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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784047034969
作品紹介・あらすじ
〈目次〉
はじめに
序章
室町人の時代意識/満済の「上代」「中古」「近代」/満済の「近代」と「御代」/室町殿と重臣たち/足利義教正権とは/嘉吉の乱とは
第一章 足利義持の時代
一 義満後の政治環境
足利義満の遺産/足利満詮の立場/足利善嗣のこと/上杉禅秀の乱と対応
二 足利義持政権の特質
義持期の室町殿と重臣たち/室町殿近習富樫満成・赤松持貞/義持と天皇・公家/義持の精神世界と文芸/義持と後南朝
三 在地勢力の動向
関東と鎌倉公方の動向/畿南の情勢と伊勢国司/中国・九州の動向
第二章 足利義教の嗣立
一 足利義教の登場
青蓮院門跡義円/義持の後継に決定/義持の葬儀と義円/義円還俗/御判始のこと
二 嗣立期の足利義教とその周辺
権威と権力/嗣立期における諸大名の対応/管領職の忌避とその理由/近習大館満信の役割
三 正長改元の経緯と歴史的意義
改元と目/正長の改元定/正長改元の歴史的意味
四 後花園天皇の擁立と後南朝の動向
後光厳院流と崇光院流/小倉宮聖承の出奔/後花園天皇の擁立
第三章 足利義教の時代
一 足利義教政権の特質
元服と将軍宣下/永享改元/実質将軍義教の代始改元/義教期の室町殿と重臣たち/「御前落居記録」「御前落居奉書」/近習赤松満政の役割/義教と天皇・公家/鎌倉公方との関係/山門問題への対応/近江馬借の動向/岩清水八幡宮との関係
二 足利義教の文芸
義教と文芸/義教の和歌会と『新続古今和歌集』/義教の連歌会
三 有力守護家の分断政策
山名氏家督問題への介入/山名持煕・持豊兄弟の命運/斯波氏勢力の削減と分断/大内氏のケース/大内氏家督候補の差し替え/畠山氏のケース/その他のケース
四 「恐怖の世」
「恐怖の世」への傾斜─永享三年/「政治の死」─永享六年/義教・持之・満祐と幕府政治/鎌倉公方との関係/義教と後南朝
五 対外交易と国際的環境
日明関係の再開と対外交易/硫黄をめぐる交易/唐船奉行の成立
第四章 嘉吉の乱への道
一 永享の乱
永享の乱とは/結城合戦/大覚寺義昭の事件
二 嘉吉の乱はなぜ起こったか
嘉吉改元/嘉吉の乱/事件の赤松氏/乱直後のゆ大名たちの動向/管領細川持之の焦慮/赤松治罰綸旨草案の添削と公武の対応
終章 嘉吉の乱──その後
赤松満政と山名持豊/禁闕の変/公武・僧俗の融合
おわりに
主要参考文献
図版所蔵・一覧
あとがき
感想・レビュー・書評
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室町幕府将軍足利義教期前後の政治情勢を、当該期の最新研究を網羅しながら、主に「満済准后日記」「看聞日記」「建内記」などの同時代日記を駆使してそのあらましを描く。
実はこの書名が本書のテーマと思って読んでいると結局最後まで、「室町幕府崩壊」や「義教の野望」に関する内容はほとんど見えてこないのに等しく(おそらく「学級崩壊」のような使い方なのであろう)、書名が「将軍義教期の室町幕府体制と動向」などとした方がまだしっくりくる。自分は途中から書名は忘れることにして読んだ。(笑)また、テーマ別に分類しすぎているきらいがあり、時系列が乱されることが多いので、よほど年(和年号だが)を意識していないと、各出来事の関連性がわかりづらい著述構成になっている。
足利義教が義満子息で義持兄弟の中から「くじ引き」で選ばれたという逸話は有名であるが、青蓮院門跡・准后・大僧正にして天台座主経験者という聖界頂点に君臨した人物が、将軍になり宿老が次々と他界した後に、「自分を見て笑った」とかそんなことまでを取り上げて多くの人々を処罰したという「万人恐怖」の専制政治者になるとは予期せぬ成り行きだったことだろう。性格破たん者の独裁者のイメージが強い義教だが、そもそも兄である将軍義持が宿老らに遠慮?したことで「くじ引き」当選した義教の目指した方向が、宿老をはじめとした大名家跡つぎ介入などによる大名家勢力削減政策を取ったことはある意味、必然的帰結であり、政治の皮肉ともいえる。これから粛清しようと企んでいたという赤松家の宴に、のこのこ出かけていって反対に謀殺され「犬死」といわれた義教の自信過剰ぶりをもう少し詳しく描くと面白かったように思う。
義持期の「上杉禅秀の乱」や義教期の「永享の乱」をはじめ、九州や後南朝勢力との戦闘などの「動乱の時代」に、義教擁立から「嘉吉の乱」に至るまで専制者として君臨しようとする政治過程はなかなか面白い。
「上杉禅秀の乱」とそれに連動した弟・義嗣逃亡事件の背後に実は、宿老のほとんどが加担していたという話と、「嘉吉の乱」での赤松討伐をなかなか行わない様から多くの大名加担を疑われたという話は、本書の背景における好対称を示している。
宿老らに逆らえず偉大な父・義満へのファザー・コンプレックスのイメージが強い義持だが(笑)、側近である富樫満成に調査させた義嗣逃亡事件が実は黒幕が宿老たちであったと突き止めた途端、女性問題で逆に処罰してしまう(逃げたが、何もしないからと安心させて出頭してきたところをとっ捕まえた)話や、赤松家跡目相続問題に介入して、側近で傍流である赤松持貞を跡つぎにしようとして失敗し、またもや女性問題にかこつけて自殺に追い込む「とかげのしっぽ切り」の様はやはり性格が非常に悪い一家だと思わせ面白かった。(笑)
政治のぎすぎすした側面と、生々しく進行していく過程が味わえる一書です。(笑)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ちょっとタイトルからは離れすぎてしまった感じを受けた。副題は内容そのまんま。
「幕府」の崩壊について目立った記述があったのか記憶に残っていない。 -
室町幕府の第6代将軍である足利義教(1394-1441)を扱った書物。この人物は当初は出家して僧侶となっていたが、前代将軍の足利義持の死去を受け、何と石清水八幡宮でのクジ引きで後継の将軍に選出された。慌ただしく還俗、元服、将軍就任したが、そんな経緯では権力基盤が脆弱なのは容易に想像が付く。そこで足利義教は、意に沿わない者たちの領主を没収したり、理由をつけて討ったりする恐怖政治を敷いたと言われる。本書はそのような足利義教の恐怖政治的な権力基盤の成立、そしてその結果としての赤松満祐による弑逆(嘉吉の乱)に至る足取りをたどったもの。
足利義教をたどる前に、本書は足利義持について語っている。特に、足利義満の残した膨大な権力基盤の上に、足利義持が何を継承し、何を継承しなかったかが書かれている。一言でいえば、足利義持は足利義満の時代から続く気骨ある家臣たちに支えられていた。管領の斯波義将、畠山満家など。しかし、称光天皇の迭立に反対する後南朝勢力に与するものがいたり、上杉禅秀の乱への対処での内紛など、その権力基盤は脆弱だった(p.47)。こうした脆弱な権力基盤は、より弱体化した形で足利義教に受け継がれていった。
著者は足利義教の権力基盤の確立の道のりを、家臣たちに対してのみならず、様々な観点で検討している。南朝皇胤の断絶を含む公家・朝廷に対するもの、僧侶時代に天台座主であった人脈を活かした寺社勢力に対するもの、永享の乱・結城合戦における鎌倉公方に対するものなど。なかでも、後花園天皇の迭立に当たっては、足利義教は積極的にリーダーシップを発揮し、自身の権力を印象付けようとしている(p.112ff)。着目点の面白さとしては、文芸が権力基盤の維持に果たした役割が挙げられよう(p.156-162)。連歌会や勅撰和歌集の撰修に当たって、誰を会のメンバーに加え、誰を加えないかによって、幕府の政治には参加しない家臣たちとのバランスを取ったり、競争心を煽ったりしている。
足利義教の専制的な恐怖政治は、家臣の個々の家の家督問題に介入する形で確立されている(p.193)。著者は有力家臣たちの具体例をいくつか検討し、その様を明らかにしている。嘉吉の乱の直接の原因が、赤松満祐の討たれる前に討つという動機にあったため、この恐怖政治の手法は足利義教自身の最期に直結している(それにしては、なぜこの手法を足利義教が取ったかについての検討はない)。恐怖政治への移行、足利義教の「暴走」を、著者は永享三年の大内盛見の敗死とその後の九州内乱に見ている(p.182-185)。もともと将軍専制の理念があったのだが、もっとも頼りとしていた大内盛見が亡くなり、その他の有力家臣が九州内乱に対して有効な手立てを打てない体たらくだったことが、足利義教を専制に駆り立てたとしている。 -
足利義教に関する研究論文集。
満済准后記を中心に資料から引用して極めて精緻に論じている。
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