遠野物語remix

  • 角川学芸出版
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本棚登録 : 1114
レビュー : 149
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784046532770

作品紹介・あらすじ

山の中で高笑いする女、赤い顔の河童、ふと見上げた天井にぴたりと張り付く人……遠野の郷にいにしえより伝えられし怪異の数々。柳田國男の『遠野物語』を京極夏彦が深く読み解き、新たに結ぶ。新釈“遠野物語”。

感想・レビュー・書評

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  • 京極さんの紡ぐ言葉で鮮やかに妖しく色を成し、
    新しく生まれ変わる遠野の物語。

    どこから遠いのか、どれだけ遠いのか。
    眼前に在りながら辿り着けない。

    御伽噺でも見ているかのように、
    怪異も恐怖も静かで美しく蠱惑的な
    幻想へと様変わりしていく。

    紫の雲がたなびき桐の花咲き満つ朧な故郷、遠野。

    しかしひとたび氏神様を尊び、実りに感謝し、
    自然への畏敬の念を忘れると
    容赦なく異形のものへと姿を変え、
    牙を剥き命もろとも取り去ってしまう。

    願はくはこれを語りて 平地の人を戦慄せしめよ。
    自然とは底知れず恐ろしい。
    でも、いつの時代も一番恐ろしいのは人間の業。

  • 柳田國男の「遠野物語」を京極夏彦が編纂したもの。
    京極夏彦の前書きで「百年を通してをりをりに読み継がれし名著なり」「今の世に在りてこそ、より多くのものに読まれんことを切望す。願はくはこれを語り手平地の人を戦慄しめせよ」と言っているんだが、なかなか本家の名著までに行きつけず、漫画版(http://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4091828795)や編纂版から遠回りしている。

    取り上げられている物語は、山の怪、山に住む異形のもの、生者の前に現れる死者の姿、村の人々の栄枯盛衰、山男に攫われた女の悲哀、働けなくなった老人たちが村を離れて住む集落、山に咲く花や鳥の話、など。
    異形のものに会ったり体験したといっても、それが自然の中の出来事であり、「幽霊を見たけれど特に何の前兆というわけでもなく何も起こらなかった」というのもかえって奇妙。
    山怪にあうたびに猟師を辞めようと思いつつ結局鉄砲撃ちを辞められなかった男の話は因果だなと思う。
    馬に恋するオシラサマの話は現代の生活では、昔話の定番の一つの異種結婚物かくらいにしか思っていなかったのですが、
    テレビで人と馬の生活が一体となった住居を見て納得した。
    松尾芭蕉が出羽でそのような住居で泊まった時の俳句が
     蚤虱 馬の尿(バリ)する 枕もと
    まさに人が寝ているすぐ続きが馬舎になり、馬の尿の音が枕元に聞こえるような生活。こんな生活だったら幼いころから過ごした馬に恋する娘さんの話も出てくるだろう。

  • 面白くて一気に読んでしまった。とても読みやすいので止まらなくなりました。

    遠野郷と言われていた頃の地図と現代の地図をを見比べると地名とか変わっていて、さっぱりと整理されていて淋しさを感じてしまった。他のものも一緒に整理されてしまったのかもしれない。便利になるのはよいことだけど代わりに消されていく存在もあるんだと思ったり。

    よく囲炉裏端でおじじやおばばがしてくれるような伝承民話なんだけどオチがないところがこわくって。。。幼い頃は聞いて震え上がって、日中も夕方も夜も戸外にある厠(トイレとは言えない代物)やお風呂には行けなくって、暗闇の中のトラクターや車の目が光って見えたり、風の音ひとつにも飛び上がった思い出がよみがえった。

    オシラサマも知っているし伝説も知っているけど、何がこわいのかわからないけどこわいという…。今の子に同じ話をしても「はぁ?ナニソレ?」と言われて終わってしまう。話が通じないこと自体が悲しい。

    雰囲気や存在そのものが、いつか消えてしまわないように願いながら読み終えました。

  • <起承転・・・で終わる物語が残す余韻>

    ふと考えると、原典の遠野物語を通読したことがないのだが、本書が読みやすいといくつかの書評で拝読し、読んでみた。

    原典は、柳田國男が、遠野の人、佐々木鏡石から聞き取った、百あまりの物語からなる。民俗学の古典的名著であり、柳田の初期の代表作でもある。
    京極夏彦がこれらの物語を現代語に訳し、関連のあるものが続くよう順序を入れ替え、編み直したのが本書となる。

    一読、不思議な余韻のある物語群である。
    物語が始まり、広がり、ふっと様相を変える。そこでそのまま終わる物語が多い。
    「これはこういうことなのである」と語り手による明白な結論や解釈が付かない。それが山道で迷子になった心細さのような、覚束ない感覚を呼ぶ。
    山人、ヤマハハ、マヨイガ、河童、経立(ふったち:年を経た獣が成る変化)。
    出てくるものたちも確かに妖しいのだが、この簡素な語りに潜む妖しさは、その語り自身からも生じている。

    人知を超えた、という。それは、ある意味、ヒトの能力に限りがある、ということの裏返しである。
    五感、つまり視覚にしろ、嗅覚にしろ、聴覚にしろ、突き詰めればもっと優れた形になりうるはずである。ヒトの能力では、見えないものはあるし、嗅げないものはあるし、聞こえないものはある。
    五感以外のヒトが持たない感覚、というものもまたあるはずである。
    そして、ヒトの理性もまた、完璧とは言えない。
    超常的な話に持って行きたいわけではない。
    ただ、完璧ではないヒトの理屈では、測りきれないものもあるのだ、と思う。

    理路整然としたわかりやすい話には、往々にして、どこか、抜け落ちているものがある。わかる部分だけを拾い上げて話を組み立てるからだ。だから、わかりやすいけれども、いや、それだけではないはずだ、ともやもやした思いを抱えることがある。
    この物語群には胡散臭いわかりやすさがない。わからない部分はそのままに、理由はわからないがこのようなことがあった、という。

    深い森の中で、しんとした山の中で、真の闇の中で、ヒトの五感は研ぎ澄まされる。研ぎ澄まされた感覚は、自身の感覚が有限であることもまた知るのだろうと思う。
    柳田は序に「願わくはこれを語りて。平地人を戦慄せしめよ。」と記す。
    平地人が戦慄すべきなのは、自身の知が有限であること、そしてそれを忘れがちであることに対してなのかもしれない。

    茫漠とした震撼を呼ぶのが、この物語の持つ「わかりにくさ」であるのなら、いずれ、「読みにくい」と称されることもある原典を繙いてみたいものである。


    *この世界はそのまま、『いるの いないの』の闇にもつながっている。

  • ホラーや怪談は苦手だけど、「遠野物語」の不思議さには惹かれる(恐いですけど)。。。

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    「柳田國男の代表作『遠野物語』を京極夏彦がリミックス。ふと顔をのぞかせる異界を、静かな筆致で描く。山の中で高笑いする女、赤い顔の河童、ふと見上げた天井にひた張り付く人……冷たい恐怖が背筋を這い上がる。 」

  • 三津田信三の民俗学的な要素が多い
    ホラー・ミステリーなんかを愛読していると、
    なんとなーく遠野物語はマスト!みたいな雰囲気があって
    読みたいなあ読みたいなあと思っていた私には
    本書はとても助かりました。

    あくまでも原典のもつ雰囲気を損なわないよう
    京極さんも編集さんもすごく気を使われたようで
    現代語訳されながらもフォントが昔っぽい感じなので
    さながら原典を読んでいるかのような錯覚を起こします。

    Remixとしてる意図としては、現代語訳化されているのに加えて
    お話の順序が組み直され、ABCの3パートに別れている点。

    おそらくAパートは遠野周辺の自然環境(周りの山)に
    まつわる怪異の話が中心で
    Bパートは遠野に根付く風習や土着信仰といった
    民俗学的な要素を含む怪異の話という形で
    並べ直してるんだろうと思う。

    Cパートは短めで遠野に伝わるお伽噺に関するもの。

    さらに、Remixでは
    ABCパートに分けた上で、原典では順序なく散らばっていた
    Aという山の話に関する話を1箇所にまとめた上で
    前後の話のつながりを整理して並べてくれているので
    頭の中に入りやすい形になっていた。

    自分としては、風習や土着信仰絡みの話が多くて
    三津田信三のルーツを感じるBパートが面白いと思った。

  •  夢中で読みました。夢中で読みすぎたために、乗っていた電車が折り返していたこと気づかずにかなり遠くへ行ってしまいました。
     ずっと興味のあった遠野物語。京極堂がよく話題に出すのでとても気になっていたので、読むことができてほんとによかったです。
     この後、出張で東北に行くことがあったので、お休みを利用して遠野にも行ってみました。妖怪ゆかりのスポットがたくさんあって楽しかったのです。

  • NHKの「100分de名著」で取り上げられていて興味を惹かれたので読んでみた。
    オリジナルの文体だと読めないと思ったので、この京極さんの現代訳の方にしてみた。

    岩手県遠野盆地に伝わる民話を、佐々木喜善より聞いた柳田國男がまとめた説話集。
    河童・山人・座敷童などの妖怪話や、狐にばかされた・幽霊を見た・臨死体験をしたなどの怪談など奇怪な話が多い。
    明治43年に書かれたものだけど、大昔の民話というわけではなく、数年前・数十年前に聞いた・起きたという話がたくさんあって、不思議な話なのに妙な臨場感もある。
    現代ではすっかり消えてしまったのか、もしくは、人々が鈍感になって気づかなくなってしまったのか、こういう奇怪な現象やもののけが明治の初めの頃までは人間のすぐそばにあったのかもしれない。
    それは、「自然」や「動物」と似たような存在で、昔はそれらと共生していたのかもしれない。
    テレビで「もののけ姫」を見たばかりなので余計にそんなことを思った。

  • 岩手県遠野地方に伝わる恐ろしい伝説や不思議な言い伝えをまとめた柳田國男の遠野物語の再編集版。
    昔からいけないと言われていることは、迷信だと軽んじてはいけない。
    占いや自然現象から、飢饉を察したり、稲刈りの時期を決めたり。

    短編なので読みやすい。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「迷信だと軽んじてはいけない。」
      そんなコメント載せたら、怖くて読む気が、、、(と言いつつ「遠野物語拾遺 retold」もお気に入りに登録...
      「迷信だと軽んじてはいけない。」
      そんなコメント載せたら、怖くて読む気が、、、(と言いつつ「遠野物語拾遺 retold」もお気に入りに登録中)
      2014/05/12
  • 柳田國男氏の先生の、「遠野物語」を京極夏彦先生が新釈して世に放つと言われると、なんかより一層難しくなってるのでは…という心配をしてしまいましたが、
    案ずるより産むが易し、読み始めてみれば、するするとページが進むという具合で、非常にわかりやすくまとめてありました。
    個人的には、原典に対する敬意も感じられ、現代人の感覚でも読みやすく、とてもいい本だと思います。
    普段、民俗学が身近でない方にも、民話や怪談の類として受け入れられやすいのではないでしょうか。
    余談ですが、八十七章に出てくる、“畳の敷き合わせに溢す”という行為が謙虚なようなそうでもないような感じで、なんだか気に入りました。

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著者プロフィール

京極 夏彦(きょうごく なつひこ)
1963年、北海道小樽市生まれ。小説家としてだけでなく、世界妖怪協会・世界妖怪会議評議員(肝煎)など妖怪研究家であり、他にも装幀家、アートディレクター、俳優など様々な顔を持つ。
広告代理店を経てデザイン会社を設立。1994年、そこで暇つぶしに書いた『姑獲鳥の夏』を講談社に送ったところ極めて評価を受け、同年、即出版・デビューに至る。瞬く間に執筆依頼が殺到する人気作家に上り詰めた。
1996年に『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞、1997年『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花文学賞、2002年『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞、2004年『後巷説百物語』で第130回直木三十五賞、2011年『西巷説百物語』で第24回柴田錬三郎賞など、数多くの受賞歴がある。
代表作に「百鬼夜行シリーズ」「巷説百物語シリーズ」「豆腐小僧シリーズ」など。

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