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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784046214577
作品紹介・あらすじ
メルロ=ポンティの現象学的な「肉」をめぐる考察を援用しながら、神なき時代に「わたし」がいかにして感覚の豊穣さを回復し、肉体に感覚を取り戻すかを説く。そのための目くるめく感覚のレッスンを描く、哲学断章。
感想・レビュー・書評
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今年になって少し集中的にメルロ=ポンティを再読していますが、『知覚の現象学』(1は1967年、2は1974年、共にみすず書房)も『シーニェ』(1は1969年、2は1970年、共にみすず書房)も複数の翻訳者の中に、我が師=竹内芳郎がいるのを見て、そう言えば現象学を率先して紹介したばかりか、自家薬籠中の物として、マルクス主義だけでなく構造主義をも批判的に発展させた、彼の日本での哲学・思想の変革者としての存在の大きさを、改めて思い知った気がします。『言語・その解体と創造』(1971年・筑摩書房)は、衝撃的でした。ちょうどフェルディナン・ド・ソシュールからローマン・ヤコブソンやノーム・チョムスキーなんかの言語学に没頭していた時に、そんな軟(やわ)でどうするんだと、ガツンと一発きつく喝破されたものです。ええっと、我が師といったのは、例によって、私の一方的な片思い、押しかけ女房じゃなくて弟子、勝手に私淑したという訳です。う〜ん、またしても前説が長くなってしまって、全然本題に入れません・・・・・ともかく、梅原賢一郎は『カミの現象学』(2003年角川学芸出版)を読んで注目した人ですが、今度のこの本もかなりなものだという予感がします。・・・・・
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