英傑の日本史 激闘織田軍団編

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  • 角川学芸出版
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レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (289ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784046214782

感想・レビュー・書評

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  • 一人ずつ、確かに分かりやすく書いてある。著者の意見も書いてある。これはいい。

    でも、参考図書として、小説家の司馬さんの作品をあげているのはどうだろう?と思った。司馬さんの作品は好きだが、あれは歴史検証本ではなく、物語だと思っているので。
    その点で、書いてある事のすべての根拠を疑いはじめてしまった。。。

    論理もやや突飛。

  • 秀吉、光秀が有名だがそれ以外にも著名ではない優秀な人材が多い織田家。
    列伝の合間から見える秀吉の大乗っ取り作戦、本能寺の変による織田家の真に失ってはならないのは織田信忠といえる。

  • いわゆる有名どころ以外の人物も取り上げられており、それぞれに対して著者の史観に基づいて述べられている。
    信長関連の歴史小説などをよく読む人には知っている武将も多く、新発見は少ないかも知れないが、その時代の動きが整理できて面白い。
    たくさんの人物が入り乱れる戦国時代にあって、信長家臣団や時代の整理の一助になると思う。

  • 信長、秀吉、家康が現在の日本の基礎をつくった歴史上の大人物であるというのは、誰もが認めるところですが、彼らと同じ時代には他にも多くの優れた人物がいたことと思います。

    彼らを知ることは、歴史書等を読み解く等、それらは歴史学者の発表する論文や本を頼りにせざるを得ないのが現状です。このたび「逆説日本史シリーズ」を書いている井沢氏が、私にとっては偉業を成し遂げてくれたことになります。

    名前は聞いたことがある程度の20名の武将について解説がなされていて、楽しく読ませていただきました。

    以下は気になったポイントです。

    ・戦国時代は家族も信用することができないし、赤の他人である家臣はもっと信用できない、そこで「男同士の愛情」で結ばれた人間を近臣(幼少の年齢の場合は小姓)にすることであった(p9)

    ・本能寺の変で最も得をしたのは秀吉であるが、次は家康である、秀吉が天下をとり家康よりも早く死んでくれたおかげで家康は天下がとれた、その次は前田利家である(p14)

    ・秀吉が幸運だったのは、光秀が、ついでに信長政権の「副社長」である信忠まで打ち取ってくれたことにある、なので、専務の秀吉と勝家が争うことになった(p15)

    ・太閤記が完成したのは加賀藩において、本はすべて写本であり有力者の援護が必要であるが、作者である甫庵のパトロンは利家の息子(三代藩主の利常)であった(p16)

    ・朝鮮出兵で勝った場合、加藤清正、小西行長、石田三成は100万石以上は確実、留守番役の家康や利家は加増は少ない、これにより家康や天皇家、利家も小大名に落ちることになる(p23)

    ・佐々成政は、常識破りである極冬期の北アルプス越え(さらさら越え)をしたのは、東は上杉、西は前田に囲まれ、南の浜松城にいる家康のもとへ向かうため(p34)

    ・秀吉がもてはやされる中で、彼とライバル関係にあった人間(柴田勝家、佐々成政)は割を食った、実像とは違うイメージが定着した(p41)

    ・勝家が守っていた長光寺城が六角氏に囲まれたとき、勝家は最後に1つ残った大瓶1つを目の前にして、家来に飲みたいだけ水を飲めと言って、皆が満足した後に瓶を壊して戦闘に臨んで見事勝利した(p46)

    ・織田信孝は、義理の父である柴田勝家(織田信長の妹の夫)と戦ったが、最終的には切腹(命令は信雄の名前)させられた、信雄も家康と組んだが、最終的には1万石まで没落した(p57)

    ・信長がやろうとしたのは「宗教弾圧」ではなくて、「政教分離」であった(p59)

    ・信長は昨日の敵であった三好氏を応援して、比較的できのよい三男信孝を総大将とする四国征伐軍を結成、その副将に丹羽永秀をつけた(p75)

    ・信長が将軍義昭を京において政権を維持できたのは、岐阜ー近江ー京というラインが確保されていたから(p85)

    ・信長は四方を囲まれても冷静であった、信長に敵対する大名は兵農分離をしていなかった、来年の春までには本国へ帰って苗代つくりをしないと、飢饉となる(p87)

    ・信長の行った延暦寺の焼き討ちは、多数の僧兵をもつ一大武装集団であった、京都のライバルの日蓮宗の寺院を全部焼き尽くして、僧侶や信者を虐殺した実績もあり(p90)

    ・本能寺の変に黒幕がいたというのが納得できないのは、信長を殺すと同時に、後継者である信忠(妙覚寺にいた)も一緒に攻撃すべきであるから(p95)

    ・中央に住んでいた貴族が都落ちして武将になった例は多くあるが、伊勢国の北畠家(中納言)程度に官位の高いのは、土佐国の一条家、飛騨国の姉小路家程度である(p101)

    ・滝川一益は、信忠総大将の司令官として、敵の総大将である武田勝頼の首をとって関東管領を名乗ったほど、しかし本能寺の変後に、北条氏は5.6万の軍勢で一益を襲い、すべてを捨てて伊勢長嶋へ逃げ帰った(p106)

    ・信孝が切腹したのちに、信雄は本拠を伊勢の松ヶ島城から尾張清州城を映して100万石の大名となった、名前も北畠信意から織田姓へ戻した(p134)

    ・秀吉は信雄に関東七か国を与えようとしたが、ゴネたので、 すべての領地をとりあげた、出家した常真と名乗った後に小大名として復帰したが、関ヶ原の戦いで西軍参加して改易、大坂の陣で豊臣家に味方しなかったので5万石の大名として復帰した(p145)

    ・戦国時代において、兄は帝王学を身に着けさせるために多くの人(奥女中、爺など)が付き添っているので、母親が子供とともに過ごす時間は少ないが、弟は手にかけて育てることができる(p188)

    ・信長が浅井の裏切りによって京に入ろうとしたとき、朽木谷の領主である朽木元綱は将軍に忠誠を誓っていた、これを松永久秀は説得させて味方にした(p278)

    2011年9月25日作成

  • このシリーズはなかなか面白い。織田信長の息子達の話や、足利義昭のその後の人生など、普段あまりクローズアップされないところをキッチリ取り扱っているのが良い。他のも色々読んでみようと思う。

  • ビジネスで感じる人間関係の難しさが普遍的なものであることを改めて感じた。
    井沢さんの本を読んでたら知っている内容がかなりあったけど、初めて読む人には、歴史の授業からは想像もつかない内容だったのでは。
    特に、本書の観点からは、秀吉の織田家からの権力簒奪がいかに巧妙にえげつなく行われたか良くわかります。

  • 前田利家や明智光秀などはもちろん。
    あまり有名ではない家臣のことも書かれてていて
    興味深かった。

  • 井沢史観に基づく織田軍団の個人評価

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著者プロフィール

1954年、名古屋市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、TBSに入社。報道局在職中の80年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞。退社後、執筆活動に専念。独自の歴史観からテーマに斬り込む作品で多くのファンをつかむ。著書は『逆説の日本史』シリーズ(小学館)、『英傑の日本史』シリーズ、『井沢元彦の激闘の日本史』シリーズ(ともにKADOKAWA)など多数。

「2018年 『天皇の日本史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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