武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで

  • KADOKAWA (2016年6月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (296ページ) / ISBN・EAN: 9784047035898

作品紹介・あらすじ

刀だけでは、勝ち抜けない。和歌と権力の関係を説き、「武士像」を覆す!

戦乱の中世、武士は熱心に和歌を詠み続けた。武家政権の発祥地・関東を中心に、鎌倉将軍宗尊親王、室町将軍足利尊氏、江戸城を築いた太田道潅、今川・武田・北条の戦国大名三強を取り上げ、文学伝統の足跡をたどる。

【目次】
序章   源氏将軍と和歌
第一章 歌人将軍の統治の夢―宗尊親王と鎌倉歌壇
第二章 乱世の和歌と信仰―足利尊氏と南北朝動乱
第三章 武蔵野の城館と歌人―太田道灌と国人領主
第四章 流浪の歌道師範―冷泉為和の見た戦国大名
終章

みんなの感想まとめ

武士が和歌を詠む理由は、単なる文化的表現に留まらず、権力の強化や結束を図るための重要な手段であったことが明らかになります。特に鎌倉将軍宗尊親王や室町将軍足利尊氏、戦国大名の太田道灌など、東国の武士たち...

感想・レビュー・書評

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  • タイトルの問いへの答えは、一門や家臣との結束をはかるため、あるいは他国との交渉の場面で、また神仏との交流をはかる意味でも、自らの支配を確かにするために和歌を使ったのだったということらしい。
    事例として研究対象としたのが鎌倉将軍宗尊親王、足利尊氏、太田道灌、今川武田北条の戦国大名といった東国の武士。
    鎌倉時代から歌壇が一つのコミュニティとして機能しており、それが政治的なものになり得ていたんだな。
    太田道灌が武将としてだけでなく歌人として優れていたらしいことは知らなかった。
    冷泉為和が今川家に世話になり、信虎と義元が和睦してからは駿甲を頻繁に行き来して和歌の指導とともにメッセージ伝達のようなこともしてたらしいことも初めて知った。
    そして加藤清正や徳川家康など、戦国が終わりに近づくにつれて和歌を武士のものではないと否定的に見る見方が強まったのはなんだか残念。
    実際に残された歌への批評ができるのが凄いな。

  • ざっくり朝廷と武士との関係。
    勅撰和歌集、太田道灌等、もうちょっとちゃんと勉強するです。家康が家康ぽくて良い。

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著者プロフィール

慶應義塾大学教授

「2026年 『万葉集禁裏御本の解明』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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