百人一首で読み解く平安時代 (角川選書 516)

  • 角川学芸出版 (2012年11月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784047035164

作品紹介・あらすじ

〈目次〉
はじめに
百人一首の巻頭巻末
一 秋の田のかりほの庵のとまをあらみわが衣手は露にぬれつつ 天智天皇
二 春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山 持統天皇
三 あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかもねむ 柿本人丸
四 田子の浦にうち出でてみれば白妙のふじのたかねに雪は降りつつ 山辺赤人
五 奥山の紅葉ふみ分けなく鹿の声きく時ぞ秋は悲しき 猿丸大夫
六 かささぎの渡せる橋におく霜のしろきを見れば夜ぞふけにける 中納言家持
七 天の原ふりさけ見れば春日なるみかさの山に出でし月かも 阿倍仲麿
八 わが庵は都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり 喜撰法師
九 花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに 小野小町
一〇 これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関 蝉丸
一一 わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人にはつげよあまの釣舟 参議篁
一二 天つ風雲のかよひぢ吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ 僧正遍昭
一三 筑波嶺の峯より落つるみなの川恋ぞつもりて淵となりぬる 陽成院
一四 陸奥のしのぶもぢずり誰故にみだれそめにし我ならなくに 河原左大臣
一五 君がため春の野に出でて若葉つむわが衣手に雪は降りつつ 光孝天皇
一六 立別れいなばの山の嶺におふるまつとし聞かば今帰り来む 中納言行平
一七 ちはやぶる神代も聞かず龍田川から紅に水くくるとは 在原業平朝臣
一八 住の江の岸による浪よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ 藤原敏行朝臣
一九 難波潟短き葦のふしのまもあはでこの世をすぐしてよとや 伊勢
二〇 侘びぬれば今はた同じ難波なる身をつくしても逢はむとぞ思ふ 元良親王
二一 今来むといひしばかりに長月のの有明の月を待ち出でつるかな 素性法師
二二 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ 文屋康秀
二三 月見れば千々にものこそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど 大江千里
二四 このたびは幣もとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに 菅谷
二五 名にしおはば逢坂山のさねかづら人にしられでくるよしもがな 三条右大臣
二六 小倉山峰のもみぢ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ貞信公
二七 みかの原わきて流るる泉川いつみきとてか恋しかるらむ 中納言兼輔
二八 山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思へば 源宗于朝臣
二九 心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花 凡河内躬恒
三〇 有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし 壬生忠岑
三一 朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪………

みんなの感想まとめ

平安時代の歴史と文化が詰まった和歌の世界を深く理解できる一冊で、百人一首の魅力を新たな視点から探求しています。著者は、歌人や歌の選定理由、さらにはその背後にある歴史的背景を丁寧に解説し、読者に新しい発...

感想・レビュー・書評

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  • 小倉百人一首の、入門書より一歩踏み込んだ内容を、ということでこの一冊。
    しかし読んでいる途中で、「私にはまだ入門レベルが相応しいのでは……」と薄々感じている。
    とはいえ、百人一首はじめ文中さまざまな歌集から引用されている和歌を口に出しながら読むのは楽しい。
    五七調のリズムが心地よいと感じる感覚は、生来備わったものなのか、少しずつ日本の歌文化に触れる中で培っていくものなのか。

  • 百人一首とは何か。
    ―和歌で綴る平安朝の歴史―
    これが筆者の答えだ。
    巻頭の天智・持統天皇と巻末の後鳥羽・順徳院はともに親子天皇として対をなしている。
    また、筆者曰く、桓武天皇の曾祖父にあたる天智天皇は平安朝天皇の始祖、一方の巻末は、承久の乱で鎌倉幕府に敗北した平安朝終焉の天皇である。
    この対によって百人一首は、平安朝という歴史を作品の中に封じ込めている。

    また、百人一首は、勅撰集から撰ぶという原則が存在するらしい。なお『古今集』の編纂方針は、『万葉集』歌は除く、というものだった。そして『万葉集』は百人一首の撰集資料ではないため、額田王・山上憶良などの一流歌人は撰入されていない。
    ところが、99番「人もをし」歌と100番「百敷や」歌は、百人一首成立時期において勅撰集撰入歌ではなかった。このことから逆算して、実はこの二つの歌は当初『新勅撰集』に撰入されていたにも関わらず、鎌倉幕府への政治的配慮から外されたと考えられている。つまり、定家にとってはれっきとした勅撰集撰入歌であり、それを外さざるをえなかった無念さが、百人一首成立の原動力になったのだと。

    本書の特徴は、一首または歌人を他の秀歌撰の評価と比べている点で、百人一首に撰ばれていない代表歌なども引き合いに出し、百人一首の特異性、なぜこの歌人・この歌を撰んだのかを考察している。

  • 中学生のときに百人一首って覚えたな〜という懐かしさから読んでみました。ただふだんこういう本を読み慣れていないのと、古語の知識もほとんど忘れてしまっていたので読み進むのにちょっと苦労しました。
    といっても難しい学術書というわけではなく、なぜこれらの歌が選ばれ、この順番に配列されたのかという視点から書かれていて興味深く読めました。単に歌が素晴らしいからというだけで選ばれたわけではなく、いろいろな思惑が働いて選ばれた歌もあったみたいです。そういうのって、いつの時代も変わらないんですね。

  • 百人一首関連の本をたくさん上梓されている吉海さんの最新刊。ありていに言って、タイトルや「百人一首は『和歌で綴った歴史書』だった!」という帯から受ける印象ほど、吉海さんの他の本との違いはない。とはいうものの、他の吉海さんの本と同様、丁寧にまとめらている。百首それぞれの詳細な解題がメイン。

  • 百人一首はご存知、藤原定家が撰んだ和歌集です。
    様々な人の様々な解釈本が古今通じて出版されていますが、
    今まで、個人的にはそのような解釈本は避けてきました。
    競技かるたから百人一首に入った自分としては、
    百人一首は声で、音で楽しむもので、
    詠み人や撰者の撰歌意識などはあまり考えずに、
    素直に感じたまま楽しむのが好きだったからです。

    ただ、百人一首はそれぞれの歌人の代表歌を撰んだものではなく、
    詠み人が詠んだときの解釈と撰ばれたときの解釈が異なっているものなどもあって、
    深く読み込むと、それはそれで面白そうだ、
    ということがこの本を読むとわかってきます。

    百人一首は選者・藤原定家の秀歌意識や当時の時代背景のほか、
    詠み人の詠んだあとの人生をも包括しています。
    当時は承久の乱後の、武家政権が確立した時代。
    公家衆はすでに政治の表舞台にはいませんでした。
    それゆえ、上級貴族であった定家らは、
    王朝全盛期であった平安時代を懐かしみ、
    かつ厭世的になっていたことでしょう。
    滅びゆく者たちの歌に、我が身を重ねていたのかもしれません。
    この本は「百人一首で読み解く平安時代」という書名ですが、
    それ以上に「百人一首で読み解く鎌倉時代の貴族社会」、
    という感じがします。

  • 基本的に低い評価、もしくは別に代表歌があっても、定家の好みと独断で集まった作品なんだなぁ…

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著者プロフィール

1953年、長崎県生まれ。國學院大學大学院博士後期課程終了。博士(文学)。専門は『源氏物語』や『百人一首』などの平安朝文学。『百人一首で読み解く平安時代』(角川選書)、『百人一首の正体』『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 三十六歌仙』(角川ソフィア文庫)など著書多数。

「2022年 『角川まんが学習シリーズ のびーる国語 基礎力マスター3冊セット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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