日本人とユダヤ人 (角川oneテーマ21 (A-32))

著者 :
  • 角川書店
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本棚登録 : 311
レビュー : 29
  • Amazon.co.jp ・本 (295ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784047041677

作品紹介・あらすじ

ユダヤ人との比較というユニークな視点から展開される卓抜な日本人論。高いコストをかけて保険に入るユダヤ人、安全と水は無料が当たり前と考える日本人。機密を守り通すユダヤ人、「青竹を割ったように」「腹蔵無く」話す日本人。ユダヤ人とは、道路に裸のまま放り出された子供であるのに対して、日本人は甘やかされたおぼっちゃんだと著者は指摘する。ユダヤ人がなぜ迫害されてきたのかを徹底考察、アメリカという「帝国」亡き後の日本にも国際社会からの迫害が起こり得ると警鐘を鳴らす。みずからの戦争体験を踏まえ東西の古典、宗教を追究した深い歴史観を抱く山本七平ならではの日本人論の金字塔。

感想・レビュー・書評

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  • 「内なるゲットーと外なるゲットー」と行ったのはユダヤ人国家の父、テオドール・ヘルツェル。ユダヤ人はゲットーに押し込められているが、ゲットーの内部にいる限り、安全であり自由である(少なくとも普通の国であるならば)。しかしひとたびそこから外部に出、いわゆる「同化ユダヤ人」になるなら、自分の精神の周りを黒幕で包んで、全く心にもない生き方をしなければならない。これは自らの精神をゲットーに押し込めることで、これを彼は内なるゲットーと呼んだのである。「内なるゲットー、外なるゲットー」という言葉は、ヘルツェルが言い出したのであろうが、こういう見方は古くからユダヤ人の間にあった

  • 本書は1970年にイザヤ・ペンダサン名義で出版されたベストセラー。確か中学生の時文庫本で持っていたが読まず仕舞いだった。今回読んでみて、その内容が現在でも全く色褪せていないことに驚かされた。文章には比喩的で難解な部分もあるが、ユダヤ教・ユダヤ人と対比させながら日本社会の特徴を「日本教」と称して鋭く指摘しており、またユダヤ人やその歴史・思想についてもかなり深く語られていて面白かった。例えば、西郷南洲は日本教の殉教者であり聖者である、との指摘。イスラエル問題について一般に言われている、ユダヤ人が二千年前に住んでいた地に勝手に国を作ったというのは間違いで、ユダヤ人はずっとパレスチナの地に住んでおり、イスラエルと周辺諸国との争いの本質は土地争いや民族争いではなく体制の争いである、との指摘等々。また、著者は、支配者と被支配者の間に位置して経済的に栄えた人種・民族は、支配者が力を失うと迫害されるとし、「名誉白人」の地位にある日本もこのような目にあうのではないか、と警鐘をならしている。著者の警鐘から45年後の今、実際のところどうであろう。米国の力は衰えつつあるが、幸か不幸か日本の経済力もそれほどでは無くなり、したがって迫害は免れている、といえるだろうか。
    なお、新聞掲載エッセイの中でその著作が紹介され、気になっていた山本七平氏がイザヤ・ペンダサンと同一人物であることも今回初めて知った。

  • 内田樹さんの「日本辺境論」に触発されて読みたくなった本の中の1冊でした。
    なるほど!と思うところが多々ありました。

  • 日本人とは何か、どんな民族なのか、と言うことを客観的…日本人的ではない目線から教えてもらったような気がします。同じ人間でも、ここまで…感覚、思想、基盤になるものが違うのかと言う驚きと、これじゃあグローバルだなんだ言ったところで、人類皆兄弟なんて言葉は薄っぺらすぎてファンタジーにもなりゃしないな、と思いました…あとがきで「互いに交われば相互に理解できると単純に考えている日本人が余りに多い」と書かれていたのが、妙にストンと落ちてきました。ああ、そうだ、そういうことだ。みたいな。

  •  著者も指摘しているが、日本には評論家と呼ばれている人が実に多い。特に、大きな事件が起きると、すぐに○○評論家がテレビに登場する。しかし、評論家と名乗る以上、それなりの実力が必要である。単に知識が多いだけであれば、それは○○博士としてはどうだろうか。あるいは、好き勝手な持論を展開するだけの人もいる。これなどは、テレビに出るのはやめて、自分のブログで吠えてみてはどうだろうか。

     正確で豊富な知識があるのは当然としても、普通の人が思いもしないような新鮮な切り口(物の見方や考え方)で、目の前の事象を分析できるような人を、私は評論家と呼びたいのである。

     筆者の山本氏の分析は興味深い。例えば、鎌倉幕府以降大政奉還まで続く武士の時代を、「朝廷・幕府併存」と呼び、高く評価しているのである。こういう見方は、一般的にはあまりされていないように思う。実際、歴史の学習では、朝廷の話がほとんど出てこない。

     私はつい最近まで山本氏のことはよく知らなかったのだが、これを機会に少し読んでみたいと思っている。

  • 評論家の山本七平が、「イザヤ・ベンダサン」というユダヤ人の名前で刊行した本です。

    本書では、「律法」を行動原理とするユダヤ人と対比する形で、「人間性」や「人間味」を行動原理とする「日本教徒」の特殊性を浮き彫りにしようとしています。イザヤ・ベンダサンという日本社会の外部からの観察者の視点を借りることで、そうした特殊性をよりいっそう際立たせようという戦略が採られています。

    なお、朝見定雄『にせユダヤ人と日本人』(朝日文庫)で、本書のユダヤ教に関する議論の誤りが徹底的に暴かれました。もっとも、特殊な例を一般へと拡張する「エピソード主義」は、本書に限らず日本文化論一般の通弊であり、小谷野敦の『日本文化論のインチキ』(幻冬舎新書)でも、そうした本が批判されています。アカデミックな観点からは本書の意義はなく、あくまで山本七平という個人の、日本と日本人についての見方が示された本と捉えるべきなのだろうと思います。

  • 山本七平「日本人とユダヤ人」。この本は1970年にイザヤ・ペンダサンの名前で刊行され、300万部を超える大ベストセラーだったのだというが、恥ずかしながら読んだのは今回が初めて。しかし、既に40年以上経つ今においても頷かされる鋭い見識には驚かされると云えようか。
      もっとも共感を覚えたのは、「ユダヤ人は、迫害されたが故に人類に対して何らかの発言権があると思ってはならない」。そして日本人は、「唯一の原爆被爆国なるが故に、世界に向かって何らかの発言権があると思ってはならない」。但しこの言葉はなかなか受け入れられることができず、時には強い反発を受ける、と著者は云うのだが・・・・。では、広島の場合はどうなのか。広島の人間としては、原水爆禁止を声高に云うのが当然のことのように見られている中で、広島の人間だからこそあえて云うべきではない、という考え方はおかしいのだろうか。思うに戦争で惨い扱いを受けたのは広島の人間に限らず、東京の爆撃でも同じくらいの人間が死んだのは事実だろう。そして何よりも、もともと戦争を引き起こした日本人がそもそも被害者であることを前提に世界にモノを云うことができるのかという疑問。それが原爆という例のない場合であったとしても。世界的に見ても、ユダヤの人々のことはもちろんのこと、もっと悲惨な戦争被害はあったろうに・・・・と。
      この新書版は、2004年初版で2012年の第11版だが、最初の発刊から40数年経って版を改め発行されること自体がその価値を明らかに示している。ユダヤ人に対する深い認識とそれと対比してみせる日本人の特性が明らかに。米国の力を背景に躍進した日本は、現在はあたかも擬似欧米人のごとき扱いを受けているとは云え、将来(例えば米国がこけた後)はいつ迫害を受ける立場になるやも知れず、という警告が現実味を持って突き刺さる。卓抜した日本人論と云うべきか。

  • ユダヤ人を名乗った日本人によるユダヤ論・日本論。最初の刊行は1970年。
    「日本人は水と安全を無料だと思っている」という言葉はあまりに有名。日本と比較しながらユダヤ人の考え方を解説し、日本のよいところを挙げながらも当然所々に批判を挟む。
    日本人とは、自覚できないほどに浸透した「日本教」の信者であり、その宗教の根本理念は「人間性」である。その「人間性」は法外の法で規定され、言外の言で語られるため異教徒が理解するのは非常に困難だと著者は言う。
    ユダヤ人を自称するだけあってユダヤ文化や聖書の知識が豊富で、ユダヤ人の考え方、そして異文化から見た日本の特殊性を知ることができる。

  • 昔、学生の頃だったか、書店で見たことがあった。平積みだったので、当時、話題の書だったのだろう。「ユダヤ人」というと、「アメリカ人」とか「フランス人」というのとは違ったイメージを感じさせる。歴史がかろうじてさかのぼれるくらいの大昔から苦難の道を歩んで、国をもつことができない状態が幾世代にもわたって続き、建国を認められた後も決して平和な中にあるとは言えず、同胞たちは今も世界中に散っていて、でも頭がよくて医者や弁護士や金融業界で名を馳せている人たちが多い…というイメージ。

    結構多くの人たちが大雑把ではあるけれど、それなりに「明確な」イメージを共有していると思う。それを日本人と比較してみることのおもしろさがある。

    実は著者は当初「イザヤ・ベンダサン」というユダヤ人ということで出版されていたが、本当は山本七平という個人書店の経営者で研究者という人。
    文章を読んでみると、この人の洞察力、知識、文章のうまさなど、ずばぬけたものを持っていた人だと思う。

    最近量産されている「教養書」とは、まったくレベルが違う。この本は、伝えている内容も広範だし、ものすごい知識に裏打ちされていて説得力がある。日本人とは何者か、私たちが知りたがっていることを、冷静な目で見て的確に伝えている。

    「しのびよる日本人への迫害」の章は、グローバル社会において日本人が非常な苦境に立たされることを予見していて、思わず初版の年次を確認してしまった。

    私たちは、もっと自分たちの歴史や文化やものの考え方を深く知った上で、強みと言えるものや欠けているところを自覚して、注意深くかつ大胆さももって、立ち位置をしっかりさせていかなくてはいけないのではないかと思った。

  •  ユダヤ人の評論家がユダヤ人と日本人の比較から日本人の本質を見抜く。

     自分達が無意識に当たり前だと受け入れている感覚が実は世界の他の民族のそれと比較すると全く違っていて、実はその感覚は自分達独特のものであるというのがよく分かる。
     特に作者は日本人は皆よき人を目指すという大前提がある”人間性”を信仰する宗教を信じていると”日本人は日本教の信者論”を展開するのだが、これが本当に腑に落ちる。今まで気づかなかったが、律令絶対のユダヤと比べると明らかだ。

     日本人、ユダヤ人、宗教についての理解に革新を与えてくれる良書。
     日本人は全員日本教だ。間違いない。

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著者プロフィール

山本 七平(やまもと しちへい)
1921年12月18日 - 1991年12月10日
東京都に生まれる。1942年、青山学院高等商業学部を卒業。野砲少尉としてマニラで戦い、捕虜となる。戦後、山本書店を創設し、聖書学関係の出版に携わる。1970年、イザヤ・ベンダサン名で出版した『日本人とユダヤ人』が300万部のベストセラーに。
著書には『「空気」の研究』(文藝春秋)、『帝王学』(日本経済新聞社)、『論語の読み方』(祥伝社)、『なぜ日本は変われないのか』『日本人には何が欠けているのか』『日本はなぜ外交で負けるのか』『戦争責任と靖国問題』(以上、さくら舎)などがある。

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