラクター小説というジャンルの来歴を自覚し、その限界や困難さを知ることで、キャラクター小説の新たな可能性が開かれることになるのではないかと語りかけています。

  • 創作論としては物語の文法、オリジナリティのあるキャラクターという2点が本書の肝。あとは構造論が中心。

  • カードによるプロット分析が楽しそう!

  • そもそも、最初から「文学」はサブカルチャー文学=キャラクター小説であったのに、それを無理やり峻別したところに文学の「サブカルチャー化」という考え方が成立する余地があったのではないか(348頁)


    大塚英志という名を知ったのは中学生の頃だった。
    同年代のまわりには誰も読者がいなかった『多重人格探偵サイコ』(角川書店)が、その名を知るきっかけだったと思う。
    そもそもなぜ『サイコ』を購読するようになったのか?
    マンガの少々グロテスクな装丁がカッコよかったからだ。
    現在は15巻まで既刊だが、その全てに脳漿と眼球がデザインされており、「グロテスクだけれどなんだかカッコいい」という感じが中二魂を刺激しまくって、新刊が出る度に買うようになった。

    もう10年以上経つ。

    大塚英志の認識の仕方もだいぶ変わってきた。
    まんが原作者以外の面の大塚にも触れるようになってきたからだ。
    大塚は民俗学、物語論、サブカルチャーとオタクなどに関する著作も多数出版していて、そこで展開される論はどれも興味深く読むことが出来る。

    今回取り上げるのは『キャラクター小説の作り方』(角川文庫)。
    大学で教鞭をとっているということもあって、このような「小説の作り方」に関する本は他にも多数出ている(『物語の体操』(朝日文庫)、『キャラクターメーカー 6つの理論とワークショップで学ぶ「作り方」』『ストーリーメーカー 創作のための物語論』『物語の命題 6つのテーマで作るストーリー講座』(いずれもアスキー新書)等等)。

    大塚がこの手の本で繰り返し言及するのは、近代文学と「私小説」との関係についてである。
    本書でも、『物語の体操』でも、あるいは創作のための本ではないが『初心者のための「文学」』(角川文庫)でも、そのことについて幾度か述べている。
    日本の「文学」が「私小説」という伝統の上に成立していることによって、「小説家」であることと「私」であることを重ねる傾向があるけれど、それは一旦置いておく。
    文学において語られる、あるいは語るべき「私」というものは実は無いのだ、ということを言っている。
    そして、この本で一番面白いと思ったのが、その「文学」はそもそもが「キャラクター小説」であったという主張だ。
    冒頭に引用した文と同様の意味で、「はじめに」の部分では


    ジュニア小説こそが日本の「文学」の起源の時からずっとあった小説の形式なのです(10頁)


    と記している。
    ここで言われるキャラクター小説・ジュニア小説とは、「若い読者向けに月に何十点も様々な出版社から刊行されるゲームやコミックを内容的には連想させる小説」と定義されている。
    具体的には、カバーにまんが家やアニメーターのアニメ絵を装丁したスニーカー文庫、電撃文庫、富士見ファンタジア文庫、コバルト文庫などである。
    さらに大塚は「自然主義文学」を、「架空の人物を書くにしても現実の人間の肉体や考え方を基準にしてその肉体や考え方を描いていく」として、現実を「写生」しようとした小説のあり方だとする。
    それに比して、上記のスニーカー文庫のような「キャラクター小説」が「キャラクター」をその装丁に全面的におしだしているいるのは、


    アニメやコミックという世界の中に存在する虚構を「写生」する小説(20頁)


    であるからだと述べている。


    さて、物語の「創作」に関しての大塚の視点にも特徴があるので、それも取り上げなければならないだろう。
    大塚は民俗学を学んでいたという背景もあり、卒業論文は「都市伝説」についてだったということを述べている(都市伝説をメインに据えたマンガ『とでんか』(角川書店)の原作もしている。)
    民俗学を学んだ際に、日本各地の民話、あるいは世界各国の神話などに触れ、さらには学生時代に「物語の構造」を分析すること自体がある種流行っていたこともあり、大塚はストーリーにはパターンがあるということを一貫して言っている。
    つまり、「物語の文法」が存在すると言っている。

    上述した日本文学と私小説との問題にも関係してくるが、大塚は小説を書くことが出来る作家を「特別な存在」とは決して思わない。
    物語には文法があるのだから、それをある程度学ぶことが出来れば、誰でもそれなりのものを作ることが出来るというようなことを記している。
    この視点はとても新鮮だった。
    本書ではこのような見方に基づいて、「物語の文法」を意識したストーリー制作に関する参考書を色々列挙しながら解説しているのである。

    そこで問題になってくるのはやはり「オリジナリティ」という問題だ。
    全ての物語が文法構造に還元出来るならば、誰でも物語を簡単に作ることが出来て、さらに「オリジナルな作品」という存在が危うくなってしまう。
    この本では、「スニーカー文庫のような小説」というジャンルでのストーリー創作を前提としている。
    その上で言えば、「スニーカー文庫のような小説」以外の分野の小説、映画、あるいは昔のマンガなど(本文では八〇年代以前のマンガ、ラブコメなどを例にして解説している)から「パターン」を抜き出し、自分専用の「パターン」のリストを作ることが出来たなら、それは「個性」とか「オリジナリティ」ということになる。
    要は、色々な物語から「パターン」を抽出して、それを自分流に組み合わせて編集して新たなストーリーを作り上げるということだ。
    大塚も実際に自身が原作であるマンガの元ネタを惜しげも無くぶっちゃけて解説している。
    大塚原作マンガを読んだことのある人なら、そのことが書かれている時点で読む価値がある文章だろう。
    しかし、こんなことも言っている


    パターンやデータベースに決して還元し得ない個性やオリジナリティというものが、まんがにも小説にもアニメにもゲームにも全ての表現にやはりあるはずです(83頁)

    そりゃそうだ。そうでなければ、パターンさえ学べば、誰でも売れてしまう。
    そういった「パターンの組み合わせ、データベースからのサンプリングでは決して至り得ない領域」に至る作品への尊敬の念をきちんと示すところに個人的には好感をもてる。
    このような大塚の「物語」への姿勢は(自身でも書いていたが文学関係者からいくつかの反発があったらしいが)、大塚自身がやはり「日本文学とは何か」あるいは「日本文学の今後」という問題に真摯に向き合っていることに起因するものだと思う。
    発端はそのようなある意味で言えば重いものであるのだけれど、それをあくまでサブカルチャーという枠のなかで軽いものとしての物語である「スニーカー文庫のような小説」の方法論としてトランスレートするというのが大塚らしいところだと言えるだろう。


    「文学」が、「私」という存在がその起源において「キャラクター」であったことに無自覚な小説として今、あり得るのなら、キャラクター小説は「私」が「キャラクター」としてあることを自覚することで、いっそ「文学」になってしまいなさい(279頁)

  • なんと『多重人格探偵サイコ』の大塚英志であった、9.11のテロがハリウッド映画のようなシナリオであったり、宮崎駿の映画のプロットが古典からきているなど興味深い話が多かった。前半は難しい。

  • コピー世代であることを自覚し、ラノベも突き詰めれば文学であることを認知し、事に及んでは政治的仕儀が物語化していることを言及すべきである。

  • 物語には構造がある。

    小説なんて誰にでも書ける。そりゃそうだ。


    やっぱ大事なのは自覚すること。




    でもキャラクターを作るだけで物語が動くなんてことはないと思うよ。



    読み物としても面白かった。

  • 様々な作品の文芸批評になっていて、面白い。
    ハリウッド映画、テレビドラマ、コミック等々の作品を例に、どういう点が面白いのかを分析していく。その過程に、「キャラクター小説の作り方」というノウハウが出てくる。ジャンルを問わず現代の作品がとりあげられ、そうした幅の広さが、キャラクター小説という枠組みを越えた作品解説になっている。

  • キャラクター論として読もうと思ったら肩透かしを喰らった。
    創作論として見ても『キャラクターメーカー』と『物語の体操』を既に読んでたから新鮮味もあまりなく。
    9・11とハリウッド映画の結びつけのところが一番面白かったかな。
    ハウルと千と千尋の類似性は何となく感じてたので若干スッキリした。

  • 4/15
    良くも悪くも「ハウツー本」である。
    ともかく日本の近代小説を一緒くたに「私小説」と評していいのか。

  • 「ハリウッド脚本術」をついアマゾンで購入。
    キャラから書くのでストーリーというかキャラの目的を中心に書くという持論はハリウッド的にはただしいとわかり、今根拠の無い自信に支配されています。

  • 萌えの分類

  • やらない夫推薦書。

  • 昨年つけてたブログのコメントで、頭文字D(仮名)さんから、紹介された本。
    http://blog.livedoor.jp/hitokatana/archives/635010.html#comments
    やっと手に入れました。

    なかなか面白くためになります。
    自身が作家、マンガ原作者、編集者及び評論家である著者の知識と経験と考察から導かれる自論を、ぐいぐいと展開していくそのパワーには圧倒されます。
    ところどころ「そうかな?」とひっかかるところがあるのがまた考えるきっかけとなって、読むのに時間はかかるけど、読んだだけの成果が感じられます。

    ただ、物語創りについての著者の主張は、先に読んだ若桜木虔氏の「作家養成講座」、「マンガを読んで小説家になろう」に通ずるところがあります。
    まあ、いずれにしても、これらの本をただ読むだけじゃあまり意味はないのであって、実際に自分の頭を、手を動かさなければなんの成果も得られないのですけどね。

  • 誕生日でいただきました。
    あたしキャラが弱いってことか…!!!!あのやろう!!!


    いろいろ悩み中なのだ…
    まずはマニュアル化を学ぶ!


  • ノウハウ本、評論?


    こういう、仮定・分析・あてはめの流れのある本って好き。

    千と千尋の神隠しと伊豆の踊り子が同じ構成?
    ははっ、それは面白い。
    純文学とスニーカー文庫の壁を筆者がひらりと飛び越えるとき、そこに残されるのは小気味よいばかりの小説のスケルトンボディだ。

    この調子で古今東西の純文学と現代文学のスケルトンの品評会も、やってくれたらいいのに。(ってもはやそれは教本じゃなくなってしまうのか)

    以前、心から敬愛する本を全部パターン化して分析して、
    同じフレームワークで内容を入れ替えて簡単にベストセラーを書けないもんだろうかって考えてみたことあったけど。

    でも、そういったすべてをとっぱらって最後の最後に残る、分析できないなにか。
    それが文学のハートだとしたら、それはそれですごくわかりやすい素敵な限界なんだろうねぇ。

  • TRPGを知らなかったため不思議な集団ととらえていた事を反省します。

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著者プロフィール

大塚 英志(おおつか・えいじ):1958年生まれ。まんが原作者、批評家。国際日本文化研究センター名誉教授。神戸芸術工科大学教授、東京大学大学院情報学環特任、国際日本文化研究センター教授を歴任。まんが原作に『木島日記』『多重人格探偵サイコ』『クウデタア<完全版>』(KADOKAWA)他多数、評論に『暮しのファシズム』(筑摩選書)、『「14歳」少女の構造――大塚英志まんが評論選集80’s-90’s』(ちくま文庫)、『感情化する社会』(太田出版)、『大政翼賛会のメディアミックス』(平凡社)『日本がバカだから戦争に負けた』(星海社新書)、他多数。

「2026年 『「学問」の本筋 柳田國男と双極の民俗学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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