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Amazon.co.jp ・本 (440ページ) / ISBN・EAN: 9784047030725
作品紹介・あらすじ
世界の釣り人から〈釣りの聖書〉と賛えられる歴史的名著の完訳版。釣りの技ばかりでなく、季節ごとの魚の姿、釣魚の風俗、料理法、釣り人の生態なども紹介。釣りの楽しみ、人生の悦びを説く。
みんなの感想まとめ
釣りの楽しさと人生の悦びを深く掘り下げたこの名著は、釣り人にとっての必読書として位置づけられています。著者は16〜17世紀の英国人で、釣りの技術や魚の生態、さらには料理法まで幅広く紹介しています。読者...
感想・レビュー・書評
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1653年にイギリスで出版された釣魚大全という凄い本がKindleUnlimitedにあった。釣り師のバイブルらしい。開高健とかも愛読してたらしい。釣り全くやらないけど、こういうの読むの好き。アウトドアの古典。
ちょうぎょたいぜん
初版は1653年
アイザック・ウォルトン
(Izaak Walton, 1593年8月9日 - 1683年12月15日[1])は、イギリスの随筆家、伝記作家。"The Compleat Angler"(『釣魚大全』)の著者として有名。
「【釣り師】 それは、それは、願ってもないことですな。私も一日二日かけて、カワウソのような凶悪な害獣退治をしたいものだと思っていました。カワウソは憎らしい奴です。なぜかと言いますと、カワウソは魚が大好物であるだけでなく、魚を全滅させてしまうほどですからね。カワウソ狩りの猟犬を飼っている人には政府が年金を支給して、あの下卑なカワウソを根絶してしまうように奨励すべきだ、と私は思っているくらいなんですよ。実際かれらは有害ですよ。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
https://a.co/hLu340r
「釣りとはどういう芸術か、どんな娯しみなのか、釣魚道のことをよく知りもしないで嘲笑するような人たちに対しては、私も大いに反駁したいものだと思います。 けれども、それでもなお、わかってもらえないようならば、嘲笑者は次の警句をいつもポケットに入れておいて、朝食毎に毎朝読み返しなさい、と言ってやりたいと思います。この方法が一番よく効くでしょう。嘲笑者は、ルキアノス――嘲笑者の本家本元ともいうべき人です――の対話篇のことばの中にそのものずばりの警句を見出すことができるでしょう。私は嘲笑者の人々から善意に関して恩恵を蒙ったことはこれっぽっちもありませんが、少しばかり骨折って、ひとひねりしたこんな警句を作ってみました。この警句は嘲笑者のみなさんにはぴったりだろうと思うんです。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「【釣り師】 ええ、たしかに、釣りは古い歴史をもち、しかも、なかなか修得しがたい一つの芸術だ、と申しました。せめて夜まででもご一緒にお話しすることができたら、現在の私の心を占めている幸福な釣魚道の想いを、あなたにもっとお頒ちできることと思います。釣りは、単に歴史が古いというだけではなく、誰にでもおすすめできるだけの価値をもっていますし、一つの芸術なんです。釣りは、賢明で真面目なひとならば、修得して実際に試みてみるだけの値うちをもっているものなのです。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「【釣り師】 ええ、釣りが、あなたのものにしてしまうまで習練するだけの値うちのある芸術であることは明らかなことで、そこには問題はありません。問題はむしろ、あなたが釣りを学ぶ資格があるかどうかということでしょうね。釣りを習う人は、研究し、探究し、識別する才能の上に、あなたがおっしゃった忍耐心とこの釣魚道に対する愛情と傾倒がないと駄目なんです。けれどもいったん身につけてしまえば、釣りの芸術というものは楽しく有益で、徳と同様、それを行うことが報いであることがお判りになることでしょう。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「けれども、愚かにも富(や学識)を見せびらかすようなことをしないで、学べば学ぶほど謙虚になり、勇気とともに礼節あり、有徳でありながら横柄ではないように心がけて、私自身、紳士でありたいと願っています。あるいは、それらの徳が私には欠けているからといって、自分の先祖たちはそれらの徳をもっていたんだと自慢するような愚かなことはいたしたくありません(それでも、すぐれた古い家柄と前にも申しました緒徳との両方をかね備えているなら、それはその人に二重の品位を与えることになるのは間違いのないことです)。そういうわけで、釣りの古い歴史が(私は無理にあなたに押しつけているわけではありません)立派な古い先祖のようなもので、私の愛する釣魚道にいくばくかの輝きとか飾りとかになるのであれば、たまたま、ここで釣りの歴史についてお話しできたことをうれしく思う次第です。ところで、釣りの正当性、いやむしろ、そのすばらしさについてお話しをすすめてゆきたいと思います。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「【釣り師】 では、続けさせて頂きましょう。釣りの正当性についてよりも、釣りのおすすめについて話させて頂きましょう。なぜかと申しますと、釣りというものはその正当性を主張するよりは、むしろ他人におすすめすべき性質のものだと思うからです。世間には、正当なものであっても、他人にすすめる価値のないものだってありますからね。けれども、他人におすすめできる値うちのあるものは、当然正当なものであるはずですから。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「釣り人をいつしか瞑想へと誘いこむ場所でもあるということです。川のほとりが瞑想にふさわしい場所であるということは、神の選民であるイスラエルの人々によっても証されていると思います。彼らは悲しみにうちひしがれた心から、すべての陽気な騒ぎも音楽もかえりみようとはせず、流謫の地バビロンの川のほとりに生い茂った川柳に、今は弾く人もない竪琴をむなしくかけて川の岸辺に坐り、神の都と謳われた祖国のシオン(エルサレム)の壊滅を嘆き、また自分たちの悲惨な運命をしずかに瞑想したのです。(詩篇一三七篇)」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「つまり、第一に、キリストは学者や両替人を叱責されましたが、漁師たちに対しては、その仕事や職業のゆえに叱ったことはありませんでした。第二に、キリストはこうした漁師たちの心の中を見ぬかれて、彼らが生まれつき、瞑想や静謚に適していると――つまり釣り人の多くがそうであるように、柔和で、優しく、平和な心の持ち主であると、お考えになったのです。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
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「一般の素朴な信仰の人たちはそれぞれ自分の自発的な意志で守っていることですが――その定められた祈祷の時間以外の十分の一の時間は釣りにあてておられたのです。博士から直接聞いたことのある人の話によると、博士は収入の十分の一と釣った魚の全部を、その川の近くに住む貧しい人々に分け与えて、常々、「慈しみこそ宗教に生命を与える」と言っておられたということです。そして帰宅されると、この世の煩いから解放されて、何ものをも害わずに、また聖職者にふさわしいレクリエイションで一日を過ごしたことに神に感謝しておられたということなのです。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「「釣りは無為に過ごさぬ無為な時の仕事」(釣りはひまなときの仕事であっても、無駄なときを過ごすわけではない)なぜなら、勉学に疲れたあとで釣りをすれば、釣りは「心を安ませ、精神に元気を与え悲しみを忘れさせ、落ち着かぬ思いを静め、激情を和らげ、満足をもたらすものにして、釣り師と自認し、釣りをたしなむ人に、釣りは平和と忍耐の習慣を生む」ものであるからです。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「チャブは、あなたを始め多くの人々に最下等の魚だというふうに思われていますが、料理の仕方ひとつで上等の魚に変わるんですよ。ぜひあなたに知ってほしいのです。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
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「(釣り師の唄)内なる想いの外に出るに似て、それぞれの人は悦楽を異にする。あるいは猟犬、あるいは鷹を、テニスのような囲いの中の遊戯好き、あるいは女の胸に極楽を。無心に釣りすりゃ、そんな悦楽、虚しい限り、我は求めず、羨まず。狩りには落馬の危険も多く鷹は屡々戻って来ないで苦労する。賭博は心を迷わせ無一文愚かなエロスの係蹄にはまる恋の業火は身の破滅。釣りの釣り鈎、魚はかけてもそんな煩い、かけはせぬ。釣りほど自由な娯しみはこの世にまたとなし。他の気晴らしはがんじがらめに身も魂も縛ってしまうどこまでも釣りは手だけで十分だから私は釣りつつ瞑想できる。荒波逆巻く海釣りよりも静かな清流が私の心を喜ばす、そのせせらぎに瞑想しそれに倣って生きたいものよ。川の流れの氾濫れぬ如く規矩を弁え、おだやかに、昔のあやまち悔い改めながら。用心ぶかい鱒すらも遂にはわが餌にとびつけば、ほんのつまらぬ誘惑が貪欲の心を惑わせるそのおそろしさを教えらる。鱒が見向きもせぬときは虚しき誘惑拒ける賢人想って讃嘆す。飯も食わずに釣りをして運よく魚と出くわせば、それが私の糧となる、その幸運に友を招び獲物の馳走を共にするその喜びや、たぐいなし。鈎に魚のかかるよりわが食膳に友を得るその幸せぞたぐいなし。釣った獲物のご馳走に舌鼓うつのも楽しいけれど釣果なくとも満足だ魚をすくう漁師らが人をすくう漁師らに生まれ変わったキリスト様のお喜び。こんな不思議は魚釣り以外に見当たらぬそこで糸を垂れつつ、神を頌むわれらの救世主キリストがこの世で最初に選ばれて親しくおそばに置かれしはかの祝福されたる漁師たち。この世で最後にキリストが召された食物は魚なり。されば、私も心を尽し、キリスト様が選んで連れたあの弟子達の跡に続かん。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「【釣り師】 そうですね。では、思いつくままお話ししてみましょう。私にはマス釣りが一番釣趣があるように思えるのですけれど、昔の詩人たちが葡萄酒を讃美し、私たちイギリス人が鹿の肉を愛するように、釣りでいえば、マスは最高の魚、珍味といえるでしょう。と言うのも、マスには旬というものがあるからです。マスは牡鹿と旬が一緒なんですよ。あなたにも知っておいて頂きたいのですが、夏に味がよいのは、子を産まなかった牝鹿、冬に味がよいのは、産卵しなかったマスだ、と一般にいいますが、それらは例外的で、そんなに多くいるものではありません。普通、マスの最高の旬は五月なのです。その後は牝鹿と同様、味が落ちてゆくものなのです。そこで注意してほしいのですが、外国の魚、たとえば、ドイツなどの魚とイギリスの魚とを比較しますと、その大きさや形など、いろいろの点で違っています。レマン湖(ジュネーヴ湖)でとれるマスは五フィートもあると言うことはよく知られていることで、有名なゲスナーも確認していますし、メルカトールも、ジュネーヴ湖でとれるマスはジュネーヴ市の市場の大部分を占めていると語っています。それから、ある水域では、マスがたくさんとれるのですが、たいへん小型なので有名なところもあるのですよ。ケント州のある小川では、マスが信じられないくらい無数に繁殖しているところを私は知っています。そこでなら、あなたでも一時間に二十匹とか四十匹とか釣り上げるのはわけもないことですが、その代わりガジョンより大きいのは一匹もいないのですよ。特に、海続きとか、海に近い川、たとえば、ウィンチェスターとか、ウィンザーのテームズ川などでは、小さなマスはサムレットとかスケガーと呼ばれていて、まるでミノーのようにすぐ餌にとびついてきて、警戒心など少しもありませんから、私も、その両方の場所で、立ちどころに二十匹から四十匹も釣ったことがあります。そんな小さなマスをサケの子だなどと言う人もありますが、そうした水域では、そんな小マスはニシンより決して大きくはならないのです。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「釣り師ほど幸せで楽しい人生はありませんよ。夏の乞食の生活のようなものです。夏場だけは乞食も寒さなど気にかけないですみますし、釣り師と同じくらい幸せだと言えましょうか。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
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「ロンデリティウスによれば、海につながっているとか、あるいは海に近い川で生まれたウナギは、ひとたび海の味を経験すると二度と淡水には戻ってこない(サケは常に淡水に帰ってこようとするのですが)ということです。このことも私には至極真実であるように思われるのです。ところで、フランシス・ベーコン卿はウナギの寿命はせいぜい十年であると語っているのですが、彼の著書の『生と死の歴史』の中には、ローマ皇帝に飼われてよく慣れていたヤツメウナギは何と六〇年も生きていたとのことで、雄弁家のクラッススが飼育係をしていたのですが、このヤツメウナギが死んだときたいへん嘆き悲しんだというような、まことに有益でおもしろい話が載っているのですよ。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「さて、ウナギについてあれこれお話ししてきましたが、ウナギ釣りにはいろんな餌があります。たとえば、粉末にした牛肉、ゴカイ、庭ミミズ、ミノー、鶏の臓物、その他どんなものでもウナギ釣りの餌に使うことができます。それくらいウナギは貪食な魚なのですよ。けれどもウナギは、日中はほとんど動き廻らず、じっとかくれひそんでいることが多く、したがって、ウナギ釣りは夜が主になります。今お話ししたような餌のどれかをつけて、道糸は岸か木の枝にしっかり結びつけておいて、置きバリにして釣るわけですが、も少し詳しく説明しますと、お話ししたような餌をつけた枝バリをたくさん出して、土塊とかオモリ、石などをつけ、道糸が流れを横切るように投げ込んでおくのです。そんなふうに川に投げ込んでおいて、翌朝になって行ってみれば、道糸が昨夜の場所から少し動いているはずです。そうしたら掻きバリか何か、そうしたもので引き上げたらよいわけですが、こんなことはわざわざお話しすることでもなく、誰でも知っていることでして、誰かと一緒に一時間でもウナギ釣りをやってごらんになるとすぐ要領がのみ込めることと思います。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「ウォルトンはろくに学校教育もうけていなかったが、読書好きで勤勉だったし、真面目な努力家であった。彼は家庭的には恵まれなかったが、友人関係には恵まれていた。彼の誠実さや穏やかな性格は多くの友人を与え、その友情を永続させたし、ウォルトン自身も友情のためにはできる限りの努力をした。革命動乱の最中、王室の小ジョージ章という宝石をウォルトンが危険を冒して隠し保管して無事にチャールズ二世に戻して王党派のために尽くしたという有名な逸話も、ウォルトンの義理堅さを物語るものである。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「ウォルトンの本領は伝記作家にある。今日、英文学の領域でウォルトンの名が有名なのは、彼が書き残したジョン・ダン伝、ヘンリー・ウォットン伝、フッカー伝、ハーバート伝などのいわゆる『ライヴズ』と呼ばれている伝記のかずかずによってである。そのほかに詩なども数多く作っているが、追悼詩とか墓碑銘とか献呈詩などが多い。家柄も学歴もない彼が商売のかたわら、畑違いの文学の世界に足を踏み入れて、今日まで残るような名声をなすに至った最も大きなきっかけは、ジョン・ダンはじめ当時のすぐれた文人貴族たちとの交友関係にあった。その交友も先妻や後妻の知己の関係から生まれたものであったが、ウォルトンはそれらのすぐれた人々から愛され信頼されたし、彼もまたその好誼や信頼に真剣に応えた。『釣魚大全』のなかにもウォットンやダンの名はしばしば出てくるし、『釣魚大全』そのものがヘンリー・ウォットン卿の意志を継いで書かれたものであったと言えよう。ウォルトンは友情を大切にし、素直なおだやかな性格で彼らに仕えた。彼の『伝記』の最大の特質は、自然にそこに滲み出ている親愛・尊敬の彼の心情にあり、しかも、ウォルトンは再三筆を加えて増補改訂している。努力家で真面目で素朴な彼の態度は、『釣魚大全』に関しても幾度とない増補改訂となって現れている。だが、初めにも記したように、『釣魚大全』の場合は逆効果になって、初版の素朴なみずみずしい牧歌的豊かさが、第五版ともなると老人の説教臭と饒舌に覆いつくされてしまうのである。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
「幻の釣り指南書、釣り人の聖書といわれているウォルトンの「釣魚大全」の初版本の復刻本を、薄暗く黴くさい図書館で偶然発見したとき、私は一つの感慨にうたれた。それはなんと表現してよいかわからないが、釣り特有のゆったりとした気分、三百年以上も昔から洋の東西を問わずに今日まで、そしていまこの私の手許まで流れ漂ってきた釣りの楽しみの情感、ああ、はるばると伝わって来たものだな、という気持ちだった。」
—『釣魚大全』アイザック・ウォルトン著
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私ってむっかしからろくに進化していないことに熱中して喜んでいるのね。って気づかせてくれた傍迷惑な素敵な本。
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釣りって面白いよね!はにゅも大好き!
この本があれば、書斎で釣りを楽しめるよ
作者は16~17世紀の英国人、アイザック・ウォルトンさん。
この人は本当に釣りが好きなんだよ
魚の生態、釣具、調理の仕方に至るまで語ってますね。
文章も読みやすいし、銅版画のイラストが綺麗です。
銅版画って、当時の流行の印刷技術だね。
木版画は銅版画に活躍の場を奪われて・・・ひー
あ、日本では木版画大活躍!
まあ18世紀末に司馬江漢がちょっと銅版画に手を出してます。みー
あと、ウォルトンさんの時代はアレですね。
楽しみとしての釣りが、理解されにくかったみたい。
早すぎたんだ・・・
まあ、今は「釣りのバイブル」扱いなんで、彼も喜んでるよきっと -
釣り人のバイブル。かつて開高健氏は、この本の最後の一行「STUDY TO BE QUIET」を、「静謐の研究」「おだやかなることを学べ」と訳しました。これはもともと新約聖書の言葉だそうです。最後の審判、世界が終わりを告げる時も、静かに釣り糸を垂れて過ごす。それが釣りの極意なのかも知れません。
ソローがこの本を書いたのは1653年。イギリスでは清教徒革命やチャールズ一世の処刑など、血なまぐさい時代でした。そんな時代にも、釣り人はふだんと変わらぬ生活をしていたのでしょう。
この本は、テムズ川の上流マーロウ(Marlow)という小さな村で書かれました。そしてソローが執筆の際泊まったホテルは「The Complete Angler Hotel」という名前でいまも営業しています。以前は違う名前でしたが、ソローの本が話題になり、名前を変えました。以降350年以上営業を続け、マーロウのランドマークのひとつになっています。ちなみにイギリスで釣りをするにはライセンスと遊漁料が必要です。ライセンスは郵便局で発行していますし、ホテル周辺の遊漁券はホテルで手に入れることができます。ただしイギリスの釣りはいろんなルールがあります。釣った魚はその場でリリースすること、餌釣りはあまりよく思われません。なによりも禁漁期が魚ごとにあるので、きちんと説明を受けてからでないと、楽しい体験をフイにしかねません。
それでも、釣り人のバイブルが書かれた聖地で釣りをしたい、という人はあとを絶ちません。ホテルに荷物を置いて、そのまま竿を持って出掛けるのもいいでしょう。竿の代わりにこの本を持って読書、というのも洒落ています。
ちなみにマーロウはJ.K.ジェロームの「ボートの三人男」という小説の舞台でもあります。この本、イギリスっぽいブラックなユーモアが効いていて、あわせ持って行くことを勧めます。もうひとつ、この町には古典ホラー小説「フランケンシュタイン」を書いたメアリー・シェリーの家があります。自然文学とユーモアとゴチック文学。発祥の地マーロウは、いつか訪れてみたい場所のひとつです -
様々な種類の魚をどう釣るかを書いてある本。
かなり前に書かれた本なのに、釣りの方法は今も昔も差異ない。
不思議だ。 -
2009/1/12購入
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なにかを好きで、寝食を忘れる、とはこういうことなのだろう、と考える。
釣りが大好きな昔のイギリスの人が書いた本。
昔の本なのに、今を生きる自分の心に響く。
きっと真に良い本なのだろう。
アイザック・ウォルトンの作品
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