逆接の民主主義 ――格闘する思想 (角川oneテーマ21)

  • 107人登録
  • 3.45評価
    • (7)
    • (8)
    • (22)
    • (2)
    • (1)
  • 11レビュー
著者 : 大澤真幸
  • 角川グループパブリッシング (2008年4月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784047101302

逆接の民主主義 ――格闘する思想 (角川oneテーマ21)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • なにこれ?

  • [ 内容 ]
    グローバル化は地獄への道だ。なぜ私たちは受け入れるのか?
    いま必要なのは、力もない、地位もない、排除された人を社会の代表とみなし、日本の民主主義をつくり直すことだ。
    いまこそ、先の見えない時代を打ち破る“ユートピア”を!
    そう、未来を決して諦めず、“理想”を取り戻す時である。

    [ 目次 ]
    第1章 北朝鮮を民主化する-日本国憲法への提案1
    第2章 自衛隊を解体する-日本国憲法への提案2
    第3章 デモクラシーの嘘を暴く-まやかしの「美点」
    第4章 「正義」を立て直す-「みんなのルール」のつくり方
    第5章 歴史問題を解決する-隣国とのつきあい方
    第6章 未来社会を構想する-裏切りを孕んだ愛が希望をつくる

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 小飼弾氏推薦(08,04,11)

  • ・北朝鮮を民主主義国にするために、日本は北朝鮮からの難民を積極的に受け入れるべき。
    ・自衛隊は解体し、国際貢献をするための部隊Xを作る。
    ・民主主義は多様性を認めているという上で優れたものと考えられているが、本当にそうだろうか?民主主義を受け入れていない考え方は排除するという方法をとるし、結局は少数の存在を許しつつ多数決によって多数の勝利を決定づけているだけの仕組みなのかもしれない。

    なかなかおもしろい視点が盛りだくさん。きちんと読み込んでみたら別に珍しいことを言っているわけじゃないのかもしれないけど…少し考えてみる必要がある。

  • 20090411 浦安中央図書館 【借入】未読

  • むむ、この人はすごい。
    素直にそう思えた本。

    ありきたりなことでなく、
    しっかりと自分の頭で一から思考している学者だなと。

    「第三者の審級」とか「愛」についてのくだりとか、
    思わずそっか〜っと感心する話がボロボロでてきた。

    言い回しがややわかりずらいところがあったような気もしたが、
    知的な刺激を受けたい方におススメ。

  • 「他者性」、他者になる(赦す)こと(デリダとハーバーマスを超えて)、といったことで、これは2005年あたりからいってきたこと。今回新書だからかわかりやすくて、丁寧で、攻撃的。この人が50人くらいいれば世界は変わると思う。とりあえず政治家になるか、ブレーンになるか。

  • 北朝鮮を民主化する!?
    という非常に衝撃的な章から幕を開ける、大澤社会学の捉える民主主義。
    若干抽象的な大澤真幸の論理が展開される中で、今までの本の中で紹介されて来た馴染み深い事例が出てくるので、妙な親近感が湧いた。
    引用---
    「裏切りを孕んだ愛こそが、普遍的な連帯を導く可能性を有しているのでないか。公共圏と交響圏は、同じものでもなければ、異なるものではない。交響圏を構成する、共同性を内へと凝縮させる力には、それと背馳する別のベクトルの力が備わっている。一方に、特定の他者へと志向する、特定の他者を愛想とする力がある。だが、他方で、同時に、不定の他者への、<無としての他者>への志向が作用している。この後者の志向によってこそ、普遍的な公共圏を構成する事ができるのではないか。」
    大澤真幸が常に言うのは、つまり私たちが他者であり、他者が私たちでもある、ということである。私たちと「他者」との対立の原因になる憎悪のようなものが、実は私たちにも内在しているという、お互いが合わせ鏡のように見えてしまうということだ。(これを大澤真幸は「妄想の相互投射」という)
    しかし逆にこの感覚を、希望の兆候として解釈する、すなわち私たちの中に侵入している「他者」こそ、逆接的な民主主義の開放性をもたらす「排除された他者」である。
    その「他者」を媒介にしてこそ、逆に、普遍的な開放性がもたらされるのである。
    ということ。

  • この本を読んでゾッとした。こんな戦慄は初めて感じた。これは知の暴走だ。テーマは北朝鮮、歴史解釈、自衛隊、民主主義といった今の日本でホットな問題で、それに対して著者が持論を述べる。よくある形だ。でもその持論までの理論的過程が恐ろしい。著者が持ち出すのはデリダであり、キリスト教であり、ベンヤミンなのだ。何もかもを飛び越してダイナミックに思考をつなぎ、日本のために世界を持ち出す。これが哲学の真髄だ。これを新書で出すとは何を考えてるんだろうか。
     ほぼ理解できないし、著者も僕なんかに歩幅を合わせようとはしない。走り抜けるのだ。
    ・ベンヤミンの鋭さ
    ・ハンガリーでのピクニック
    ・民主主義という欺瞞
    ・「歴史」という勝者の自叙
    この辺は何とか理解できた。でもこれが限界だ

  • 難しい。

    民主主義はふつう「支配が、被支配の合意によって正当化されており、それゆえ、それは、治者と被治者の同一性が実現していると―つまり人民による人民の自己支配の形式だと―見なすことができる」(p103)と理解されている。

    しかしこれを大澤は「便利な嘘」だと喝破する。井上達夫の指摘によりながら「民主制は、多数者による少数者の支配の制度化であって、決して、すべての被支配者の合意によって支えられているわけではない」(p103)と述べるのである。

    では民主制のメリットとはなにか。

    すなわちそれは「社会内には、多様な利害や価値観がある。民主制は、それらの利害や価値観の存在と自己主張を許し、むしろ奨励さえする。非民主的な体制にあったように、ある種の利害関心や価値観をア・プリオリに抑圧したり、排除したりする、ということがないのだ。民主的な政治過程の核心的な特徴は、合意の創出にあるのではなく、非合意の可能性を留保している点にこそある、というわけである」(p103)

    もうなんか、「ガーン!」という感じである。なんという発想の転換。

    そのうえで大澤は、果てしない議論とも、異者の排除とも異なった形での、民主制が創出しうる「普遍的な公共性」とは何か、というところへ思考を進める。

    「普遍的な公共性」とは何か。すなわち「制度化された社会秩序の中で位置づけをもたず、公認の誰の意思をも直接には代表しない、排除された他者を、普遍的な開放性を有する社会の全体性と妥協なく同一視してしまうこと」、それがすなわち「来たるべき民主主義の基本的な構想である」(p233)とするのだ。

    ちなみに「排除された他者」として具体的には、磔刑死したキリスト、あるいは、95年米兵に暴行された少女を挙げている。

    もうなんか、すごすぎてどうしたらいいのかよくわからないが、単純に「本当にそういうことができるのか?」という疑問しか湧いてこない。「排除された他者」をわれわれと同一視することは、大澤がいうところの「媒介者」を当事者と委員会(議会?)のあいだに介在させることで、本当に可能なのか…?そもそも「媒介者」の選択はいったい誰がするのか…?

    まあしかし、僕の狭い読書量のなかでは、今まで触れたことのない民主制に関する議論であることは間違いない。衝撃的という意味で、確実に一読の価値を感じた本であった。

全11件中 1 - 10件を表示

逆接の民主主義 ――格闘する思想 (角川oneテーマ21)のその他の作品

大澤真幸の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
マックス ヴェー...
有効な右矢印 無効な右矢印

逆接の民主主義 ――格闘する思想 (角川oneテーマ21)はこんな本です

逆接の民主主義 ――格闘する思想 (角川oneテーマ21)を本棚に登録しているひと

ツイートする