蝶と帝国 1 (MFC)

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  • KADOKAWA (2023年12月22日発売)
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Amazon.co.jp ・マンガ (222ページ) / ISBN・EAN: 9784046824936

作品紹介・あらすじ

愛する人を、私の生き方を、
すべてを奪われた怒りの矛先を、誰に向けたらよいのだろう――。

20世紀初頭の帝政ロシアを舞台に、時代の悪意に翻弄された女性たちの愛と復讐を描いた傑作小説を、『北の女に試されたい』の箕田海道が鮮烈コミカライズ!

感想・レビュー・書評

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  • 彼女の刃はふたりごとには響けても、数千万の出来事には届かない。

    原作小説未読です。けれど私の感性に従うなら、コミカライズ企画として小説に誘導するための訴求力は高い作品であると感じました。表紙そのままに癖の強い画風なのは確かですが、私は引き込まれました。
    なので何者かにおもねることなく、ネタバレと的外れを覚悟の上で以下に感想を連ねていくこととします。

    なお、原作小説の三本柱として取り上げられたうちのひとつ「SF」はコミカライズに際しては事前の販促から外されています。その辺は味付けとして薄いとみなされたのかもしれませんが、さて?
    ひとまずは「帝政ロシア」と「百合」という二本の柱に、「復讐」というもう一本を加えたみっつを基軸にして読者向けにセールスを打ち出す試みで巻数を重ねていくようですね。

    続いて、一巻時点で絵とコマの運びの流れを読み取ってみます。
    人形のように繊細で残酷な少女の画風が支配的かと思いきや、彼女たちが住まう牧歌的な都市の裏に泥炭のように荒々しく野暮な背景が息づいているのが特徴でしょうか。
    それらはロシアという氷雪の大地の二面性をそっくりそのまま描き表していているようで胸に響きました。

    ぶっちゃけ誤解を恐れずに言うと、不自然で歪なこと自体が味になるのです。
    人によっては問題点として挙げられるポイントそのものが、人によってはそっくりそのまま評価点に転じるのではないでしょうか?

    そんなわけで作品の舞台、時代背景は北の大地、ロシア帝国末期からロシア・ソビエト勃興期にかけて。
    現代目線に立てば価値観に相当な断絶がみられる百年前、しかも日本人には想像のつかない部分がある隣国にして遠国「ロシア」が舞台です。ロシアの範囲も時代によって変動するのですが、委細は省きます。

    ややこしい背景は置いとくとして、ひるがえっての主人公自体はいたってシンプルです。どこか稚気と痴気を宿しながらも知性的な貴族のご令嬢「エレナ」と、そんな彼女に仕える使用人の少女「キーラ」。
    そのふたりが、女性同士の愛をはぐくむに安穏とできない国と時代に囲われて生きたという話なのでしょう。
    主人公に日本との縁を作っていたりもするのは、主として日本人からなる読者への歩み寄りでしょうか。

    とまれ、物語が開幕から倒叙(結末から逆算していく)形式で綴られる以上、結末はわかりきっています。
    エレナとキーラ、ふたりきりの少女は革命の混乱に紛れてキーラひとりきりになったことが約束されている。
    よって、取り残されたキーラはどこに向ければいいのかわからない、怒りと復讐の刃を研ぐ――、というのが物語のスタートラインにしてゴールラインなのかもしれません。

    しかし、個人の刃は激動の時代にというにも生ぬるい死の奔流を前にしては押し流されてしまうのでしょう。
    スターリンが支配するソビエトが粛清と戦争との合算で数千万の犠牲を連邦に布いたというのは有名な話ですが、前代のレーニンも相当数の死を撒き散らした。そのことは諸説あれ事実です。
    2024年を生きる日本人としては、歴史を語る以前の問題であまりのスケール感に圧倒されてしまいました。

    多少高スペックな主人公が何をしようと届くわけがない、歴史を変えられるわけがない。
    そういった諦念が、これら圧倒的事実と虚しい刃の行き先という形で明示されている。結果、辛く苦しく、美しい物語であるという実感として一読者たる私に襲いかかるわけですよ。
    日本人好みの滅びの美学というヤツに不思議と悦楽すら感じる自身のことは、悪趣味と嗤ってやるとして。

    ここで、もう一度画風などに語りを飛ばすと。
    主人公たちの血の通った人間と、壊れそうなお人形さんの狭間にいるかのような素敵で危うい位置が魅力だと思います。それと、さりげなく差し込まれるロシアの風土と文化、小道具についてのあれこれも。

    子どもじみているけれど妖しくもある少女のアンバランスな造形がたまりませんでした。
    それと、ふたりきりで密接した距離感が生む閉塞感はいいとして、時代と国が生むここぞとばかりに重苦しい背景の投入の仕方に目を見張りましたね。眼前の人形劇の背景で画質の悪い記録映画が回っているようで。

    それと、話の流れについて抽象的に語ってみますか。
    一巻ではエレナとキーラ、先行きの知れない少女たちがギリギリコントロールされた死と狂気の予感を密室で楽しむだけと思いきや。それもまた、箱庭の中での楽しいお遊戯に過ぎないと明示されたのが怖いですね。

    エレナとキーラの肉体関係は水面下での営みという風に進み、その一方で生きてくれていただけで庇護になっていた祖母の死が訪れ。やがて、不安感はあれどわりと平和に推移していた日常が完膚なきまでに壊される。
    仲の良い友人知人たちの末期がほぼ惨劇で締めくくられるのというのだから、一巻時点から攻めてますね。

    さしずめ時代と国の閉塞感、圧迫感が女性ふたりの愛という箱の中だけでの密やかな営みを貫いて襲いかかってくるようで、読んでいて辛かったと同時に引き込まれました。
    虫籠の中でコントロールされた、少女ふたりのすてきな悪徳こそがタイトルの『蝶と帝国』を言い表すとするのなら、それを壊された先にこの物語を何と呼べばいいのかはわかりません。

    まぁ、言葉遊びは置いときますか。
    繰り返すようですが、同性愛に対する忌避感が現代の比ではないからこそ、エレナとキーラは退廃的であろうと気取ろうとしなければ耐えられないのかもしれない。
    きっと私たちは美しいものであると思い込んで、死をギリギリのところで押し留めて愉しんでいたのか。

    けれど、危うい均衡は外部からやってくる悲劇によってたやすく覆される。
    言い逃れのできない歴史的裏付けを施された悲劇を起こすのは気取った舞台役者でなくて、煤けて野暮で恐ろしい無名の群衆たちというのはなかなかに対比が効いていて強烈でしたね。

    以上。
    私個人の感想としては、キーラとエレナ、ふたりのプリマ・ドンナもさることながら、彼女たちを囲い込む世界、空気、土台に注目していることをわかっていただけましたら幸いです。
    あとがきで原作者とコミカライズ担当の両先生のコメントにもある通り、現実と地続きでしんどい物語だったわけですが、それを字面でなく絵の力で教え込む力がありました。魂で感じさせていただきましたよ。

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著者プロフィール

2020年刊行の『病月』全2巻(原作:もちオーレ)の作画担当として商業デビュー。本作が初の単独作。

「2021年 『北の女に試されたい』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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