世界と日本がつながる 感染症の文明史 人類は何を学んだのか
- KADOKAWA (2023年2月19日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784046049254
作品紹介・あらすじ
私たち人類は「理性」をフル活用して、「国家」を作り出し、そして宇宙と生命の神秘を解き明かそうとしています。
その一方で、いくら超越的な存在になったとしても、生物としての基本的な行動パターンは変わっていません。
そのため、地球に誕生してから今日まで、細菌やウイルスが引き起こす感染症にたびたび冒されてきたのです。
古代・アテネの疫病に始まり、東ローマ帝国を襲った「ユスティニアヌスの疫病」、同時期に中国で起こった「晋の疫病」、奈良・平安期の日本で広まった疫病。
そして、ハンセン病、黒死病(ペスト)、天然痘、結核、コレラ、インフルエンザ――。
こうした感染症のパンデミックに対して、人類はいつも理性を持って戦い、封じ込めようとしながらも挫折を繰り返し、そして共生・共存してきました。
新型コロナウイルスが流行しはじめてから3年、私たちはようやく日常の生活を取り戻しています。
そんないまだからこそ、過去の人類の歴史を振り返ってみることが私たちには必要です。
さまざまな振興のウイルスに冒される21世紀は「感染症の時代」と言われています。
本書で得た学びは、次なるウイルスの脅威が世界を襲ったとき、必ず我々日本人の指針になるはずです。
古今東西の世界史と日本史を知り尽くした著者だから描けた、誰も読んだことのないまったく新しい「感染症の文明史」。
渾身の大作が満を持して登場!
感想・レビュー・書評
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感染症から見た文明史。
文明の衰亡に感染症が大きな影響を与えていることを改めて学んだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
見返し
感染症の歷史と
翻弄され続けた人類の壮大なドラマ
アテネの疫病
アントニヌスの疫病
天平エピデミック
モンゴル帝国と黒死病
ハンセン病
アステカの滅亡
ウイルスの発見
ワクチンの歷史
スペイン風邪と世界大戦 -
長い歴史を振り返ってみると大きな事件が何度も起きています、その原因が気候(主に寒冷化)と、それに伴う感染症の流行が原因であることが多いことに気づきました。栄華を極めた大帝国も、崩壊の原因は気候や感染症にあると徐々に理解してきたこの頃です。
そんな私にとって、この本のタイトルは私の興味を惹きつけるのに十分な本でした。2020年初頭から続いたコロナ騒動も、令和5年のGW明けに予定されているコロナの5類への変更によって落ち着くでしょうが、この3年間で日本経済及び会社での働き方に与えた影響は大きいと思います。
コロナへの関心が薄れるにつれて、この3年間に何をやってきたかが問われる数年間がやってくることでしょう。こちらの衝撃の方が大きいかもしれませんが、この本に描かれている感染症が歴史へ及ぼしてきたことを、私たちは正にこれから体験することになるのだと、この本を読みながら思いました。
以下は気になったポイントです。
・さまざまな家畜との共存が進んだユーラシア大陸では、人類は古くから免疫を獲得してきたのに対して、南北に細長いアメリカ大陸では家畜の種類が少なく、人類は免疫が弱かったこと、スペイン人の征服者がアメリカ大陸に天然痘を持ち込んだ結果、先住民に壊滅的な被害をもたらせた。このような例は多く、人類の歴史の進展そのものがエピデミックの温床であるといっても過言ではない(p16)
・デモクリトスという哲学者が言った「世界を構成するのはアトム(原子)であり、これはそれ以上、小さな存在へと分割できない実在の最小単位である」という唯物論は、平たく言えば、世界は原子からできていて神はいない、ということである。ゼウス、アポロンなど、いわゆるオリンポス12神の神殿をいくら拝んでも病気は治らず家族が死んでいくのを目の当たりにすると、神々なんかいないじゃないかと、人々は自暴自棄になって信仰は廃れていった。ギリシア哲学の思想的な発展は、アテネの疾病と切り離せなかった(p20)
・ローマの神々にいくら生贄を捧げても治安の悪化は収まらず疫病が繰り返し襲ってくる、先の見えない不安の中で人々は新興宗教に救いを求めた、それが、インドまたはペルシア起源のミトラ教であり、パレスチナ起源のキリスト教である、キリスト教は人々が忌み嫌う「死」の意味を大転換させることで、ローマ帝国の古い神々に勝利した(p24)
・中国において司馬一族の間で皇位継承が発生、司馬と名乗る8人の王が次々に挙兵、人口激減のために兵士が不足した8王たちは、遊牧民を傭兵として引き入れた。5つの異民族(匈奴・鮮卑・羯・氐・尭)=五胡である(p31)
・崇神朝の疫病は、国津神である大物主を祀る大神神社の起源とともに、天津神の中心にいる天照大神を祀る伊勢神宮の起源ともつながる日本神道の確立の契機となった大事件であった(p39)大和の神(大物主)を三輪山に、九州の神(天照大神)を伊勢に、それぞれ祀った(p41)
・気温37度以上でペスト菌は不活性化するので、砂漠という自然の障壁がペスト菌の地中海侵入を阻んだかもしれない、地中海沿岸の人々にはペスト菌に対する免疫がなかったので、ユスティ二アス帝のもとで絶頂を極めていた東ローマ帝国の人口の半数近くを死に至らしめた。東ローマのキリスト教、ササン朝のゾロアスター教も、ペスト禍を止められない神の無力さに絶望して、アラブ人がもたらしたイスラム教に改宗していった(p51)日本でも同様に、古き神々を祀る神道が天然痘に対して何もなし得ず、外来の仏教が急速に拡大した(p57)
・蘇我馬子が596年、日本で最初の本格的仏教寺院である飛鳥寺(現・安居院)を建てて、百済人に作らせた仏像を祀らせ、渡来人の娘たちを尼僧にして仕えさせた(p55)
・530年のハレー彗星接近で起きた気象変動とは、6年後の536年が世界的な異常な冷夏、夏が来なかった、太陽が月のように見えた、などの記述がある。世界各地で飢饉が発生した、その5年後には、ユスティニウスの疫病・ペストが始まった(p62)
・中臣氏は神官の氏族だが、蘇我氏を滅ぼした功績により、鎌足は亡くなるときに「藤原」という姓を天智天皇から賜り、改姓した、これが藤原氏の始まりである(p66)
・聖武天皇は光明皇后の訴えを聞いて全国に国分寺と国分尼寺を建立した、国分寺の総本山として東大寺と奈良大仏、国分尼寺の総本山として法華寺を平城京に建立した(p74)
・平安京の右京(西側)は湿気が多く衛生状態にも問題があった、そこで桓武天皇は、霊的に守護するために、東寺と西寺を造った(p60)
・神道のように「手を清める」という習慣があるのは、ユダヤ教とイスラム教である、仏教にはない(p85)
・富士山(864)十和田山(915)白頭山(926/964、朝鮮)という東アジアの三火山が900年前後に大噴火を起こしている、これは寒冷化、飢饉と直結して社会不安を招いた(p91)
・当時スペインとポルトガルは世界分割協定を結んでおり、日本はポルトガル王の認可を受けたイエズス会のナワバリであった、一方フィリピン経由でやってきたのが、スペイン王の認可を受けたフランチェスコ会であった(p120)
・黒死病の恐怖は中世ヨーロッパの人々の精神を一変させた、教皇を頂点とするカトリック教会の権威失墜を加速させた(p143)イギリスのオックスフォード大学の神学者ウィクリフは、聖職者の堕落を批判し、ラテン語の聖書を英語に訳した、その結果庶民でも理解できるようになり説教する人達(ロラード派)もいた(p148)チェコではウィクリフの影響を受けたフスがチェコ語で説教をした、二人とも異端として弾圧されたが、16世紀の宗教改革のルターに影響を与えた(p149)
・1518年ハイチ島で天然痘が発生し先住民25万人の大半が死に絶えた、征服したスペイン人は労働力不足の解決策として、西アフリカから多数の黒人を輸入した、推定1200万人が連行された(p155)
・北米において、17世紀にイギリス人とフランス人の入植者がやってきて抗争を始めた、イギリス人は先住民を鉄砲で追い立てて柵を巡らせた私有地を形成、フランス人は先住民に鉄砲をうり、毛皮を手に入れる交易で生計を営んだ、この結果先住民の大半はフランス側についた(p175)
2023年3月2日読了
2023年3月26日作成
著者プロフィール
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